79 答え
スノウは真剣にオルフェスの話を聞いていた。
神職者として困っている者の相談に乗るのは当然のことであり、大事な務めだ。
だが、正直なところ、よくわからなかった。
歴史は習ったが簡単そうなことだけ。
オルフェスのように専門的な知識に基づいた答えを出すことはできない。
「……怒らないで下さいね?」
「構わない。遠慮なく発言していい」
「歴史には詳しくないので、よくわかりませんでした」
「そうか」
オルフェスはスノウの正直さを知っている。
わからないと答えることも想定していた。
「気にしなくていい。ただ、自分の考えを誰かに話したかった。そして、本当だと思ってくれそうか、それとも嘘だと思われるかが知りたかった。」
「オルフェス様は自身で考えた仮説が正しいと思われるかどうか確認したかったのですね?」
「そうだ」
辻褄が合っていても、証拠がない。
丁寧に説明して信じて貰うしかない。
だからこそ、オルフェスはスノウに話し、反応を確かめることにした。
「つまり、オルフェス様はこの仮説を信じて貰いたい方がいるのですね?」
オルフェスは動揺した。
まっすぐに見つめて来るスノウから視線を反らす。
「……真実味のあることかどうかを確認したかっただけだ」
「オルフェス様のように歴史学を研究する方に聞かないのですか?」
「王家の者以外は見ることのできない書の内容に関係する。聞けない」
「神殿には学問を研究する神官もいますが?」
「信用できるかわからない。口が堅い者でなければ駄目だ」
つまりスノウは信用できる。口が堅いと思っているわけだ。
ルフは心の中で呟いた。
「スノウは身分よりも正直さを尊ぶだろう?」
オルフェスは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「王子という身分に配慮した同調が欲しいのではない。私が白と言えば白、黒と言えば黒という者に聞いても無駄だ。一人の意見として扱い、冷静に客観的に判断して欲しかった」
「そうでしたか。でも、ちょっとおかしいですよね?」
「何がだ?」
「オルフェス様の仮説は相当古い時代のお話ですよね?」
「そうだな」
「私達が目撃した魔物はずっと生きているんですか?」
俺もそれが気になった。
ルフも心の中で思った。
「魔物なので長生きしそうです。でも、長生きし過ぎではありませんか?」
「調べてみないことにはわからない。もしかすると、世代交代をする中でだんだんと巨大になっていった可能性がある。魔物にはよくあることだ」
基本的に魔物は通常生物よりも大きな体を持っていることが多い。
それは通常生物とは違った魔力に関わる器官、つまりは魔力を溜める器としての体が必要だからと言われている。
「元々は他の魔物がいたのかもしれない。その後であの魔物が来て、昔からいた魔物に取って代わったのかもしれない」
「色々な可能性がありますね」
「そうだな。お前はどうだ?」
オルフェスはルフにも意見を求めた。
「何を言っても証拠がない。仮説ならいいが、真実とは思えない」
……駄目か。
オルフェスは堪えるように手を強く握り締めた。
王子であるオルフェスの言葉を疑うことがないような者であれば、簡単に納得するかもしれない。
だが、強い信念と妄想に囚われた者には通じない。
それでは駄目だった。
王家に受け継がれている書に記された『アヴァロスを滅ぼそうとする悪魔』の正体を突き止めるのは自己満足のためでもなければ後世に名を遺すためでもない。
魔眼を持つ者が悪魔の正体だと信じ込んでいる両親や歴代国王の間違いを正すためなのだから。
やはり……方法は唯一なのか?
オルフェスの目的を果たす方法はある。
それはオルフェスが国王になり、自分の仮説を真実とすること。
後世に残るよう書き記し、邪魔な書は全て焼却する。
年月が過ぎ去れば、オルフェスの出した答えが真実として定着する。
魔眼を持つ者が生まれても、悪魔だと思われることはない。稀有な瞳は神に選ばれた証として尊ばれ、大切にされるだろう。
悲劇は繰り返されない。
ただ、すでに起こってしまった悲劇はどうにもならない。
「結局、王子では無力ということか」
「そんなことはないと思いますけれど?」
スノウはごく普通に王子というだけで力がありそうだと思った。
「見栄えがいいだけだ。実際はろくなものではない。国王の命令に従うしかない存在だ」
「王族にしかできない難しい仕事をしていますよね?」
「していない」
オルフェスはきっぱりと否定した。
「執務は父上とジークフリードがしている。私のことは無能だと思っている!」
スノウの言葉はオルフェスの心に溜まった不満と怒りを引き出した。
「確かに魔力が少ない。魔法も使えない。だが、勉強はした。統治学を修めた。政治も法律も経済も学んだ。だというのに、成人しても何の執務も与えなかった!」
ジークフリードは執務優先で高等教育までだった。
オルフェスも高等教育までだと思ったが、大学教育を受けるよう言われた。
「魔法が使えない分、大学教育を受けてより多くのことを勉強し、立派な王族になれというわけだ。ところが大学教育を終わっても同じ。何もさせてくれない!」
何度も抗議した。父親にも母親にも兄にも宰相にも。
だが、答えは同じ。
執務は大変。面倒なだけ。疲れる。しなくていい。他の者に任せ、自分の好きなことをすればいい。
あてにされていない。オルフェスは王子、それだけでいいのだ。
そして、気に入った女性と結婚して子供を沢山作ればいい。
ようするに、次代の王族を生み出すための存在。
魔力が豊富な者は子供ができにくいため、ジークフリードよりも期待されるのはわかる。
だからといって他には何もさせないというのはあまりにも馬鹿にしているというのがオルフェスの本心だ。
「好きにしろというくせに、あれもこれも駄目だと言い出す。安全で都合のいいことしか許さない。外出もろくにできない。結婚相手は光属性の魔力持ちだけ。子供もできるだけ多く作れと言われている。まるで家畜のような気分だ!」
突然オルフェスは怒り出した。
宰相に頼り切っている国王の方がよっぽど無能。
そんな父親をのらりくらりとかわすジークフリードも馬鹿。
母親は妄信者。ずっと離宮に居ればいい。
王宮は豪華な檻と同じ。常に監視付きの軟禁生活。
まるで囚人のようだ。気が休まらない。イライラする。
オルフェスはやみくもに怒鳴り散らした。
「王子の身分なんか知るか! 私は人間だ! 魔法も魔力も全てなくなってしまえばいい! この世界から!」
オルフェスはスノウを睨んだ。
「スノウ!」
「何でしょうか?」
「幸せか?」
「そうですね」
「私のおかげだ! 他の者と結婚しないですむよう散々こき下ろしてやった。左遷で田舎に避難できたのも私のおかげだ。王都にいては辛いだけだからな!」
目障りだから地方に送れと言った。
田舎にしろ。風光明媚な保養地でいい。静養という名目で構わない。費用は出すと伝え、慰謝料を払った。
「田舎の方が純朴な者が多い。こいつは誠実で真面目な人間か?」
オルフェスはルフを指さした。
「誠実で真面目です。とても優しくてお料理も上手です」
「魔法もできる。転移までできる。護衛力もあるのだろう?」
「あります。とても頼りがいがあります」
「全部私のおかげだ! お前のために婚約拒否をしたからだ!」
「私のために?」
「別の者と結婚したいと言ったではないか!」
「やっぱり……」
あの答えのせいだったのだとスノウは思った。
「婚約拒否のせいでジークフリードは私のことを最低な人間だと思っただろう。貴族達も同じだ。表向きはともかく、心の中では我儘で自分勝手な王子だと思っている。そうだ。私は最低な人間だ! 我儘だ! 自分勝手だ! 面倒を避けるため、宰相の姪を恋人にした。そうすれば宰相が勝手にうまくやってくれる!」
オルフェスの思惑通りになった。
どうせ兄弟仲は悪い。何をしても両親はオルフェスを庇う。
カーラミアを利用し、宰相も味方につけた。
スノウを王都から追い出すことで自由にした。
次はジークフリードだ。王太子の座を奪い自由にする。
オルフェスが国王になり、王家の悪しき秘密を書き換える。
そう思っていたというのに、迷ってしまう。
悪魔の正体を両親に説明すれば誤解を解けるのではないか。
ジークフリードへの冷遇をやめさせ、婚姻無効の手続きを行う。
宰相以下目障りな連中を表舞台から一掃すればいい。
頭の中に次々と考えが押し寄せて来る。
しかし、どんなに足掻いても不可能なことがある。
それはバラバラの家族が一つにまとまり、心から笑い合うこと。
戻れないのではない。最初からそんな時間はなかった。一秒たりとも。
その事実が、オルフェスの胸をどうしようもなく締め付ける。
「疲れた。急激に疲れた。もうどうでもいい。部屋を貸せ。寝る。睡眠不足でフラフラだ」
「睡眠不足なのですか?」
「三日間寝てない。調査と情報収集と考えをまとめるのに忙しかった。それに、転移するには寝る必要があった。だというのに、意識してしまってなかなか眠れなかった」
スノウとルフは気が付いた。
オルフェスが転移魔法で来たことに。
「治ったわけではないのですね?」
魔法恐怖症だ。
「駄目だ。転移魔法は怖い。だが、寝ればいい。気を失うのでもいい。とにかく一分、いや数十秒でも意識が薄れれば転移できると思った」
強引な方法ではある。だが、それなら転移魔法ができると考えた。
オルフェスはスノウに会いに行こうと思い、手紙を貰ってから寝なかった。
そして、睡眠不足で朦朧とした時に転移するよう護衛に命令していた。
外出がいつになるのかわからないため、手紙を書いておいた。
そして、自分が転移魔法で外出した後、一定時間を置いて父親と兄に手紙を届けるよう指示を出しておいた。
「睡眠魔法を使える護衛がいない。睡眠薬だと何時間も寝てしまう。無茶をしたとは思っているが、うまくいった。気が付いたらここにいたからな。わかっただろう? もういい。ここで寝る」
オルフェスはソファに横になると目をつぶった。
スノウとルフは顔を見合わせると頷き合い、静かに立ち上がった。
「ゆっくり休んで下さい」
「毛布を取って来る」
ルフは転移した。
スノウはドアを開けると、廊下にいたアルトに声をかけた。
「ソファで寝るそうです」
「お手数をおかけして申し訳ありません」
アルトはすぐに謝罪した。
「王宮はストレスが溜まりやすいのです」
「ずっと遺跡や魔物の調査にかかりっきりでしたので」
クラースも申し訳なそうな表情で付け足す。
「大丈夫です。修道院は困った方の避難所ですから」
ルフが戻り、オルフェスに毛布をかけた。
「ここにずっと立っているのも大変ですし、隣の食堂でお茶でもいかがですか?」
「助かります。クラースにも寝る場所があれば貸していただけませんか? 睡眠不足なのです」
アルトとクラースはオルフェスの状態に合わせて転移することになっていた。
さすがに睡眠不足で長距離転移するのは辛いため、交互に睡眠をとっていつでも転移できるようにしていた。
「もう一つソファあるのでどうぞ」
「できれば別の部屋でお願いします。王族と同じ部屋に寝るのは不敬なので」
「俺の部屋でもいいか?」
男性用の客間はすでにゼノンの部屋という認識になっているため、ルフは自身の部屋を提案した。
「部屋であればどこでも。浮遊魔法で寝るのでベッドは使いません」
「もしかして、空間に魔法をかけるのか?」
「そうです。でないと寝ている間に落ちるので」
「ぜひ、やり方を教えて欲しい!」
「わかりました」
「ルフ、先にお湯をお願いします。お茶を出したいので」
「食事もどうだ? 大したものは用意できないが」
アルトとクラースの表情が変わった。
「ぜひお願いします!」
「ずっと非常食だったので助かります」
秘密の外出計画のため、アルトとクラースの食事事情は最低限。水と携帯非常食ですませている状態だった。
「先に行きますね!」
廊下は寒いため、スノウはキッチンを目指して走って行った。
「一緒に転移すればいいだろう」
ルフはそう言いながら食堂のドアを開けた。
「ここが食堂だ」
「暖かいですね」
「暖房機器を入れている。暑いだろうか?」
「大丈夫です。制服なので」
「自動調整します」
「魔法服は便利だな」
スノウのために一着だけでも買いたい。
そう思いながら、ルフはキッチンへ向かった。




