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第7話:聖夜の準備と秘密の共有

図書館での本棚崩壊事件(もはや特準室の伝説となりつつある)から数日。

日陰 蓮と白峰 凛の関係は、新たな局面を迎えていた。あの至近距離でのハプニングと、体を張って庇い合った(?)一件以来、二人は互いを意識するあまり、まともに口も利けないような状態になっていたのだ。目が合えば慌てて逸らし、必要最低限の業務連絡ですら声が上ずる始末。傍から見れば、それはもう「両片思い」以外の何物でもないのだが、当の本人たちは自覚がないのか、あるいは認めたくないのか、ただただぎこちない時間を過ごしていた。


そんな二人を、キィは特準室の隅っこでニコニコと見守っていた。

(ふふふ…レンとリン、前よりもっとドキドキしてる! キィの図書館作戦、やっぱり大成功だったんだ! よーし、この調子でクリスマスまでにくっつけちゃおう!)

彼女の勘違いは、もはや誰にも止められない領域に達しているようだ。


季節は本格的な冬へと移り変わり、蒼葉学園は年末恒例の一大イベント「クリスマス交流会」の準備で活気づいていた。校内のあちこちにはクリスマスツリーやリースが飾られ、生徒たちはクラスや部活ごとに模擬店や出し物の準備に追われている。どこか浮き足立った、華やかで楽しげな空気が学園全体を包んでいた。

もちろん、特殊状況対応準備室(仮)も例外ではない。凛の「学園行事への積極的な参加は、地域社会との連携を深め、ひいては特殊状況発生時の迅速な対応に繋がるのです!」という、いささかこじつけめいた熱意により、今年もブースを出展することになったのだ。テーマは『科学で楽しむ☆ミラクルクリスマス実験コーナー!』。…胡散臭さ満点である。当然のように、蓮もキィも準備に駆り出されていた。


「日陰君、そこのモール、もっと丁寧に巻き付けなさい。雑すぎます」

「キィさん、それは硫酸ではなくてただの色水…混ぜたら危険です!」

特準室の中は、クリスマス飾りと実験器具が混在する、カオスな空間と化していた。

蓮は「面倒だ…」と口では言いながらも、どこかその雰囲気を楽しんでいる自分に気づき、内心で舌打ちする。凛も、完璧主義を発揮して指示を出しつつ、時折見せる笑顔は普段より柔らかい。そしてキィは、純粋にクリスマス準備を楽しんでいた(そして時折、危険な実験を試みては凛に止められていた)。


ぎこちなさは相変わらずだったが、共同作業は二人の距離を物理的に近づける。

大きなクリスマスツリー(どこから調達したのかは謎)を二人で飾り付けることになった時。高い場所に星のオーナメントを飾ろうとした凛が、脚立の上でバランスを崩しかけた。「危ない!」蓮が咄嗟に脚立を支え、下から凛の腰あたりに手を添える形になる。「…っ!」凛の体が硬直し、顔が赤くなる。「…す、すまない…」「い、いえ…」気まずい空気が流れる。蓮は慌てて手を離すが、触れた部分の感触が妙に生々しく残ってしまった。


そんな中、実験コーナーで使う特殊な薬品(本当にただの色水かもしれないが、凛はそう主張している)と、飾り付けの追加購入のため、蓮と凛が二人で街へ買い出しに出かけることになった。

「キィさん、あなたはここでツリーの飾り付けの続きをお願いね。いいわね? 絶対に、実験器具には触らないこと!」

凛は、キィに念を押すように言い聞かせ、蓮と共に特準室を出た。キィが少し不満そうな顔をしていたのは、言うまでもない。


二人きりで歩く、クリスマスのイルミネーションで彩られた街。夕暮れ時の、華やかで、どこかロマンチックな雰囲気。それが、さらに二人をぎこちなくさせる。

「…寒いな」

「…ええ、そうね」

そんな当たり障りのない会話しか出てこない。沈黙が重い。


買い物を終え、帰り道。

二人は、ショーウィンドウに飾られた美しいクリスマスケーキが並ぶ洋菓子店の前で、足を止めた。色とりどりのフルーツ、艶やかなチョコレート、粉雪のように降りかかった砂糖…。見ているだけで幸せな気分になる光景だ。

蓮が(無意識のうちに)ショーウィンドウに釘付けになっているのに、凛は気づいていた。彼の隠れた甘党ぶりを、彼女はもう知っている。

「…」

蓮は、ハッと我に返り、バツが悪そうに視線を逸らす。

凛は、そんな蓮の様子を見て、くすりと笑った。

「…また、市場調査?」

悪戯っぽい響きを含んだ声。

「ち、違う! これはだな、その…クリスマスの経済効果をだな…!」

蓮のしどろもどろな言い訳に、凛はさらに笑みを深める。

「ふふ、素直じゃないのね。…仕方ありませんわね。今日の準備、あなたが一番大変そうだったから。お礼よ」

そう言うと、凛はためらうことなく店の中へ入り、小さな、しかし見るからに美味しそうなクリスマス仕様のショートケーキを一つ買ってきた。

「なっ!? 俺はそんなつもりじゃ…! っていうか、なんでお前が!」

蓮は、驚きと羞恥で顔を真っ赤にする。凛からの、予想外のプレゼントだった。

「たまには、いいでしょう? 公園で少し、休憩していかない?」

凛は、そう言って微笑んだ。


近くの公園のベンチに腰掛け、二人でこっそりとケーキを食べる。イルミネーションが木々を照らし、冷たいけれど澄んだ冬の空気が心地よい。フォークで切り分けたショートケーキを、一つの箱から分け合って食べる。それは、まるで秘密の儀式のように、甘くて、少しだけドキドキする時間だった。

「…意外と、美味いな」

蓮は、口の周りにクリームをつけながら、素直な感想を漏らした。

「そう? 私にはちょうどいい甘さだと思うけれど」

凛は、自分の分を食べながら、クールに答える。だが、その横顔は、とても満足そうだ。

蓮が口の周りについたクリームに気づかずいると、凛が(今度は躊躇いながらも)そっとハンカチを取り出し、「…ついていますわよ」と小さな声で指摘する。蓮は慌てて自分で拭うが、その一連のやり取りに、二人の間の空気はさらに甘さを増した。


特準室に戻ると、キィがツリーを電飾でグルグル巻きにして、大変なことになっていた。「二人だけでずるーい! キィもケーキ食べたかったー!」と拗ねるキィをなだめながら、蓮と凛は顔を見合わせ、どちらからともなく、小さく笑い合った。

キラキラした街の灯り、共有した甘い秘密、そして隣にいる相手への特別な想い。

クリスマスという魔法が、確実に、二人の心を温め、そして近づけていた。

交流会当日、何かが起こるかもしれない―――そんな予感を、二人は漠然と感じ始めていた。

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