号泣
「私と同じくらいの年の女の子が、みんなのケガをなおして、あんなに感謝されている……。なのに、私が同じような力を見せたら、村ではバケモノだって言われて怖がられた……。私は男の子だから、聖女にはなれない。この赤い瞳でも、もし聖女になれさえすれば、不気味がられることはないかもしれないのに。そのチャンスさえないことに腹が立ってしまって……。八つ当たりですが、輝いている小さな女の子が憎らしく思えたんです。要するに妬んだんです。だから、私は……いえ、僕は、女の子のふりをして、聖女の試験を受けました。聖女になって、混乱させようと思って……」
なんてこと……!
その時の私に戻って、近くで心を痛めているビルトさん……いえ、ビルト君を見つけ出したい……。
そんな近くで苦しんでいたビルト君を見つけることもできずに、聖女として癒しの仕事をしたつもりになっていたなんて……。
自分が不甲斐なくて、悔しくて、なによりビルト君に申し訳なくて、涙がこぼれた。
次の瞬間、やわらかいものが私の目にあてられた。
え……? と思って、見ると、王太子様……。
いい香りのするハンカチで私の涙をおさえながら、語りかけてきた。
「ルシェルは何ひとつ悪くない。もし仮に少年に気づいたとしても、残念ながら、聖女の力でも、人の心は癒せない……。それにね、ルシェル。ルシェルは、いつだって、その時々の全力で、救いを求める目の前の人々に向き合ってきた。いくら聖女の力が膨大であろうと、人間としての生身の体は悲鳴をあげる。幼い頃は、力をだしすぎて、何度も倒れたことがあったよね。それでも、ルシェルは弱音をはかず頑張り続けてきた。そんなルシェルを僕は尊敬している。君は立派な筆頭聖女だ」
そう言って、優しく微笑んだ王太子様。
あたたかいものが心に広がっていく……。気が付いたら、号泣していた私。
「あー、悔しい! なんか、いいとこ取られたー」
王太子様にブーブー文句を言うノーラン様。
「ほんとね。レオが初めてかっこよく見えたわ。ザ・王子って感じだわー」
と、エリカ様。
「え、そうなのか!? あんな感じがいいのか、エリカ!?」
王太子様をほめたエリカ様に慌てふためくロジャー様。
一気に、わいわいとにぎやかになった。
モリージャ様がビルト君に向かって言った。
「ほら、みんな、楽しい仲間だろう? それで、ビルト。これから、どうしたい?」
すると、ビルト君は私たちに向かって深々と頭を下げた。
「まずは、みなさん。騙していて申し訳ありませんでした」
そして、顔をあげると、まっすぐな目でモリージャ様を見て言った。
「許されるのなら、僕は、これからも神殿で働きたいです。僕の力で何か少しでも人の役にたてるのなら、そうしたいです」
「わかった。それなら、ビルトが神殿に残れるよう私も力を貸そう」
モリージャ様の言葉に、みんながうなずいた。
ショックで固まっていた神官イルミさんも、いつの間にか解凍されていたみたいで、力強くうなずいている。
そうして、やっと、アリシアさんの送別会とルビーさん改めビルト君の歓迎会が始まった。
◇ ◇ ◇
ビルト君の真実に衝撃がはしったあの日から数日がたった。
あれ以来、ビルト君の姿を見ていない。
聖なる力をもち、かつ魔力まで持つ少年は前例がなく、これからどうするのか、王様をはじめ国の重鎮の方々と一緒に決められている。
まあ、エリカ様やロジャー様、それに頼れるモリージャ様が話し合いに入ってくださっているから、ビルト君の望みどおりになると思う。
そういえば、ビルト君が女の子のふりをして聖女になったことを、育ててくれたおじいさんは知っているのか気になっていたら、エリカ様がおじいさん本人にも確認したようで、ことの顛末を教えてくれた。
ビルト君が抱える心の傷を痛いほど知っていたおじいさんは、「ルビーと名乗り、聖女の試験を受けたい」と言った時、止めなかったそう。
というのも、それまで、一度も自分がしたいことを言わなかったビルト君が初めて自分のしたいことを言ったから。
「ビルトはそうしないと、次に進めないのだと思いました。が、男の子だということは、すぐにばれるだろうから、その時は、一緒に謝りもするし、どんな罰でもうけようと覚悟しておりました」
と、おじいさんは静かに話していたのだって。
なんだか、モリージャ様に似た感じの、包み込むような優しい方だったと、直接話したエリカ様が絶賛していた。
それにしても、ルビーさん……いえ、ビルト君がいないと、なんだか寂しいわね。
ルビーさん時代、心を許してからは、ずっと、くっついてきて、振り返ると、ニコッと笑ってくれていたから。
試しに振り向いてみる。
すると、そこには、全くかわいくない、眼光鋭く態度の大きいノアがいた。
そう、「新人聖女ルビーさん」の護衛が必要じゃなくなったので、私の護衛にノアが舞い戻って来たのよね。
「あっ、ノア! 今、なんか隠した! こっそり、お菓子を食べてたんでしょう!?」
私が非難の声をあげると、端正な顔に意地悪な笑みを浮かべたノア。
「やっぱり、ルシェルにうらやんでもらわないと、買い食いしてもうまくないんだよな。ルシエルに見せびらかしながら食べてこそ、なおさらうまい」
と、なんだか、よくわからないことを言い放った。
すると、パンパンと手を打つ音がした。
「凝りてないわね、ノア。口では、そんなこと言いながら、結局は、ルシェルに甘いものをあげて、餌付けするつもりでしょう? ルシェルの護衛はジャックと交代なんだから、そんなことしてたら、また、ルシェルの護衛から外すわよ!」
と、エリカ様。
「そうだぞ、ノア。エリカの言う通りだ! ルシェルの護衛でいたければ、エリカの言うことを聞くように。そうでなくても、エリカの言うことを聞くように」
いつものごとく、エリカ様至上主義の意見を口にするロジャー様。
その後ろから歩いてきたのは、あっ……!
「ビルト君!」
思わず声をあげた私を見て、嬉しそうに笑ったビルト君。
数日見なかっただけで、なんだか雰囲気が違って、とまどう……。
というのも、短い髪に神官の服を着たビルト君は、美少女に見えていたのが嘘のように、美少年にしか見えないから。
「今から、ビルトのことで会議で決まったことをみんなにも伝えるわ」
と、エリカ様。
そして、広間に神殿で働く全員が集められた。
エリカ様とロジャー様、そして、ビルト君がみんなの前に立つ。
「では、単刀直入に、決まったことを発表するわね。ビルト・ロランは、今までどおり、ルシェルについて、新人聖女と同様の仕事をしてもらいます。そして、週に一日だけ魔術院で魔力をコントロールすることを学ぶこととなりました」
更に、ロジャー様が補足する。
「ビルトは今のところ聖女の力と魔力が半々だ。国としては、聖女が少ない今、癒しの力は貴重。神殿で働いてもらうほうがありがたい。仕事の内容としては聖女と同じだが、男なので、当然、宿舎は神官用に移動する。今後は、ビルトのように、男性でも聖なる力があるものがでてくるかもしれない。今までは年に一回、聖女の試験を行ってきたが、来年からは聖なる力を持つものとして試験を行い、男女関係なく受けられることとする。以上」
あと1話です! よろしくお願いします。