005 つないだ手と手
数日後。
スノウはすっかり元気になった。
安心したゼノンとヴェラは報告をするために王都へ戻った。
強盗団によってオースの町は被害を出してしまったものの、それほど酷くはなかった。
だが、様々に状況が変わっていた。
町の住人は強盗を魔法で倒したルフのことを恐れた。
元々スノウとルフは町の者ではない。近くの村から来た見知らぬ者だ。
強盗団のことを教えてくれ、町を守るために協力してくれた。多くの強盗を倒してくれたのもわかっている。
それでも恐ろしくて堪らない。魔法も。赤い瞳も。
何かあると魔法で報復されてしまうかもしれない。
オースの町の人々はルフを心強いと思う者と危険だと思う者に分かれ、激しい口論を繰り広げていた。
「非常に言いにくいのだが、オクルスの村に戻ってくれないか?」
町長は決断した。
住民の不安を煽ったり、不和を生じさせるような者は困る。
オクルスとは農産物や日用品の売買による交流があった。
村に残っているのはスノウとルフの二人だけ。
必然的に今後は二人がオースの町に来て物を売ったり買ったりする。
そういった交流を積み重ねることで住民の不安を解消し、その後で移住してはどうかと提案した。
「彼女だけでも町に住めないか?」
ルフは自分のせいだと感じ、スノウだけでも町に住めないか尋ねた。
「神殿が管理する修道院を放置するわけにもいかないだろう?」
町長の返事は、それを理由にして断りたいのが明らかだった。
「そうですね。でも、ここからオクルスへ帰るには日数がかかります。食糧と水を分けていただけませんか?」
「勿論だ。助けてくれた礼はする。こんなことになってすまないとは思うが、強盗団に襲われた恐怖が消えていない。皆、不安なのだ」
「そうですね。今は心を休める時間が必要だと思います」
スノウは理解を示すように頷いた。
「馬も二頭用意する。帰るためにも生活するためにも役立つだろう。貰ってくれ」
「ありがとうございます!」
話はついた。
だが、ルフは納得できなかった。
自分はともかく、スノウのことだけでもなんとかしたくてたまらなかった。
「俺が一人で修道院を管理すればいい。町に来る時に様子を報告する。それでは駄目なのか?」
「最後まで言わせないでくれ」
町長は言った。
「新品の金貨を流したのは誰だ?」
金貨と聞いたスノウはハッとした。
「ここは田舎だ。金貨は珍しい。あっても新品じゃない」
だが、新品の金貨が出回った。
村から持って来て、両替した者がいた。
捕縛した強盗はその噂を聞いて来たと白状した。
「お前達の村の者が金貨を両替したとわかった。そして、神殿から派遣された院長が新しく来た。つまりはそういうことなんだろう? それとも偶然羽振りのいい商人と取引でもしたのか?」
私が金貨を両替して貰ったせいで……。
スノウは青ざめた。
「黙ってオクルスに戻ってくれ。お互いのためだ」
「ごめんなさい」
スノウは深々と頭を下げた。
「新品じゃない! 細かい傷があった! 俺は村長の手伝いをしていたから知っている!」
ルフはスノウのせいではないと反論した。
「金貨は腐食しにくい。新品じゃなくても綺麗に見えるだけだ!」
「新品かどうかよりも、金貨が何枚も出回ったということが問題なんだ。もっとあるかもしれないと思うだろう?」
「噂を流したやつが悪い! 金貨の話なんてすべきじゃなかった! たった一枚じゃないか!」
「珍しかったんだ。もういい。早く町を出ていってくれ!」
スノウとルフは町長が用意した馬や荷物を貰った。
「……すまない。俺のせいだ」
ルフは責任を感じていた。
スノウと町長が話をつけた後、黙っていれば良かった。
だというのに、自分が余計なことを言ったせいで金貨の話が出た。
言いがかりだと感じたが、スノウが金貨を持っていたこと、町で両替して貰ったことは事実だ。
田舎では出回りにくい金貨という言葉に尾ひれがついたとしか思えなかった。
「違います。私のせいですから」
「違う! スノウのせいじゃない!」
「じゃあ、両方のせいということにします。それで許してください」
許すも何も、スノウは悪いことなんて一つもしていない!
ルフの胸にやりきれない想いが込み上げた。
そして、それは通りがった男達の声で膨れ上がった。
「見ろよ」
「あいつらのせいで強盗団が来た」
「違う!」
ルフの瞳が赤く輝いた。
その途端、男達の表情が変わった。
「な、何だよ!」
「本当のことじゃないか!」
「勝手なことを言うな!」
「やめてください!」
スノウが叫んだ。
「抑えてください! 大変なことがあったばかりで、心が疲れているのです!」
スノウはルフに懇願した。
「俺達だって疲れている! オースのために協力した! 強盗団を倒した! それなのに出て行けと言われたんだぞ!」
「ルフはとても頑張りました。おかげで私は命を救われました。オースの町にもルフに感謝している人が沢山います。でも、まずは元の生活を取り戻すことを優先しましょう」
スノウは男達を見つめた。
「私達は村へ帰ります。もう強盗団は来ません。皆で退治したのはご存知ですよね? 全員が自分にできることを頑張ったからです。どうか、ゆっくり心と体を休めてください。懸命に頑張った人を責めないためにも」
スノウは深々と頭を下げると、ルフの手を引いて歩き出した。
ルフが男達を睨みつける。琥珀色の瞳で。
二人が去っていくのを男達は見ながら小声で呟いた。
「本当に赤く光っていたな」
「悪魔じゃないのか?」
「町には絶対に入れない方がいい」
ルフは耳がいい。
スノウの手を強く握り直した。
「ルフ?」
「早く帰ろう」
オクルスへ。
二人だけの場所へ。
「そうですね。帰りましょう」
スノウもまたルフとつなぐ手に力を込めた。
「ルフの作るご飯が久しぶりに食べられそうです。楽しみです」
「何が食べたい?」
「何でも。ルフが作るものは全部美味しいです」
「温かいものにしよう」
「そうですね。それがいいです」
「スノウのおかげで火をつけるのが楽になった」
ルフは魔力で火をつけることができる。
土を掘ることも、風を起こすことも、容器に水を貯めることも。
初歩の初歩だが、できるのとできないのでは大違い。
「ルフの役に立てて良かったです。魔力があって良かったですね」
「スノウに会えて良かった」
スノウは目を見張った。
嬉しさが込み上げ、泣いてしまいそうな気持になった。
「私もルフに会えて良かったです」
「俺がいないと困るに決まっている。スノウは一人で生活できないからな」
「そうですね。お料理もできないし」
「料理は俺に任せておけ」
スノウが見上げると、ルフが優しく微笑んでいた。
出会った頃のルフは感情を隠すようにしていたが、今では自然と感情が表にあらわれるようになった。
スノウも同じ。
人々が理想とする聖女にならなければならないことから解放され、自分のままでいられるようになった。
「手が冷えている。温めるから離すな」
ルフの手がじんわりと熱を帯びた。
魔力のせいだ。
「温かいです」
「俺もだ」
手も、心も。
二人は互いの温もりを感じていた。