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聖女からの大降格  作者: 美雪
番外編 (二)

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030 戦場の聖女  (過去話)



 アヴァロスは人道的な扱いを推奨する国際条約を重視しており、捕虜の扱い及び待遇には配慮していた。


 捕虜を多く確保しておき、敵国に捕らわれた自国兵を捕虜交換によって救い出すためでもあった。


「捕虜が多い」

「監視が大変だ」

「早く捕虜交換をして欲しい」

「許可が出ないそうだ」


 アヴァロス兵の話を聞いた捕虜達は自分達の処遇がどうなるか気になった。


「無事でいられるか心配だ」

「わずかな希望に賭けて逃げたい」

「大人しく待つべきだ」


 捕虜達の意見が分かれて喧嘩になってしまった。


「やめろ!」


 喧嘩を止めようとした者が間に入った。


 だが、苦悶の表情をした後に倒れ、気を失った。


「しっかりしろ!」

「大丈夫か?」

「いったいどうしたんだ?」

「医者を!」


 捕虜達は騒ぎを起こしたことを謝り、医者に診て貰いたいと懇願した。


 だがしかし。


「騒ぎを起こしたら処罰。怪我をしても治療しない。大人しくしろと伝えていただろうが!」

「警告を無視したお前達が悪い」

「自業自得だ」


 捕虜は基本的に医療行為の対象外。


 医療品は貴重。敵ではなく味方に使う。当然の選択だ。


「倒れたのは喧嘩を止めようとした者だ!」

「喧嘩した者じゃない!」

「怪我じゃない!」

「病気かもしれない!」


 そこへ騒ぎを聞いたスノウが来た。


 現在は魔力の回復中で、医療行為の手伝いをしている最中だった。


「聖女様!」

「スノウ様が来た!」

「突然、倒れた者がいるそうですね?」

「捕虜への医療行為は困るのです」

「私は治療行為に関して独自の決定権を持っています」

「聖女様は様子を見に来ただけだ」

「聖女様をお守りするよう兵を配置してくれないか?」


 護衛は常にスノウの味方だ。


「我儘を言ってすみません。でも、私は知らないことが多くあります。捕虜の方がどうなっているのかも知りたいのです」


 捕虜の方。


 スノウが捕虜にも丁寧かつ配慮していることがわかる言葉だった。


「他の者にうつるような病気だと困りますよね?」

「困ります」


 アヴァロス兵は捕虜達からスノウを守るように壁を作った。


 スノウは倒れている兵士の元へ移動した。


「外傷はなさそうです。気を失っただけかもしれません」


 それがわかれば周囲も安心するはず。


 スノウはうずくまると、捕虜へ向けて手をかざした。


 診察の結果は予想外のものだった。


 悪癌種……。


 最悪の病気が進行中だった。


 無理をしながら戦場で戦ってきたとしか思えない。


 放置すれば、死は免れなかった。


 この人は喧嘩を止めようとした……。


 スノウに捕虜達のことを知らせに来た兵士は良心的で、軍の規律についても把握していた。


 医療品は味方用。捕虜には基本的に提供しないことになっている。


 だが、魔法治療は別。


 軍人ではない治癒士や魔導士による魔法治療については術者本人あるいは魔法治療の責任者に独自の決定権がある。


 この部隊における魔法治療の責任者は、最高の治癒魔法を行使できる治癒の聖女スノウだった。


「元々体調が悪そうでしたか?」

「そういえば……」

「悪かったです」

「食欲がないって言ってました!」

「古傷が痛むと言っていました!」


 心配そうに見守る捕虜達から声が上がった。


 ……たぶん、悪癌種のせいで。


 自身の病気を仲間にも隠していたのだろうとスノウは思った。


「そうですか。古傷なら病気ではなさそうですが、一応確認します」


 場所は胃。他は……なし!


 今なら完全に治癒できる可能性が高い。


 スノウは決心した。


「《治癒イレース》」


 スノウの言葉に周囲はハッとした。


 それは治癒の聖女が使うオリジナルの治癒魔法だ。


「……を使うような症状ではないようです。捕虜生活で心身における疲労が溜まったのではないかと思います。ゆっくり休ませてあげて下さい」

「気を失っただけか」

「良かった」


 捕虜達はホッとした。


「聞いてください。このような騒ぎを起こせば、どの国の者かは関係なく全員が困ります。今はここにいる全員で共同生活をしているようなものだからです。不安も緊張も高まります」


その通りだった。


「戦争のことはよくわかりません。治癒の聖女としての務めを果たしに来ただけなので。でも、個人的には争いも命が失われるのも望みません」


 スノウは周囲をじっくりと見渡した。


「ここにいる者は全員、治癒士や医療関係者の負担にならないよう命を大事にしてください」


 戦場にも病院がある。


 治療や療養のための特別な場所であり、静かに過ごすべき場所でもある。


 冷静さを取り戻せる場所でもあった。


「国は違っても人の命は尊いもの。戦場では難しいことが多くあるのはわかっています。でも、病院ということについては尊重してください。できるだけ静かにお願いします」


 スノウが去った後、兵士長も念を押した。


「互いに軍法会議は嫌だろう? ここは病院同然だ。大人しくしていて欲しい。気を失った者を診てくれた聖女様の心遣いを忘れないでくれ。わかったな?」


 その後、気が付いた捕虜ランバートはアヴァロス兵に感謝を伝えた。


「治療をしてくれたと聞いた。心から感謝する」

「治療はしていない」

「聖女様が病気じゃないかどうか診てくれただけだ」


 病気……。


 ランバートは動揺した。


「他人にうつるようなものだと困るからな」

「察してくれ。軍法会議も困るんだ」

「わかった。今後はこのようなことがないよう仲間に念を押す。必ず大人しくさせることを約束する」





 捕虜達はとても大人しくなった。


 それどころかスノウに恩義を感じ、敵であるにもかかわらず率先して雑用を手伝うようになった。


 本当は誰も戦争をしたくない。


 戦争するかどうかを決めるのは上の方で、下の方は従うしかない。


 早く戦争が終わればいいと願っている。平和を望んでいるのだと言いながら。


「捕虜達が大人しくなったのはいいが」

「多すぎるよな」

「変な命令が出ないことを祈ろう」


 魔力の回復中で医療行為を手伝っていたスノウの耳に届いた。


「変な命令って何ですか?」

「……」

「教えてください。一般常識を知りたいので」


 一般常識とは言えない。


 だが、戦場ではあり得ること。


「……ただの噂ですが、危険なことをさせるとか」

「敵への伝令だと思います。でも、味方が戻って来たからといって、戦いを止める者がどれほどいるのか」

「寝返ったと思うかもしれません」

「変装をしているだけとか」


 戦場では誰もが不安を抱えている。疑心暗鬼になりやすい。


 敵の不安を高める作戦が決行されることもあると説明された。


「捕虜交換してくれれば一番いいのですが」

「上の方に伝えていても話が通らないとか」

「では、私の方から捕虜交換をお願いしてみます」





 スノウは魔法治療の責任者として、現地で指揮を取る上層部に捕虜交換をしてくれるようかけあった。


「捕虜はとても大人しくしていますが、多くなってきました。捕まってしまったアヴァロス兵も多くなっていると思うので、捕虜の交換をしてください」

「治癒の聖女様がそう言うのであればなんとかしたい」

「だが、向こうに伝わらないからな」


 実を言えば、捕虜を伝令として解放し、捕虜交換を伝えようとはしていた。


 だが、敵の陣地まで辿り着けず、捕虜交換をしたいことが伝わらないということが説明された。


「二人にするか?」

「同じだろう」

「十人位か?」

「待ってください」


 スノウは思いついた。


「人数の問題ではなく、辿り着けないことが問題ですよね?」

「そうだな」

「辿り着けそうな者を解放しましょう。防御魔法の使い手が良いと思います」

「防御魔法の使い手? ありえない!」

「無理です。それは向こうの戦力を補充するだけなので」


 それが常識。


 だが、スノウは違った。


 別のことを考えた。


「捕虜を交換すれば、こちらも兵力を補充できます」


 間違いではない。


「向こうには聖女がいませんが、アヴァロスには私がいます。怪我人の治療期間で差がつきますので、人が多ければ多いほどアヴァロスは有利になります。ガンガン治せばいいだけですから!」


 それもまた間違いではない。


 戦争が長引くほど負傷兵は増えるが、アヴァロスには治癒の聖女がいる。


 多くの負傷兵を治せるため、兵力を保ちやすい。


 むしろ、捕虜として捕らわれてしまうと治せない。兵力も減る。


「風使いに拡声魔法で事前告知させてください。相手に伝わりやすくなります」

「白旗だけでなく敵の旗も持たせていますか? わかりやすいよう工夫を」


 聖女の護衛は聖女の味方。


 捕虜交換のアドバイスをした。


「聖女様が治療に専念できるようにした方がいいかと」

「捕虜交換が行われないと、またここに来ることになりそうです。すぐに捕虜を交換すれば、その必要がありません」


 確かに。


「わかった。試してみよう」


 決断。


 必ず伝わるよう考慮及び工夫して実行。


 その結果、相手も同じ手法で返事をして来た。


 捕虜交換が決まった。





 ランバートや捕虜達はスノウと自分達への配慮をしてくれたアヴァロス兵全員に感謝の気持ちを伝えた。


「暴力を振るうことなく食事も与えてくれた。感染病ではないかどうかの確認として診察もしてくれた。心から感謝する」

「戦争だけに難しいこともあるが、このことは決して忘れない」

「互いに命を失うことなく終戦を迎えられるよう願っている」


 捕虜達が去り、代わりに敵に捕らわれていた多数のアヴァロス兵が戻って来た。


 スノウが助けた捕虜ランバートの価値が高く、交換する捕虜数が飛躍的に増えたのだ。


「高名な者だったそうです」


 ランバートは王族を後退させるため、しんがりを任された。


 ランバートは側近にも後退を命じ、一人で戦場に残った。


 そして、土魔法で高い土壁を築いて時間を稼ぎ、味方を逃した。


 アヴァロス側はランバートを捕獲するチャンスだと思い、昼夜を問わずランバートを包囲した結果、魔力切れでランバートは倒れ捕虜になった。


 たった一人で多くの味方を退却させたランバートの英雄的行為は敵軍に知れ渡り、どんなことをしてでも取り戻すべきだという声が強かった。


 だからこそ、大勢の捕虜と交換するという条件が成立した。


「高潔で人望も高く、無事戻ったことに驚喜した者が多かったとか」


 護衛がスノウに説明した。


「そうですか」


 スノウはそう答えた。


 正直に言えば、高名な者でもそうではない者でも関係ない。


 命はたった一つ。かけがえのない大切なもの。


 争い、傷つき、失われるようなことになって欲しくはない。


 だというのに、戦争が起きてしまう。


 とても悲しいことだった。


「あの人が凄い力を持っているなら、戦争を止める方に使って欲しいです。喧嘩を止めるのと戦争を止めるのでは難しさが違いますけれど」

「そうですね」


 スノウは知らない。


 自国に戻ったランバートが治癒の聖女の実力は本物だと証言したことを。


 戦争が長引くほど負傷兵が多くなるはずだというのに、アヴァロスは聖女のおかげですぐに治る。


 このままでは必ず不利になる。犠牲が増え、被害も大きくなる。


 あまりにも多くを失えば、それ以上に得るのは難しいと国王に訴えた。


 それがきっかけで戦争継続に反対する声が高まった。


 元々、短期決戦のつもりだった。


 だが、期間は延長。魔法兵団さえ崩せない。


 アヴァロスの魔法騎士団が本格投入される前に決断すべきだということになり、戦争が終わった。





「国は違っても人の命は尊いもの、か」


 ランバードは抜けるような青空を見上げた。


 この空はアヴァロスにつながっている。


「治癒の聖女は……どうしているだろうか」


 ランバートにはわかっていた。


 気を失い倒れた後、目覚めると体調が驚くほど良くなっていた。


 まるで生まれ変わったような感覚さえあった。


 仲間達から治癒の聖女が診てくれたことを教えられた。


 治癒イレースという言葉が出て全員がびっくりしたが、単に魔法の必要がないというだけだった。


 捕虜生活による心身の疲労で気を失っただけ。


 それがわかり、皆が安心した。


 真実は違う。治療してくれた。


 ランバートは治癒の聖女が治してくれたことを誰にも話さなかった。


 本当に治癒の聖女が治してくれたのかどうかを示す証拠はない。


 捕虜を治療することは人道的ではあるが、敵だけに歓迎されないことだとわかっていた。


 もしもこのことが知られると、治癒の聖女が責任を問われかねない。恩を仇で返すことになってしまう。


 そもそも士気にかかわると思い、ランバートは自身の病気を隠していた。


 帰国後に検査を受けると、魔法による診断ができないと言われた。


 悪癌種のせいで魔力が減退しており、魔法による診断を受けられるようになったはずだというのに。


 別の診断士や魔法医の診断でも魔力が溢れていることしかわからず、乱れもよどみもないと言われた。


 完全に治った。


 その証拠に魔力が溢れている。体中に。


 それは生きる力。そして、これからも生き続けられることへの喜びと同じだ。


「生きている意味がいかに大きく素晴らしいことか」


 戦争は終わった。


 命を懸けた。


 アヴァロスに勝利するためではなく、戦争を終わらせるために使った。


「私だけではない。戦争を望まない大勢の人々が救われた。治癒の聖女に心から感謝したい。この気持ちはずっと忘れないだろう」


 降り注ぐ陽射しは暖かい。心を穏やかにしてくれる。


 治癒の聖女のようだとランバートは感じた。



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