49 打ち上げ
オクルス修道院で打ち上げが行われることになった。
参加者はスノウ、ルフ、ヴェラ、ゼノン。
招待者はジークフリード、オリバー、ノールド。
それに加え、対戦したグウィン、トレフェ、イエル。
ジークフリードの要望からワイアットもいた。
「……光栄です。夢を見ている気分です」
「一度来たことがあるでしょう?」
ヴェラのツッコミに答えることなく流したワイアットはスノウの手伝いを申し出た。
だが、得意な属性は水。
洗い物であれば役に立つが、温める方では役立たず。
結局、ジークフリードが差し入れた魔法薬を飲んだルフが手伝うことになった。
「私がするというのに」
ジークフリードは温めるのを手伝いたかった。
試合観戦だけで魔力が有り余っている。火も得意だ。
しかし、石窯の温度を上げ過ぎて料理が駄目になったり、石窯自体を壊されるかもしれないために却下された。
「当然の判断でしょう。石窯の調整などしたことがありませんから」
「絶対に壊す」
ジークフリードについてよく知っている護衛達は、必ず石窯を壊すだろうと思っていた。
「修練さえすれば!」
壊すこと自体は否定できないジークフリード。
魔力が豊富過ぎてしまい、慣れていないと微調整がしにくい。
「時間がありません。成人後は執務優先です」
ジークフリードはオクルス修道院に結界を張り、廊下であっても寒くないよう暖房調整をすることにした。
「これが噂の手料理か」
「美味しいそうです」
「わーい!」
次々と運ばれる料理に舌鼓を打ちながら、グウィンが差し入れとして持ってきた高級酒も賞味する。
打ち上げは和気あいあいとした雰囲気だった。
「それにしても、よくこんなに多くの料理を用意できたな」
ジークフリードは感心しきっていた。
「打ち上げの用意をしていたのか?」
「いや。冷凍保存をしているせいだ」
料理のほとんどを手掛けたルフが答えた。
「忙しい時に備えて、作り置きしてある。温めれば簡単に食事が取れる」
「なるほど」
「スノウも作ってくれた」
「実は凄い発見をしたのです!」
スノウは嬉しそうに叫んだ。
「キッチンバサミでもお料理ができるのです!」
スノウは普通の刃物を使えないが、ハサミは使うことができる。
キッチンバサミによってある程度のものは切れるようになったため、料理についてもできることが増えた。
「分厚いものは無理なのですが、ハサミである程度のものは切れます!」
「魔力だけで切るのは駄目なのか?」
ふとジークフリードは思いついた。
「指や手を振るだけだ。机を切らないように注意しないとだが」
ジークフリードは机を真っ二つにして怒られたことがある。
「少ない魔力の方が調整しやすい。魔力の使い方自体はわかっている。もしかすると、一でもできることが意外とあるかもしれない」
魔力が豊富な者がいるせいで、一しかない魔力は意味がないと思われてきた。
だが、ゼロではない。ゼロと一の差は大きい。
何かに使える可能性もあるのではないかとジークフリードは思った。
「そうですね! とても小さいものならできるかもしれません!」
「今度試してみるか」
「はい!」
ジークフリードは自分の提案が検討して貰えることに喜んだ。
「スノウは極めて難易度の高い魔法治療もできた。細かい調整に向いていそうな気がする」
「ルフが実行しそうね。包丁要らずだし」
「普通の生活をするようには心がけてはいる」
スノウのために。
王都に住んでいる者にとってオクルスの生活はありえないほど不便。
ルフの魔力や魔法、寄付された魔法具で改善していくべきかもしれない。
だが、あまりにも頼り過ぎてしまうと、魔力が一しかないスノウが困ってしまうかもしれない。
うまくバランスを取っていこうと考えていた。
「今日のことで気になったことがあるんだが、誰に聞けば一番詳しいのかわからないことがある」
「どんなことだ?」
ジークフリードが尋ねる。
「魔法闘技場の多重結界だ。あれは自動で魔法効果を調整すると聞いた。その仕組みとか構造とかも含めて詳しく知りたい」
「オリバー」
困った時の護衛頼み。
「技師がいます」
「そうだった! 誘って良かった!」
「専門ではないのですが、多少なら」
ワイアットは一般的な知識からルフに説明した。
多重結界はその名称通り、複数の結界が合わさっている。
「陣と同じか?」
「陣も結界も一定の範囲を使い手が管理・支配するためのものですが、大きく違う部分があります。それは閉鎖性と継続性です」
陣にも遮断性があるが、一時的なもの。
結界は完全に閉じるような区切りをつけ、継続的に侵入を阻むことができる。
「複合と多重の違いも詳しく知りたい」
「重ね方が違います」
複合は複数のものを合わせること。合わせ方は自由。
多重は重ねるもの。順番や規則性がある。合わせ方に制限がある。
「遠い昔に聞いたような話だわ……」
「そんな時代もあったねえ」
ヴェラとイエルは学生時代を思い出した。
「私の専門は魔法工学です。魔法工学というのは術式を作り、魔法機器や魔法具を制作する学問です。魔法闘技場にあるのは魔法機器による結界です」
魔法には強弱がある。
全く同じ魔法を使っても、使い手が違うと差が出る。
魔力量や魔法の技能の差があるからだ。
誰もが強力な魔法を扱えるわけではない。発動する時もあれば、不発の時もある。
「安定的な一定の魔法効果を代替え可能な魔力で供給できる魔法機器や魔法具は極めて有用なものであり素晴らしいものなのです!」
ワイアットの口調は技師らしさを増すばかり。
人間による魔法は強いが、使い手によって強弱、発動や不発などの不安定な要素が多くある。
魔法機器や魔法具による魔法は弱いが、必ず発動するように条件を揃えることで、安定的に魔法を使えることが説明された。
「魔法闘技場の多重結界は弱い魔法をバランスよく調整して重ねた魔法機器によるものです」
「なんとなくわかった。それで、多重結界を作るにはどうすればいいんだ?」
「作りたいのですか?」
「いざという時、多重結界を張れるようにしたい。俺がいなくても魔法機器があればできるわけだろう? 魔力を補充するか魔石さえあれば、スノウでも扱えるはずだ」
スノウのためにルフは多重結界を発現する魔法機器を作り、常備しておきたいと思っていることがわかった。
だが、残念なことにそれはできない。
「多重結界は国家機密です。その構造を知るのは限られた者だけ。私は結界の担当ではないので知らないのです」
「残念だ」
ルフは肩を落とした。
「多重結界の効果については質問できるだろうか?」
「私の知識で答えられるようなことであれば」
「魔法効果の調整がかかるだろう?」
「そうですね」
「なぜ、そんなことができるんだ?」
「国家機密です」
「なら、無理だな」
あっさり。
「普通の結界についてはもう少し勉強したい。陣との違いも詳しく知りたい」
「ルフは魔法学校に行ってないからな……」
魔法学校であれば総合教育の観点から魔法についての一般的な知識を教えられる。
それは魔法学校に入学した者にとっての一般的な知識であって、アヴァロス国民の一般的な知識とは違う。より魔法について詳しくなれるということだ。
但し、誰でも無条件で魔法について学べるわけではない。
自分の命と魔力を失う危険、人生の制限と寿命の短縮を覚悟しなければならない。
そして、魔法という大きな力を利己的かつ悪用することなく国や社会、多くの人々のために使うことを誓約できる者でなければ魔法学校で学べない。
それが魔法を学ぶ者と使う者にとっての常識なのだ。
「独学で魔法を学ぶのは悪くはない。ただ、危険なのは確かだ。ある日突然、オクルスで魔法事故が起きたら困るだろう?」
「ここにある魔法機器はそれほど多くない。小型でも駄目なのか?」
「魔法事故の大きさは魔力の差だ。魔力が大きければ人でも魔法機器でも関係ない。豊富であればそれだけで危険だと考える者もいる」
ルフは黙り込んだ。
そうなると、魔力が豊富なルフ自身が最も危険。魔法機器は関係ない。
「スノウやゼノンがいれば大丈夫だろうと思っていたが、予想以上に規格外だとわかったからな。魔法騎士団にも支援を頼んだ」
ルフは魔力量だけでなく強属性も多い。規格外の才能だということは明らか。
スノウとゼノンだけで教えるには限界がある。
二人が教えられることだけでルフは満足しない。向上心が強く、自分だけでどんどん勉強しようとする。
失敗すればオクルスで魔法事故という事態もありえる。だからこそ、魔法騎士団の方で勉強や修練をさせることにした。
「今のところは自身で管理できている。魔眼さえ抑えられれば大丈夫だ!」
「魔眼……」
ワイアットは目を見張った。
「大失言です」
オリバーに睨まれ、ジークフリードはしまったと感じた。
「……大丈夫だ。国家機密を扱っている者達しかいない。絶対に秘密を守れる!」
ジークフリードはワイアットの肩に手を置いた。
「信じているからな!」
「誰にも話しません。魔法兵団長にも」
「魔法兵団長は知っている。だが、国王やその周囲には絶対に話すな。戦争に利用されないよう秘密にしている」
「わかりました」
「まあ、アヴァロスの王太子である私がルフの味方だからな。大丈夫だ!」
オリバーは深いため息をついた。
ジークフリードがスノウだけでなく、ルフのことも特別視しているのがはっきりした。
しかし、それは誰もが感じていることではある。
ジークフリードなりにルフを守りたい気持ちを周囲に示したいのもわかる。
ルフを自分やスノウの二の舞にはしたくないのだ。
スノウが聖女になれば大切にされ守られると思ったが、そうではなかった。
王太子である自分と同じく我慢しなければならず、大きな力は使命の証として個人の意志と自由を奪われた。
ルフのことも同じ。その意思と自由を奪うのは許さない。今度こそ守りたい。
魔眼を持つ者同士。
もう一人の自分だと思っているのかもしれないとさえオリバーは考えていた。
「ああ、そうだ! ルフ、防具の件だが」
ジークフリードは話題を変えた。
「洗濯が大変ではないか?」
「いや。魔法具の洗濯機を寄付して貰った」
泥汚れは先に魔法の水で落とし、その後は洗濯機に放り込む。
干した後は魔法の風で一気に乾かせばいい。
天気を気にする必要がないのは極めて楽だった。
「魔防と魔耐を上げた服が欲しくないか? 騎士団での修練の際、制服を借りているだろう? 着替えなくて済むぞ!」
「借りている方が楽だ」
他の騎士達と同じくクリーニングカウンターに出すだけ。
破れても補修する必要がない。
魔法騎士になったような気分をちょっとだけ味わえるのも嬉しかった。
「季節的に寒くなる。魔法のコートはどうだ? スノウと一緒に外出しても寒くないぞ!」
「手を繋げなくなる。必要ない」
スノウはちょっと恥ずかしそうな表情になった。
「リア充がいるううううーーーー!」
「やや意味が違う気もしますが、おおむねそのようです」
「魔法服は駄目そうだな……」
魔法服は汚れにくい。魔法防御も魔法耐性もある特殊な生地で作る。
術式を損傷しないよう普通の水で丁寧に洗うため、かえってルフには丁度いいのではないかとジークフリードは考えたのだ。
「スノウの作った魔石はなかったのか?」
「あった。だが、譲っては貰えなさそうだ」
「ゼノン、なんとかならないのか?」
「無理です」
ゼノンがスノウの造った魔石を持っていたのは聖騎士だからではない。
魔力を使い過ぎたスノウをゼノンが運んでいたため、迷惑をかけていることへの謝罪と感謝としてスノウから個人的に貰った。
それを加工する際に治癒の効果があるとわかり、万が一の時に備えてすぐ使えるよう指輪にした。
「スノウが魔石をよく作っていたのは子供の頃で、普通の光の魔石としてエネルギー用に回されていました。そのせいでほとんど残っていません」
「勿体ない話だ」
ジークフリードはため息をついた。
「まあ、仕方がない。魔石も最初から良いものが作れるわけでもないしな」
魔石作りも技能。
熟練度が高まるほど、質の良い魔石ができる。
スノウの治癒・魔石作りの技能が磨かれたからこそ、魔石に治癒の効果がついた。
最初の頃は何の効果もないただの魔石だったと考えるのが妥当だ。
「取りあえず、今夜はゆっくり楽しむぞ!」
「宿泊はできません。招待されたのは夕食です」
「そう言うと思った」
ジークフリードは苦笑しながら、ワインボトルを魔力で取り寄せた。
「オリバーとノールドも飲んでいいんだぞ?」
二人が酒を飲んでいないことをジークフリードは気にしていた。
「残業中ですので遠慮します」
「同じく」
二人は残業手当をしっかりと貰うつもりだった。
「やはり私の護衛はしっかりしている。安心して飲めるな!」
ジークフリードはゼノンや魔法騎士達と試合について話し始めた。
護衛の二人はジークフリードの様子を注視しながら、ルフの手作り料理をしっかり味わっている。
ルフに魔法機器や魔法具のことで相談されたワイアットは嬉々として答え出す。
皆、楽しそう……。
スノウは良かったと思いながら空いたお皿をワゴンへ移そうと手に持った。
すると、別の空いた皿が浮かび、引き寄せられるようにヴェラへ飛んだ。
「言ってくれれば手伝うわよ?」
「大丈夫です」
「スノウはほとんど食べていないわ。お腹が空いていないの?」
「魔法闘技場で売っていたものを色々といただいたので」
スノウはどんなものが売っていたのかを説明した。
「色々とあったのね。美味しかった?」
「美味しかったです。でも、ルフの作る食事のことをすぐに思い出してしまって」
「がっちり胃袋を掴まれているわねえ」
ヴェラは苦笑した。
「でも、わかるわ。美味しいもの。普通の食事って感じなのに、食べるとなんだか調子がいいのよね」
「良かったです。ルフも喜びます」
「いい人を見つけたわね。あれこれ世話を焼いてくれるし羨ましいわ」
「ルフは世話人なので仕事でもあります」
「そうだけど、良い所がいっぱいあるでしょう? 優しいわ」
ヴェラが初めてルフを見た時はいい感じがしなかった。
だが、今は違う。信頼できる相手だと感じていた。
スノウは発掘したのだ。
信じられないほどの才能だけでなく、ルフの心に秘められていた優しさも。
「そうですね。素敵なところが沢山あります。オクルスに来ることができて良かったです。皆で集まりながら食事や会話が楽しめるのも嬉しいです」
スノウがこの世に生まれて十八年を過ぎた。
それでも知らないことが沢山ある。
もっと知りたい。体験してみたい。新しい世界に溢れる喜びを感じたいとスノウは思った。
「私も同じよ。これからもっともっとすればいいわ。絶対参加するから!」
「楽しそうです」
「楽しいに決まっているわ! 楽しくなるようにするのが腕の見せ所なの!」
ヴェラはニヤリと笑った。
「ルフのね」
スノウはクスリと笑った。
「そういうところがヴェラらしいです」
「自分らしいってことはとっても大切なことなのよ」
私も自分らしくありたい。
スノウはそう思いながら、打ち上げを楽しむルフを嬉しそうに見つめていた。




