占いの館で片想いしている伯爵令息の相談をした翌日から、伯爵令息の様子がおかしいんですが?
「でね、その従姉妹の家で飼ってる猫ちゃんが、警戒心が強くてなかなか僕に懐いてくれないんだけど、おやつをあげた時だけはすぐ近寄って来て、夢中で食べてくれるのが、凄く可愛いんだよ」
「……そうですか」
貴族学園のとある放課後。
今日も私は、隣の席のエドガー様と二人でお喋りに興じていた。
嗚呼、やはりいつ見てもエドガー様は麗しいわ。
銀河を彷彿とさせる輝く金糸の髪に、全てを包み込む青い海のように優しい瞳。
そして左目の、蠱惑的な泣きぼくろ。
この貴族学園に入学したての頃、元来人見知りで孤立していた私に、唯一優しく話し掛けてくださったのが、名門伯爵家の令息、エドガー様だった。
それ以来いつも私をすぐ側で支えてくださっているエドガー様に、図々しくも恋心を抱いてしまったのは、言わば必然だったのだろう。
はー、好きです、エドガー様。
好き好き好き好き、大好きです……!
「あー、また僕ばかり喋ってしまったね。ごめんねレジーナ、退屈だったよね?」
「え?」
エドガー様!?
こ、これは、違うのです!
私は大好きなエドガー様を前にすると、緊張して上手く喋れないだけなのです!
決して退屈などでは……!
「おっと、もうこんな時間か。実は今日から数日、叔母の経営しているお店を手伝う約束をしていてね。僕はお先に失礼するよ。また明日ね、レジーナ」
「あ、はい。ごきげんよう、エドガー様」
エドガー様は少しだけ寂しそうにはにかみながら、教室から出て行かれた。
嗚呼、エドガー様ぁ……!
エドガー様ぁぁああああ……!!
「……ハァ」
クソデカ溜め息を吐きながら、私は一人で城下町を歩いていた。
寮暮らしの私は、普段は貴族学園内でしか生活していないので、気分を変えるために城下町に出てみたのだ。
でも、まったく心が晴れることはない。
むしろ後悔の念が積もるばかり。
どうしたらエドガー様の前でも、緊張せず話せるようになるのかしら……。
「ん?」
その時だった。
『未来の眼』という占いの館が、私の目に留まった。
占い、かぁ……。
あまりこういうオカルト的なものは信じていないけれど、今はそうも言っていられない。
私は覚悟を決めて、『未来の眼』の重い扉を開いた。
すると――。
「あ、いらっしゃいま……せ!?」
「……?」
小さなお店の中央に座っている店主さんらしき人が、私の顔を見るなり露骨に狼狽えた。
仰々しい仮面で顔を隠しているうえ、変声機で声も変えているので性別すら不明だけれど、体格的におそらく男性だとは思われる。
「えーと、私の顔に何かついていますでしょうか?」
「い、いえ!? 失礼いたしました! ……どうぞお掛けください」
「はぁ?」
まあいいか。
私は店主さんが座っている、水晶玉が置いてあるテーブルの向かいに腰を下ろす。
「あのー、それでですね、大変申し上げにくいのですが、実は本日から数日間、この店の店主は出張しておりまして。私はただの店番で、占いは不得手なのです」
「あ、そうなのですか」
「ですので、また日を改めていただいたほうが……」
「で、でも私、今、とっても困っていることがあるのです! ですからどうか、お話だけでも聞いていただくことはできないでしょうか!?」
「……!」
私は恥を忍んで、店番さんに頭を下げる。
「……わかりました、お話を聞くくらいでしたら」
「あ、ありがとうございます!」
ああ、エドガー様と同じで、この方もとってもお優しい方だわ。
本当に、私は何て恵まれているのかしら。
「それで、困ってらっしゃることというのは?」
「はい……実は私、貴族学園の生徒なのですが、隣の席の伯爵令息に片想いをしているのです」
「えっ!!?」
「?」
店番さん?
「あっ、す、すいません! どうぞ続けてください……」
「はぁ……。そのお方は、人見知りの私にもいつも優しく話し掛けてくださる方で、私なんかでは釣り合わないとはわかっていながらも、この恋心を抑えることができないのです」
「そ、そうですか……」
「ですが、あまりにもそのお方のことが好きすぎるあまり、そのお方の前だと緊張して上手く喋れなくなってしまいまして……。どうすれば緊張しなくなるか、アドバイスをいただきたいのです」
「……なるほど、そういうことだったのですか」
「え? そういうこと、とは?」
店番さんの仮面から覗く耳が、真っ赤に染まっている。
店番さん??
「あ、いえいえ! こちらの話です! でしたら、基本的なことではありますが、深呼吸などはいかがでしょうか?」
「深呼吸……、ですか」
「はい。その方とお話しする前に、ゆっくり三回、深呼吸するんです。そうすればリラックスして、緊張もほぐれると思いますよ」
「なるほど! その手がありましたね! 早速明日試してみます!」
嗚呼、やはりこのお店に来てよかった……!
「ふふ、頑張ってくださいね」
「本当にありがとうございました! 料金はおいくらになりますでしょうか?」
「ああ、いえいえ、私は何もしていませんから、お代は結構です」
「そんな!? そういうわけにはまいりません!」
「いえ、本当にお気持ちだけで。その代わり、もし何かまたこの件で困ったことがあった場合は、ここに来てください。乗り掛かった舟です。あなたの恋が上手くいくまで、私にもお手伝いさせてください」
「い、いいんですか!?」
「はい、是非」
あなたが神か……!!
これは心強い味方が出来たわ。
よーし、明日から頑張るわよぉ!
「……あ、おはよう、レジーナ!」
「……!」
そして翌朝。
私が教室に入ると、今日もエドガー様だけは既に登校していた。
私はみんながワイワイしている教室に入るのが苦手なので、いつも一番に登校していたのだけれど、最近は何故かエドガー様だけは私より早く登校しているのだ。
「……お、おはよう、ございます……」
ギクシャクしながらも、何とか挨拶を返しながら自分の席に腰を下ろす。
あー、ダメダメ!
今日のエドガー様も美しすぎる……!!
何よ、この人間の最高級パーツだけを寄り集めて作ったみたいな完璧な容姿は!
こんなのただの、歩く芸術作品じゃない……!
これで緊張するなってほうが、無理な話でしょ!?
「きょ、今日もいい天気、だね」
「あ、そ、そうですね」
はて?
何か今日のエドガー様は、様子がおかしいわね?
どこかオドオドしているというか。
ちょっとお顔も赤いし。
嗚呼、でも、そんなところも素敵……。
どうしよう、いつもとは違うエドガー様の一面にギャン萌えしていたら、また緊張してきちゃった!
……いや、こんな時こそ、昨日の店番さんのアドバイスを思い出すのよ、私。
深呼吸。
そう、深呼吸よ――。
「スゥ…………ハァ…………スゥ…………ハァ…………スゥ…………ハァ…………」
店番さんのアドバイス通り、ゆっくり三回深呼吸する私。
よし、心なしか緊張もほぐれてきた気がする……!
「ふふ」
「……!」
が、エドガー様はそんな私を、まるで赤ちゃんが初めて自分の足だけで立とうとする姿を見守る父親みたいな、慈愛に満ちたお顔で見つめていたのである。
エ、エドガー様……!!
嗚呼、ダメです……!!
そんなお顔で見られたら、私……、私ぃぃいいい……!!
「す、すいません、私、ちょっとお花を摘んでまいりますッ!!」
「あ……うん」
限界が来た私は、堪らずその場から逃げ出した。
「……申し訳ございません。せっかく親身にアドバイスをいただいたのに」
その日の放課後。
私はまた『未来の眼』に来て、恐る恐る店番さんに今朝の失態を伝えた。
嗚呼、本当に自分が情けない……!
「いえいえ、どうかお気になさらないでください。それよりも、また次の手を一緒に考えましょう」
「あ、ありがとうございます……!」
やはりこの方は神様だわ……!
迷える子羊である私に救いの手を差し伸べてくださる、救世主様なのだわ……!
「でも、深呼吸でもダメとなると、いったいどうしたら……」
「ふうむ、では、アプローチの方法を変えてみるというのはいかがでしょうか」
「アプローチの、方法?」
「はい。何も会話をするだけがコミュニケーションではありませんから。例えばそうですね、何かプレゼントを送ってみる、とか?」
「プレゼント、ですか……。でも私、不器用ですし、殿方にプレゼントできるものといったら、クッキーくらいしか……」
「クッキー! いいじゃないですか! クッキー大好きですよ、僕!」
「え?」
店番さん?
「あ、すいません! 私は関係ないですよね……。でも、きっとその方もクッキーは喜んでくれるに違いありません。是非作ってあげてください」
「本当ですか? ふふ、あなたがそこまで仰るなら、頑張ってみますね」
「はい、応援してます!」
よーし、勇気が出てきたわ!
「お、おはよう、レジーナ!」
「お、おはようございます、エドガー様」
嗚呼、今日のエドガー様も、まるで美という概念を擬人化したかのよう――。
……ハッ、いけないいけない!
また危うくトリップところだったわ……!
今日は昨日徹夜で作ったクッキーをエドガー様に渡すという使命があるのだから、トリップでる場合じゃないのよ、私――!
「あー、ところでエドガー様、甘いものってお好きでしょうか?」
「あ、うん! 大好きだよ!」
少年みたいに屈託なく笑うエドガー様――。
あ、ヤバい……、トリップ――。
「はぐあっ!?」
「レジーナッ!?」
「だ、大丈夫です! 軽くトリップだだけなので……!」
「あ、そう……?」
くっ、これは一刻も早く渡さないと、私のメンタルがもたないわ……!
私はそっと鞄の中に忍ばせている、クッキーが入った袋に手を伸ばす。
「エ、エドガー様、これなんですが……」
「……!」
クッキーを両手のひらに乗せ、プルプルしながらエドガー様に差し出す。
「う、うん……!」
エドガー様が、ゴクリと喉を鳴らす。
が、頑張れ……!
頑張るのよ、私……!!
「こ、この、クッキーを……、エドガー様……に……」
「……!」
――嗚呼!
「このクッキー、偶然そこで拾ったんですけど、よかったらエドガー様に差し上げますッ!」
「えっ!!?」
「私は例によってお花を摘んでまいりますッ!!」
「レ、レジーナァァアアア!!」
エドガー様の机にクッキーを置いた私は、全力で逃げ出した。
もう、私の、意気地なしいいいいいいい!!!!
「もう私は死にますッ! 長めのロープを貸してくださいッ!」
「いや、死なないでくださいよ……。そもそもこんなところで首を吊るおつもりですか?」
例によって『未来の眼』で無様な報告をした私は、店番さんにジャンピング土下座をした。
それなのにこんな大失態を犯した私を、今日も店番さんは優しくたしなめてくださる。
「まだたった二回失敗しただけじゃないですか。また新しい手を考えればいいんです」
「……いえ、もう私は諦めます」
「えっ!?」
「そもそも私には、分不相応な恋だったんです……。私みたいな底辺の陰キャ女は、一生独りでトリップでるのがお似合いだったんです……」
「そんな……。――わかりました、今日だけは特別に、私があなたとその彼の相性を占って差し上げます」
「……え?」
店番さん……?
「で、ですが、あなたは占いは不得手だって……」
「ですから今日だけの特別です。――大丈夫、私に任せてください」
「は……はい」
いつにない迫力でそう仰るので、私はもう、何も言えなかった。
「はあああああ……」
「……」
店番さんは水晶玉に手をかざしながら、深く息を吐く。
す、凄い気迫だわ……!
「……見えました」
「――!」
店番さん……!?
「――おめでとうございます。あなたとその彼は、両想いですよ」
「……なっ」
仮面で見えないはずの店番さんのお顔が、ニッコリと微笑んだような気がした。
――嗚呼!
「ほ、本当ですか……!! 私とエドガー様は、本当に両想いなのですか……!!」
どうしよう、幸せすぎてトリップそう――!
「ふふ、はい、本当です。よかったですね、レジーナさん」
「…………ん?」
「え?」
店番さん???
「な、何故……あなたが私の名前を知っているんですか……。私は一度も、あなたの前で名乗ってはいませんよね?」
「……あっ!」
「……それに、仮面から覗くそのサラサラの金髪……。もしかしてあなたは――」
「いや! これは、その――!」
その時だった。
店番さんが思わず立ち上がった拍子に、ポケットから何かがテーブルの上に落ちた。
――それは私が今朝エドガー様にお渡しした、食べかけのクッキーが入った袋だった。
拙作、『「私たちは友達ですもんね」が口癖の男爵令嬢 』がcomic スピラ様より配信される『一途に溺愛されて、幸せを掴み取ってみせますわ!異世界アンソロジーコミック 6巻』に収録されます。
・アンソロジー版
2024年9月26日(木)…コミックシーモア様で2ヶ月先行配信
・アンソロジー版_他社書店解禁&単話版
2024年11月21日(木)
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)
2024.9.24追記
「みこと」様からレジーナのAIイラストをいただきました!
誠にありがとうございます!!!
みこと様の
「宇宙航空戦艦サーシャ」
https://ncode.syosetu.com/n9948iy/
も、是非ご高覧ください!