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第2話:作戦1:密室でドキドキ!?

肌寒い風が校舎の窓を叩く、晩秋の放課後。

日陰 蓮は、いつもの数倍の速度で廊下を歩いていた。目的はもちろん、特殊状況対応準備室(仮)――ではなく、そこを拠点とする小さなトラブルメーカー、キィの監視である。昨日の、あの「キューピッド宣言」以来、蓮の警戒レベルは最高潮に達していた。キィが何かをしでかす前に、先手を打って阻止しなければならない。平穏死守のためには、多少のエネルギー消費もやむを得ない、と蓮は覚悟を決めていたのだ。


特準室の古びたドアノブに手をかけ、勢いよく開ける。

「おいキィ! 今日はおとなしくしてるんだろうな!」

しかし、部屋の中にいたのは、凛とした姿勢で書類整理にいそしむ白峰 凛だけだった。キィの姿は見当たらない。

「あら、日陰君。ずいぶん早いのね。感心だわ」

凛は、少し意外そうな顔で蓮を見た。

「キィはどうした? まさか、もう何かやらかしたんじゃないだろうな?」

蓮は、部屋の中を見回しながら尋ねる。

「さあ? 私が来た時にはもういませんでしたよ。教室に忘れ物でも取りに行ったのかしら」

凛は、こともなげに答える。どうやら彼女は、昨日のキィの宣言を、そこまで深刻には捉えていないらしい。その油断が命取りになるというのに。


(…いや、妙だ)

蓮は、言い知れぬ不安を感じていた。あのキィが、おとなしく忘れ物を取りに行くとは到底思えない。何か企んでいるに違いない。もしかして、この部屋自体に何か仕掛けが…?

蓮がそう思った、まさにその瞬間だった。


ガチャン!!!


背後で、まるで銀行の分厚い金庫扉が閉まるかのような、重々しい金属音が響き渡った。

蓮と凛は、同時にドアを振り返る。

そこには、先ほどまで開いていたはずの鉄製のドアが、ピタリと、寸分の隙間もなく閉ざされている。慌ててドアノブを捻るが、虚しく空転するばかりで、びくともしない。

「なっ!? おい、ドアが開かない!」

蓮が焦ってドアを蹴飛ばしてみるが、ガンッ!と鈍い音がするだけで、頑丈なドアはびくともしない。

「窓は!?」

凛が窓に駆け寄る。しかし、こちらも同様。鍵はかかっていないはずなのに、まるで分厚いガラスの壁にはめ込まれたかのように、固く閉ざされていて開かない。

「どうなってるの!? まるで…」

「…閉じ込められた、か」

蓮は、苦々しく呟いた。そして、部屋の隅、ファイルキャビネットの陰を睨みつける。そこには、案の定、小さな影が隠れていた。

「おいキィ! やっぱりお前の仕業だな! 何しやがった!」


「えへへー! バレた?」

キャビネットの陰から、キィがひょっこりと顔を出した。その手には、例の石ころ――確率偏向キューブが握られている。悪びれる様子は全くない。

「ちょっとだけお手伝いしたの!」

「お手伝いだと!? 何の!」

蓮の怒声が響く。

「だって、レンとリン、いつも邪魔が入ると照れて本音で話せないでしょ? だから、二人きりにしてあげたの! これで思う存分、愛を語り合えるねー!」

キィは、キラキラした目で二人を見つめ、満足げに頷いている。

「…愛を語り合う?」

「…あいつ、本気で何を勘違いしてやがるんだ…」

蓮と凛は、顔を見合わせ、同時に深いため息をついた。キィの善意(という名の勘違い)は、既に危険水域を突破している。


「とにかく、ここから出ないと」

凛が、いち早く冷静さを取り戻した。

「物理的なロックではないでしょう。キィさんのキューブによる、空間的な閉鎖、あるいは認識阻害フィールドのようなものかもしれません。解除方法を探らないと」

「解除方法って…あいつに解除させるしかないんじゃないのか?」

蓮は、ソファに座り込み、早くも諦めモードだ。

「それも手ですが、キィさんのことですから、満足するまで解除しない可能性が高いわ。それに、このままでは夜になってしまう。暖房も不安定ですし…」

凛の言葉に、蓮は渋々立ち上がった。確かに、この少し肌寒い特準室で一晩過ごすのはごめんだ。

「ったく、しょうがないな…」


こうして、蓮と凛による、特準室からの脱出作戦(という名の密室探索パート2)が、再び幕を開けた。

ドアや窓はダメ。天井裏も以前試したがダメだった。残るは、部屋の奥にある、曰く付きの書庫エリアだ。学園創立以来のガラクタ――もとい、貴重な資料が眠っているという、薄暗く埃っぽい空間。

「あそこなら、何か古い設計図とか、隠し通路とか…あるいは、キィの能力を中和するようなアーティファクトが眠っているかもしれないわ!」

凛は、なぜか目を輝かせている。どうやら、彼女のオカルト・SFアンテナが反応したらしい。

蓮は「あるわけないだろ、そんなもん…」と呟きつつも、他に手がかりがない以上、従うしかなかった。


二人は、書庫の重い扉を開け、中へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気と、古紙独特の匂い。背の高い書架が迷路のように立ち並び、薄暗い電球の光が頼りなく辺りを照らしている。

「どこから探す?」「手分けしましょう。私はあちらの古い学籍簿の棚を」

それぞれ、目当てのものを探し始める。中は狭く、資料を探すために身を屈めたり、背伸びをしたりするたびに、互いの体が不意に触れ合ってしまう。その度に、ぎこちない空気が流れ、二人は慌てて距離を取る。


「…うわっ!」

蓮が、高い書架の上段にある、分厚いファイルに手を伸ばそうとした時だった。足元に無造作に置かれていた古いタイプライターに気づかず、派手に躓いてしまったのだ。バランスを崩し、持っていたカバンが手から滑り落ちる!

バサァッ!!

鈍い音と共に、カバンの中身が、書庫の床に無残にもぶちまけられた。教科書、ノート、筆箱…そして。

色とりどりの、見るからに甘そうな包み紙の数々!

有名パティスリー『ラ・メール・ブランシュ』の秋冬限定モンブランの箱。老舗和菓子店『月影堂』の栗きんとん。コンビニでやっと見つけた期間限定の『濃厚ショコラポテトチップス』。さらには、輸入食品店で買ったらしい、外国製のカラフルなグミキャンディの袋まで…。

それは、蓮が人目を忍び、己の欲望の赴くままに買い集め、大切に隠し持っていた『冬眠前の蓄え』―――もとい、甘味コレクションだった。


「…………」

凛は、床に散らばった甘美な残骸を、しばし呆然と見つめていた。そして、ゆっくりと顔を上げ、蓮を見る。その瞳には、驚きと、好奇心と、そして「やはりそうでしたか」と言わんばかりの、確信の色が浮かんでいた。

「…これは?」

凛が、モンブランの箱を拾い上げ、まじまじと見つめる。その声は、平静を装っているが、どこか面白がっている響きがあった。

「あなた…こんなものを、こんなにたくさん…?」

蓮は、顔から首筋まで真っ赤に染め上げ、固まっていた。見られた。またしても。しかも今回は、言い逃れできないレベルの物量だ。人生最大の失態かもしれない。

「ち、違う! これは断じて俺のじゃない!」

もはや、壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返すしかない。

「これは、その…そうだ! キィへの差し入れだ! あいつ、甘いもの好きだからな! 俺が代表して買っておいてやったんだ!」

苦し紛れにもほどがある言い訳。

凛は、そんな蓮の必死な様子を、黙って見つめていた。そして、ふっと、堪えきれないといったように、小さく吹き出した。

「ふふっ…」

その笑い声は、静かな書庫に妙に響いた。

「ストレスによる代償行為ではなかったのですか? 今度は差し入れ、ですか。ずいぶんと用意周到なこと」

揶揄うような、それでいてどこか優しい響きのある声。

「…うるさい!」

蓮は、羞恥と怒りで叫ぶように言い返した。もはや、どうにでもなれ、という心境だった。


脱出の糸口は、依然として見つからない。

だが、キィの勘違い作戦第一弾は、晩秋の肌寒い特準室という密室で、意図せずして、蓮の最大の秘密(甘党)を白日の下に晒し、二人の間に、新たな、そして非常に気まずくも、どこか可笑しい空気を生み出したのだった。

二人の距離は、確実に、ほんの少しだけ、近づいた―――のかもしれない。少なくとも、凛が蓮を見る目は、以前とは少しだけ違う色を帯び始めていた。

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