王太子様
よろしくお願いします。
「ええと、王太子様。私、何か失礼なことをしましたか…?」
恐る恐る聞く。
だって、私に対して不満そうに見えるもの。
とんでもなくお美しいうえに、だれにでも丁寧な態度で、常に穏やかでお優しいと大人気の王太子様。
でも、私には、初めて出会った時から、王太子様が、穏やかでお優しいだけの方にはとても見えなかった。
というか、美しい笑顔の裏に何かが隠れているような感じがした。
根拠はないけれど、野生の感というか…。
そして、会うたびにそれは確信に変わっていった。
今では、ご機嫌が悪い時は即座にわかるという、全く使いどころのない能力が開花してしまってるのよね…。
筆頭聖女の役目とセットになっている婚約をルビーさんに引き継ぐ時には、王太子様のご機嫌の見方も伝授しておかねば。
あ、でも、ルビーさんなら、そんなに不機嫌にさせることもないだろうし、大聖女様とロジャー様のような愛のあふれる感じになるかもしれないしね!
でも、今は、目の前の危機。今日は会ってまだ数秒しかたってない。
この短い間に、私、何かやらかしてしまったかしら?
「ルシェル。何故、そのようなことを聞くのですか?」
王太子様は、優雅に聞いてきた。
だって、顔は微笑んでいるけれど、目が怖いもの。確実に不機嫌ですよね?!
「ええと…、なんとなく、怒ってるような気がするというか…?」
私の言葉に切れ長の目が、すーっと細められた。お美しい目に見据えられ、思わず、体がぶるりと震えた。
「さすが、ルシェルですね。ぼくの気持ちがよくわかる。他にはいないですよ、アルバートくらいしか」
反射的に、王太子様から少し離れて立っているアルバートさんを見た。
が、アルバートさんは、私に視線をあわさない。表情は無だ…。
「今、アルバートのほうを見ましたね、ルシェル」
ええ、見ました! 見ましたとも!
でも、なんで、それで、王太子様の瞳の圧が強まるの?! 意味がわからなくて怖いんですがっ!
「あの…、本当に、私が何をしたのかわからないので、教えていただいても…?」
すると、王太子様は、物憂げな顔をした。
「本当は、ルシェルのせいではないのです。ぼくが悪いのです。なかなか、ルシェルに会いに来られなかったから。だから、ルシェルに忘れられてしまったのですね」
「…は?!」
思わず、王太子様が相手なのに、無礼な感じで聞き返してしまった。
でも、致し方ないよね? だって、この方、意味のわからないことを言っているもの!
「…ええと、どういう意味でしょうか、王太子様? おっしゃってることが、わかりかねるというか…」
「3回」
「え? 3回…とは?」
「今日会ってから、ルシェルは、ぼくのことを3回とも王太子様と呼びましたよね? アルバートのことは名前で呼んだのに。婚約者に名前を忘れられるなんて、寂しいですね」
そう言うと、ばさりと音がしそうなほど長いまつ毛をふせた。
はあああ?! なにそれ?! そんなことで不機嫌になってたの?!
読んでくださった方、ありがとうございます!