041 魔法闘技場
開会時間になった。
「魔法騎士団と魔法兵団による寄付金集めのスペシャルイベントにようこそ!」
アナウンスによって魔法闘技場にいるほとんどの人々が立ち上がった。
力強い雄叫びが会場中に響き渡った。
「凄い声ですね」
「魔法騎士団と魔法兵団は模擬試合や演習もするからな。何かとライバルだ」
「もしかして、聖騎士団と神殿騎士団もそんな感じですか?」
「いや」
聖騎士団と神殿騎士団の関係は圧倒的に聖騎士団が上位。
圧倒的に下位の神殿騎士団はライバルになれない。
「本日は王太子殿下がお見えになられています!」
ジークフリードは二つの言葉が結びついた名称だ。
ジークが勝利、フリードが平和。
つまり、ジークフリードは『勝利による平和』を意味する。
アヴァロスの王太子に相応しい名前であることは言うまでもない。
「今日はここに来ることができて嬉しい」
ジークフリードは拡声魔法で応えた。
「アヴァロスが誇る魔法騎士団と魔法兵団の力を見せて欲しい」
互いに自分達こそがという思いを込めて応じる声が響いた。
「但し、私が重視するのは勝敗だけではない。切磋琢磨。朋友有信。胸を熱くする多くのことを感じさせて欲しい。期待している」
威風堂々。それでいて心を熱くする言葉に人々の気持ちは高まるばかりだ。
「本日はもう一人、大切なお方がお見えになられています! 匿名ですが、エール様です!」
大歓声が沸き上がる。
スノウは誰だろうと思った。
「どなたか知りませんが、人気がありそうですね」
ジークフリードは笑わずにはいられなかった。
「スノウのことだ」
「私?」
スノウは驚いた。
「なぜ、匿名なのですか?」
「遠い場所にある修道院にいることになっているからじゃないか?」
「あ……」
「治癒の女神の名前はエイル。病気や怪我を癒し、人々の心を励ましてくれる。だから、応援というわけだ」
「そうでしたか」
治癒の女神にあやかった匿名であることをスノウは理解した。
「でも、私は寄付金を出していません。見ているだけなのに申し訳ないです」
「大丈夫だ。私がチケット代を払った。それが寄付金になる。門で転移した後のことを考えると、スノウはとても重要だ」
「もしかして、出迎え役ですか?」
「当たらずといえども遠からずだな」
ジークフリードは答えた。
「強いて言うなら、出迎え役はルフの方だろう。村長だからな」
「なるほど」
だが、ルフは側にいない。
出場者用の席にいた。
「それでは、試合を始める準備をしてください。観客の方は着席してください!」
その後、簡単に会場内における注意事項の説明が行われた。
妨害行為や迷惑行為等は禁止。
応援や喜びをあらわす行為であっても、周囲に十分配慮するよう伝えられた。
「そろそろ準備ができたようです。それでは、第一試合です!」
第一試合は属性対抗の魔法障害物破壊。
一定時間内、無限に魔法の的が出現する。
魔法騎士団と魔法兵団から選出された各属性チームが破壊数を競う。
「ただの対抗ではなくて属性なのですね」
「難易度を上げた内容にしないとだからな」
魔法の的には反属性も含まれている。
実力者にとっては破壊しやすいが、そうではなければ破壊しにくくなる。
自らの技能及び仲間同士の支援をうまく活用できるかどうかで差がつく。
「個人だと広域の魔法や技を駆使できる者が優位になる。だが、団体の場合は広域がカバーできるのは当然だ。別の部分で差をつけなくてはならない」
「補助魔法ですか?」
「それもあるが、戦術的なものもある」
魔法の的はただ出現するわけではない。破壊されにくいよう工夫されている。
破壊してはいけない的も混ざっているため、それらを避けなければ大減点。
単純に広域魔法や広域技で一気に破壊するのは難しい。
「範囲系を使うことはできるが、調整や工夫が必要になる」
「範囲を狭くするとか?」
「一人が広域魔法や技を使い、他の者は破壊してはいけない的を守るという方法もある」
「なるほど! チームプレーですね!」
「どんな方法を取るかは属性でもチームでも違うだろう。楽しみだ」
「始まります」
オリバーが教えると、スノウとジークフリードはすぐさま試合の方へ顔を向けた。
次々と試合が進んでいく。
今回は催しの趣旨と安全性を考慮していることから、学校で行われる競技や修練の成果を見せる試合をより高度にした内容になっていた。
さすが魔法騎士や魔法兵だと観客を唸らせるようなものでなくてはならない。
出場者の気合もプレッシャーも相当だ。
スノウは初めて見る試合に驚きの連続だった。
だが、楽しめるのは試合ばかりではない。
任意で売られている飲食物等の販売物もまた。
スノウとジークフリードがいる場所には次々と販売員がやって来た。
欲しくないか、買わないか、などと目で訴えていた。
それをジークフリードが察して買うと、必ずおまけで一つ余分にくれる。
どう考えてもスノウへの『献上品』だった。
「初めて食べました」
スノウは様々な軽食を楽しんでいた。
「これも美味いな」
ポテトサラダ。
揚げ物やパンが多い中、サラダのような品は珍しかった。
「この時期にキュウリが入っているのは贅沢らしいですね」
キュウリは夏野菜。
魔法栽培で一年中手に入るが、旬ではない時期だけにやや値段が高くなる。
「王都では贅沢というほどではない。少し値段が上がるのかもしれないが」
「ルフのポテトサラダにはキュウリが入っていません」
ルフの手料理は基本的にオクルスで取れた農作物、狩猟や採集といった自力で手に入る食材がほとんどだ。
旬のものが多く取り入れられている一方、そうではないものは少ないかほとんどない。
「何が入っているんだ?」
「今はジャガイモとニンジンとタマネギとハムです」
定番の具材。
「ちょっと前に食べた栗入りも美味しかったです」
「それは珍しいな。食べてみたい」
「栗は保存用に加工しました。代わりにハムの種類が増えました」
「増えた? 複数ということか?」
「一つは普通ので、もう一つはコショウ付きです」
コショウのおかげでスパイシーなアクセントがある。
元々ハムには塩気があるため、ジャガイモやニンジンやタマネギの甘さになじんでサラダがより美味しくなることをスノウは説明した。
「タマネギは辛くないか?」
「空気に触れさせるほど辛みが少なくなります。大丈夫です」
タマネギは生のままだと辛みが強い。
水にさらすと辛みだけでなく栄養も流れてしまうが、時間をかけて空気にさらせば辛みが消える。
「ハムを二種類も入れるなんて贅沢な気がしてしまうのですが、とても美味しいです」
「食べたくなるな」
「ルフのお料理はどれも美味しいので幸せになれます」
ルフはスノウの心だけでなく胃袋もまたガッチリと掴んでいた。
話を聞いただけでジークフリードも相当気持ちを揺さぶられてしまう。
美味なるものは人を魅了する。
魔法が無くても胃袋さえ掴めば支配下におけるのではないかと思えてしまうほどだった。
「ルフが王都で料理を作るイベントをしてみたい」
オクルスへ行くのは護衛が反対するが、王都内の一時外出ならなんとかなりそうだと思うからこそのプランをジークフリードは考えついた。
「ルフ次第です」
「寄付金集めになる。きっと大人気でプレミアチケットだ!」
「プレミアチケット?」
「その説明もしないとだな」
説明することが多すぎる。それがまた嬉しく楽しい。
ジークフリードにとってスノウとの会話は癒し。
スノウにとっては勉強になる。
互いに得な時間が過ぎていった。




