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聖女からの大降格  作者: 美雪
第四章 クロスハート編

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032 疲れた王太子



「疲れた……」


 アヴァロスの王太子ジークフリードが執務室でそう言うのは常日頃。


 なにせ、休みがない。


 執務で忙しいからであり、問題が山積しているからでもあり、次々と押し寄せるからでもある。


 一応、次期国王になる教育の一環と言うことになっているが、ジークフリードは信じていない。嘘だと思っている。


 だが、執務の一部だけでも弟のオルフェスに回せるかと言えば、それも無理。


 王妃を筆頭としたオルフェスの周囲にいる者達がギャンギャンうるさいだけでなく、取り巻き連中にとって都合のいい判断になってしまうからだ。


 さすがに無理を続ければ体調不良にもなる。


 だが、自分で治癒魔法を使えるので治せる。


 治せてしまうからこそ、余計に疲れる。魔力がなくなるせいで、疲労感が半端ない。


 治癒魔法の修練をもっとすべきだったと今更ながら思うほどだ。


「執務よりも修練をしたい……」


 だが、アヴァロスの王太子が最強の魔導士や魔剣士である必要はない。


 最優先すべきは魔法の修練ではなく、立派な国王になるための執務と勉強。


 それが常識。


「まあ、オルフェスがやる気になったのは悪くない、か」


 王宮行事以外の公務をしなかったオルフェスが、ようやく別の公務をするようになった。


 過保護な母親である王妃は、オルフェスが夜更かしを止めて午前中に起きるようになったことさえも褒めちぎっていた。


 但し、視察のためであってもオルフェスが外出することに強く反対している。


 本当は夜更かしをしてもいい。とにかく一番安全な王宮内で過ごして欲しいということだ。


 しかし、オルフェスはとっくに成人している。


 母親の言うことを何でも信じてしまうような年齢ではない。


 あちこち外出したいに決まっている。


 ジークフリードもそうだった。

 

 強い気持ちは成長の糧になる。


 とはいえ、安全には十分気をつけなくてはいけない。


 ジークフリードと違ってオルフェスは魔力が少ない。魔法どころか魔力もろくに使えない。


 魔力や魔法を使おうとすると具合が悪くなってしまい、練習を継続することができなくなってしまう。


 体に異常はない。精神的なものだと診断された。


 転移陣を異常なほどに恐れるのがその証拠。


 幼い頃に体験した計り知れないほどの強いショックが原因だ。


 ジークフリードはできるだけオルフェスに負担をかけないようにと思ってきた。


 会いたくないならそれでいい。気分が悪いのであれば嫌味でも八つ当たりでもすればいい。


 いつかその心が過ぎる年月で癒され、可能であれば仲が良かった頃のように戻れたらいいとも。


 だが、兄弟仲は悪いまま。酷くなっている気もする。


 ジークフリードがオレンジの瞳――魔眼を持つせいで、オルフェスとの距離は永遠に縮まらないような予感さえある。


 魔眼を忌避するのはオルフェスだけではない。


 両親もまた。


 その理由もわかっている。


 危険。不吉。悪魔。その他もろもろ。


 成人して知れば知るほど、ジークフリードは自分自身について考えさせられた。


 おかげで疲れが溜まる一方だ。


 だが、必ず救いはある。


 自らが信じれば、心の中の光は決して消えない。


 かけがえのない出会いもまた多くの勇気と希望をくれる。


 同志であり、理解者だと感じたスノウ。


 そして、魔眼を持つルフ。


 魔眼の持ち主は圧倒的な魔力を持つがゆえに凄いと思う者もいるが、人として生きていくには魔力だけではどうにもならないことが多い。


 天性の才能があっても、それを使いこなせるかどうかは別。


 むしろ、大きすぎる力は自滅を引き寄せる。


 周囲から理解されず、忌避され、悪しきものだと決めつけられてしまうかもしれない。


 幸いにして、ルフにはスノウがいる。


 スノウがいる限り、ルフは愛や優しさを感じることができる。


 きっと大丈夫だとジークフリードは信じることができた。


「オクルスへ行きたい……」


 一日でいい。


 ただのジークとして、スノウやルフと過ごしたい。


 二人の様子を確認して安堵したり、ほっこりしたり、魔法剣や魔法の話をしたり。


 狩猟に行くのもいい。採集でも。


 魔力や魔法を使わない生活をジークフリードも知り、体験してみたい。


 ジークフリードが思い描く家族のように過ごしてもみたい。


 ゼノンによると、ルフ手作りのチョコレートアイスが絶品らしかった。


 バニラ味は定番かつ美味だったが、ずっと同じでは飽きやすい。


 そこでイチゴを土産として持参し、トッピングした。


 ヴェラがラブラブアイスと名付けたことも、ルフが魔眼アイスクリームと名付けてもいいと言ったことも知っている。


 チョコレートアイスの上にもイチゴがトッピングされた。


 ハートではなくバラの花に見えるようルフが飾り付けた。


 やはり規格外。料理の腕も飾りつけも一流。


 ゼノンから聞けば聞くほど行きたくなる。


「転移門はまだなのかーーー!!!」


 現実逃避中。


「王太子殿下、脱線しています。執務をしてください」

「妄想より執務だ」


 ドアを開けたオリバーとノールドがすかさず注意した。


「宿題をサボるなと言うのと同じだな」

「同じです」

「同じだ」


 予想通り。変化なし。


 こういう時こそ、何かが起きるべきじゃないのか? 


 ジークフリードがそう思った時だった。


 ガチャッ!


 騎士の間の扉が乱暴に開いた。


「至急報告致します! 防御結界に異常が発生しました!」


 事件が起きた。


 大ごとだ。


「どこの防御結界だ?」

「クロスハートです!」


 王都近郊にある大都市。


 多くの転移門が設置されていることから『アヴァロスの心臓』とも呼ばれている極めて重要な拠点だ。


 そして、魔力障害の多発地帯。常連でもある。


 恐らくはそのせいだろうとジークフリードは推測した。


「緊急だ! 父上の所へ行くぞ!」


 急いで書類をしまうと、ジークフリードは国王の部屋へ向かった。


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