43 模擬戦開始
「試合開始!」
「《暴風駆逐》!」
主審の合図と共にゲストチームから混合チームへ向かう突風が吹いた。
ヴェラは転移陣のエキスパートとして有名だが、その前は風属性の魔法を得意としていることで有名だった。
高等魔法である暴風系であっても朗々とした詠唱をすることなく即時発動できる。
暴風駆逐は敵陣の上空にある砂塵を暴風で一掃。
視界の悪さを改善するだけでなく、砂塵に紛れて空中に仕掛けられた罠魔法も破壊した。
「《先制の風》!」
先制攻撃をするために速度と瞬発力を上げる魔法だった。
ゼノンが使用した雷速と同じような効果だが、属性が違うせいで効果が上乗せできるのが利点だ。
浮遊靴で浮いたままのゼノンが雷の魔法剣を発現させた。
ためていた魔力を解放するため、即時斬撃に入る。
「《分解撃》!!!」
「キターーーーーーーーーー!!!」
会場にいる観客は口を揃えて叫んだ。
スノウと護衛以外はほぼ全員。
ジークフリードは叫んだ一人。
その表情は待ってましたとばかりに嬉々としていた。
宙を切るようなゼノンの一閃が雷を帯びた波動となって混合チームの土楼閣に衝突した。
雷魔法を防ぐには土魔法。それが常識。
水魔法が火魔法の効果を吸収・無効化するように土魔法もまた雷魔法の効果を吸収・無効化する。
魔法理論で考えると、ゼノンの攻撃は雷属性。土魔法で築かれた土楼閣を破壊することはできないように思える。
だが、『分解』の効果自体は属性によって無効化されるものではない。
そして、水魔法の鏡水面が発動中でもある。
ゼノンの攻撃は鏡水面によって全体に伝わり、分解効果によって破壊された。
空気中の水分量が一気に増える。
「《風集》!」
「《氷冷》!」
ヴェラが集め、ゼノンが冷やす。
氷の礫、雹ができる。
「《暴風来》!」
「《氷球》!」
雹と氷の球が次々とむき出しになった土楼閣へぶつかり、めり込み、削っていく。
相手の水魔法を利用し、雷・風・氷の力を駆使して攻撃するという連携作戦。
試合開始早々、混合チームの陣地防御がみるみる削られた。
「マズイ!」
「ヤバイ!」
「補強しろ!」
ゼノンの攻撃によって陣地防御が崩れそうになることは想定内。
土使いは補修作業に入るが、専念するほど無防備になる。
それを見越して攻撃するのはルフの役目だ。
「《土球》」
土魔法の初級ともいえる土の球体作り。
しかも、一つ。
ルフは初心者。
まあそうだろうなと思う者と、このレベルなのかと笑う者に分かれた。
投げ飛ばした土球は混合チームの風使いに破壊され、逆に水使いが発現させた多数の水球がルフに襲い掛かった。
だが、ルフには当たらない。
一瞬で消えた。
「無効化だ」
「火の防御だな」
水使いに狙われることを予想し、ルフは得意な火魔法で自身を防御していた。
ルフの火魔法は極めて強い。
魔眼を使用時は空中ポートを跡形もなく消すほどの威力になった。
今は魔眼なしだが、かなり強い水攻撃でなければ無効化できる。
「ちょっと! もっと沢山作りなさいよ!」
ヴェラが怒った。
観客の声を代弁したとも。
「わかった」
すぐに数えれないほどの土球が浮かび上がった。
え?
おい!
詠唱は?
発動言は?
観客がそう思っている間に土球が混合チームへと襲い掛かる。
風使いは陣地防御を修復中の土使いを守ることを優先した。
水使いは自分で何とかすればいい。
初級の土魔法だけに、水魔法でも対応できると思った。
それは適切な判断ではなかった。
「サポートしてくれ! 吸収だ!」
水の反属性は火・炎属性。
だが、土にも弱い。
吸収や吸着の効果があれば。
川の氾濫によって溢れた水を大地が徐々に吸い込むのと同じようなもの。
魔法はどちらの力が強いかで上位が変わるのもある。
水使いはルフの土球を所詮は初級だと舐めていた。
大量の水によって泥水にしてしまうと水属性のものとして処理が簡単になる。
だが、ルフの土球は極めて吸収率が高いものだった。
初級の魔法だからこそ、効果の高いものができた。
おかげで水使いは大量の水分を含んでドロドロになった土球を容赦なく浴びせられた。
全身線に沿うような防御魔法があるため、水使いに直接泥がかかることはない。
だが、防御魔法の上にベタッと張り付く泥の不快感は防げない。
あっという間に水使いを閉じ込める泥の塊が形成された。
「単純だが効果的だ!」
「泥まみれだ!」
「笑える」
そう思う者もいれば、
「いらやしい」
「えげつない」
「水使い泣かせだ」
水属性を得意とする者にとってはそうなる。
だが、それ以上に恐ろしいのは、
「転移を封じた」
「逆転移がないと出られない」
「ヤバイ」
通常の転移魔法は風属性。ある程度の空間が必要でもある。
自身の足元が土中にあるような状態になると使えなくなってしまう。
「転移使いは真っ青だな」
「ざまあないな」
転移魔法を使える者は限られている。使えない者の方が圧倒的に多い。
自慢の魔法を潰されていい気味だと思う者が大勢いた。
「逆転移があれば問題ない」
「逆転移が流行るかもしれない」
地味という立場に甘んじていた土使いは自分達の時代が来るかもしれないと感じて喜んだ。
試合はそのままゲストチームが豊富な魔力を惜しみなく使う手法『氷と土の塊を風の援護でぶつける作戦』で土楼閣をひたすら削り、残る二人をも攻撃・牽制した。
白兵戦だとゼノンに負担がかかるが、魔法戦なら三人共に戦力になる。
投擲戦術は良くあるが、氷と土の連携は珍しい、
普通は広範囲をカバーしやすい火と風の組み合わせが多いのだ。
混合チームの風使いは魔法騎士であって魔導士ではない。
風来陣の支援を受けた風魔法であっても、魔導士であるヴェラの風魔法の方が上だ。
暴風系は高等魔法。格が違う。単純な風力勝負では押し返せない。
土使いは陣地を守る防御魔法の修復作業に専念するしかなく、魔力を消耗する一方。
水使いはルフの攻撃によって泥の塊と化した後、大量の水で洗い流すことで脱出した途端その隙をつかれ、ゼノンの雷魔法で捕縛された。
すぐに強力な麻痺効果で戦力外。
結局、時間切れになるまで陣地を賭けた魔法戦になった。
魔法騎士や魔法兵としての技能――魔法武器と魔法の二つを活かした白兵戦ができない。
ゲストチームは魔法騎士と魔法兵を潰しに来た大魔導士集団のようだった。
「ゲストチームの勝利!」
「当然よ!」
ヴェラは一切崩されていない氷の聖堂の鐘楼で高笑い。
風というよりも氷の女王のように見えた。
「うまくいきました」
鐘楼に移動したゼノンがルフの肩に手を置いた。
賞賛であり、労りでもある。
「ルフのおかげです」
「役に立てて良かった」
二人は高い所から相手チームを見下ろした。
自陣に攻め込む隙を与えない速攻かつ圧倒的な投擲魔法戦による勝利。
だが、これは魔法騎士と魔法兵の混合チームだからこその作戦でもある。
普段は別の所属だけに連携がしにくいのは明らか。
単純な作戦を実行しやすく、隙もつきやすい。
次の対戦は魔法騎士団の選抜チームか魔法兵団の選抜チームの勝者。混合チームとは比べ物にならないほどの連携力がある。
そして、魔法戦に持ち込んだことを見て、二の舞にならないよう対策をしてくる。
積極的に白兵戦を仕掛けて来るに決まっていた。
「魔法薬を飲みながら、他のチームの技能や戦術を鑑賞しましょう」
「飲みたくないが、飲まざるを得ないな」
消費した魔力を回復するため、魔法薬は必須。
だが、味が悪い。
劇毒級の不味さだとヴェラが言うのがわかる。
一般品は少量の回復ができる程度のもので、飲みやすくなるよう改良されている。
だが、大量の回復ができる特別品は相当な不味さなのだ。
「嫌なら味を改善して下さい。効果はそのままで」
味の改良を試みた者は数知れず。
だが、味が変わると効果が落ちてしまうため、結局は味よりも効果が優先されていた。
「改善できればとても喜ばれます。ルフの評価が良くなるでしょう」
「俺の評価は相当低いだろうからな」
治癒の聖女だったスノウの恋人。
世話人をしているだけの一般人。
力不足だと思われるに決まっていた。
「薬の味を改善しただけで認められるわけはありませんが」
「わかっている」
「聖堂を溶かして下さい」
「俺が溶かすのか?」
氷の聖堂はゼノンが造った。
ゼノンの支配下にあるといってもよく、ルフよりもずっと簡単に処理できる。
「相手が氷の建造物を造った時に溶かす練習です」
「なるほど」
「柱は時間がかかると思うので、私が崩します」
自陣の片づけ時間は観客が試合の感想を話題にしている間ということで、五分から十五分以内が目安だ。
「わかった」
ルフは氷の聖堂をぐるりと炎で囲んだ。
しかし、まったく溶けない。
「溶けない……」
「魔法の氷と普通の氷を一緒にしないように。これも修練です。早く溶かして下さい」
「何をやってるのよ! 風でガンガン煽りなさいよ!」
ヴェラは口で煽った。
自身の風で煽って助ける気はない。ルフの修練だ。
不味い魔法薬をできるだけ飲みたくないのもある。
「火だけでなく風と合わせるわけか」
「柱を崩したので溶けやすくなるでしょう」
「防御力の要は柱ということか」
一方、観客は、
「やっぱり火を使うのか!!!」
「火使いじゃないか!」
「炎使いというべきか?」
「土使いじゃなかった」
「土の能力を伸ばしたいだけかもしれない」
「火と氷は合わせられないからな」
各自の視点から感想を言い合った。




