聞きたくない
私がハンカチをはずしたので、ノーラン様の腕からは、またもや血が流れだした。
「あ、ルシェのハンカチ、ぼくの血で汚れたから、もらっとくね。今度、新しいのを返すから」
そう言って、私の手から血でぬれたハンカチをとりあげたノーラン。
ぶつぶつと詠唱したと思ったら、ハンカチにしみこんだ血の部分だけが、浮き上がり、真っ赤な石になった。
ハンカチはまっしろに戻っている。
「すごい!」
と、またもや、ミケランさんが歓声をあげた。
ノーラン様はハンカチと赤い石を、上着のポケットにしまいこんだ。
「ええと、ノーラン様の魔力は洗濯もできるの?」
思わず、つぶやくと、ノーラン様は首を横にふった。
「洗濯したわけじゃなくて、ぼくの血だけ、この石にまとめたんだ。だから、ルシェの痕跡は洗い流されてないんだ!」
ん? ちょっと意味がわからない……。
「それなら、ハンカチは戻して」
「ダーメ! これは、ぼくがもらうの。ルシェには新しいハンカチを贈るからね」
血を流しながら、笑顔で答える偽エルフ。
うん、怖い。ハンカチはあきらめよう……。
更には、
「すごく痛いけど、ルシェの力を感じられるから、ドキドキする」
と、血を流しながら、気持ちの悪いことをつぶやく偽エルフ。
やっぱり、怖い……。
「じゃあ、そろそろ、始めます! 魔石くん、癒しの力をぼくの傷ついた腕に向かって流して。放出!」
ノーラン様が変な掛け声をかけたあと、魔石に息をふきかけた。
そのとたん、私の力である、うすい紫色の霧が、魔石のてっぺんから噴き出した。
霧は細長く、うねりながら、偽エルフの腕に向かって流れていく。
そして、ぐるぐる腕をまわりながら、傷口をおおっていった。
なんだか、生きた包帯みたい。
「ああっ、気持ちいい……! はああああ……」
突然、恍惚とした表情で声をあげた偽エルフ。
「こら、変態ノーラン! 変な声をあげるのはやめなさい! ほんと、この国始まって以来の天才、大魔術師の名を簡単に帳消しにするような変態っぷりよね? ここは聖なる神殿で、未成年の子たちがいるんだからね」
と、エリカ様がごみを見るような目でノーラン様に注意をした。
その未成年1である私は、気持ちが悪すぎて、鳥肌がたっている。
そして、未成年2であるルビーさんは無の表情だ。
年齢は知らないので、推測だけれど、未成年3であろうミケランさんは耳まで真っ赤になり、両手で顔をおおっている。
が、指のすきまから、偽エルフをしっかりと見ている。
怖いもの見たさかしらね……。
すると、アリシアさんが真顔でつぶやいた。
「もしかして、ルシェルの力って媚薬みたいなものが入っているのかしら?」
ロジャー様が即答した。
「そんなことあるわけない。ルシェルの力で大勢の人たちを癒してきたが、こんな反応をするのは、ルシェルマニアの変態ノーランだけだ」
「ルシェルマニア……? なんですか、それ!?」
聞いたこともない、気持ちの悪い単語に思わず叫んでしまった私。
「ノーランがルシェルにまつわる物を欲しがるのは、仲間内では割と有名な話だぞ。さっきも、さらっと、ルシェルのハンカチを捕獲していただろう?」
「はあ? いやいや、初耳ですが!? しかも、私にまつわる物って,一体なに!? あ、やっぱり、聞きたくない! 知らなかったことにしよう!」
「ひどいよ、ルシェ」
と、いきなり、耳に甘ったるい声をふきこまれて、文字どおり、私は飛び上がった。
いつのまにか、偽エルフがはりつくように、私の隣に立っている。
すっかり傷がなおった腕を私に見せると、とろりとした目で微笑んだ。
「はあ、気持ちがよかった。ありがとう、ルシェ。ルシェの力って、ほんとに最高だね! 全然足りないから、また、味わせて?」
と、言った瞬間、ノーラン様が宙に浮いた。
あ、ロジャー様が首根っこをつかんでいる。
「こら、いいかげん、うちの娘から離れろ。変態!」
ひきずられるようにして、私から引き離された偽エルフ。
魔力を使わなければ、線の細いすらりとしたノーラン様。
鍛え上げた騎士であるロジャー様に力では到底かなわない。
ロジャー様、ありがとうございます!