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聖女からの大降格  作者: 美雪
第一章 出会い編
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004 平穏からの急変

 一応、死人と血が出るような場面がありますのでご注意ください。

 すみません。



 一週間後、村長を始めとした移住希望者の一団が出発した。


 オクルスに残っているのはスノウとルフの二人だけになった。


「本当に良かったのか?」


 ルフは前々から決めていたことだけに、村人は心配していなかった。


 だが、王都から来てさほど経っていないスノウのことは気にしており、オースの町に行って町長に相談したらどうかと言われた。


 だが、スノウは修道院の院長だと言って断った。


「私、ルフのようになりたいです」


 ルフは強い。逞しい。


 一人の人間として。


 スノウは物心ついた時から魔力や魔法の力に頼っていた。


 だが、魔力や魔法がなくても人は生きていける。


 これからは生まれつき魔力がない者のように生きてばいいだけだとスノウは思っていた。


「ルフ」

「ん?」

「まだまだ未熟ですが、よろしくお願いします」

「俺こそ、よろしく頼む」





 本当に二人だけの生活が始まった。


 村に誰もいないことをスノウが寂しいと感じたのは最初だけ。


 人の目を気にしなくていいことへの安心感の方がはるかに強かった。


 自由もある。解放感も。


 ルフと互いに教え合い、助け合う。


 素晴らしい日々だった。


「ルフ」

「ん?」

「遠慮しないでくださいね」

「大丈夫だ」


 ルフは答えた。


「俺はずっと人の目を気にしていた。ようやく落ち着けたと思っている」

「もしかして……ルフの側にいない方がいいですか? それならできるだけ一人で過ごすようにしますけれど」

「いや。スノウは大丈夫だ。俺を怖がらないだろう?」

「ルフはとても優しいです。怖がる理由がありません」

「スノウにはずっと優しくする」

「良かったです」


 スノウもルフも、平穏な日々が続いていくような気がしていた。


 だが、予想外のことが起きた。





 ある日の夜中。


 寝ていたスノウはルフに起こされた。


「村の方の空が明るい。火事かもしれない」

「大変です! 火を消さないと!」

「必要ない。誰もいない場所だ」


 むしろ、そのような場所で火事が起きるのはおかしい。


 そして、普通の火事であそこまで夜空が明るくなることはない。


 ずっと修道院に住んでいたルフにはわかっていた。


「嫌な予感がする。地下室に隠れるぞ」


 何かあればルフがペンダントを使い、雷撃を放つことにした。


 だが、誰も来なかった。


 朝になり、ルフが村の様子を探りに行く。


 村の家屋が焼かれていた。


 自然災害ではなく人為的な放火だ。


「……強盗団だろう。噂を聞いた。金目のものと家畜を全て奪って、家屋に火をつけるらしい」


 まだ近くに強盗団がいる可能性を考え、スノウ達は修道院の地下に身を潜めながらもう一日を過ごすことにした。


 ルフは用心しながら水や食料を調達した。


 改めて強盗団が近くにいないかも探ってみたが、誰もいなかった。


「村の入口に立てた看板が壊されていた」


 オクルスの者は移住したが、一部はオースの町にいるという内容の看板だった。


 スノウとルフは話し合った。


 無人の家屋が焼かれただけではあるが、二人だけでこのままオクルスに留まり続けるべきか迷ってしまう。


 現在の状況をオースの町に知らせ、町長に相談することにした。


 オースの町は遠い。


 これまでは村人が所有する馬や馬車を借りることができたが、今は歩いていくしかなかった。


 二人は強盗団や野生生物に用心しながら森の中を歩き、オースの町へ到着した。


 スノウとルフはすぐに町長に会い、無人の家屋が何者かによって放火されたこと、噂になっていた強盗団の仕業ではないかと感じて避難してきたことを伝えた。


「凶悪な強盗団の噂は聞いていたが、まさかすぐそこまで来ているとは……」


 すぐに町長はより大きな都市へ使者を送り、駐屯している治安維持軍に強盗団の討伐を依頼することにした。


 そして、返事や軍が来るまでは、町全体で強盗団の襲撃に備えて防備を固めることにもした。


 情報を知らせてくれたスノウとルフに町長は好意的だった。


 神殿から派遣された修道院長であるスノウの心象が良く、信じられると思ってくれたおかげでもあった。


「オクルスへ戻るのは不安だろう? ここへ移住したらどうだ?」


 町長は二人を気遣い、しばらくは客人として屋敷に滞在するよう言ってくれた。


 スノウとルフはその申し出を受け、オースの町に住む人々の力になれるよう手伝うことにした。





 オースの町に強盗団が現れた。


 警備の者を増やしてはいたものの、武器を持っただけの一般人。


 ろくに訓練もしていない。烏合の衆も同然だった。


 逃げ惑う人々。


 スノウはルフのことが心配で、避難する前にルフを探しに出かけた。


 ようやく見つけたルフは強盗と対峙していた。


「ルフ!」

「来るな!」


 スノウはルフを庇うために飛び出し、剣で背中を斬られてしまった。


「スノウ!」

「雷撃……」


 ルフは雷撃のペンダントを使い、次々と強盗に雷撃を落とした。


「しっかりしろ!」


 ルフは上着を脱ぎ、スノウの背中に当てて止血を試みた。


 だが、出血が酷い。


 上着はみるみる赤く染まった。


「治癒魔法が使えれば!」


 治療魔法が使えるかどうかの差はとても大きい。


 スノウに教えられた通りだとルフは今更ながら痛感した。


「ルフ、逃げて……お願い……」


 スノウは力尽きたように目を閉じた。


「絶対に許さない!」


 ルフの瞳が赤い輝きを放った。








 ルフは走り続けた。


 右手で剣を持ち、左手で首から下げた雷撃のペンダントを握り締めながら。


 強盗を見つけては雷撃を落とす。


 一撃必殺だ。


 スノウのため。自分のため。オースの町のため。


 ためらう必要もそのつもりもない。


 強盗に雷撃が落ちるのを見た町の人々は驚きを隠せなかった。


「お前がやったのか?」

「強盗はどこにいる?」


 赤く輝く瞳は恐怖と共に計り知れない力を感じさせた。


 だが、非常事態。


 ルフは味方だ。


 話しかけられた者はありったけの勇気を振り絞った。


「……銀行が狙われているはずだ」

「わかった」


 ルフはすぐに駆け出していく。


 その背中を見送った人々は恐怖に足がすくんでしまい、その場にへたり込んでしまった。





 



 スノウは目を覚ました。


 天国でも地獄でもないような景色。


 普通の部屋のように見えた。


 いや、普通の部屋だ。


 スノウの記憶が正しければルフを庇い、剣で斬られて死んだはずだ。


 たぶん。


 暗闇の中に落ちていくような感覚。


 その後のことはわからなかった。


 自分で自分の死を確かめることができるわけもない。


 こうしてベッドで寝ていることを考えると、助かった可能性もある。


 ただ、怪我をしている気がしない。


 どこも痛くないのだ。


 やっぱり……死んだのかも? それとも全部夢だったとか?


 ドアが開いた。


 部屋に入って来たのはルフだった。


「気分は?」

「大丈夫です」

「良かった」

「助けてくれたのですか?」

「いや」


 予想外の答え。


「ここは死後の世界でしょうか?」

「違う」


 じゃあ、どこなのかという質問をする必要はなかった。


「スノウは大怪我をした。覚えているか?」

「背中を斬られたはずです」

「魔法で治した」


 スノウは驚愕に目を見開いた。


「ルフが?」

「スノウが」

「え?」


 スノウが気を失った後、すぐ側に魔法陣が出現した。


 ヴェラとゼノンが来た。


 スノウが重症なのを見てヴェラが治癒魔法をかけるが、微々たる効果しかなかった。


 ゼノンは治癒魔法を使えないが、治癒の指輪を持っていた。


 昔、スノウが作った魔石で制作されたものだった。


 その指輪のおかげでスノウの怪我は綺麗に治った。


「ゼノン様のおかげですね」

「スノウが作った魔石のおかげだ」


 治癒魔法を行使できるスノウが作った魔石だからこそ、治癒の指輪ができた。


「でも、治癒の指輪を持っていたのはゼノン様です」


 間違いではない。


「ゼノン様とヴェラは? もういないのですか?」

「事後処理をしている。傷は消えたが、出血が酷かった。当分安静だ」

「強盗は?」

「倒した。捕縛した者もいる。犠牲は出たが、町を守ることができた」

「そうですか」


 スノウはホッと息をついた。


「水を飲むか? 食べる気があるなら食事を用意する」

「お水だけ欲しいです」

「わかった」


 ルフはすぐに水差しが置いてある所へ行くとグラスに水を注いだ。


「これも飲め。出血が多かった時の薬らしい」


 スノウは錠剤を放り込むと、一気に水を飲み干した。


「もっと飲むか?」

「いいえ。もう少し寝ていても?」

「好きなだけ。ゆっくり休むといい」

「ルフ」


 スノウはルフを見つめると微笑んだ。


「助けてくれてありがとう」

「助けられたのは俺だ。感謝はするが無茶をするな。死ぬところだった」

「誰でもいつか死にます」


 スノウは戦場に行った時、死ぬかもしれないと感じた。


 だったら、生きている時に少しでも自分のできることをしようと思った。


「ルフにペンダントを渡したくて。私が死んでもルフは助かると思ったから」


 ルフは手を握り締めた。


「俺のことなんかどうでもいい! 逃げてくれれば良かった!」

「どうでもよくないです。ルフは私の家族ですから」

「……」

「無茶をしてごめんなさい。もう少し休みます。おやすみなさい」

「おやすみ」


 スノウは目を閉じた。


 すぐにやすらかな寝息に変わる。


 スノウの体が休息を必要としている証拠だった。


 ……家族か。


 ルフの胸はどうしようもなく締め付けられていた。



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