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新しい道

 それからオレは、しばらくはノアの旅する先々にくっついて歩くだけの日々を送った。いい歳した大人の男が、友人の後を付け回すだけなんて、なんとも奇妙だと思うんだけど。




「六年だっけ? テラは剣闘場で働きづめだったんだから、しばらくはただ旅を満喫するだけだっていいんじゃない?」




 ノアは、すごいな。パッと見で「変だろう」って断言したっておかしくないようなことでも、「別にそうしたっていいんじゃない?」って考えて、即座に言い換えてくれるから。






 港町に着いた。海の向こうのどこかにある、オレの故郷からグランティスを目指した道中に一度だけ、立ち寄った街だ。






「道行く皆様~、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」




 商店街の真ん中にある、休息と憩いの場として設けられた石畳の広場で、大小さまざまな球を操る曲芸師が業を披露していた。不安定な巨大な球の上に飛び乗って、その上で小さな玉をお手玉みたいにしている。バランス感覚にも驚くし、色とりどりの玉が跳ねる様子につい、目を奪われていた。




「テラ? それって、最後まで見てるとさ……」




 ノアがオレの腋をつんつん、人差し指で突っついて。しかし言いかけた何かを引っ込める。




 芸が最後まで終わると、曲芸師は被っていた黒いシルクハットを頭から外すと、観衆の輪を端から順に回り始めた。お題はお気持ちで、と言いながら。オレの前に来たところで、財布から出した札を一枚、その中へ放る。






「へぇ~……もしかして、テラってああいうの興味ある? 出来そうって思ってる?」




 目がキラキラしてるよ、って、どこか嬉しそうにノアは笑う。そこにからかうような調子はなかった。








 ふと、思いついて、港町の武器屋を訪ねてみる。その店も近い内に閉店を余儀なくされているとのことで、必要なものは今の内に買っておいてくれと店主はぼやく。




「闘うためじゃなくて、大道芸に使うかもしれないって? だったらねぇ、道端で見せる場合は模造刃を使わなきゃいかん決まりがあるよ。本物の刃で同じこと出来る自信があってもね、万が一、客にケガさせたら大変だから。それに、どんな道だって誰か個人の好き勝手に出来るもんじゃない。芸をするなら毎回、役所に届けて使用許可を貰わなきゃいかんからね?」




 同じ目的で店へ来る客も多いのだろうか。店主はこの道に詳しいらしく、色々とためになる助言をくれた。






 とりあえず、模造刃のサーベル一本とナイフを数本買って、公園へ行った。すぐ近くに人のいない場所を選んでさっそく試すことにする。






「うわぁ~……ナイフならわかるけど、そんなおっきい剣まで投げて受け取れるの? テラはすごいな~」




 物を投げるのも、投げたものを受け取るのも、子供の頃から得意だった。というか、口をきけない代わりってんじゃないだろうけど、体を動かすのだけは自信があった。だからこそ剣闘士になろうなんて道を選べる可能性を感じたわけだし。






「でも、すごいだけじゃお金を貰うのは難しいよね。色んな人の芸を見て、どんなことをすればいいのか勉強してみるっていうのはどうかなぁ」








 ノアの提案で、オレ達は大道芸の祭典が行われる町へ赴いた。毎月に一度、それぞれ異なる祭りを開催するということで有名な観光地、アルディア村。その、十一月の祭事がまさに大道芸だったんだ。




 ノアもアルディア村に来たのは初めてだったそうだけど、入口について、しばらく歩いていたら、いつの間にか涙ぐんでいた。ノアがそんな感情を見せたのは初めてで、心配になる。それなのに、オレは相変わらずノアに何もしてやれなくて、……切なさよりも、自分の不甲斐なさがただ、悔しいと思う。








「……ごめん、ボクはここに来るの初めてだけど。大切な人の故郷がここだって、聞いていたからさ。こんなに賑やかで、楽しそうな場所だったんだね」




 めそめそしないでちゃんと味わわなきゃね。と、ちょっとだけ滲んだ目でノアは作り笑いをした。






 アルディア村は森の中を貫く大きな一本道を、両側に立ち並ぶ民家が挟んでいる。あまりよそでは見ない、特徴的な集落だ。その道のあちらこちらで、今日は様々な大道芸人がそれぞれの誇る芸を披露して、立ち寄る人々を楽しませている。笑顔で満ち溢れている。




 そんな人々のただ中で、ノアは楽しさだけでなく、ほんの少しの悲しさを胸の奥底でくすぶらせながら、喧騒を眺めていた。






 オレは、何度も……いや、毎日、いつもいつも。ノアがオレの顔を見て話してくれるだけでこんなにも救われてるっていうのに。ノアが悲しそうなのに相変わらず、何の助けにもなれていない。






 笑わせたいなぁ。言葉が使えなくても。こんな風に、悲しんでいる人がいる時に。




 今、この大きな道の方々で、芸を披露してたくさんの人を笑わせている大道芸人の人達みたいに。オレが見せる何かを見て誰かが笑ってくれるように。そんなことが出来るように、オレもなりたい。そう思った。








 年に一度とはいえ大道芸人が一堂に会するアルディア村では、芸の道具を専門に売っている店が何軒もある。ノアと一緒にあちこち旅をしてきたけど、こんなに品ぞろえが充実している場所はそんなにないだろう。






 折り畳み式の一輪車や分解できる大きな輪っか。それに乗ったり腰で回しながら巨大な剣を投げて受け取ったりしたら見応えあるんじゃないか? とりあえず、買っておくことにした。荷物が増えたので車輪と伸縮可能の持ち手が着いた籠型の鞄を買う。




 今までは荷物の少ない気楽な旅だったのに、一気に持ち運ぶものが増えちゃったなぁ。それを引っ張りながら振り返ると、土の地面には車輪の痕が残り、オレ達の歩く後にふた筋の小さな道を刻んでいた。










 オレ達の初めての大道芸は、海の見える場所でやろうって決めていた。あの日、初めてこの道へ踏み入ろうとしたきっかけの街にあやかってのことだ。






「テラって剣闘士として何千人って人達の前で闘ってきたんでしょ? 今、すっごい緊張してない~?」




 ちょっとだけ茶化すように、ノアはオレの肩を解しながら笑う。剣闘場で試合を観戦していたのは千人規模で、道端の大道芸の観客なんてその十分の一もいれば多い方で、おそらくそれよりもっと少ない。オレみたいな新米の芸なんて、どれくらいの人が足を止めてくれるんだろうか。






 オレにはこれしかない、闘うしか能がない……そう信じて生きてきて、たったひとつの道だけを歩き続けるんだと思っていた。その道を失ったら、オレに選べる道なんか、他には何もないって……。






 それなのに、今。オレは、あの頃の自分が夢にも思い描かなかっただろう新しい道の上に立とうとしている。それも、その道を共にしてくれる誰か(ノア)と共に。






「ボクもねぇ、思ってたよ。ずっと一緒にいた大事な人達を喪ったら、もう……彼らと同じくらいに心許せる誰かになんて、これから二度と会えないんじゃないかなぁって。でも、そうじゃなかったね」






 これ以上先のない、道の行き止まりに来ちゃったみたいに思ってた。だけど、生きている間は行き止まりになんかならないで、道はどこかに続いているんだ。




 そう、ノアは言った。オレも同じ気持ちだった。






「は~い、道行く皆様、ご注目~! あの、グランティスの剣闘場で赤首選手と讃えられた『傷なしランセル』の鮮やかな剣技をお披露目しちゃいますよ! ぜひぜひ、立ち止まって見ていってくださいね~」




 喋れないオレの代わりに、ノアが適宜に客寄せのために声だしをしてくれる。過去の栄光に頼ってるみたいで恥ずかしいからその名前を出したくなかったんだけど、ノアに押し切られたんだ。




 剣闘場がなくなって困ったり悲しかったり残念だったりした人は、きっと、オレだけじゃなくて大勢いる。そういう人達にとっては、あの頃親しんだ名前が見聞き出来たり、オレが新しい道で頑張っているのを見たら嬉しい気持ちになるはずだよって。


「誰かを笑わせたいって思うなら、そのくらいの恥ずかしさは平気にならなきゃダメなんじゃないかな~」


 ぐうの音も出ない正論だった。






 こうしてオレ達は、新しい()の、幕開けの日を迎えたのだった。



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