表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女からの大降格  作者: 美雪
第二章 修道院編
7/243

007 二人の様子




「スノウって本当に運がないわ」


 ヴェラは深いため息をついた。


「いじめられるし、妬まれるし、誤解されてるし、否定されるし、悪意ばっかりだし」

「スノウを乏しめたいのですか?」

「違うわよ」

「勘違いされる言動はしないように。それよりも仕事です」

「そうね」

「まずは居場所の確認です」


 スノウとルフはオースの町にいなかった。


 町長に尋ねると、オクルスに帰ったということだった。


 ヴェラは探索魔法を使った。


「修道院にいるわね」


 スノウの魔力が激減してしまったせいで探索ができなくなってしまった。


 そこで、ヴェラがスノウに渡した巾着には位置を知るための魔糸がビッシリとついている。


 魔法の巾着の性能に関係があるものだと感じ、スノウは気づいていないはずだ。


 強盗団に襲われた町へ転移した時も、巾着の座標を調べてからにした。


 おかげで大怪我をしたスノウをすぐに助けることができた。


 この細工はヴェラの個人的な興味。言い換えれば腐れ縁と心配。


 そして、このことを知っているのは雷撃のペンダントに同じ細工を施したゼノンのみ。


 ゼノンの理由は個人的な信念。言い換えれば恩義と懸念。


 結局、ヴェラの同類だ。


「森にいます」


 ゼノンもまた雷撃のペンダントの座標を調べていた。


「ルフじゃない? 残念ね。せっかく特注のペンダントを渡したのに、別人が愛用中なんて」

「スノウの護身用です。目的が同じであれば構いません」

「やせ我慢しちゃって」

「巾着を持っている方がルフかもしれません」

「なんですって!」


 ヴェラは目を吊り上げた。


「あれはスノウ専用よ!」

「魔力が一でもあれば誰でも使える破格の性能です」


 ヴェラは杖を握り締めながらぐぬぬと唸った。


「まずは修道院に。確率的にはスノウでしょう」

「そうね!」


 ヴェラは転移魔法を発動した。





 修道院の前に到着した二人は落胆した。


 強盗に廃墟だと思わせるほど酷い外観は全く改善されていない。


 ルフは部屋を借りる対価として修繕をすることになったはずだが、生活空間の方を優先しているようだった。


 雑草もそのまま。否、伸びている。生え放題とも。


 誰もいないと思わせるカモフラージュにはなる。防犯効果になっているかもしれない。


 だが、訪ねる身としては嬉しくない。


「転移の座標を変更すべきです」

「突然部屋にあらわれたら驚くでしょう? 緊急時以外は玄関。これがマナーなの!」

「マナー? ヴェラが?」

「うるさいわね!」


 二人は雑草ロードを通って礼拝堂へ入った。


 ぽっかり丸く空いた天井もそのままだ。


 奥へ進む。


 生活空間に入っても相変わらずのボロさ。


 どこを修繕しているのかわからない。


 ルフを問い詰めたくなるような状態だ。


「あら?」


 以前、ルフと会った部屋にいるだろうと思っていたが、誰もいない。


 家具はあるが、小物等が一切ない。


「部屋を移動したのかしら?」


 廃墟を探索するように進むと、比較的綺麗な状態のドアがあった。


 その先は回廊で、様々な花が咲き乱れる美しい中庭が見える。


「修道院にはつきもののハーブね」


 修道院はできるだけ自給自足をするために農作物や植物を育てている。


 料理・薬・香料など多くの用途があるハーブの栽培は定番中の定番だ。


「手入れされています」


 生え放題という感じはしなかった。


 全体的にも背丈が低い。


「スノウが手入れをしたのかしら?」

「スノウが?」

「ルフね。きっと」


 ヴェラはすぐに訂正した。


 治癒士としては最高に優れていたが、日常生活における能力については不安しかない。


 回廊から入れる部屋にはドアがなかった。


 覗いてみると、食堂や談話室に使用されるような大きな部屋になっている。


 綺麗に掃除してあるというよりは、何もない。


 家具もカーテンも窓ガラスさえも。


 おかげで窓の向こう側にいるスノウの姿が見えた。


「スノウ!」


 ヴェラが大声で呼ぶ。


 振り返ったスノウは一瞬驚き、笑顔を浮かべて手を振った。


「ヴェラ! ゼノン様!」


 元気そうな様子に二人は安堵した。


「来てくれたのですね! まずはお礼を。助けてくれてありがとうございました。この通り元気になりました。二人のおかげです」

「気にしないで。今日は仕事で来たの。生存確認よ!」

「安全確認です」


 ゼノンがすぐに訂正をかけた。


「お土産もあるわ」

「お土産が!」


 スノウは目を輝かせた。


「着替えを持って来たわ。こんなところじゃ、ろくな服がないだろうし」

「ありがとうございます!」

「本も持ってきたわよ。暇つぶしになるでしょう?」


 勤勉だったスノウは本を読むのが好きだった。


「ありがとうございます。とても嬉しいです!」

「魔法書も持ってきたわ。ルフに教えてやりなさいよ。簡単なものだけでも使えた方がいいに決まっているから」

「実は私もそう思っていて。ただ、属性がわからないのでどうしようかと」

「魔法具を持ってきたわ。調べてあげる」

「さすがヴェラですね。大好きです!」


 スノウはヴェラに飛びつき抱きしめた。


「ちょっと、子供じゃないでしょう?」

「人恋しくて」


 そう言われれば仕方がない。


 ヴェラもスノウを抱きしめた。


「馬鹿ね。自分から借りを作るなんて。次は私から抱きつくわよ?」

「遠慮なくどうぞ。むしろ大歓迎です」

「本当に無防備なんだから……」


 ヴェラは苦笑した。


「ルフは? 話があります」


 ゼノンが尋ねた。


「森です。狩りに行きました」


 想定内。


「お昼には戻ると言っていましたが、たぶんそろそろ」

「お前達か」


 急ぎ足で近づいて来るルフの姿が見えた。


 大きな麻袋を持っている。


「何の用だ?」

「お土産を持って来てくれたようです」

「感謝しなさいよ。勉強用の魔法書を持って来たわ!」


 ヴェラの言葉は効果抜群だった。


「感謝する! 二人共、昼食を食べていかないか?」

「ルフのお料理はとても美味しいですよ! ぜひ!」


 スノウは料理ができない。


 習うにしても、すぐには上達しない。


 ルフが担当するのは必然というのがヴェラとゼノンの感想だ。


「お手並みを拝見するわ。査定は厳しいわよ」

「同じく。スノウにどのようなものを食べさせているのかも報告しなければなりません」

「すぐに支度する。温めるだけだ。時間はそれほどかからない」

「食堂へ案内します」


 スノウについていったヴェラとゼノンは驚いた。


 食堂は普通に整っていた。


 ダイニングテーブルとイス。食器棚とチェストもある。


 しかも、美しい装飾が施された高級品のような家具だ。


「これ……どうしたの?」


 修道院は清貧を重んじる。贅沢品を購入してはいけない。


 元々あったとは思えなかった。


「ルフが作りました」


 二人は黙り込んだ。


 手作りなら問題ないが、完成度が高い。


 貴族が持っていそうな家具だった。


「聖女の時にどんな家具を使っていたのか聞かれて、教えたら作ってくれました」


 ルフは器用さを活かして木製品も作成していた。


 木彫りもできる。


「本当に手作り?」


 村長の家から運んできたものではないかとヴェラは思っていた。


「昔、修道女達に色々と教えて貰ったそうです。お料理以外にも裁縫、刺繍、編み物もできます。凄いですよね」


 いかにも修道女がしていそうなものだと二人は思った。


「スノウより修道女らしいじゃないの」

「そうですね……見習わないと。そこに座って下さい。いつか二人が来てくれた時のためにと思って、椅子を多くしておきました」


 スノウはヴェラとゼノンに助けられた。


 お礼をするため、食事に招待したらどうかという案が出ていた。


「今日はとっておきのテーブルクロスを出しますね!」


 スノウはチェストの引き出しを開け、テーブルクロスを取り出した。


 テーブルに広げると、色鮮やかな刺繍が見えた。


「これもルフが作ってくれました」


 やっぱり。


 ヴェラとゼノンの予想通りだった。


「他のも素敵なんです」


 スノウは食器棚から美しい装飾が彫りこまれた木製トレーを取り出した。


「それはどうするの? お皿じゃないわよね?」

「テーブルクロスが汚れないよう置きます。この上に食器を並べます」

「二重にするってことね」


 スノウはコップとカトラリーを出して並べた。


 全て木製品。バラの装飾が彫られている。


「まさか、これもルフが?」

「そうです」

「器用ね……しかもバラとか」

「何か作る時の模様はバラにするそうです」

「自分で使うのも?」

「いざという時に売れます。中古品でもバラの模様があるのとないのでは査定が違うそうです」

「なるほどねえ」


 木製ワゴンを押したルフが来た。


「かなりの薄味だ。好みで塩を足してくれ」

「この辺りでは塩の値段が高いみたいです。なので、スパイスで補うような料理にして工夫しているそうですよ。優しい味なので私は好きです」


 スノウはルフがよそったスープを運ぼうとしたが、ヴェラが手伝ってくれた。


「スノウ、パンとキッシュを一つずつだ」

「私がやります」


 ゼノンも手伝いを申し出た。


「上の方に。下にはメインを置く」

「わかった」

「お肉と野菜を盛りつけますね」


 木製の大皿一枚にスープ以外の料理を盛りつける方式だ。


 ルフが全員の席を順番に回って花を盛りつけた。


「これって飾りよね?」

「食べられる」

「綺麗だしいいわね」


 スノウが空瓶をルフに渡した。


「お願いします」


 ルフが空瓶を掴むと、みるみる水が溜まっていく。


 ヴェラとゼノンは目を見張った。


「水を作れるの?」

「初歩の実技は教えました」

「どれができるの?」

「光以外全部です。闇は調べようがないですけれど」


 しばしの沈黙。


 だが、そういうこともある。


 なぜなら、魔力の実技だから。


 初歩の実技ができても魔法が使えるかどうかは別だ。


「魔法で作り出した水は飲まない方が良いわよ」

「そうなのですか?」

「基本的に薬の調合用だから。水がなくてどうしてもって時以外はやめた方がいいわ」

「知りませんでした。飲んでいる人がいたので大丈夫だと思っていました」


 訓練に丁度いいとスノウは思っていた。


「わざわざ水を持って来るのが面倒だからでしょう」

「わかりました。ルフ、駄目だそうです」

「わかった。水を持ってくる」

「食後で大丈夫。ところで、光ができないと灯りに困りそうね」


 ヴェラは話題を変えた。


「火は出せる」


 ルフが手をかざすと、ゆらゆらと燃える火の塊があらわれた。


 あまりにも自然な動作。


 しかも、水を作ることもできる。反属性であっても可能ということだ。


「スノウったら、また発掘しちゃったの?」


 スノウのおかげで自身の埋もれた才能に気づく場合があるのだ。


 ヴェラが転移陣を描けるようになったのも、氷属性だったゼノンが雷属性を扱えるようになったのもスノウのおかげだった。


「土も掘れる」

「おかげで畑仕事が楽になりました」


 ちょっと意味が違うとヴェラは思ったが、土属性の初歩実技もできるということが判明した。


「氷はいるか?」

「氷も作れるの?」

「作れる」

 

 氷属性の初歩実技もできるということだ。


「魔法の水と同じで、魔法の氷も直接的な飲食には使わない方がいいわよ」

「そうなのか」


 魔法の氷は大きな容器に入れ、そこに水差しを入れて冷やす方法をヴェラは教えた。


「容器だけを直接凍らせる方法もあります」


 氷属性の魔力を扱えるゼノンも別の方法を教えた。


「王都では冷凍庫と呼ばれる部屋や箱を凍らせ、長期保存に利用します。アイスクリームなどのデザートを作ることにも利用できます」

「便利そうだ」


 スノウはテーブルの上を確認した。準備は終わっている。


「お祈りをしましょう」


 スノウは手を合わせた。


「神様、ありがとうございます。いただきます」

「ちょっと! 何年神殿にいたのよ!」


 ヴェラが神殿にいたのは一年ほどだが、食事の前には長々しくいかにも儀礼的な祈りの儀式があった。


「祈りの言葉を覚えていません」

「……ああ。免除対象だったわね」


 治癒能力に優れたスノウは勉強と修練が最優先。


 交代でする祈りの担当さえ免除されていた。


「ヴェラは覚えていますか?」

「忘れたわ」

「大丈夫です。忙しい時は感謝の言葉と祈りの動作のみでいいと言われました。状況に応じて対処すればいいということです」


 治癒の聖女として忙しかった頃や戦場での特別ルールだ。


「あの朗々とした祈りは無駄だったというわけね」


 神職者が聞いたら激怒か卒倒しそうだとスノウは思った。


「お祈りは大切です。ただ、食事が冷めてしまうので、短くてもいいと思います。温かさもまた神の恵みですから。いただきましょう」

「ここの院長はスノウです。スノウのやり方で問題ありません」

「それもそうね」


 食事が始まった。


 特別というほどのものではない。


 ごくごく普通の食材を煮たり焼いたりしただけ。


 だが、美味しかった。


 確かに塩気が少ないが、スパイスの味が効いている。


 大いなる自然と大地の恵みであることが感じられる料理だ。


 何よりも温かい。


 スノウの言う通り、温かさもまた神の恵みなのだと思えた。


「凄く美味しい。癒される料理って感じ……」


 ヴェラは感動していた。


 正直期待していなかったが、完全に予想を裏切られた。


「おかわりしたくなるわ!」

「好きなだけ食べてくれ。自由によそってくれて構わない」

「パンも香ばしいです。温めただけですか? 焼きたてのように感じます」

「焼きたてだ」


 石窯で焼くと大量にまとめて焼けるが、石窯自体を温めるのに時間がかかり、使う薪の量も増える。


 二人分なら鍋でもいいが、上下に返しながら焦げないように焼く必要がある。


 そこでルフは魔力を扱う訓練も兼ね、魔力で石窯を温めることにした。


 おかげでパンを焼きながら肉や野菜をグリルできる。煮込み料理も作れる。


 薪を節約できるため、薪を作る作業や負担も減った。


 魔力を日常生活の様々なことに応用することで、以前よりもはるかに楽で便利な生活ができるようになった。


「俺にとって魔力は不吉で邪魔なものだったが、スノウのおかげで役に立つものだとわかった」

「魔力をどう使うかはルフ次第です。役に立てようとすることで役立つわけですから、ルフ自身の努力であり特別なものです」

「スノウのおかげだ。感謝している」

「私こそ感謝しています。美味しいご飯が食べられますし、お風呂も入れます。全部任せてしまってすみません」

「楽しいからいい」


 ルフは魔力の活用にやりがいを感じていた。


 自分の持つ魔力という特別な力によって、これまではできなかったことができる。


 難しかったことが簡単に、大変だったことが楽になる。


 今までとは全く違う日々になるほど、成果を実感していた。


「新しい知識や技能を身につけるのは楽しいですよね。やりがいもありますし、自信もつきます」

「その通りだ」


 スノウとルフはゆったりとくつろぎながら会話を続けた。


 ヴェラとゼノンは食事をしながらその様子を観察した。


 なんか、幸せそうじゃない?


 そう思ったヴェラはゼノンに視線を向ける。


 無表情。何を考えているのかわからない。黙って食事をしていた。


 相変わらずのポーカーフェイスね。


「おかわりします」


 食事を気に入ったのは確かだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ