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第3話:意外な一面と小さな発見

特準室の古びた壁時計が、カチ、カチ、と無機質な音を刻んでいる。窓の外は、すっかり夜の闇に包まれていた。日陰 蓮と白峰 凛が、キィの仕掛けた『愛の密室(?)』に閉じ込められてから、既に数時間が経過していた。脱出の試みはことごとく失敗し、部屋の中には諦めと、そしてじわじわと広がる寒さが漂い始めていた。この旧式な学園の暖房は、夜間は控えめ運転になるらしい。


蓮は、ソファの隅で膝を抱え、ぶすくれた顔で床に散らばったままの『甘味コレクション』の残骸を睨んでいた。甘党バレの衝撃は、じわじわと彼の精神を蝕んでいる。もう終わりだ。俺のクールでミステリアスなイメージ(自称)は…。これからはきっと、凛に会うたびに「甘党くん」とか「スイーツ男子(笑)」とか、心の中で揶揄われるに違いない…。そんな被害妄想が、蓮の頭の中をぐるぐると巡っていた。


一方、凛は、蓮から少し離れた椅子に座り、静かに自分の指先を見つめていた。彼女もまた、内心穏やかではなかった。日陰君があんなにも甘いものに情熱を傾けていたとは…。普段の皮肉屋で無気力な姿からは想像もつかないギャップ。驚きと共に、なぜか、彼の人間らしい一面を垣間見たような気がして、少しだけ親近感が湧いていた。そして、先ほどの彼の必死な言い訳を思い出し、また笑いが込み上げてくるのを必死で堪えていた。…と同時に、この密室状況と、すぐそばにいる蓮の存在を、妙に意識してしまっている自分にも気づいていた。


「…寒いな」

沈黙を破ったのは、蓮の独り言のような呟きだった。実際に、カーディガン一枚では少し肌寒い。

「ええ、そうね」

凛も同意する。彼女もブレザーだけでは、少し体が冷えてきていた。

蓮は、ちらりと凛を見た。彼女が小さく身震いしているのに気づく。

(…風邪でも引かれたら、また面倒だ)

蓮は、内心で悪態をつきながらも、自分が着ていた少し厚手のカーディガンを脱ぎ、無言で凛の肩にかけた。

「えっ…?」

凛は、驚いて蓮を見た。

「…別に。俺は寒くない。お前が凍えてると、見てるこっちが寒いだけだ」

ぶっきらぼうな口調。だが、その行動は、明らかに優しさから来ている。凛は、顔を赤らめながらも、素直にカーディガンに袖を通した。蓮の残り香が、ふわりと鼻をくすぐる。心臓が、またトクンと音を立てた。


「…それにしても」

少しだけ温まった凛が、再び口を開いた。今度は、揶揄う響きではなく、純粋な興味といった口調だ。

「寒い時期に、あんなにたくさんの甘いものを備蓄しているとは、本当に用意周到ですわね。冬眠前のリスか何かみたい」

「だから違うと言ってるだろ!」

蓮は、反射的に反論したが、すぐに諦めたように息をついた。

「…まあ、いい。どうせバレたんだ。そうだ、俺は甘いものが好きだ。死ぬほど好きだ。悪いか」

半ば開き直ったような蓮の言葉に、凛は少し驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。

「いいえ、悪いなんて思っていませんよ。むしろ、あなたの意外な一面を知れて、少し嬉しいくらいですわ」

「…お世辞はいい」

蓮は、そっぽを向く。だが、凛の言葉が、ささくれだった彼の心を少しだけ和らげたのは事実だった。

「…お前だって、何かあるだろ」

蓮は、話を逸らすように言った。

「秘密とか、意外な一面とか。完璧超人に見えて、実は方向音痴で犬にはデレデレ、とか」

「なっ…! それは、あの時の…!」

凛は、顔を真っ赤にして抗議する。

「忘れてください! あれは例外です!」

「ふーん、例外ねぇ」

蓮は、ニヤリと笑う。少しだけ、いつもの調子が戻ってきたようだ。


その言葉をきっかけに、二人の間に、再びぽつりぽつりと会話が始まった。

蓮は、半ばヤケクソ気味に、自分の甘党ぶりを赤裸々に語り始めた。子供の頃、親に隠れて食べた駄菓子の味。テストで良い点を取ったご褒美に買ってもらったケーキの感動。今でも、新作コンビニスイーツは発売日に必ずチェックし、レビューブログを読み漁っていること。寒い冬の夜には、温かいココアとチョコレートがあれば無敵であること、などなど。

普段の彼からは想像もつかない熱弁ぶりに、凛は目を丸くしながらも、興味深そうに耳を傾けていた。


一方、凛も、蓮に促される形で、自分の『完璧でない部分』について、少しずつ語り始めた。

方向音痴は、もはや自他ともに認めるレベルで、ナビアプリを使っても目的地にたどり着けないことがあること。料理はレシピ通りに作っても必ず何か想定外の事態(爆発、変色、謎の物体の生成など)が起こること。そして、スマホの待ち受け画面を見せながら、実家の愛犬マックスへの溺愛ぶりを、再び熱く語り始めた。

「見てください、この写真! これはマックスが雪の中ではしゃいでいるところ! 真っ白な雪と、マックスの金色の毛並みのコントラストがもう…! 天使かと思いましたわ!」

「こっちは、私が編んだ(少し歪んだ)マフラーを巻いてあげた時の写真! ちょっと迷惑そう? いいえ、これは照れているだけです!」

普段のクールさは完全に消え失せ、ただの犬好きの少女になっている。蓮は、そのギャップに呆れつつも、楽しそうに話す凛の姿を見ていると、なんだか心が和んでくるのを感じていた。


互いの意外な「好き」や「苦手」を知り、笑い合い、時にはツッコミを入れながら、時間はゆっくりと流れていく。

寒い密室のはずなのに、二人の間には、いつの間にか温かい空気が生まれていた。

「…まあ、誰にだってそういうのはあるか」

蓮は、照れたように呟いた。甘いものを好きな自分も、犬にデレる凛も、別に変じゃないのかもしれない、と少しだけ思えた。

「ええ。論理だけでは割り切れないものも…人生には必要ですものね」

凛も、穏やかな笑みを浮かべて頷く。


そのタイミングを見計らったかのように、まるで舞台の幕が上がるように、ガチャン、とドアのロックが外れる音がした。どうやら、キィの『愛の密室』作戦は、ここで終了らしい。

外は、もう真夜中に近い時間だった。冷たい冬の空気が、部屋の中に流れ込んでくる。

「…帰るか」

「…ええ」

疲労と寝不足でふらつきながらも、二人の足取りは、来た時よりも少しだけしっかりしていた。

帰り道、コンビニに寄り、二人で温かい飲み物を買った。蓮はもちろん激甘のココア。凛はブラックコーヒー…ではなく、珍しくカフェラテを選んでいた。

無言のまま、白い息を吐きながら、温かい飲み物をすする。

冷たい夜空の下、共有した秘密と、互いの意外な一面を知ったことで生まれた温かい感情が、二人の間の空気を、以前とは確かに違うものに変えていた。

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