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聖女からの大降格  作者: 美雪
第一章 出会い編
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003 二人暮らし



「ただいま帰りました」


 スノウは村長の手伝いをして帰って来た。


 オクルス村から他の町へ移り住むことにした人々の半数が出発し、残していく不用品の片づけを頼まれた。


 仲が良かった子供達ともお別れ。


 スノウは寂しさを紛らわせるようにルフに話しかけた。


「皆、笑顔でした」

「そうか」

「見送りも手伝いもありがとうって言われました」

「良かったな」


 スノウは覚悟をした。


「次の出発は一週間後だそうですね?」

「スノウはどうする?」


 ルフが尋ねた。


「ルフがいるのは一週間だけというですよね?」


 スノウはルフも村を出て行くと思っていた。


「いや。俺は出て行かない。ここに残る」

「どうしてですか? 村長だって出て行くのに」


 スノウはどうしても聞かなければならないと思った。


「もしかして……私のせいですか?」

「違う。前から決めていたことだ。村長も知っている」


 若者が次々と村を出て行ってしまうため、オクルスの人口は年々減っていた。


 ルフ以外の村人はオクルスでの生活に見切りをつけ、もっと住みやすい土地へ移り住むことにした。


 スノウが来ても、その計画が変わることはない。


 そして、先発隊の半数が今日、オクルスの村を出て行った。


「俺は静かに暮らしたい。人々の視線に晒されたくもない。オクルスに一人で住む」

「そうですか」

「スノウは王都に戻った方がいい」


 スノウはうつむいた。


 王都には戻れない。


 戻りたいとも思わない。


 人々の視線を気にすることなく、静かに暮らしたいのはスノウも同じだった。


「私も静かに生きていきたいです。だから……ここにいてもいいですか?」


 ルフは困った顔をした。


「俺が決めることじゃない。スノウが決めることだ。神殿かもしれないが」

「そうですね」


 ルフの言う通りだとスノウは思った。


「私はオクルス院長です。もっと頑張らないと! その前に一人で生活できるようにならないとですね。ルフ、これからもよろしくお願いします!」

「わかった。ところで、その袋は何だ?」


 スノウは思い出した。


「忘れていました。ルフの分もあります。夕食にどうぞって」


 スノウはパンと野菜が入った袋を見せた。


「名前がわからないのもありましたが、持っていけと言われたので」

「どれだ?」

「これです」

「ショウガだ」

「美味しいのですか?」

「辛みがある。スパイスとして使う」

「こっちは新鮮だそうです」

「水菜だ。生で食べられる。最初はサラダ、数日したらスープに入れる」


 スノウが包丁を扱うのは危ないと判断され、しばらくはルフが作るのを見て覚えることになった。


 食材の名前や使い方、調理する際の注意点は教えて貰える。


 いきなり料理をするのではなく、知識から入ることになった。


「ルフは何でも知っていますね」

「それは違う。魔力についてはスノウに教えて貰っている」


 ルフはかなりの魔力を持っていた。


 雷撃のペンダントを持たせて試すと、強力な雷撃が出た。


 そもそも普通程度の魔力であれば、感情の揺らぎだけで瞳が光ることはない。


 スノウも魔力が豊富なせいで幼少時は感情が揺らぎ、自然と瞳が輝くことが多かった。


「ルフのおかげで気づきました。魔力がなくなっても、教えることはできるって」


 一生懸命頑張って来たことを失ってしまったとスノウは思っていたが、それは間違いだと気づいた。


 今のスノウであってもできることがある。学んできたことや経験を活かせる。


 スノウにとっては救いの光だった。


「本当にありがとうございます。ルフのおかげです」

「俺の方こそ感謝している。魔力なんて不気味で邪魔なだけだと思っていた。役に立つかもしれないとは思ってもみなかった」


 魔力があるかないかの差は大きい。


 たった一でもあれば、スノウが持つような特別な魔法具を使うことができる。一定量あれば魔法も使える。


 自分だけの特別な能力になるのだ。


「でも、最初に教わる初歩の実技はすぐに習得してしまいましたし……」


 ルフはスノウが得意としていた治癒魔法を使えなかった。


 何年も努力すれば使えるようになるかもしれないが、それよりも得意なものを伸ばすのが効率的かつ有益というのが神殿や魔法学校の教え方だった。


「私が他の魔法についても詳しく知っていればよかったのですが」

「それよりも魔法剣の話が聞きたい」


 魔法剣は武器に魔力をのせることで特別な効果を乗せることができる。


 だが、スノウの専門ではない。


 一般的な知識としてどんなものかは教えられるが、習得する方法までは教えることができなかった。


「ゼノン様なら魔法剣を使えるので、詳しく知っているのですが」

「知り合いか?」

「最初に会った時にいた聖騎士です」

「あいつか。もう一人いたな?」

「ヴェラは王宮魔導士です。とても優秀で転移魔法が使えます」


 スノウが転移魔法の話を始め、ルフは聞き入った。


 一瞬で遠く離れた場所に行けると聞けば、興味を持たないわけがない。


「いつか俺も使えるようになりたい」

「ヴェラに会えたら聞いてみるといいです。ただ、どの魔法も相性が悪いと使えません」


 魔法が発動する条件の一つに相性がある。


 魔力が豊富でも相性が悪いせいで使えない魔法が出てくる。


「相性は使えるかどうかで判断するのか?」

「それが一番わかりやすいです。一般的には属性や系統で判断します」


 但し、それらも目安でしかない。


 魔力の量・質・使い手の技量など様々な要因と条件が揃わなくてはならない。


 一人につき一種類の属性しかないということでもない。


 複数の属性が混じり合った魔力の場合もある。


「人によって使える魔法は千差万別。それが自身の特性や持ち味になります」

「様々な魔法を習ってみたい」

「普通は神殿か魔法学校で学びます」


 だが、違いがある。


「でも、魔法学校は入学試験に合格しないといけません。お金がかかりますし、生活も自分でなんとかしないといけません。神殿はお金がない孤児でも魔力さえあれば魔法を学べます。奉仕活動をすることで生活の面倒を見てくれます」


 スノウのように孤児や貧しい境遇の者にとって神殿はありがたい存在だ。


 学ぶことができる魔法については制限を受けるが、生活には困らない。教育も受けられる。


「奉仕活動を嫌がる人もいますが、やりがいもあります。自信もつきます」


 自分でも誰かの役に立つ。自分なら助けられる。


「ありがとうって言われると嬉しいです。毎日誰かを治癒すれば、毎日ありがとうって言って貰えます。毎日嬉しくなれるなんて素敵でしょう?」


 神殿に都合よく利用されている気がするが?


 ルフはそう思ったが、心の中にしまい込んだ。


 スノウの気持ちと笑顔を邪魔したくなかった。


「俺の魔力の属性が知りたい」

「そうですね。でも、調べる魔法具がないと難しいです」


 魔法具がなくても、初歩の実技や魔法の覚えやすさで判断できるとスノウは思っていた。


 だが、ルフは複数の属性実技をすぐに覚え、使うことができた。


「ルフの感覚でわかると思ったのですが……」

「わからない。どれも普通だ。得意とも苦手とも思わない」

「やっぱり天才かも?」

「違うと思うが?」


 話はなかなか途切れない。


 二人の生活は案外悪くないどころか、非常に上手くいっていた。


 聖女だった頃とは比較にならないほど貧しい生活かもしれないが、スノウの心は安らぎを感じていた。


 戦場で多くの兵が戦う中、次々と運び込まれる負傷者を癒し続けた日々。


 終わりが見えない。心も体も消耗していくばかりだった。


 それでも希望を捨ててはいけない。


 兵にも自分にもそう言い聞かせていた。


 ようやく戦争が終わり帰れることになった。


 だというのに、突然の魔力切れ。


 どんなに休んでも回復しない。不治の病と同じ。


 茫然とするしかなかった自分をスノウは思い出した。


「スノウ?」

「……何でもないです。ただ、ちょっとだけ昔を思い出して」

「神殿のことか?」


 スノウは決心した。


「ルフは私にとって家族のような存在です。だから、私の過去を話してもいいですか?」

「何でも聞く」


 スノウは話した。


 孤児だったこと。神殿で育ったこと。必死に勉強して治癒の聖女になったこと。


 戦争に行き、魔力を失ったことも。


 完全に枯渇したわけではないが、一しかない。それ以上にならない。


 ないも同然だ。


「聖女の役目が務められないと、聖女ではいられません。それで結婚したらどうかと言われたのですが、婚約するはずだった相手には好きな人がいて断られてしまいました」

「別の相手と結婚すればいいような気がするが?」

「大勢の前で婚約を拒否されたので騒ぎになってしまって……もう誰とも結婚できないと言われました」

「恥をかかされたのか」


 ルフはその状況を想像して憤慨した。


「それで魔力がなくても大丈夫な仕事をすることになって、ここへ来ました」

「神殿を出ることはできなかったのか?」

「神殿で育った者は許可がないと出られません」


 神殿で面倒を見て貰った年月に対する恩返しをしなければならない。


「裕福な出自の者は大金を寄付して期間を短縮して貰うそうです。でも、私は孤児なので無理です」

「聖女だった時に稼げなかったのか?」

「神職者は無報酬です。お金は貰えません」

「誰かがスノウに金をくれたらどうなる?」

「神殿への寄付になります」


 大損だとルフは思った。


「最悪だな」

「生活の面倒は見て貰えます。生活費として金貨を渡されましたが、足りなくなったらまた貰えます」

「また金貨が貰えるのか? いくらでも?」

「ここは物価が低いので銀貨に変更されるかもしれません。適切な使い方をしなければ処罰されます。贅沢はできません」

「清貧ってやつか」


 ルフは吐き捨てるように呟いた。


 貧しさに清らかさも汚さもない。ただ、貧しいだけだ。


 そして、辛い。


 貧しいこと以上に、人々の視線が。


 それがルフの考えであり、味わって来た過去だった。


「他の人々と同じように生きて行けばいいだけです。でも、ほんの少しでも治癒魔法が使えたらと思う時もあります」


 スノウはルフをじっと見つめた。


「ルフは狩りに行くので、怪我をしないか心配です」

「スノウが包丁を使う方がよっぽど危ない」

「すみません……刃物は怖くて」

「大丈夫だ。俺に任せておけ。スノウは自分のできることだけすればいい」

「ありがとう。ルフがいてくれて良かったです」


 俺もスノウがいてくれて良かった。


 それがルフの本心だったが、スノウに伝えることはできなかった。



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