72 釣り日
釣りの日当日。
「小物狙いなのは仕方がない」
「油断大敵ですからね」
「水棲生物は毒持ちが多いから気を付けてよ?」
グウィン、トルフェ、イエルがいることにルフは驚いていた。
「三人も行くのか?」
「魔法騎士団長の指示だ」
地底湖の魔物のことは魔法騎士団も関わることになった。
そのため、信頼度の高い実力者を伝令・報告要員として派遣して来た。
「まさかスノウと釣りを楽しめるとは思ってもみなかった」
「長生きするものだなあ」
機嫌よく笑い合うのはユージンと治癒士のカーター。
光魔法の使い手としてゴードンが連れて来た。
「魔物の捕獲と調査だ。遊びではない!」
叫んでいるのはオルフェス。
調査の指揮を執るよう国王から命令されたと主張して同行する。
カーラミアも一緒だが、光魔法の使い手及び解呪士として。
自身の専攻する学問を追求するため、どうしても調査に同行したいという願いを叶えるだけに、婚約者としての扱いは一切しないことで合意した。
前回のことを踏まえ、所持している魔法具等も詳細に調べられた。
「面倒な人達がいるわね……」
ボソボソとスノウに呟いたのはヴェラ。
「でも、魔物を調べるのにはいいのかもしれません」
オルフェスは水棲生物や魔物の専門家を連れて来た。
魔物の姿を見れば、未知の生物以外はすぐにわかるということだった。
「人数が多いですね」
ゼノンは魚釣りに参加するメンバーを数えながら言った。
万が一の場合は緊急退避。転移もあり得る。
自力でできる者はいいが、そうでなければ誰かが専任で担当しなければならない。
そして、専任の者に何かあれば、別の者が担当しなければならなくなる。
「私の想定よりも多くなってしまいました。正直、問題が起きないことを祈るばかりです」
主催者のゴードンは珍しく笑顔を消し、不満をあらわにしていた。
信用できる少数だけで行くはずが、ジークフリード達が大量の重石やロープを手配していることをオルフェスに気付かれてしまったことで釣りの予定も知られてしまった。
討伐についてはジークフリードの指揮だが、調査についてはオルフェスが指揮を執るという国王命令を持ち出されると、ついてくるなとも言えない。
ジークフリードとオルフェスの護衛もできるだけ参加し、転移できない者を避難させるための手順や転移担当者も決めている。
できる限りの魔法具も揃え、安全を確保できるよう準備はしたが、どれほどであっても完璧で安全とは言えない。
「行くぞ!」
オルフェスは馬車に乗り込んだ。
カーラミアと学者達も別の馬車に乗り込んで現地へ向かう。
「出発だ! 各自転移しろ!」
「行くわよ! 《転移陣》!」
ヴェラはユージン、カーター、ワイアットと共に転移した。
「行きましょう」
スノウ、ルフ、ゼノンの転移はゴードン。
「定員は何人なんだ?」
ジークフリードやヴェラに転移魔法の指導をしたのはゴードンだと教えられたルフだが、定員については知らなかった。
「アヴァロスで一番にならない程度です」
「一番になりたくなさそうだ」
ゴードンは微笑むとすぐに転移魔法を発動した。
遺跡の中は暗闇に閉ざされているが、出入口の穴がある場所だけは光が差し込んでいる。
まずは魔物達が付近にいないかを確認するための先発隊が行く。
メンバーはジークフリード、オリバー、ノールド。
グウィン、トレフェ、イエル、ワイアット。
ゴードン、ユージン、カーター。
ゼノン、ヴェラ、ルフ、スノウの合計十四名。
馬車で来るオルフェス達が到着する前に安全かどうかを調べておくつもりだった。
残った護衛は遺跡内や地上の警備にあたり、外部者の侵入を阻むことになった。
「では、行きましょうか。危険だと判断した場合は地上へ集合です」
遺跡内には留まらない。
状況によっては地上部分に魔法を放って土砂崩れを起こし、埋めてしまう可能性もあるためだ。
そうなると転移しにくくなるため、最初から緊急の際の避難先は遺跡内の大広間ではなく地上と決めていた。
「転移の座標をしっかりと確認しなさい」
確認後、いよいよ小部屋に移動。
壊された壁は修復されているが、直したことがわかる。
ひびのような跡が残っていた。
「魔物が来たらすぐに壊されそうに見える」
ルフは率直な感想を伝えた。
「この壁は厚い。直しにくい部類だ」
ノールドはそういうと、再度壁を修復した。
「綺麗になった」
「転移魔法の後はない」
「魔物もいない。壁の先だけだが」
「転移を」
続々と転移で壁を越える。
打ち合わせ通り、ルフが火の玉を作って灯りにした。
「かなりいます」
探索魔法を行使したトレフェが報告した。
「小さな魔物が多そうだ」
「そうだねえ」
初めて来るグウィンとイエルもそれぞれ探索魔法に多くの生物がひっかかるのを確認した。
「探索魔法が使える者はそのままで。王太子殿下、光源を出して下さい」
「わかった」
ジークフリードがいくつもの光源を出した。
部屋が一気に明るくなる。
「あ!」
「む」
「これは……」
探索魔法を展開していた者達は驚いた。
魔物と思われる反応が急激に移動を開始。
一定の場所から次々と消失した。
「光を嫌うようだ」
「光属性かもしれません」
ルフの火の玉でも明るくなる。
それでも魔物の反応は多かった。水中から出たままということだ。
ところがジークフリードが光源を作った途端、一斉に水中へ避難した。
明るいことではなく光属性を嫌う・避ける・警戒していると考えられた。
「相手は水属性でしょうが、反属性の火を恐れるとは限りません」
むしろ、反属性だからこそ恐れない。
ルフの火の玉への反応を見る限り、そう思うべきだった。
「ここは闇に閉ざされています。闇属性の魔物かもしれません。気を付けるように」
ゴードンの注意に全員が頷いた。
その後はジークフリードによる光源を多く確保しながら進む。
探索魔法で確認しても、視認でも魔物はいない。
最初に来た時に魔物がいなかったのは、ジークフリードがオルフェスのために大量の光源を確保していたためだった。
魔力水のために水中の奥深くまでは探査できないのもあるが、浅い部分に潜んでいる魔物が相当数いることは確かだった。
「ここからは二組に分かれます」
一組目は水深調査組。ジークフリードを中心として水深を測る。
魔法騎士達とワイアットはこの組で、全員が転移魔法を使用できる。
魔物と遭遇した場合はすぐに転移魔法を発動できるよう考えての七名だ。
もう一組は釣り組。ゴードンを中心として釣りをする。
浅瀬にいる魔物を釣って捕縛しておくが、問題が発生した場合はゼノンとルフとゴードンで対処。ヴェラはスノウ、ユージン、カーターを連れて転移する担当になった。
「じゃあ、いくか!」
ジークフリード達は視認と探索魔法で周囲の安全を確認した後、浅瀬の水深から測り始めた。
スノウ達は逆方向。
まずはユージンとカーターが光魔法で光源を多めに確保しながら釣りをすることになった。
「かかった!」
釣り竿の先にエサはつけていないが、魔法金属の釣り針にしてある。
微量の魔力を感じ取り、食いつくだろうという予想が当たった。
ユージンはすぐに引き上げたが、ポチャンポチャンと小さな何かが落ちていく。
群がっているのは黒い魚。
「ゼノン」
「《雷縛》」
雷魔法でしびれさせようとしたが、黒い魚の動きは止まらない。
「《氷縛》」
黒い魚の動きがピタリと止んだ。
今度はしっかりと効いていた。
「弱くすると効きが悪そうです。水槽を出して下さい」
「すぐに出します!」
スノウは魔法の巾着から四角い箱を取り出した。
「小さいのでいいですよね」
魔物捕獲用の強化水槽。
生け捕りを目的としているわけではないため、水槽の中は空っぽだ。
個別に入れて凍らせ、後からオルフェス達と来る専門家に判断して貰うことになっている。
「どうぞ」
「《絶対零度》」
黒い魚は完全凍結。
凍っていない糸の上を上の方で切り、釣り針ごと水槽に入れて蓋をする。
これで終わり。
「これが魔物なのか?」
小さな黒い魚だが、目がなかった。
「ケイブフィッシュですね」
洞窟などの暗闇に生息する魚には目がないものもいる。
真っ暗なために目で何かを見る必要がないからだ。
かわりに別の感覚が発達している。
「通常は音や温度に敏感ですが、生息場所からいって魔力感知に優れていそうです」
「釣れた!」
カーターが釣ったのも同じ魚。
「まさか、これが大量にいるのか?」
「群がっていたのは同じ魚ではないか?」
ユージンとカーターは入れ食い状態だけに喜んでいたが、釣れるのはケイブフィッシュばかり。
落胆するのも早かった。
「同じ奴ばかりだな」
「違うのが釣りたい」
「ルフは水槽をしまって下さい。釣りの場所を変えましょう」
「わかった」
釣り組は場所を変えて釣りをすることにした。
しかし、釣れるのは同じ黒い魚だけ。
専用の湖ではないかと思えるほどの多さだ。
「天敵がいないのか?」
湖の中の状態はわからないが、湖面の周辺は閉ざされた空間のように思える。
そのせいで天敵が不在になり、異常繁殖している可能性があった。
「一見しただけではわかりませんが、魔物だからかもしれません」
そう言われてしまうと、通常生物とは比較しようがない。
「このような場所に生息しているので雑食だと思いますが、魔力さえ取り込めれば生きていけるのかもしれません」
「特殊な体だと思います。雷縛の効きが悪かったので」
通常の水中生物に対する雷魔法は効果覿面のはずだった。
だというのに、効きにくい。
「大物になると、氷縛の効果もあるかどうかわかりません」
「気を引き締めていきましょう」
釣りが再開された。




