82 見つけた
食堂にはルフとクラースがいてお茶の用意をしていた。
「暖かいだけで幸せになれます……」
廊下から駆け込んだスノウは暖かい食堂に入っただけで感動した。
「すぐ隣だろう。そんなに寒いのか?」
オルフェスが平然とした表情で食堂に入って来た。
「魔法服を着なければわかります」
「そうか。だったら試しに」
「試さないで下さい! オルフェス様は風邪をひきやすいので!」
「魔法服を着ているのにしょっちゅう風邪をひく方なので!」
護衛達は即座に止めた。
「しょっちゅう? それって本当に風邪ですか? 違う病気では?」
スノウの指摘にオルフェスも護衛もドキリとした。
「違うのであれば、どんな病気だ?」
「鼻水や咳、喉の痛みはありますか?」
「熱が出る。体がだるい。喉も痛い」
「もしかすると、魔力循環の不調から来ているのかもしれません。喉の方は乾燥による水分不足かも」
結界の中や魔法服を着用している人は水分不足になりやすい。
「肌も乾燥しませんか? 痒くなりやすいとか」
「痒くならないよう薬水と軟膏をつけている。魔法防御もかかっている」
「乾燥対策だけであれば薬水と軟膏だけで十分です。魔法を過剰にかけるのは体に負担がかかります」
神職者は制服を着用しているせいで魔法服だと思われやすい。
しかし、実際には神殿に結界が張ってあることを考慮し、ほとんどの者は普通の服を着ている。
必要な状況に合わせて魔法をかけ、体への負担を軽減しているのだ。
「王宮にも結界があります。できるだけ少ない方がいいですけれど、王子だと難しいかもしれませんね。魔法服が制服の警備関係者と同じというか」
「スノウは相談者にも医者にもなれそうだな」
ルフは小皿に取り分けたパウンドケーキを運んだ。
「ルフ、聞いてください! オルフェス様が凄いことを教えてくれました!」
「良かったな」
ルフは淡々と答えた。
スノウやオルフェスのことは気になるが、自分の感情があからさまに出ないよう抑えていた。
「談話室と食堂の間にある壁に穴を開けるのはどうかと。ドアをつければ続き部屋になります。廊下に出なくてすみます!」
「……思いつかなかった」
ルフはオルフェスの提案に驚いた。
「壁を壊すのは簡単だが、余計な部分まで壊さないようにしないとだな」
「ゼノンに頼めばいい」
「ゼノンに?」
ルフは意外な人選だと思った。
「少しずつ分解すればいい」
またもや驚くべき発想と方法だった。
「……さすが王子だ。頭が良いな」
「王子かどうかは関係ない。私の頭が良いだけだ」
「それもそうか」
「オルフェス様はこちらに!」
げっそりしていたクラースはすでに復活していた。
ルフの食事のおかげで魔力不足も睡眠不足も解消した。
「クルミとチョコレートのパウンドケーキだそうです」
「味見しましたが、とても美味しかったです」
毒見としてアルトは先に味見をしていた。
「チョコレートが好きだと聞いた」
「アイスクリームを添えるのか?」
普通は生クリームではないかとオルフェスは思った。
「ゼノンが好きなせいで、アイスクリームが大量にある」
「残りものか」
「常備品だ」
「とても良い香りのお茶ですね」
「オルフェス様のお好きなお茶です」
「平民街で人気の個人店で売っています。その店のオリジナルブレンドなのです」
アルトとクラースはオルフェスのために様々な品を取り揃え、魔法の巾着に入れて持ってきていた。
「王族なのに平民街の品でいいのか?」
「良い香りだけでなく、平民街に外出した気分を味わえるのもいいそうです」
アルトが答えた。
「クッキーとチョコレートもあります。ぜひ、ご一緒に」
クラースが魔法の巾着袋から大きな箱を取り出した。
「こちらは貴族御用達の高級店のものです」
ちょっとした手土産も常備品。護衛の心得の一つだ。
「オルフェス様って王宮で作られてるもの以外も食べるのですね」
「魔法が嫌いだからな」
王宮で作られるものは誰のために作られているかがわかってしまうため、対象を絞って毒を仕込みやすい。
そこで必ず解毒魔法をかけ、問題ないことを確かめる毒見もある。
気分の問題ではあるが、あまりいいものではない。
その点、普通の店で売っているものは不特定多数が買うため、毒を仕込めない。
先に護衛が食べて毒見だけはするが、解毒魔法をかけずに食べられる。
「解毒魔法のせいで美味しくない」
「解毒魔法で味は変わりませんよ? 毒が入っていなければですが」
「知っている。だが、一度魔法をふりかけたようなものだろう? 魔力の残照がある気がして気分が悪い」
「なるほど。オルフェス様は魔法過敏症もありましたか?」
「ある。敏感な方だ。おかげで何もかもが嫌になる。魔法だらけの世界だからな!」
魔法に過敏で不調になるなら、魔法がない方がいい。
だが、王都は魔法だらけ。王宮も結界で守られている。
魔法が一切ない状況には絶対にならない。
自分の近くにあるか離れているかの違いでしかない。
「ここは居心地がいい。魔法が少ないからだろう」
「魔法機器はあるが?」
「その程度は気にならない。だが、大きなものは気になる」
オルフェスはルフを睨んだ。
「お前、相当魔力があるだろう? どこにいるのかすぐにわかる。ドアの前に転移してまたすぐに転移したのもわかるぞ」
ルフは気まずくなった。
「そこまでわかるのか?」
「ここは魔法の気配そのものがほとんどないからな。遠いほど曖昧になるが、方角は確実にわかる」
王都と違ってオクルスには魔法や魔力に関係するものがほとんどない。
そのせいで強い魔力の存在を感知しやすいのだ。
「ルフはわかりやすいですよね。私もわかります。なんとなくですが」
ルフは肩を落とした。
スノウにも気づかれているとは思わなかった。
「そうだろう。高魔力はわかりやすい」
「ルフ殿は高魔力だというのに魔力循環が良さそうですね」
「羨ましい」
アルトとクラースは話題を変えた。
空気を読むのも護衛の心得だ。
「私も高魔力ですが、激務のせいで魔力循環が悪くなりやすいのです」
「同じく」
魔力を消費することが重要だが、単に魔力を消費しておけばいいわけではない。
魔力を使い過ぎれば疲れる。それでも魔力循環が悪くなる。
健康維持も大変だが、魔力循環の好調を維持するのはそれ以上に大変だった。
「ここの食事は魔力循環を良くする効果があるらしい」
「そんな気がしていました!」
「それですぐに回復したのか……」
「体だけでなく心もゆっくり休めて下さいね」
心も、か。
オルフェスはそう思いながらパウンドケーキを一口食べた。
何もかも最高級だと謡う気取った料理とは全然違う。
素朴な味わいは正直で安心できる気がする。
とても美味しかった。
「お部屋の方はどうですか?」
「寝るだけならできる」
浮遊魔法を使えばベッドはいらない。
だが、さすがにオルフェスをずっと魔法やソファで寝かせるのはどうかということで急遽客間を整えた。
アルトとクラースが手伝ってくれたおかげで補修作業もすぐに終わり、家具も設置した。
「夕食をどうするか悩むな。何か食べたいものはあるか?」
「ない」
「昨日のビーフシチューはとても美味しかったです。温かい食事は最高です!」
非常食続きだった日々から解放されたアルトはしみじみと食事のありがたさを感じていた。
「冬はやはり温かいものが。魔法服で寒くはありませんが、気分的な意味で」
クラースも同じ。温かく素朴な手料理に心を癒されていた。
「スノウは何か食べたいものがあるか?」
「ハンバーグはどうですか? 冷凍したのがありますよね?」
「焼くのは簡単だが……ハンバーググラタンにでもするか?」
「それで!」
「ぜひ!」
「美味しそうです」
呼び鈴が鳴った。
「誰か来ました」
「ジークだ」
アルトとクラースの表情が一瞬でどんよりと曇った。
「……迷惑をかけたな」
ドアを開けたジークフリードはお茶をしている面々を見て言った。
本当は怒鳴りたい気分だったが、オルフェスを刺激しないよう我慢する。
「王都に戻れ。国王命令で捜索されている。無事を確認できなければ、誘拐だと判断される」
「無事は確認しただろう? 大丈夫だと伝えておけばいい」
「私が言ったところで、あの二人が納得するわけがないだろう?」
国王と宰相のことである。
「王太子の言葉を信じないほど無能だということか? それとも王太子の信頼度の問題か?」
「とにかく、顔を見せればいい」
「無理だ。転移できない」
ジークフリードは顔をしかめた。
「転移魔法でここへ来たことはわかっている。禁書庫から飛んだな? 王家機密だというのに!」
王家機密を教えられてしまったアルトとクラースの胃がキリキリと痛んだ。
「寝ていない。すぐには無理だ」
「寝ないとなのか?」
「当たり前だ。拒否反応が出る。夜に来い。夕食を食べて帰る。ハンバーググラタンというものを食べてみたい」
私も食べたいんだがな!
ジークフリードの心の叫びはルフに届いた。
「ジークも食べるか? 用意しておくが」
「またの機会に。余計な仕事が増えて大変なのです」
無情の答えが返って来た。オリバーから。
「スノウ、ルフ。もう少しだけ頼む。発見したことを父上に伝えなければならない。オルフェス、夜に来るからな? 早く寝るんだぞ! 約束だぞ!」
ジークフリードは食堂から出て行った。
オリバーがドアを閉める。
「見つかってしまったようですね?」
「そうだな。指示は出したが、長くはもたないと思っていた」
計画では禁書庫に籠った初日に転移し、数日経ってから囮作戦を実行する気だった。
しかし、転移できないまま日数が経ち、転移に合わせて囮作戦を実行することになってしまった。
「帰るのか? 残るのか?」
ルフは寝ないのではないかと思った。
そうすれば転移魔法ができないという理由で残れるかもしれない。
「帰る。慰謝料がどうなったのかを確認しなければならない」
「そうか」
「明日、王都に来て魔法服を買え。支払いは私がする。相談料だ。好きなものを買えばいい」
「いや、別に」
「ありがとうございます!」
ルフは断ろうと思ったが、スノウは被せるように答えた。
「魔法がない生活をしたいと思ったのですが、ここまで大変だとは思っていなくて……つくづく自分は甘かったのだと思いました。反省しています。一着でいいので魔法服を買っていただけるのであれば助かります!」
「王都と田舎ではあまりにも違う。魔法具と優秀な世話役でなんとかしろ」
「わかりました!」
ルフは不満だった。
スノウが大変な目にあったのはオルフェスのせいだ。
オルフェスなりにスノウのことを考えていたのはわかったが、もっと他に方法があったのではないか。傷つけなくてすむ方法が。そう言いたい。
とはいえ、スノウが王家や神殿の言いなりになるしかない状況から抜け出すには仕方がなかったと言われればそれまでだ。
納得いかない……。
「ルフ」
「ん?」
「聞いてました?」
「あ、いや。考えごとをしていた」
「宿泊料として魔法の毛布も寄付してくれるそうです!」
「毛布もあるのか」
「お礼も兼ねてしっかりおもてなしをしないとですね!」
ルフは察した。
色々なことがあったが、オルフェスのことを邪険に扱って欲しくないとスノウは思っている。
それはオルフェスが王族だからではない。
本心を明かせる相手がおらず、無茶をしてまでスノウに相談するほど困っている者、助けを求めている者だからだ。
スノウにとって過去は過去。現在ではない。未来に目を向け、前へ進もうとしている証拠でもある。
俺よりもスノウの方がずっと強い……。
ルフがスノウの立場であれば許せない。オルフェスを冷たく突き放し、これまでの不満をぶちまけ、さっさと帰れと怒鳴るだろう。
スノウの心と優しさがいかに広く深いかがわかる。
それは決して失われることがないスノウの中にある尊さなのだとルフは感じた。
「私も夕食の準備を手伝います。美味しいものを作りますね!」
スノウは隣にいるルフに目を向けた。
本当は色々と思うことがある。言いたいことがある。
それを我慢している。
スノウの気持ちを尊重してくれている証拠だ。
ありがとう、ルフ。
心の中だけでなく、後でしっかり言葉で伝えようとスノウは思った。
「ルフと一緒に食事を作るのも楽しみの一つなのです。グラタンに合いそうなお料理にしないとですね」
「パセリとピーマンは入れないでおく」
オルフェスはパセリとピーマンが苦手だと聞いている。
ルフなりに譲歩の姿勢を見せることにした。
「良かったですね! 安心して食べられます!」
「嫌いな食材の探知能力が凄くて……魔法いらずです」
「味覚が優れていればわかる。魔法など必要ない!」
「すみません。グルメじゃなくて」
「味音痴なので」
「お前達は魔法に頼り過ぎだ。もっと人間としての能力を磨け!」
思わぬ言葉が飛び出して。
……理解できる部分もある。
そう思いながら、ルフは香り高いお茶を味わった。




