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聖女からの大降格  作者: 美雪
番外編 (三)

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039 悪魔

 ジークフリード十歳、オルフェス五歳頃。


 正当防衛で死者有り。ご注意ください。

 



 オルフェスには兄がいる。


 ジークフリード。


 第一王子で王太子。将来は父親の後を継いで国王になる。


 だが、その瞳はオレンジで、悪魔の生まれ変わりだと母親から教えられた。


「とても危険な存在なのよ! 絶対に近づいたら駄目よ! 死んでしまうわ!」


 だが、母親のことは気にするなと父親から言われてもいた。


「王太子を手元で普通に育てることができなかったせいだ。何も言わず黙っていればいい。わかったな?」


 オルフェスは父親を信じた。


 アヴァロスで一番偉い国王だ。


 皆、父親を信じて従っている。


 そして、兄の瞳は青。オレンジではない。


 危険でもない。とても優しい。


 オルフェスは気にしていなかった。


 母親のせいでこっそり会うしかない兄と遊べる日をいつも待ち遠しく思っていた。


 



 

 そんなある日のこと。


「にーにはいいな」


 オルフェスは兄が身につけている立派な腕輪がカッコいいと常々思っていた。


「僕も欲しいな」

「オルフェスには重い」


 魔力封じの腕輪だけに、魔力が少ないオルフェスがつけるわけにはいかない。


 無駄に体調が悪くなるだけだった。


 そして、実際に身につけると魔力のせいで重くなる。


「ちょっとだけ腕輪を貸して!」

「今度にしよう。これを外すと具合が悪くなる」

「にーには病気なの?」

「病気にならないようこれをつけている」

「僕もつければ病気にならない?」


 オルフェスはよく風邪をひいていた。


 腕輪をつければ風邪をひかないのかもしれないと思った。


「いや。魔除けみたいなものだ」

「魔除けって?」

「悪いものから自分を守るためのお守りだ」

「僕もお守りが欲しい!」

「父上に相談しておく」


 ジークフリードは魔力封じの腕輪とそっくりの偽物を作り、オルフェスに渡せばいいと思った。


 それならオルフェスでも身につけることができる。解決だ。


 そして、偽物が完成した。


 ジークフリードは自分の腕につけていた偽物を外し、オルフェスに渡した。


「ほら。今日は二つあるから特別だ」

「やったー!」


 オルフェスは兄とお揃いの腕輪を貰って喜んだ。


「一緒だね!」

「そうだな。ただ、ちょっとだけ違いがある」


 腕輪には守護神にちなんだ剣と盾の模様が裏側にある。


 オルフェスは剣が欲しいと言っていたため、剣の模様がある方だ。


 ジークフリードの腕輪には盾の模様がある。


「これ、貰っていい? 僕もお守りにする!」


 ジークフリードの予想通り。


 だからこそ、魔力封じの効果がある腕輪とそうでない腕輪をしっかり見分けられるようにしておいた。


「……母上には絶対に見せないと約束するか?」

「約束する!」

「じゃあ、剣の腕輪はオルフェスのものだ」

「わーい!」


 オルフェスは大喜び。


「今日はお忍びで出かけるらしい」

「やったー!」


 仲の良さをあらわすように兄弟は手をつないで出かけた。


 護衛もついていた。


 だが、暗殺者の一団に襲撃された。


 暗殺者達は驚いた。


 子供が二人いる。


 魔力封じの腕輪をしている方が標的のはずだが、どちらも腕輪をつけていた。


 普通に考えれば、年上に見える方が王太子。標的だ。


 しかし、襲撃に備えて影武者をたてている可能性もある。


 年上に見える方が影武者で、年下に見える方が本物かもしれない。


 二人は護衛に守られているだけでなく、年上の方がしっかりと年下の方を抱きしめている。引き剥がしにくい。


 見た目として最も守られているのは年下の方だ。


 何よりもこのような状況だというのに、年上に見える子供はあまりにも冷静だった。


 影武者に思えてしまう。


「どうする?」

「どっちも飛ばせ!」


 暗殺者達は護衛を引きつけ、その間に転移魔法を発動させた。


「飛べ!」


 ジークフリードとオルフェスの姿が消えた。


「王太子殿下!」


 間違いなく標的は転移した。





 転移魔法で飛ばされたジークフリードとオルフェスは暗闇の中にいた。


 二人の息遣いだけ。静かだ。


 転移魔法は使い手と一緒に飛ぶ。だが、定員の関係で使い手が飛ばない場合もあるということをジークフリードは聞いたことがあった。


「にーに……怖いよ。何も見えないよ!」

「大丈夫だ」


 ジークフリードは厳しい王太子教育と魔法の訓練を受けている。


 まだ十歳の子供だが、大人に匹敵する魔導士だった。


「灯りをつける」


 光の球体が浮かんだ。


 一気に部屋が明るくなる。


 部屋だ。


 石壁。出入口はない。窓も。換気口も。


 完全に密封されている箱状態。


 不味いかもしれない……。


 ジークフリードは瞬時に危機的状況を察した。


 この部屋は転移魔法を扱う者でなければ来ることができない部屋。


 つまり、転移魔法を扱える者でなければ出られない。


 どこにあるのかがわかれば、部屋を破壊して出ることもできなくはない。


 だが、こういった部屋は誰にもわからないようにできているのが普通だ。


 しかも、暗殺者が転移させたことを思えば、牢獄と考えるべきだった。


 牢獄といっても普通の牢獄ではない。


 完全に土の中や水底にあるようなものかもしれない。


 脱出するために部屋を破壊すると、大量の土や水が押し寄せるような仕様。


 結界で防いでも、魔力切れになればの終わり。


 空気があるのであれば、結界を張らずに済む部屋にいた方がずっとまし。


 誰かが転移魔法で迎えに来るまで待つのが最も安全だが、場所がわからなければ転移しようがない。


 転移して来るとすれば、とどめを刺しに来た暗殺者の可能性の方が高かった。


「にーに……」


 オルフェスは幼いながらも危険な状況であることは感じていた。


 ドアも窓もない石壁の部屋はどう見ても異様だ。


「大丈夫だ。準備をする。少しだけ我慢しろ。必ず何とかする」


 ジークフリードは魔力を部屋中にはり巡らし、感知しにくいよう魔法陣を描いた。


 その後、二人はしっかりと抱きしめ合いながら、誰かが来るのを待った。


「二人?」


 転移魔法であらわれたのは黒いローブを来た男だった。


「まあいい。大して変わらない」

「お前は暗殺者か? ここはどこだ?」


 ジークフリードは尋ねた。


「死ぬのに聞いても意味がないだろう?」

「死ぬなら知りたい」


 男は口元を歪ませた。


「俺は暗殺者だ。そして、ここは牢獄だ。出口のないここでじわじわ死ぬのと、一瞬で俺に殺されるのとどちらがいい? 選ばせてやろうか?」

「お前が裏切ってこっちの味方になるのはどうだ?」

「はっはっは! 面白い提案だ! だが、俺は自分しか転移できない。お前達を助けることはできないし、助けるつもりもない。契約だからな」


 暗殺者は呪文を唱え始めた。


 火魔法。


 それはこの部屋で火魔法や炎魔法が使えるということ。


 ジークフリードは迷わなかった。


 魔力封じの腕輪を外すと、その瞳は瞬時に変化した。


「燃えろ!!!」


 ジークフリードは全力で叫んだ。


 魔法を発動させるための言葉だった。


 その瞬間、暗殺者は驚愕と炎に包まれた。


 魔力防御を上げていても、全くないのと同じ。


 それほどまでに強力な炎魔法をジークフリードは即時に発動させた。


「消えろ! 消えてしまえ!!!」


 あっという間。


 黒い人影は赤々とした炎に飲み込まれて消えた。


 ジークフリードは急いで立ち上がると暗殺者がいた位置へ駆け寄った。


「……座標さえわかればこっちのものだ」


 暗殺者は転移魔法で来た。


 その際、床の上に転移の魔法陣があらわれる。


 それが消えても後からわかるように細工しておき、どこからどこへ転移したのかがわかるようにしておいた。


「ここから出るぞ。もしかすると、一人しか出られないかもしれない。一人になっても目を閉じているんだ。必ず助けが来る。護衛がいれば確実に転移できるからな」


 ジークフリードは転移魔法を練習中で、自分だけで近距離ならば転移できる。


 だが、二名での転移に成功したことはない。


 試したことがない距離でもある。


 失敗する可能性が高く、どのような失敗になるかもわからない。


「オルフェス、聞いているか?」


 オルフェスは恐怖に支配されていた。


 目の前で人が燃えて消えた。


 それをやったのは他の誰でもない。


 兄だ。


 異様な気配。そして、爛々と輝くオレンジの瞳。


――本当はオレンジの瞳なのよ。悪魔の生まれ変わりの証拠なの!


 言葉が出ない。息苦しい。心臓が止まりそうだった。


「しっかりしろ!」

「あ……悪魔だ!」


 ジークフリードは顔を歪めた。


 母親が弟に何を言っているのかは知っている。


 だが、弟は信じていなかった。


 青い瞳だ。オレンジではない。そう思っていた。


 だが、今の自分はオレンジの瞳をしている。


 身を守るためには魔眼が必要だった。


「我慢しろ! すぐだ。目を閉じろ!」

「嫌だ! 死にたくない! 死にたくないよ!」


 ジークフリードは暴れるオルフェスを無理やり抱きしめた。


 集中だ! 絶対に失敗できない!


 自身に言い聞かせながら、転移の魔法陣を描き出す。


「気持ち悪い……死んじゃうよ!」


 ……転移に耐えられるのか?


 ジークフリードの頭の中に不安と疑問がよぎった。


 オルフェスは魔力が少ない。子供だ。


 魔法防御も魔法耐性も低い。


 いつも外出は馬車。一度も転移魔法を使用したことがない。


 それはオルフェスが転移魔法に耐えられないからかもしれない。

 

「助けて!」


 ジークフリードの腕からオルフェスは逃げ出した。


 その瞬間、転移魔法が発動する。


「オルフェス!」


 ジークフリードは手を伸ばした。


 だが、届かない。掴めない。


 ジークフリードの姿が消えた。


 使い手がいなくなったせいで、部屋を照らしていた灯りも消えた。


 オルフェスは一人暗闇に残された。


「うわあああああーーーーーー!!!!!!」


 絶叫。そして、絶望。


 置いてかれた。見捨てられた。兄に。


 違う! あれは悪魔だ! 悪魔だから僕を置いていったんだ!


 オルフェスの瞳から涙が溢れて止まらない。


「にーにぃいいい!!! 助けてええええーーーー!!!」


 オルフェスは気を失って倒れた。





 オルフェスは目を開けた。


 自分の部屋のベッドにいた。


 眠っていたはずだというのに、とても疲れていた。


 ベッドの側で母親が泣いていた。


「あ……母上?」

「オルフェス!!!」


 王妃はようやく目覚めた愛息子をギュウギュウに抱きしめた。


「許さないわ! 絶対に! あの悪魔のせいでオルフェスがこんな目に!」

「悪魔……」

「ああ、オルフェス! あの悪魔のせいで死ぬところだったのよ!」

「にーには……」

「違うわ! あれは悪魔よ! オレンジの悪魔なの!!!」


 母親の話を聞いたオルフェスは納得した。


 悪魔だからオレンジの瞳なのだと。


 あれは兄ではなかった。兄の瞳は青い。


 にーにだったら、僕を置いてはいかなかった……そうだよね?





 母親が常に側に張り付き、オルフェスは兄と会えなくなった。


 会いたくもない。


 怖かった。


 オルフェスはオレンジ色が嫌いになった。


 悪魔の色だ。


 そして、大好きな兄を奪った悪魔を憎んだ。


 オレンジの瞳は兄の中に悪魔がいる証拠だ。


 兄は悪魔に体を乗っ取られないように、特別な魔除けの腕輪をつけていた。


 しかし、外してしまった。


 そのせいでオルフェスの大好きな兄は悪魔に体を乗っ取られてしまった。


 人を簡単に殺せる力がある。人が死んでも平気にしている。何とも思わない。


 悪魔だから。


 青い瞳をしていても、兄の中にいる悪魔は全てを見ている。


 兄のふりをして、笑っているのだ。


 僕を助けるために、にーには腕輪を外したんだ……。


 悪魔の力を借りてでも、なんとかしようとした。


――絶対守る。盾があれば大丈夫だ!

――約束だよ?

――約束だ。


 兄は弟を守った。


 だが、自分自身は守れなかった。


 盾の模様がついた腕輪を外してしまったから。


 自らを犠牲にしたということだ。


 誰もそのことを知らない。あるいは、知っていても何も言わない。


 アヴァロスが悪魔のものになろうとしている。


 オルフェスは王太子が嫌いになった。大嫌いだ。


 その正体が大好きな兄のふりをした悪魔だと知っているから。





 そして、年月が過ぎ去った。





 オルフェスは第二王子に相応しい教育を受けた。


 王家の一員として特別な秘密についても教えられた。


 オレンジの瞳は魔力によるもの。


 魔眼だ。


 子供の頃は体が小さいが故にどうしても魔力が溢れてしまうが、だんだんと体が大きくなり精神的にも成長することで抑えられるようになっていく。


 もうジークフリードは魔力封じの腕輪をつけてはいない。


 あの事件ががジークフリードを成長させ、腕輪がなくても青い瞳でいられるようになった。


 天性の魔力と才能。それは努力によってより凄いものになった。


 悪魔ではない。人間だ。


 そう教えられたというのに、オルフェスは不安だった。


 何よりも、喜べなかった。


 神の化身のように、兄の力はあまりにも強大だ。


 同じ両親から生まれたはずのオルフェスは魔力が少ない。


 魔力を使おうとしただけで、気持ちが悪くなってしまう。


 精神的なものだろうと診断された。恐ろしい事件のせいだろうとも。


 克服したくてもできない。努力だけでは越えられない壁がある。


 心が苦しくて、悲しくて、震えてしまう。


 遠い記憶の中にある暗闇から逃れられない。すっぽりと包まれてしまっていた。


 見捨てられた……神にも。


 オルフェスはいかに自身が無力かを知っている。


 強大な力を持つ兄を羨み、妬み、激しい怒りと憎悪を募らせる者であることも。


 悪魔の中には天から堕ちた者もいるという。


 神を羨み、妬み、激しい怒りと憎悪を募らせていると言われている。


「悪魔なのは……兄上の方なのか?」


 それとも私の方か?


 オルフェスの呟きに答える者はいなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] この兄弟は哀しいなぁ……。弟くんはもう少しだけ成長する必要があるけど、何にせよ母親が障害になっていますね…… 思い込みが激しい性格で兄弟に差を付ける母親は毒です……
[一言] オレンジの悪魔……お兄ちゃんは京都橘だったのか
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