一緒にしないで
ミケランさんが喜んでいるのなら、何も言うことはないわよね……。
とういうことで、さっさと進めて、早く終わらせよう。
「ノーラン様、じゃあ、次はどれを見ますか?」
残っている魔石は、ルビーさんと私のとノーラン様のだけだ。
「じゃあ、次は、ルシェのね!」
そう言って、ノーラン様が私が癒しの力をこめた薄い紫色の魔石を指さした。
その瞬間、ヒューンッと一気に天井まで浮き上がった魔石。
「さすが、ルシェル。質のいい癒しの力がこもってるわね! つまり、優勝争いは、私とルシェル! いいこと、ルシェル。いくら娘のような存在であっても、勝負は勝負。どっちが勝とうが、うらみっこなしよ!」
エリカ様が私にむかって、ぎらついた目で言い放った。
うらむもなにも、心底、どうでもいいです……。
でも、あきれるのを通り越したら、なんだか、勝負師エリカ様が、ちょっとうらやましくなってきた。
だって、こんなどうでもいいことに一喜一憂できるほど、熱くなれるんだもの。
日々、楽しそうじゃない?
が、私はこんなことでは楽しめない。ただただ、疲れる。
ということで、早く終わらせるべく、早口で言った。
「あ、優勝とかは私はいりませ……じゃなくて、辞退で」
と、言った瞬間、失敗した! と思った。
エリカ様の顔が鬼気迫るものに変化したから……。
「ダメよ、ルシェル! 正々堂々と勝負しなさい! 逃げるのは許さないわ!」
ものすごい圧で言ってきた。
すっかり、変なスイッチの入っているエリカ様。
更に面倒さが増してしまった。
「そうだぞ、ルシェル! エリカの言う通りだ。逃げるな、ルシェル!」
ロジャー様が、またもや、エリカ様と同じようなことを繰り返している。
ロジャー様が人の言葉をまねるオウムに見えてきた。
ルビーさんがひいた目で私たち3人を見ているのが悲しい……。
「一緒にしないでね、ルビーさん!」と、心の中で懇願する。
とりあえず、この奇妙で、暑苦しい勝負モードを霧散させるべく、話題を変えようとしたその時だ。
一気に、その空気をぶちやぶるほど、奇行にでた人がいた。
もちろん、偽エルフだ。
「じゃあ、ちょっと、ルシェの力を味わってみるねー!」
と、歌うように言った。
そして、右手の指先に息をふきかけると、反対の腕の上着をまくりあげ、その指先でなぞった。
すると、なぞった先から、腕が、すぱーんと切れた。
真っ赤な血が流れだす。
……はああああ!?
「ちょっと、ノーラン! 何してるのよ!?」
色々かなぐりすてて、叫んだ私。
「切ってみた」
「そんなの、見たらわかるわ! だから、なんで、そんなことをしたのか聞いてるの!」
私は叫びながらも、ポケットからハンカチをとりだして、血の流れる偽エルフの腕の傷口をおさえた。
「だって、ルシェの癒しの力、ぼくが試してみたいんだもーん」
「はあ? なにしてるのよ、ほんと! こんなに切って、痛いじゃない!」
ハンカチで血をおさえている私にむかって、何故か、妖しげに微笑む偽エルフ。
「うん。ものすごく痛いよ。でもね、この後に、ルシェの癒しの力で満たされるかと思うと、ゾクゾクするよね……。だから、痛みも耐えられるというか……フフ」
うん、言っている意味がまるで理解できないし、気持ち悪い。
近寄ってはいけない感じがするわね。
「こら、変態ノーラン! ルシェだけ、ずるいわ! 公平に審査するなら、私の力も試してみなさいよ!」
と、見当違いな文句を叫びだすエリカ様。
「そうだぞ、変態ノーラン! 別のところでも切って、エリカの力も味わえ! というか、お好みの場所を、俺の剣で切ってやろうか!?」
と、ロジャー様もまた、怖くて、変なことを真顔で言っている。
が、ノーラン様は、そんなふたりを全く無視して、天井付近に浮いている魔石にむかって、ぶつぶつと何か詠唱した。
すると、魔石はテーブルまでおりてくると、ノーラン様の前で着地した。
ミケランさんが、「おおお! さすがは、ノーラン様! お見事!」と、歓声をあげている。
というか、この魔石は偽エルフのペットなの!?
呼べば、来るのかしら……?
他のみんなも息をのんで、偽エルフとペット化した魔石を見ている。
「ではでは~、これから、ルシェの癒しの力をとりだして、使ってみたいと思います! あ、ルシェ。ありがとう。もう、ハンカチはずしていいからね」
と、無駄に、きらきらした笑顔を向けられた。
中身は変な生き物だけれど、見た目は極上で、まぶしすぎる。
本当、詐欺もいいとこよね。
なんか、ずるい……。
ぱっくり切れた傷口に思わず塩をぬってみたいという、邪悪な気持ちが芽生えてきた。
ダメだわ……。
私は聖女なんだから、そんなことを考えたらダメ!