006 一応の解決
凶悪だと噂されていた強盗団が数々の村や町を襲ったが、オースの町の住民達によって退治された。
捕縛した強盗の証言によると、田舎だというのに新品の金貨が多く出回った。
情報収集によりオクルスの村だと判明したため、村を襲撃した。
だが、村は無人。オースの町へ移住したことを知らせる看板があるだけだった。
話と違う。
結局、強盗団はオースの町を襲撃することにした。
事の発端である金貨を流したのはオクルス修道院長のスノウ。
王都から派遣される際、支度金及び当面の生活費として金貨を支給された。
だが、あまりにも田舎だったせいで金貨が使えず、銀貨や銅貨に両替をした。
金貨の噂が広まり、強盗団の耳に入った。
強盗団のほとんどがオースの町の襲撃で死亡あるいは捕縛されている。
オースの町の襲撃に難色を示した者は襲撃前に団を抜けており、その者達の足取りはつかめていない。行方不明。
しかし、ごく少数だけに脅威ではない。
強盗団事件は解決した。
「……解決か」
報告書に目を通したアヴァロス王国の王太子ジークフリードは控えている聖騎士ゼノンに視線を移した。
「スノウは魔力だけでなく運も失ってしまったようだ」
「王太子殿下のせいです」
「私ではない。父上と弟とその婚約者のせいだろう」
平然と身内のせいにしたジークフリードは書類を執務机の上に置いた。
「事件は解決。スノウと金貨が原因。これで丸く収まるというわけだ」
ゼノンは何も言わない。
報告書にある通りの内容だ。
だが、その瞳に宿るのは怒りだった。
「不服か?」
「当然です」
凶悪な強盗集団が出没。被害が予想される地域の中にオクルスの村も入っていた。
スノウは元聖女。
完全に魔力が枯渇したわけではないため、突然回復してまた治癒の力を使えるようになる可能性もある。
表向きは処罰という形にしたこともあって神殿は冷遇しているが、スノウを完全に見捨ててはいなかった。
スノウの安全を確認し、状況によってはオクルスよりも安全度が高いオースの町へ一時避難させるためにゼノンが派遣された。
しかし、神殿が対応を検討している間に現地の状況は悪化していた。
ヴェラの転移魔法で修道院へ向かったものの、スノウの姿はなし。
村は無人。家屋が焼かれていた。
異変が起きたのは明らか。強盗団に襲われたのかもしれない。
オースの町へ避難した可能性もあるために移動したところ、強盗団に襲撃されている最中だった。
スノウは大怪我をしてしまったが、助かった。
町も守られた。
ルフという青年が雷撃のペンダントで多くの強盗を倒したおかげで犠牲も被害も少なかった。
捕縛された強盗の取り調べや治安活動は後から来た地方の治安維持軍の管轄になる。
神殿や神職者を守る聖騎士のゼノンは調書や報告書の内容を知っているが、直接それらに関わったわけではない。
事の発端は金貨。
つまりはスノウのせいだとなったことに、悔しさを噛み締めていた。
「報告書を見ると、おかしいところはないように思えるが?」
「あまりにもずさんな報告書です」
「どの辺りがだ?」
「スノウに支給された金貨は三枚だけです」
神殿の書類上は金貨三十六枚を支給することになっていた。
王都ではともかく地方では大金。
但し、年額だ。
いきなり大金を持つと散財してしまうかもしれない。
孤児から聖女になったスノウは自身のお金を持ったことも使ったこともない。
紛失や犯罪に巻き込まれる可能性も考慮された結果、スノウに手渡されたのは一カ月分だけだった。
「スノウと共に難を逃れたルフという青年はオクルス村の村長の手伝いをしていました。証言によると、スノウが両替した金貨は一枚だけ。残りの二枚は村長の家の金庫に預けられ、村長が村を出て行く時にスノウへ返却されました」
修道院は清貧と自給自足の精神でやり繰りをする。村人の助力もある。
物価が安いことを考え、一枚を両替しておけば十分だろうということになった。
「神殿が支給した金貨は寄付金として納められたもので、新品でもありません」
新品の金貨が多く出回ったというのはデマだ。
スノウは生活するために両替をしただけ。
たった一枚の金貨を。
村長が両替を拒んだため、町でするしかなかった。
仕方がなかった。
「スノウのせいではありません。嘘を広めた者の責任です」
オクルスの村やオースの町が襲撃されたのは、大量の金貨という噂を強盗団が信じ込み、ないものをあるとして探し奪おうとした結果だ。
あまりにも勝手で盛大な勘違い。
だというのに、スノウの責任にするのはおかしいというのがゼノンの意見だった。
「スノウの責任を問うのは正義ではありません。あまりにも無情です」
ゼノンはジークフリードへ強い眼差しを向けた。
「また繰り返すのですか? 全てをスノウに負わせればいいと?」
「神殿と国王次第だが、これまでと同じ判断ではないか?」
「王太子殿下は何もしないのですか?」
「事件は解決した。国民を不安にさせるわけにはいかない」
「王家と神殿の権威を守りたいだけでは?」
「神殿はどうでもいい。むしろ、権威を下げて欲しい」
神殿が王家を凌駕する力を持つことを王太子であるジークフリードが望むわけもない。
「アヴァロスの正義は消えました。治癒の聖女と共に」
「冷静になれ。雷氷の聖騎士だろう」
「私は冷静です」
「スノウのことは違うくせに」
「正義を尊ぶだけです。恩義もあります。王太子殿下も同じでは?」
「私は王太子だ。恩義とは言わない」
「戦争に勝つことができたのはスノウのおかげです」
「戦場に行ってくれた全ての者のおかげだ」
だが、兵士達は治癒の聖女のおかげと思っていることをジークフリードは知っていた。
第二王子の婚約拒否の件で、軍関係から猛然と王家に抗議があった。
国王は神殿の責任にして事態を収拾した。
「まあ、考えていないわけでもない。お前も聖騎士として耐えていることだしな。神殿がどうするか決めたら教えろ。対応する。下がれ」
「わかりました」
ゼノンは一礼すると執務室から退出した。
「……スノウが羨ましい」
その身を案じ、心配してくれる者がいる。
自らの信念に従い、恩義を感じ、尽くそうとしてくれている。
「王太子に対してもそうあるべきはないのか? 夜中まで残業しているというのに、誰も手伝ってくれない」
深いため息が漏れた。
強盗団事件が解決したことを受け、神殿はスノウをどうするか話し合った。
高齢の修道女が一人いたはずだったが、すでにこの世を去っていた。
村人は移住。
修道院のある村も近くの町も強盗団にも襲撃された。
今は緊急対応として村に残った唯一の者がスノウの面倒を見てくれている。
元々は修道女になった女性の息子で、幼い頃の恩義を返すべく高齢の修道女の面倒を見ていた者だ。
修道院の院長であるスノウにも何かと手助けをしてくれている。
「このままでいいのではないか?」
「金だけ出せば解決だ」
「スノウの面倒を見るのが修道女か村人かの違いでしかない」
「報告書を見ると善良そうな者だ。丁度いい」
強盗団による被害を考え、見舞金として金貨一枚を支給する。
物価が安い地域だが、修繕費用がかかることを見据えて支給額の変更はしない。
年額で三十六枚のまま。当初に決定した通り。
「だが、男だぞ?」
「修道士でも神官でもない」
「スノウは若い」
「十八歳だ」
「完全に二人だけになる」
「さすがに不味いだろう」
脈々と伝統を守り続ける神殿だけに保守派が多かった。
「他の女子修道院へ移動させるべきだ」
それが正論であり通常対応だ。
「院長にできない」
「副院長は?」
「空きがない」
唯一、空いていたのがオクルス村の修道院だった。
高齢の修道女が一人だけだったため、わざわざ院長職を設ける意味がなかった。
「他にないのか?」
「どこでもいい。女子修道院なら」
「そうはいかない。元治癒の聖女だ」
「教えなければいいだろう」
「どこかから情報が洩れるかもしれない」
「なぜ王都から来たのかと思われる」
「どう考えても左遷だ」
「理由はわかっているだろう?」
沈黙。
「待て。オクルスから来たの間違いだ」
「そうだ!」
「強盗団のせいだと言うつもりか?」
「スノウのせいだと?」
「金貨を支給したのは神殿だ」
またもや沈黙。
「人がいるところは駄目だ。それなりに情報が入る」
「オクルスは信じられないほどの田舎だ」
「本当は高齢の修道女一人だけのはずだった」
丁度良かったのだ。
色々な意味で。
「一人暮らしさせればいい。高齢の修道女でもできたのだ」
「さっきの話を忘れたのか?」
「男がいる」
「修道院の関係者だ」
「名案がある」
「何だ?」
「その男は護衛だ。それなら問題ない」
一気に雰囲気が変わった。
「なるほど」
「強盗団が出るほど物騒な所だからな!」
「危険な地域だ!」
「あまりにも田舎過ぎてな」
「護衛を置くのはおかしくない」
だが、
「修道院の院長は護衛をつけるような役職ではない」
「そもそも修道院は警備対象ではない。神殿とは違う」
「元聖女だ」
「それは極秘事項だ」
「表向きは普通の修道女だ」
「もういい! とにかく雇え!」
護衛と警備と世話役と雑用その他もろもろ全部任せる。
契約して守秘義務を課す。
「高給なら文句は言うまい」
「金で解決するわけか」
「仕方がない」
「地方だ。王都ほどの経費はかからない」
「安上りだ」
「楽だ」
「金があるとまた強盗団を呼ぶ」
「修繕費を削って雇えばいい」
「そうしよう」
神殿はスノウの処遇を決めた。
取りあえずはこのままにすると。