間違えましたか?
よろしくお願いします。
「忘れるわけありません。…レオナルド王太子様」
私がそう言うと、射るような視線がよこされた。
「違いますよ、ルシェル。悲しいですね、婚約者なのに…」
と、王太子様。
空気がぴーんと張りつめた。
ええ?! もしや、私ってば、お名前を間違えた?!
いや、そんなことはない、絶対にっ!
もうすぐ、交代してしまう仮初の婚約者である私であっても、さすがに、この国の王太子様のお名前は知っている。
でも、私がレオナルド様と思いこんでいるだけで、本当はレオナード様?
それか、レオポルド様、…もしや、レオタード様とか?
それか、いっそ、全然ちがって、ロナルド様だったとか!!
頭がパニック状態になる私。
あ、自分の背後には、専属護衛騎士のジャックが立っているはず!
誰でもいいから、王太子様のお名前を確認したい!
私は、勢いよく、振り返った!
『王太子様のお名前、レオナルドで合ってるよね?!』
と、必死でクチパクで聞く。
が、緊張しているのか、ジャックは、カチンコチンで、私を通り越し王太子様を見ていた。
当然、視線はあわない…。
物憂げなため息が聞こえた。
もちろん、王太子様だ。恐る恐る見る。
「ひどいですね、ルシェル。今度は護衛騎士を見たんですね。もしかして、ぼくの名前を聞こうとしましたか?」
ひいいー! 振り返っているから、私の口の動きはわからないはず!
超能力者なの?!
更にパニックになる私。そこで、王太子様が小首をかしげて聞いてきた。
「今日は、ルシェルの猛犬がいないのですね?」
「は? 猛犬…?」
「いつもルシェルにひっついている、態度の悪い猛犬…ではなくて、護衛騎士のことですよ」
「あ、…ノアのことですか? 今日から、このジャックに専属護衛騎士が変更になりました」
「それは良かった。ジャック、ルシェルのことをよろしくお願いします」
王太子様が、きらきらした笑顔で、ジャックに声をかけた。
「はっ、もちろんです! お任せください!」
「今度は素直な護衛騎士で良かったです。それと、ジャック。1メートルほど下がってくれますか?」
「はいっ?!」
とまどうジャック。私も意味がわからない。
すると、アルバートさんが、音もなくジャックのそばにより、
「こちらへ」
そう言いながら、ドアの方へひっぱっていった。
「この変です」
アルバートさんは無の表情のまま、それだけ言うと、元いた位置に戻った。
私から離れ、ドアの前あたりに立たされるジャック…。
「外では別にして、神殿の中では、ルシェルにこれくらいの距離を保ってくださいね。くれぐれも、前任者のように、無用に近づきすぎないように。近づかなくても守れるようでないと、筆頭聖女の専属護衛騎士は変更します。よろしくお願いしますね」
美しい笑みを浮かべ、よくわからない指示をだす王太子様。
でも、護衛騎士のことは全てロジャー様の権限よね? だから、聞き流して大丈夫よ、ジャック。
そう思ったとたん、
「…はいっ、了解しました! 王太子殿下!」
ジャックがうわずった声で返事をした。
うん、すっかり、王太子様に飲み込まれているわね…。
そこで、王太子様がはたと私に視線をあわせた。
「話がそれてしまったけれど、じゃあ、もう一度、今度は間違えないように、ぼくの名前を呼んでくれますか? ルシェル」
はかなげな美しさとは裏腹に、瞳の奥は、冷たく光っている。
怖いっ…!
とにかく、お名前を正確に呼ばないと!
もしかしたら、さっきは、発音が悪かったのかもしれないわ。
なので、ゆっくり丁寧にひとことひとずつ、呼んでみよう!
息をすって、覚悟を決める。
これで間違えていたら、華々しく散るのみよ!
ということで、いちかばちか、礼儀もかなぐり捨てて、私は思い切り叫んだ。
「レ・オ・ナ・ル・ド王太子様ー!!」
読みづらいところも多いと思いますが、読んでくださった方、ありがとうございます!