念願の再会・・・!
常に移動して宿暮らしのボクへ連絡がある場合、姉さんは三大陸の主要都市群にあるクラシニア大使館に手紙を送っている。
その報せは港町ミラトリスの大使館に届いていた。ボク達の目標は現行のクラシニアの法律に仇なすものだから、その大使館の中で手紙は開けない。受け取ったらすぐ、外へ出てから読むのが定番の流れだ。
ボクはテラと一緒に、海がよく見える立ち食い軽食店に入った。注文した食事を受け取って外のテーブル行くと、肘をつきながら手紙を開く。
「えーとね……クラシニアのボクの義兄夫婦に、赤ちゃんが生まれるんだって」
せっかく一緒に行動してるんだし、よっぽど関心なさそうな情報でもなければ、ボクは手紙の内容をテラにも話してた。いつも通り声にはならなくても、テラは口を小さく開けて「おお~」と言いたそうにしてから、小さくぱちぱち拍手した。
「へへ~、ありがと。無事に生まれて会いに行く頃には付き合ってくれる? みんなにテラのことも紹介したいし」
特段、機密にしなきゃいけなさそうな内容も書いてなかったから、ボクは姉さんの手紙をテラに渡した。テラは笑顔で二回頷いて、手紙を受け取る。時間をかけて、手紙を読む。本人から聞けるわけじゃないけど、「文字は読める」けれど、平均的な大人よりは「文字を読むのに時間がかかる」ような気がする。何度かこういうやり取りがあって、ボクはそう感じた。
たっぷり時間をかけて読み終えたテラはそれをテーブルの上に置くと、自分の左手をひらりとボクに見せて、親指と人差し指だけを折り曲げる。そして、姉さんの手紙の一文を右手で指さす。
「……今からクラシニアを目指せば赤ちゃんの誕生に間に合いそうだけど、すぐに帰らなくていいのかってこと?」
真面目な顔でまた、二度、頷く。テラがこういうことを気にする性格だっていうのはちょっと意外だった。テラが、というより、結婚歴もない若い世代の男性がこういう気遣いに至るっていう、その感覚に対して。ボクなんか、手紙を読んだだけじゃ「出産予定日まであと何か月なのか」って計算すらしなかった。そういえば、テラには弟がふたりいるっていうから、「子供が生まれる」っていう場面に何らかの思い出があるのかもしれないなぁ。
「そりゃあ、会えるならすぐにも会いたいのはやまやまなんだけどね。海を超えるのってひと仕事だし、現時点のR大陸で片付けたい用件は全て済ませてからにしようかなって。ボクが出来ることをなるべく早々に済ませていくことで、姉さんや生まれてくる子供達が外の世界へ出られる日が、一日でも早くなるかもしれないでしょ? ボクも、ソウ……兄が外の世界へ出してくれて、初めて自由になれたから。今度はボクが、みんなを外へ出してあげたいんだ」
テラは難しい顔をしてボクの話を聞いていたけど、左手に拳を作って、一度、頷いた。いつも通り、漠然とした想像でしかないんだけど。「自分に出来ることなら手伝う」って言ってくれてるような気がした。
「手伝ってくれるの? ありがとう。こうやって一緒にいてくれるだけで、ボクはとっても心強いよ」
そう答えたら、嬉しそうに笑って二度頷く。うん、今回も正解だったみたい。
実際、テラに言った通り。どこへ行くにも付き合ってくれるテラがいるってだけでボクには都合の良すぎるくらい助かってるから、具体的に何を手伝ってもらおうと思ってるわけじゃなかったんだけど。翌日、故郷であるミラトリスに戻ってひっそり暮らしていた元断罪竜様は、ボクが頼んだだけじゃ協力を約束してくれたかわからない、面倒事を嫌いそうな人柄だった。彼は、剣闘士をしていた頃に彼を推してたみたいだから。テラと一緒にいたおかげで、門前払いにしないで話を聞いてくれたんじゃないかな。こんな場面はその後も何回かあって、テラが六年間の頑張りで築いた立場を実感したボク達だった。
ボクがテラとクラシニアへ帰れた時、生まれた子供は生後半年だった。その頃にはノエリアックで知り合った子達も一緒に旅するようになっていた。
その後の手紙で生まれた赤ちゃんが双子だったと知って、やりきれない過去の様々な出来事を思い出して具合悪くなっちゃって、みんなに心配かけちゃった。もう、「双子に生まれたからってだけで理不尽な運命に見舞われることはない」、そういう世界にソウがしてくれたんだ。わかっていてもなんだか複雑な気持ちだった。そも、生まれたのは同性じゃなくてお姉ちゃんと弟、男女の双子だったから大丈夫なんだけど。
せっかく一緒に来たっていうのに、テラ達は宿に残るっていう。最初の対面くらいは家族水入らずで、ってことらしい。ボクはそういうの気にならないけど、せっかく気遣ってくれての行動なんだから素直に受け取ることにして、ひとりで王宮へ向かった。
もう場所も知っているので誰に案内もなく王宮へ入り、姉さんの部屋を目指していた。ボクがちょうど辿り着いた頃に部屋からコウが出てきた。姉さんは今、ふたり分の授乳を終えたばかりで、双子のお姉ちゃんと一緒にお昼寝中だから。中に入っても静かに、って言いたくて出てきたんだ。わかったよって答えたら、コウは慎重に、重たい扉を極力音の鳴らないよう開けていく。
姉さん達の休む寝台から少し離れた部屋の真ん中に、親指を吸った赤ちゃんがぐんにゃり、背を曲げてお座りしている。扉の方をまーっすぐ見ていて、ばっちり、目が合う。
世の中に生まれて千年になるけど、ボクは「生きている赤ちゃん」とのご縁はほとんどなかった。死者しかいない上に時間経過のない影の世界でたーくさんの赤ちゃんがいたら悲しすぎるから、それで良かったんだと思う。それ以上成長出来ずにそこにやって来たってことだもんね。
そんなことを能天気に考えながら、歩いていた。その子の前にしゃがんで、顔を間近に覗き込んで。その瞬間……ざわざわぁ~って血が動くような感覚に襲われて、力が抜けた。膝から絨毯に崩れ落ちて、目の前の赤ちゃんを踏んづけなくて良かった。そう、安心する余裕さえない。
赤ちゃんとの顔の距離が更に近付いて、ボクは呆然と、「その子」を見つめる。目の前で大きな人影が不審な動きをしても全然動じず、微動だにせず。じーっとボクを見つめる。
事前にボクの想像していた、「赤ちゃんとの対面」とは、全く違う。わぁ、かわいいね。抱っこしていい? って、明るく楽しくやり取りするつもりだったのに。
ボクはコウに断りもせず、震える手を伸ばして、その子を抱き上げた。自分の腕に、胸に、ふわふわとした感触。小さな体に熱すぎる体温。
ずっと口の中に入れてた親指を、ゆっくりとした動きで抜いて。広げた、小さすぎる手のひらをボクに伸ばそうとする。
「……あ~……お~……」
それは単なる偶然で、決して、意味ある言葉じゃない。その証拠に、あ~、あ~、お~、お~、何度も無作為に、かすれた音が漏れてくる。喃語ってやつだよね……でも。ボクの感情の奔流を決壊させるには、じゅうぶんすぎた。
「うっ、あ……っ、ああ……うわぁぁああん……っ!」
子供みたいにみっともなく、ボクは泣いていた。辛うじて残った理性は、小さな体を潰してしまわないよう、それだけは全力で守らなきゃっていう、ただ一点にしか配慮出来ない。
顔が見えなくなってしまうけど、その子の体の全てを感じていたくて、両腕でしっかりと抱きしめた。流れ出す涙はまだちょっとしか生えていない、ふわふわしたその子の髪の毛を濡らしてしまう。
「会いたかった……会いたかったよ、ソウ~……ッ!」
科学的根拠も、医学的根拠も知らない。でも、ボクにはわかるんだ。ボク達は、お互いを半分こにして生まれてきた存在なんだから。
「……やっぱり、ソウだったんだな」
ボクの行動に呆れるどころか最大限慮った調子で呟き、コウは深く溜息をつく。ボク達の横にしゃがんで、ボクと赤ちゃんの間に手を差し入れて、その子の頭を撫でる。
ボクももう一度、その顔をじっくり見る。
「ノアみたいに直感出来るわけじゃないけど、この顔を見てたら俺にだってわかったよ。あいつ……ソウって、表情、特徴的だったからな。この……まっすぐこっちを見て、静かに、どこまでも深くまで見通してきそうな目……」
赤ちゃんって、こんな思慮深い目をしてるものだっけ? 他の赤ちゃんを見たことがないからわからないけど、確かに……これは、ソウとおんなじ目だ。ボクにもわかるよ。




