241 轟く名声
王都の商業区で突如発生した大事故は、多くの人々に衝撃を与えた。
現場は魔法機器工場だけに、大きな被害が出てしまう恐れがあった。
しかし、神殿から支援にかけつけた救急チームが大活躍。
雷氷の聖騎士ゼノンが消火活動と避難活動を支え、魔法医スノウがオリジナル魔法で多くの怪我人を治療した。
魔物の討伐支援で一躍有名人になった英雄のルフも駆けつけた。
緊急出動した消防隊、救急隊、警備隊を浮遊魔法で輸送し、広域に水魔法を雨のように降らせて消火活動を行い、要救助者を次々と発見して運んだ。
アヴァロスで発行される新聞は現場に派遣された隊員や避難者の証言等から三人の活動を調べて大特集した。
アヴァロスが誇る若き勇者達が大活躍!!!
アヴァロスの英雄、大事故に駆けつける!
緊急車両を転移! 隊員をまとめて浮遊移送! 天気雨は英雄の魔法!
聖なる大騎士は氷の大魔導士!
氷魔法を駆使して大火災を鎮める! 氷トンネルで避難者の脱出路を確保!
治癒の聖女は治癒の魔法医に大昇格!!!
魔力障害の元凶を結界で封じながら、救命活動を行う!
その内容はアヴァロス国民の喜びと安心になり、三人への賞賛に変わった。
そして、緊急搬送先になった神殿の迅速な対応にも国民の目が向けられた。
神殿解体によって悪しき部分を取り払い、長所や善行については新組織に引き継がれるよう期待する国民の声が高まっていった。
「びっくりですよね!」
スノウは魔法カルテを見ていた。
「ついに残り二桁です!」
魔法治療の予約者数のことだった。
「スノウのおかげだ」
「相当治したからな」
マヌエラ、ユージン、カーターは魔法カルテを入力しながら答えた。
「神殿がなくなるまでに全員治療できるかもしれませんね?」
「症状による」
「む」
ユージンが手を止めた。
「エラーが出た。いや、フリーズだな。ボタンを押せばいいのか?」
「スイッチを切り、魔力の供給をストップさせる。その後でスイッチを入れる」
「スイッチはボタンのことだろう?」
「一番端にある大きなボタンだ」
「だと思った」
「カーター先生はすっかり使いこなされていますね。私はまだ慣れません」
マヌエラはため息をついた。
「頑張ってください! 高等病院では魔法機器化が進んでいくと思うので」
「そうですね。操作自体はまあまあわかってきてはいます」
マヌエラは担当患者の魔法カルテを次々と確認した。
「酷いクセ字を解読する手間がなくなったのは本当に嬉しいです。確認がはかどります!」
「魔法機器を導入したのは英断だ」
「ようやく導入されたというべきかもしれないが」
神殿は保守的な傾向が強く、既存の方法を変更するのは至難の業。
加えて魔法機器の導入は多額の金がかかることが問題視され、何度も導入の話が却下されていた。
「アヴァロスは魔法技術大国です。それを活かさない手はありませんよね」
「スノウの言う通りだ。金や魔力がかかることだけで結論を出すべきではなかった」
「相対効果を考えれば、導入した方がいい。だというのに、高位者達が理解できなかった」
「結界部門長が来ました」
会議板と呼ばれるアプリに結界部門長が参加した。
「防御部門長も来た」
「そろそろ時間か」
カーターが時刻を確認した。
これまではスノウが神殿各所を加速魔法で巡回していたが、魔法機器製品の導入が進むにつれ、会議板と呼ばれるアプリで文章をやり取りする会議が頻繁に開かれるようになった。
「早速質問が来ました」
「スノウは大変だ。書類仕事もまだまだ多いというのに、魔法機器の方でも呼ばれる」
「魔法機器でやり取りできるのは便利です。移動時間が必要ありませんから」
スノウは相談内容への回答を入力しながらそう言った。
「用事がある場合は神殿総監の元に来るのが普通だというのに、スノウの方があちこち行っていたからな」
「私は神殿総監の部屋を使っていなかったので。それに、偉そうに座っているだけだと、魔法の修練にもならなければ体力増強にもつながりません。良いことなんてないです」
「座り仕事は良いことかもしれないぞ?」
「適度に運動しないと腰が痛くなりますよね?」
「それもそうだな」
新組織への移行準備は着々と進んでいた。
事務部門が溜まりに溜まっていた書類を魔法機器に入力、データ化することで新組織へ引継ぎやすくし、不要物をできるだけ処分する作業も順調だ。
多くの者はこれまでの経験を活かすために同じ職場を選んでいるが、新しい仕事を希望する者のためのマニュアル作りも行われていた。
「教育部門長も来ましたね」
「魔法治療部門長もそろそろ来そうですね」
部門長会議が始まりそうだとスノウは思った。
「もうすぐ神殿がなくなってしまいますね。待ち遠しいような、準備時間がもっと欲しいような……」
「無理は禁物です」
「まあ、新組織の者にもやらせないとな」
「その通りだ」
「では、そろそろ会議を」
会議板での会議が始まった。
全員が自身の仕事部屋にいるからこそ、追加資料を用意させやすく、部長以外の者も会議の様子を見守りながら意見を出し合える。
会議の出席者は役職者というだけでなく、各部門におけるリアルタイムの反応を入力する実況者でもあった。
「……では、一旦はこれで」
会議では多くの意見が寄せられたため、再度各部門で夕食後に話し合い、明日の会議でまとめて発表することになった。
「夕食後に魔法部門の会議があります」
「わしは夜勤当番だ。出ない」
ユージンが言った。
「カーターは大丈夫だろう」
「疲れた」
魔力を消耗しただけに夕食後の会議は辞退する旨をカーターは伝えた。
「では、私がスノウ様と一緒に参加します」
「無理をしなくてもいいですよ?」
「大丈夫です。それよりもスノウ様もお疲れでは? あくまでも魔法部門の会議ですので、スノウ様は欠席されても大丈夫ですが?」
「大丈夫です。私には元気の素がありますから!」
スノウは魔法の巾着から小箱を取り出すと、ハート型のクッキーを一枚食べた。
「……いつ食べても美味しいですし、癒されます」
「本当に素晴らしい差し入れですね。ところで、どのようなメッセージだったのですか?」
「えっ! メ、メッセージですか?」
スノウはドキッとした。
「クッキーの文字です。スノウ様へのメッセージでは?」
スノウは素早く小箱を魔法の巾着へとしまい込んだ。
「すみません! 個人的な内容なので秘密です!」
スノウは魔法カルテを持つと立ち上がった。
「ちょっと事務部門へ行ってきます!」
加速魔法でダッシュ。
「……なるほど。そういう内容でしたか」
恋人に贈るような言葉らしいとマヌエラは思った。
「若者らしい」
「青春というやつだ」
「恋愛ですよね?」
三者三様。
だが、微笑ましいという気持ちは同じだった。




