のんびりしている場合じゃない
その後、魔獣が続けざまに出没したため、ルビーさんの歓迎会はのび、結局、アリシアさんの送別会と一緒にすることになった。
それが今日。
場所は神殿の隣に建つ、ロジャー様とエリカ様のお屋敷。
送別会兼歓迎会は午後からだけれど、私はお手伝いのために、朝からエリカ様のお屋敷に向かった。
ちなみに、今日は神殿の仕事は神官さんたちがやってくれるので、聖女チームはみんなお休み。
エリカ様と私で準備をして、アリシアさんとルビーさんは、なにやら用事があるらしく、それぞれ出かけている。
ということで、エリカ様のお屋敷に来たけれど、早々に私は役にたたないことがわかった……。
エリカ様とお手伝いさんたちで料理をしているのだけれど、私は料理ができない。
言い訳をすれば、料理をする機会がなかった。
とりあえず、手伝おうとしてみたものの、残念ながら邪魔になっているみたい。
エリカ様の指示で、台所の一角に私の席ができ、味見係となった。
ただただ、美味しいものを食べさせてもらっていると、神殿から手伝いにきていたメイドのマーシャさんが指を切ったよう。
「ルシェル。マーシャの指を癒してあげて!」
と、エリカ様。
「わかりました!」
私は元気よく返事をする。
「とんでもない! たいしたことないですから」
遠慮するマーシャさん。
が、美味しいものを食べさせてもらうだけで、まるで役に立っていない私は、ここぞとばかり、全力でその指に癒しの力を注いだ。
あっという間に傷口は消えた。
うん、完璧!
が、マーシャさんは茫然とした様子で指を見たままだ。
どうしたのかしら?
「マーシャさん、大丈夫? もしかして、まだ痛いとか?」
気になって聞いてみると、はっとしたように私を見た。
「いえ、傷口は全く痛くありません! それより、ルシェル様!」
と、叫んだあと、指の下のほうを反対の手の指でさした。
「あら? そこ切れたところじゃなかったわよね?」
「そうなんです! ここ、随分前にケガをしたのですが、その後しびれが残っていたんです。でも、全くなくなりました! すごい……」
「それなら良かった! 傷口だけじゃなくて、その指全体に癒しの力を注いだから。あ、他にも何か癒すところがあれば言ってくださいね」
と、声をかけると、マーシャさんはぶんぶんと首を横にふった。
「とんでもありません! 本当にありがとうございます!」
とても喜んで、何度もお礼を言ってくれたマーシャさん。
良かった……。
あ、そうだ!
何も手伝えることがない私が、お役にたてることがあるんじゃない!?
「ここに、味見係兼癒し屋オープンします! 何か不調があれば言ってください! 癒しますからねー」
と、お手伝いさんたちに声をかける。
最初は遠慮していた皆さんも、料理の合間に順番にやってきてくれた。
みんな、肩こりやら腰痛などちょっとした不調を抱えていたみたい。
そんな私を見て、エリカ様が言った。
「やっぱり、ルシェルは聖女に向いてるわねー。さっさと大聖女の座をルシェルにゆずって、私は、のんびり旅行でもいこうかしら。せっかく異世界にきたのに他の国に行ったことないしね。大聖女だとうろうろできないし。それがいいかもね」
と、うなずいている。
「エリカとのんびり旅行か! それ、いいなあ!」
ロジャー様が嬉しそうに同意した。
まずいわ、この展開!
「ダメですよ、エリカ様! 私は大聖女の器じゃないですし、それにアリシアさんがいなくなって、たった3人しかいなくなるんですよ、聖女が」
と、あわてて止める私。
「ルシェルの力なら大聖女も大丈夫よ。あ、それに、人手が足りない時は聖女の仕事は手伝うし。ほら、大聖女じゃなければ、もっと自由に動けるから」
それは私が望むポジションですよ、エリカ様!
のんびりしている場合じゃないわね。
私の方こそ、さっさと筆頭聖女の座をルビーさんに引き継がないと。
神殿からでて、いろんなところに行って、お菓子を食べ歩きたいんだもの!