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前世で報われなかった神々が人間に転生して幸せな恋をします。【GRASSBLUE last 碧草日記】  作者: ほしのそうこ
女王特権で推しと結婚するなんて、はしたないですか?(前)sideグレス
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姫君と剣闘士の恋は、こうして始まります。

本章「女王特権で推しと結婚するなんて、はしたないですか?」はエブリスタ執筆応援キャンペーンで佳作に選出されました。

 二十五歳の誕生日。わたくしグレス・グランティスは、十年と少し前から影ながらお慕いしていた方と婚約いたしました。




 彼は我が国においてはその名を知らぬ者はいない人気者で、男性からは畏敬の、女性からは思慕の眼差しを一身に集めておられました。




 その彼とわたくしがこのような関係になれたのは、はしたなくもわたくしが女王の地位を利用出来たがゆえのこと。




 誰が責めなくともわたくし自身は、その事実に対しての後ろめたさ、いたたまれなさを払拭することは、おそらく終生出来ないのでしょうね。










 わたくしは新暦九八〇年、グランティス王族の次代女王として生まれました。




 グランティスは他国から「力の国」と呼ばわる、武勇を誇る国。そうなったのはひとえに、この国を千年に渡ってお守りくださった神竜様が女王として君臨し、「力こそ正義!」を第一に掲げ国民を鼓舞してきたからです。




 グランティスの周辺にはかつて敵対関係にあった隣国のクラシニアや、世界統一を企てる精霊軍などの脅威がありましたが。いずれも堅実な武力維持により、我が国は一度たりと他国の侵略を許したことはありません。




 先代女王エリシア様は彼女の在位した千年に渡りグランティスの誇りでありましたが、わたくしが生まれる十年ほど以前に非業の死を遂げました。その時点で継承順位一位であった我が父が国王となり、生まれたわたくしは待望の「次代女王候補」となります。






 当然ながら、国民はわたくしにエリシア様のような強さ、気高さを求めています。わたくしはエリシア様にお会いしたことはない……はず、です。何度か夢の中で、もしかして彼女なのかしらと思える女性の姿を見たことがあるのですが、所詮は夢なのでさておくとして。




 大変申し訳なく恐縮なのですが、わたくしはおそらく、エリシア様とは真逆の性質。ごくごく平凡な……いえ、このような表現は市井の女性方に失礼かもしれません。自立した一般的な女性よりももしかしたら頼りない部類の、華奢な女に過ぎないのだと思うのです。そう、自覚しております。




 そんなわたくしの実体を知る周囲の人々は、口を揃えてこう言うのです。




「グレス様。心も体も、もっと強くなりなされ。あのエリシア様の次代女王がこんなにもか弱いと知ったら、きっと彼女は嘆きましょう」




 そうは申されましても、わたくしはとても、彼女のようになれるとは思えませんし、そう忠言される度に重圧に心が暗くなってしまうのです。




 せめて国民の前では毅然と通常より強い言葉を使うよう心掛けてはいるのですが……人前に出るとそうして自分を偽らなければならない現実に、一日の終わりにはわたくしの心身には些か大きすぎる寝台に身を沈めて、時には悔し涙に布団を濡らしておりました。






 グランティスは世界で他に類を見ない規模の剣闘場を有することで知られています。その剣闘場は、エリシア様の闘志を満足させるために彼女が作らせたものです。とはいえ、いくら強者を集めたところで「力を司る神」そのものであるエリシア様を満足させる者など人間の中から現れるはずもないのですが。結局は、「彼女と対等にやり合える者」を見つけるためではなく、「彼女の目に適う、鍛えるに足る強者を発掘する」ことが剣闘場の存在意義となっていきました。エリシア様にとっては充足感より、退屈しのぎに過ぎなかったでしょう。






 次代女王ということになっているわたくしは、剣闘場を維持するため、成人年齢である十五歳を迎えると、国王の補佐としてその運営に携わることになりました。試合の開催時間は主賓席から観戦しておりましたが……。剣闘場を愛する皆様が是非にもこちらへお出でになりたいでしょう、選手のお顔まではっきり見えそうな絶好の位置で立ち見させていただきながら、わたくしは試合観戦を楽しむことは出来ませんでした。飛び散る血液の匂いには眩暈を覚え、傷を受けて苦悶する選手の皆様の表情には目を背けたくなってしまいます。






 こんな日々がこれからもずっと続くのでしたら……わたくしのような不心得者ではなく、もっとエリシア様に似た気質の女王に相応しいお方が、この国に生まれてくだされば良かったのに……。わたくしは、女王になど生まれなければ良かったのに。




 そう、思い始めた矢先のことでした。彼と出会ったのは。








 その日、わたくしは剣闘場に新規で参加登録を希望する若者との集団面接を行っていました。新人選手の参戦出来る予選会は月初めに一日限りという決まりになっているので、面接もその日程に合わせて月に一度限り。各国から、世界一の剣闘場で闘うことを夢見る若者たちが集いますが、グランティスへ到着した時期によっては面接まで十日や二十日以上も待ちぼうけした方もいるのです。要するに待ちくたびれて、待ち焦がれて、その熱意を面接でこれでもかとぶつけてこられます。




 この日の面接希望者は五名でした。先の四名が唾やら汗やら弾かせる勢いで熱弁した後で、五番目の椅子に腰かけた彼は、自分の順番が回ってきても口を開かず。膝の上に広げた手記らしきものをじっとりと見つめていました。




 わたくしは手元の書類……彼が今日までに提出した、郷里から持参した身分証の写しと持病の有無を記した診断書を確認します。それを見てある程度、彼の行動は納得しました。




「……テリア・ランセル殿? あなたの番ですよ」




 内心は彼への同情心も芽生えましたが、このままではお待ちになっている他の四名がお気の毒です。わたくしは彼へ呼びかけました。




 剣闘場には、十五歳であれば誰でも参加希望を出すことは可能です。そうだとしても、彼……テリア・ランセル殿は、剣闘士志願者としては些か細身で、表情も闘気に満ち満ちているとは言い難い印象でした。




 ランセル殿は立ち上がりましたが、どこか不安げな表情でした。その表情とは反してしっかりとした足取りで歩き出し、わたくしの方へ向かってきます。


 わたくしの隣に立ち、控えていた近衛兵がとっさに動こうとします。何せ先代女王は誰にも負けるはずがないので前例があるわけではないのですが、面接会の場では腕に自信のある者が間近で王族と対面するのです。王族に害意ある者が紛れ込み、危害を加えようとする可能性も考慮され、用意された座席よりこちら側へ接近することは最初から禁止されています。




 ですが、わたくしは近衛兵を手で制止し、彼が目前まで来るのを待ちました。わたくしに何らかの害をなす気があるのでしたら、もう少し、それに相応する足さばきをしていると思うのです。




 彼は両手で、開きっぱなしの手記を、わたくしに手渡しました。それを受け取って目を通します。






「けんとうじょうの人へ




この人、テラ兄ちゃんは生まれた時から口がきけなくて、文字が書けません。耳は聞こえているので言ってることはわかります。




そのことで村のみんなにからかわれたりしてたけど、体を動かすのがとくいで、ケンカで誰にも負けたことがありません。




だから立派なけんとうしになれるとおもいます。




じぶんの口では言えないし書いて伝えることもできないから、かわりにおれたちが書きました。




試合にださせてあげてください。どうかおねがいします。






メリク・ランセル


ギネイ・ランセル」






 幼さの残る、たどたどしい文字でそう、書かれていました。十五歳のランセル殿の弟となると、そこまで幼くはないのではと思うのですが……身分証に記された彼の故郷は辺境で、教育水準はそんなに高くはないらしいと聞いたことがあります。生涯、その村を出ずに終える人も多く、そこを離れないのであれば問題なく暮らせるのでしょう。






 後に彼と親しくなってから、手記の続きを見せていただけました。そこには、弟達なりに、今後の兄が困りそうな場面を想定した様々な「お願いします」が記されていたのでした。






 






「グレス様、どうします?」




 わたくしの隣に着席していたのは、王族に代わって剣闘場の主宰を務める剣闘大臣。自ら意思表明をせず、持参した紹介状も責任ある立場ではなく、未成年からのもの。こんな志願者は過去にありませんでした。




「……よ、よしとしましょう」




 わたくしの言葉を受けて、大臣は「志願、承認する。席へ戻りなさい」と声かけします。耳は聞こえているというのは本当なのでしょう。その瞬間、彼は深く溜息をつき、ほっとひと安心。一瞬だけ顔をほころばせて、わたくしはその表情を見逃しませんでした。大臣が咳払いをしたことで、こういった場で気を抜きすぎた失態に気付いたのでしょうか。慌てたように精悍な表情を取り繕い、わたくし共に深く頭を下げて席へ戻っていきます。






 面接会は解散となり、剣闘士志願者が全員退室したのを見計らい、大臣は呆れ顔でぼやきます。




「五人目……いかにもな田舎者、世間慣れしてない若者ですなぁ」


「大臣、言葉が過ぎますよ」


 グランティスとて、国を出れば他の国では田舎者と誹りを受けることだってある。そんなことを言われたら口より先に手が出ることもよしとされがちな国民性を蔑まれるのだって珍しくありません。自分が言われたくないことを易々と口に出すべきではないでしょう。そう指摘すると、大臣は口が過ぎましたな、と頭を下げてくださいました。






 田舎者……は、ともかく。別の意味ではわたくしも同意見ではありました。あの、一瞬だけ見せた表情はあまりにも純朴で、……優しくて。わたくしが剣闘場で拝見してきた数多の剣闘士の皆様とは、あまりにも空気感が違うのです。




 弟達の言うように、信じるように。「立派な剣闘士になれる」。本当にそのようなお人柄なのでしょうか。わたくしにはどうしても、疑わしく思えてしまうのでした。

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