表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女からの大降格  作者: 美雪
第四章 クロスハート編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/243

031 一年後に向けて





 スノウは暖かい談話室にいた。


 作っているのは婚礼衣装。


 修道女が残した図案書の中から、ルフが覚えている婚礼衣装の図案を見て、それと同じ刺繍を施していた。


「どう見ても、目に見えます」


 中央に大きな円。その左右に不等式の記号のようなものがある。


 全て草花の刺繍なのだが、全体的に広げてみると目の形に見えるのだ。


「ヴェラはどう思います?」

「邪視除けじゃない?」


 ヴェラは何でもないというように答えた。


「幸せな花嫁は嫉妬されるでしょう? だから刺繍で守るのよ」

「そんな風習が?」

「あるわよ。アヴァロスだけじゃなく他国にも。普通にね」


 ヴェラの仕事は転移魔法での送迎役が多い。


 アヴァロス国内外へ行くことが多いせいで、それなりに知識がある。


「ただ、目とは限らないわ。手の場合もあるし、ただの円とか星型とか。魔除けの種類は豊富よ。神殿でも売ってるわ」

「神殿でも?」

「護符よ。お守り。指輪とかチャームとか、何でもありよ」

「それもそうですね」

「きっとおめでたい柄なのよ。オクルスでは」

「なるほど。そんな気がしてきました」


 スノウは納得した。


 左右の刺繍バランスに問題がないかを確認して続きをする。


 やがて、ルフとゼノンが談話室にやって来た。


 ルフは完全に疲れ切った表情だ。


「お帰りなさい」

「お疲れ様」

「ただいま」

「ただいま戻りました」


 ルフはまっすぐスノウの座っているソファへ向かうと、隣に腰掛けた。


 はあーっと深いため息をつき、背もたれにぐったりとよりかかる。


「大変だった?」

「いつも通りです」


 ルフはヴェラがスノウの側にいられる時に王都へ出かけ、魔法騎士団の訓練を受けていた。


 スノウを守るため、ルフが戦う術や身を守る術を身につけることは必須。


 魔力は豊富。身体能力も高い。驚異的な速度で成長している。


 だが、相当疲れる。


 訓練後は床に転がるほどヘトヘトだ。


 魔力と体力は魔法薬で回復できるが、どうしても疲労感が残ってしまう。


 むしろ、魔力や体力には問題がないにもかかわらず、驚くほど疲れた感覚だけが残ることに、ルフは慣れることができなかった。


「薬を飲まない方がいいような気がする」


 違和感があるのは薬を飲むせいだけに、薬を飲まなければ解決するとルフは思った。


「床に転がったまま一夜を過ごすと?」

「一度だけでも、試してみるのもありじゃないか?」

「スノウが可哀想じゃない!」

「ヴェラなら安心して任せられる」

「まあ、そうかもだけど」


 悪い気はしないとばかりに、ヴェラは得意気な笑みを浮かべた。


「今日はどんなことをしたの?」

「試験を受けました」

「騎士の?」


 見習いの試験はすでに合格していた。


「上級騎士です。かなり甘い気はしますが、合格しました」

「早いわ!」


 ルフに天性の才能があるのは間違いない。


 だが、それを使いこなせるかどうかは本人の努力次第。


 ルフのやる気がしっかりと結果に出ていた。


「課題は問題ありませんが、戦闘経験が圧倒的に足りません。模擬戦では容赦なくやられてました」


 それでも合格したのは模擬戦や試合の勝敗だけで合否が決まるわけではないからだ。


 魔法騎士だけに、戦闘だけでなく魔法に関する総合的な要素が重視された。


「まあ、誰もが通るフルボッコの経験もあった方がいいんじゃない?」

「ゼノンも通ったのか?」

「当分は勝負したがる者にことかかないでしょう」


 ルフがスノウにプロポーズをして了承を得たことはすでに知れ渡っている。


 とはいえ、神職者は結婚も婚約もできない。


 将来のことまで考えている恋人同士というのが目下の状況だ。


 それでも、影響は様々な部分に出ている。


 模擬戦の対戦希望者が一気に増大。


 魔法騎士団はスパルタコースからアヴァロス最強を目指せコースに変更した。


 スノウは多くの人々にとって未だに聖女と同じ。


 命を救われた者にとっては女神と同じだ。


 世話人だったルフが突然婿になるというだけでは到底納得しない。


 不退転の決意で、スノウに相応しい者になれと思うに決まっていた。


「一年か……」


 長いと思っていた年月も、あれこれ必要なことをしていると短いかもしれないとルフは感じていた。


 家事の能力だけでは不十分。


 犯罪に巻き込まれないようにするための護衛力も必要だが、そこそこの生活をするための財力も必要。


 スノウの名声や功績に頼ることなく、ルフ自身の力で解決しなければならない。


 そして、スノウへの愛も聖女だからではないことを示さなければ、多くの人々に認められないこともわかっていた。


「随分早いな。もう目が出来た」


 ルフはスノウの刺繍の進行度を見て驚いた。


「やっぱり、これって目ですか?」

「目だ。オクルスは古代語で目という意味だからな」


 ルフが年寄りから聞いた話では、この辺りにある村や町の名称は古代語で顔の一部を指す言葉になっているということだった。


「オースは口、ナーススは鼻、アウリスは耳だ」


 ヴェラはこの辺りの地図を思い浮かべた。


「廃村になったナーススを鼻とすると、位置関係としてはそうなるわね」

「大昔はオクルスと真逆の方角にもう一つのオクルス村があったようだ」


 だが、田舎。人がいない。減っていく。


 二つのオクルスの住人は一つの村に集まって住むことにした。


「村の紋章も古代語の名称からきている」

「オースの町の旗には丸い模様がありましたね。あれは口だったのですね」

「たぶんそうだろう」

「なぜ、そういった名称なの? 由来とかは?」

「魔除けだ」


 古代の人々は悪しきものを恐れた。


 そこで悪しきものから身を守るための方法、魔除けを考えた。


「オクルスは目。邪視を恐れたということだ。そのせいで俺の目は余計に怖かったんだろう」

「これは邪視の刺繍なのですか?」


 スノウは婚礼衣装の刺繍を見た。


 図案通りにしたため、瞳の部分は青い糸を使っていた。


「邪視で邪視を払うのかもしれない」

「魔眼で邪視を払うのかもしれません」


 ゼノンが言い換えた。


 魔眼は魔力を宿す目。


 自身の魔力を正しいことに使うか悪しきことに使うかは持ち主次第だ。


「その辺は書いていなかった。解釈次第だな」


 ルフは村長の家にあった古い記録や書物等を全て修道院へ移動した。


 時間がある時に少しずつ読んでいたが、公式な記録と言っていいのかわからないものもあるため、信ぴょう性については定かではない。


「よく考えたら、ナザールボンジュウと一緒ね」

「ナザールボンジュウ?」

「邪視除けのお守りよ。ボンジュウ王国の特産はガラスで、ビーズで作ったアクセサリーが人気なの。その中に邪視除けのナザールボンジュウと呼ばれるものがあるわ」


 黒、青、白などのビーズが円を描くように連なっている。


 その模様は何も気づかなければ美しい色合いの円というだけだが、邪視除けだとわかると目に見えて来る。


 そして、ナザールボンジュウは必ず青。


 邪視は青い目だと信じられていることを意味していた。


「アヴァロス人って青い目が多いじゃない? だから、アヴァロス人を悪く言っているようなものだって怒る者もいるわね」

「戦争相手だったので、色々とありそうですね」

「そうね。違う民族だし考え方も違うし、隣り合っているから仕方がないのかもだけど」


 だが、別の考え方をする者もいる。


「隣り合っているのはいいことだ」


 ルフが言った。


 昔、オクルスとナースス村は仲が悪かった。


 同じ農作物を作るため、オースの町へ売りに行く品が被る。


 互いにライバル視しており、それに商人が加わることで取引価格も争っていた。


 値引き合戦も続き、収入が減って生活が苦しい。


 このままでは商人の思うつぼだということになり、オクルスとナーススは手を組んだ。


 下げていた価格を戻し、その値段でなければ取引しないと商人に迫った。


 どちらからも品が入らないと別の村から仕入れることになるが、そのせいで仕入れ価格が上がってしまう。


 オースの商人は困ったあげく、条件を飲んだ。


 互いに協力したおかげで収入を上げることができたと言う話をルフは披露した。


「隣り合っているからこそ、力を合わせやすい。その意味も結果も大きくできる」

「素敵なお話です」


 スノウは拍手した。


「私達も助け合わないとですね。夕食は私の方で準備します」


 スノウはキリのいいところで刺繍を止めた。


「ヴェラ、手伝ってくれますか?」

「勿論!」

「悪いが頼む。転移で少し酔った」

「ゆっくり休んでください。それに温めるだけですから」


 夕食用のシチューはルフが外出前に作っておいてくれた。


 パンもまとめて焼いてある。


 それだけでも十分だが、スノウは何かを付け足そうと思っていた。


「ベーコンを焼きましょうか? それともソーセージがいいですか?」

「シチューに肉団子が入っているが?」


 野菜もたっぷり入っている。


 疲れて帰って来るのことがわかっていたため、ルフは他の料理をつけなくても大丈夫なようにしておいた。


「お肉、もっと食べたくないですか? 男性は好きですよね?」

「俺はいい」

「ゼノン様とヴェラは?」

「スノウに任せます」

「デザートの方がいいわ」

「イチゴを買ってきました」


 ゼノンは手土産としてイチゴを買い、冷蔵庫に入れておいた。


「じゃあ、アレしかないわね!」


 ヴェラが嬉々として叫ぶ。


「ラブラブアイスクリームよ!」


 バニラアイスの上にイチゴを載せたデザートだ。


 最初はただ中央部分にイチゴを置いただけだった。


 それを見たルフは自身の目を連想して固まった。


 すると、スノウがイチゴを半分に切って欲しいと頼んだ。


 そして、半分に切ったイチゴをハートの形になるよう置いたのだ。


――ハートのアイスクリームです。

――ルフがスノウに夢中って感じね!


 そんなことがあり、イチゴは半分に切ってハートにして飾るのが定番になった。


「もう少し普通の名称にならないのか?」

「王都風が気に入らない?」


 ヴェラはあくまでも王都風の名称だと主張している。


 ルフの目でも気持ちでもなく、ハートにして飾っているという意味だと。


 しかし、そのニヤニヤ笑いを見ればわかる。


 心の中では違うということが。


「俺としては普通に置けばいいと思う。わざわざ切ってハートにする必要はない。全然大丈夫だ。何なら魔眼アイスクリームと名付けてもいい」

「そんなに気に入らない?」

「率直に言って、恥ずかしい」

「可愛いとこあるじゃない! でも、仕方がないと思うのよね。元はと言えば、ゼノンがイチゴを買ってくるせいだし」


 ルフはゼノンを見た。


「別の土産にしてくれ」

「イチゴが好きなのです」

「ゼノンだけでなくスノウと私もね!」

「いつもありがとうございます。この時期のイチゴはとても高いらしいですよ? ありがたいと思わないと」


 この件についてのスノウは中立だ。


 でも、


「今度はチョコレートのアイスクリームを作ってみたらどうですか? 味もイメージも変わります」

「名案だ。そうしよう」


 スノウの提案はルフだけでなくゼノンとヴェラにとっても嬉しいものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 第4章やったぜ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ