完全無欠の王太子と奇跡の大魔術師
「ルシェル、あんなのに惑わされてはいけません。あれは魔物よりたちが悪いですから」
と、見えなくなった視界から王太子様の声が聞こえてきた。
どうやら、私の目は、王太子様の手で覆われているよう。
「あ、ずるーい! 自分だけルシェに触って、ずるーい! ぼくの手は叩き落したくせに、ずるーい! 王太子のくせにずるーい!」
と、やたらと「ずるーい」と連発するノーラン様。
「当然です。魔術師長はルシェルと赤の他人、私は婚約者ですから。そんなこともわからないとは、相変わらず、理解力がないですね?」
と、毒を含んだ物言いをする王太子様。
「理解できないのは、自分だよね? 何度言ったらわかるの? その婚約は仮だって。ルシェは永遠にぼくのだもーん」
「妄想が激しいですね。それに、その口調、成人している人間とは思えない、気持ち悪さですよ」
確かに……。
「もーん」だなんて、見た目がエルフだから、ぎりぎり許されているような気がするけれど、普通はアウトよね……。
しかも、ノーラン様って、何気に王太子様より年上なのよね。
「ぼくだと、気持ち悪くないもーん、もーん、もーん! それに、気持ち悪いのは自分だよ? ルシェに、ねっとりとした態度とるのやめてよねー。粘着質できもちわるーい」
偽エルフがわめく。
なんだか、子どもの頃のお茶会を思いだすわね……。
思わず眉間にしわがよった。
そう、ふたりが会うと、いつもこんな感じになって、更にエスカレートしていくんだもの。
最初は悪口を言っていたら、先に我慢できなくなった偽エルフが容赦なく魔力を放つ。
そして、手段を問わず、向かっていく王太子様。
そう、美味しいお菓子を楽しんでいるのに、壮絶なケンカを始めてしまうふたり。
それを止めれるのは王妃様だけ。
あ、でも、今日はエリカ様がいるから、大丈夫か……。
王妃様と違って、沸点の低いエリカ様。
そろそろ、突進してくるんじゃないかしら?
と、思ったら、ドドドドドドッ……。
目を隠されたままだけれど、わかる。
エリカ様が来たわ!
「やめなさい! ふたりとも!」
そして、私の視界が明るくなった。
どうやら、私の目を覆っていた王太子様の手はエリカ様によって、叩き落されたよう。
「相変わらず、エリカさんは馬鹿力ですね……」
と、手をさする王太子様。
「完全無欠の王太子として巷では名を馳せるレオと、奇跡の大魔術師として巷で大人気のノーランが、なんて幼稚な言い争いをしてるのよ!?」
エリカ様が、やけに嫌味っぽく言った。
うん、わざとよね……。
「ああ、エリカの言う通り、完全無欠の王太子と奇跡の大魔術師なのに、幼稚だな」
これまた、嫌味っぽく繰り返すロジャー様。
言葉だけじゃなくて、ニュアンスまでエリカ様を真似るとは、ぶれないロジャー様。
ふたりの言葉に、王太子様が顔をしかめた。
が、偽エルフの反応は違った。
「奇跡の大魔術師って、なんか、突然変異っぽくて嫌かもー。それより、ぼくを紹介するなら『おちゃめな魔術師ノーラン、ルシェとはずっと一緒だよ』にしてくれる?」
なに、それ……。
しかも、私を巻き込むのはやめてほしい……。
ほら、みんな、あきれて何も言えなくなってるじゃない。
私が変なことを言ったみたいな恥ずかしさだわ!