037 新しい発想
王都から魔法騎士団と魔法兵団が到着した。
王太子がいる場所へ案内された魔法騎士団長と魔法兵団長は並べられた簡易ベッドの上に横たわる面々を見て眉をひそめた。
そして、オリバーから極秘事項として空中ポートが落下したこと、未曽有の大惨事を四人だけで食い止めたことを知ると、驚愕を通り越し感動していた。
「ほとんどの者はシェルターに避難していたか屋内にいたはずです。目撃者は少ないでしょう。ですので、事実を公表するかどうかも含めて国王の判断を仰ぎますが、王太子殿下の方でもショックと混乱を和らげるための報告を検討されると思われます」
「わかった」
「了解した」
「王太子殿下は疲労困憊。緊急事態のため、私の方から必要と思われる指示を出しています」
説明が終われば、状況はすでに沈静化していることがわかる。
シェルターへの避難勧告も解除され、ポート以外は通常に戻りつつあった。
「魔法技師も連れて来た。魔法騎士の立ち合いの元に関連施設を総点検する」
「魔法兵団はクロスハートの治安維持活動にあたる」
この後は魔法騎士団と魔法兵団で対応を引き継ぐことになった。
異常発生の知らせを受けて来た王太子一行は、王太子の回復状況を見て王都に戻ることになった。
社会科見学組も回復状況次第。
ゼノンは事後処理のために残るが、スノウ、ルフ、ヴェラの三人は人目につかないようオクルスへ戻ることになった。
「せっかくクロスハートに来たのに悪かったな。だが、協力してくれて助かった。礼をしたいが、内密にできそうなもので頼みたい」
どこかで聞いたセリフだとルフは思った。
「図々しいのはわかっているが、うまくいったら欲しいものがある」
どこかで聞いたセリフだとジークフリードも思った。
「何だ?」
「防御系の魔法具が欲しい」
ルフ自身の魔力は豊富で魔法防御も魔法耐性も高い。
だが、魔力を相当使ってしまった時は無防備になってしまう。
「魔力切れになった時のためというか」
「なるほど。日常生活用と戦闘装備用のどちらがいい?」
「両方くれればいいのに」
ヴェラが聞こえるように呟いた。
「できればスノウでも使えるようなものだと嬉しい」
「検討する時間を貰っていいか?」
「構わない」
ヴェラは視線をスノウに向けた。
「スノウって何気に頑丈よね?」
「そうは見えない」
「神殿内で風邪が大流行しても大丈夫だったわよね?」
「一般的な病気にはかかりにくい方だと思います」
スノウが答えた。
「私の魔力には治癒特性があるので、自然治癒力も高そうだと言われました」
「魔力が豊富な時のことだろう? 今は普通の一般人だと思うべきじゃないのか?」
「でも、その後どう? 元気よね?」
「そうですね。元気です。おかしいですけれど」
「おかしい?」
ルフはわからないと思った。
「元気なのがおかしいのか?」
「だって、魔力が一です。普通は不調になります」
スノウは倒れた後に寝込んだが、一時期だけだった。
「体が慣れてしまったのかもしれませんが、違和感もありません。普通に生活しています」
ルフは気づいた。
スノウの魔力が百だったと仮定して、それが一になってしまったのであれば、魔力がほとんどない状態になる。
ヘトヘトだ。疲れる。立ってられない。話をしたくもない。
だが、そういった感覚がスノウにはない。
元々の魔力が少なかったのであれば、それほど差がないためだと考えることができる。
だが、元々は多かった。だからこそ、おかしい。
「スノウは昔も今も魔法診断ができないのよ。それはつまり、魔法防御と魔法耐性が強いってこと」
矛盾していた。
豊富な魔力があるほど、魔法防御と魔法耐性は強くなる。
魔力が一なら、魔法防御と魔法耐性は弱い。最低になる。
それが一般的であり、魔法理論の常識だった。
「スノウが自分で自分を治してたのは、魔法防御と魔法耐性が強いせいもあったのよ。他の治癒士が治癒魔法かけても効きにくいっていうか、下手すると効かないっていうか」
「同じ光属性なのにか?」
「属性が同じでも抵抗と反発はあるでしょう?」
むしろ、同属性だからこその抵抗と反発が強くなることもあり得る。
「それはそうだが……」
「前に怪我をしたじゃない? あれだってスノウの作った魔石だから相性バッチリで治ったのよ。たぶん」
「それだ!」
ジークフリードは思いついた。
「スノウの作った魔石を探そう! それを使ったものなら治癒ができる!」
何かあった時も魔石の力で治療ができるようになる。
「魔石、そんなに沢山作ってはいないわよね?」
「神殿上位の者が持っていそうだ。自分用と言いつつ自慢用にな。極めて貴重なだけに、よほどのことがなければ使わないだろう。未使用品が手に入るかもしれない」
確かにと誰もが思った。
「内密に調べてみる。他にも役立ちそうなものを検討しておく」
「わかった」
「今日のことは全て内密で頼む。でないと相当な騒ぎになってしまうだろうからな」
空中ポートが魔力障害で落ちて来るのではないかという不安は前々からあったが、防御結界があれば大丈夫。安心だと思われていた。
しかし、今回の一件で万全ではないことが判明した。
公表すれば全国民の不安を煽り、空中ポートの運用自体が危ぶまれる。
そして、一般人のルフが豊富な魔力や魔眼持ちだとわかれば、国王が放っておかない。
「ルフのことは私の方で極秘扱いにして、魔法騎士団や魔法兵団からも情報が漏れないようにしている。スノウが自由になった途端、ルフが自由を失ったら困るだろう?」
「困る」
「困ります」
「では、協力し合おう。細かい部分についてはゼノンかヴェラを通じて連絡する。とにかく、知らぬ存ぜぬだ」
話はついた。解決だ。
ジークフリードの執務とオクルスへの転移門以外は。
「それにしても、あれが落ちるとは……聖地直行計画は遅延決定だ」
オクルスへの転移門完成を楽しみにしていたジークフリードは相当がっかりしていた。
「また新しい空中ポートを作らないといけない。だが、同じ場所だと二の舞だ。クロスハートは転移門が集まり過ぎだ」
各地に分散しようという声はあるが、一カ所にまとめた方が便利で整備しやすい。
魔力収集の効率がよく、魔法事故からも守りやすいといった利点のせいで集中していた。
「他の空中ポートが落ちない内になんとかしないとだな」
落下したポートは一番小さなサイズ、工事関係者しかいなかっただけに脱出もすぐにできた。
そういった部分については、不幸中の幸いだった。
「聞いてもいいか?」
ルフが言った。
「ん? 何だ?」
「どうして、浮いているんだ?」
どうして?
ジークフリードはそう思った。
そして、すぐにどうやって浮いているのかという質問に変換された。
「あれは浮遊魔法で浮いている。巨大な物を浮かせているだけに様々な工夫が施されている。まさに魔法文明の英知が結集していると言われているな」
ジークフリードにとっての一般常識。
王都やクロスハートにいる人々においても同じ。
だが、ルフはもう一度質問した。
「ポートは地上にもあった。わざわざ魔法で浮かせるのは無駄じゃないのか?」
何とも言えない空気が漂った。
「……まあ、わかる。だが、地上には多くのポートがあっただろう? あまりにも多すぎると魔力障害が起きる」
魔力同士が干渉し合い、抵抗や反発が増え、不発になってしまったり誤作動が起きたりする可能性が高まるということだ。
「術者が行使する魔法は術者の支配下にある。だが、魔法機器が行使する魔法は束縛が弱い。不発や誤作動が起きやすくなる」
「俺が言いたいのは、別の場所に地上ポートを作ればいいのに、なぜ浮遊させてまで一カ所に集めるのかということだ」
「便利だからでしょう」
ヴェラが呆れた口調で答えた。
「でも、地上は駄目。だから、空に作った。カッコいいし凄いじゃないの」
「魔力の効率化もあります」
ゼノンも答えた。
「地上に転移門を集めると、エネルギーとして魔力が消費される一方、大気中に多くの魔力が放出されます。その魔力を集め再利用することで魔力の効率化を図っています」
転移門を集めれば集めるほど、大気中に放出される魔力も増え、再利用しやすくなる。
それに目をつけたのが空中ポートでもある。
地上では集めることができない上空に拡散した魔力を空中ポートが集め、浮くための動力源として活用している。
「ただ浮いているわけじゃなく、大気中の魔力を集めながら浮いているのか」
「そうです」
「だったら、もっと小さなものにして、集めた魔力を別の場所に送れるようにすればよさそうだ。浮遊のために消費するよりも、転移門の動力に活用した方がいいんじゃないか?」
「どうやって送るのですか?」
「それはわからない。だが、高い所で魔力を集めたいだけなんだろう? だったら、山でも作ればいい。前に山を作ろうと話してなかったか?」
オクルスの地形改造案。
廃案になったが、魔法や魔法具を駆使して地形改造ができることをルフは知った。
「山の上にポートや魔力回収装置を設置すればいい。浮かぶ必要はない」
そのような方法でも高所の魔力を集めることができる。
転移門やポートがあっても、地上との高低差で魔力障害が起きにくい。
浮遊の動力が必要ないため、集めた魔力は転移門へ回せる。
空から突然ポートが落ちて来ることもないだろうとルフは説明した。
「得じゃないのか?」
「得……そうだな?」
「地下でもいい気がする」
ルフは思うがまま口にした。
「逆転移の門にすればいいだけだろう?」
本来の転移魔法は風属性。
反属性である土や氷属性が得意な者は使えない。
そこで編み出されたのが土属性の転移魔法である逆転移だ。
逆転移は大地につながった場所にしか転移できないという制限がある。
とはいえ、転移できるという意味では非常に有用だ。
「地下ポートに逆転移の門を置けばいい。なんとなくだが相性が良さそうだ。放出される魔力は土の中に吸収されるんじゃないのか? 大気中よりも散らばりにくくて回収しやすそうな気がする」
常識をはるかに超えた発想だった。
魔法文明の継承によって当たり前だったものの中に浮遊も空中ポートもある。
風属性の転移魔法を技術化した転移門も。
そういうものなのだと誰もが思っていた。
だが、全く別の発想によって、当たり前や常識とは違ったことが見えて来る。
「ルフが話したことは絶対に秘密だ! アヴァロスの国家機密だからな!」
検討の余地あり。
否。実現させるためのプロジェクトをジークフリードは立ち上げるつもりだった。
「だが、山と地下のどちらにすべきか」
「両方試せばいい」
「そうだな。オクルスの門は山の上に作ってみよう。逆転移の門は開発するのに時間がかかるはずだ。地下ポートは長期計画を見据え、予算と人員を確保しよう」
逆転移の門ができれば、それは魔法文明が前進した証。
世界が驚く大発明になるはずだ。
「よし、決めた! 取りあえず山を作るぞ!」
ジークフリードの意気揚々とした声が響き渡った。
「そして、山の上に新しい転移門を設置する!」
「全部そうしたらどうですか?」
視線がスノウに集まった。
「全ての転移門を山の上にするということか?」
「全ての空中ポートを山に乗せるのです。そうすれば、もう落ちません」
「それだ!」
ジークフリードは叫んだ。
「凄いぞ! アヴァロスの繁栄はこれからだ!」
ジークフリードの頭の中には空中ポートを乗せた山々がそびえ立っていた。




