023 我慢できなくて
「完全な憶測ですが、診察ができなかったのは闇属性を持っているせいかもしれません。もしそうであれば、光の反属性だけに相性が悪くなります」
魔法による診断は光属性。必然的に闇属性の魔力による反発と抵抗は強くなる。
「なるほど」
「まだあります。今、王都では治癒の聖女に関する問題が起きています」
神殿の広報を務める解毒士サーザが貴族や裕福な者達に治癒の聖女のことを悪く言いふらした。
その言動は巧妙で、相手の不安や憶測を煽り、悪い方へ勘違いさせるようなものだった。
第二王子やその支援者は婚約拒否をしたこともあって、できるだけ治癒の聖女の方に問題があったことにしたい。
悪い噂の流れに乗った。
王家も神殿も田舎へ隔離した治癒の聖女のことに触れたくない。
ただの噂、そのうち収まるだろうと静観していた。
ところが、治癒の聖女の本当の姿を暴露したということで解毒士サーザの人気が高まり、サーザこそ聖女に相応しいのではないかという声まで上がるようになってしまった。
真の聖女に相応しいのは治癒の聖女か、それとも王都の水を守った解毒士か。
大衆紙がそのような記事を載せたせいで、噂が一気に王都中へ広まった。
スノウのことを思うがゆえに我慢していた者達もさすがに看過できないと感じ、ついに立ち上がった。
「治癒の聖女を汚すな!」
「これは治癒の聖女を貶めようとする陰謀だ!」
「真実ではない!」
「正義でもない!」
「悪意の塊だ!」
新聞社や神殿に抗議が殺到した。王家や国へも多くの手紙や嘆願書が届いた。
その結果、噂の内容や解毒士サーザの証言が真実なのかどうかを詳しく調査することになった。
ゼノンから説明を聞いたルフは怒りに体を震わせながら拳を握り締めていた。
その瞳は赤く輝いている。
ゼノンはこうなることを予想していたからこそ、自身は絶対に怒りを抑えなくてはならないと思っていた。
「抑えなくてはいけません。私も抑えています。ルフなら必ずできます」
「難しいに決まっている!」
「スノウのためです。隣の部屋にいます。魔力を暴発させてはいけません」
「わかっている。だが!」
「目を閉じる方法もあります」
ルフは目を閉じた。
「深呼吸を。スノウを悲しませないように。その笑顔を守りたいのであれば、怒りを優しさに変えなさい。女性は自分のために報復してくれる男性よりも、常に優しく丁寧に接してくれる男性を好みます」
「……優しく丁寧か」
「私も同じように教えられました」
ゴードンに。
「そうか」
ルフは深呼吸を繰り返した。
「そろそろ続きを話しても?」
「聞く」
「明日、公聴会があります」
「まさか、そこへ行けと言うのか?」
「いいえ。逆です」
公聴会にスノウが出席する必要はない。
本当のことを証言しても自己保身、嘘をついていると思われては困る。
だからこそ、治癒の聖女を弁護するのは別の者がする。
但し、王都はこの話題で持ちきりだ。出歩けば必ずこの話題や公聴会のことを耳にすることになる。
「普通に出歩くのは薦められません。そこで、私の知り合いが主催する治癒の女神への寄付金を集めるパーティーに参加しませんか?」
王都ではよくある種類のイベントだ。
神や慈善活動等への寄付金集めとして、パーティーが開かれる。
参加者は寄付金込みの参加費を払うだけでよく、会場や庭園での談笑や散歩、食べ放題の飲食物、バザーやオークション等の出し物を楽しみながら過ごす。
「スノウもこのようなものに一度だけ参加したことがあるのですが、特別なゲストとして祝辞を送ったり聖女として挨拶を受けたりするだけでした。今回はただの参加者として楽しんではどうかと」
「スノウ次第だ」
「ヴェラから確認します。今頃、部屋で説明しているでしょう。行くということであれば、明日は買い物ではなくパーティーへ参加してください」
「行かないと言ったらどうなる?」
「治癒の女神のための催しです。行くと答えるでしょう。どうしても行かないということであれば、王宮図書館で過ごすのはどうかと考えています」
パーティーと王宮図書館。
スノウがどちらを選びたがるかは一目瞭然だ。
だからこそ、まずはパーティーに行くかどうかだけを聞く。
それはパーティーへ行って欲しいということでもあった。
「俺は図書館の方が嬉しい」
「わかっています。ですが、パーティーにはルフの同類も参加します」
「俺の同類?」
「魔法剣を愛好する者です。知り合うことができれば、貴重な話を聞けるでしょう」
興味が引かれてしまうことをルフは隠さない。
ゼノンへの信頼が強くなっている証だった。
「寄付金集めのパーティーですか?」
ルフがゼノンから話を聞いている頃、スノウもまたヴェラからパーティーへ参加するのはどうかと尋ねられていた。
「治癒の女神エイル様のためよ。面倒な挨拶とかはないわ。参加者の一人として美味しいものを食べたり出し物を楽しんだりするだけ。体験してみたくない?」
「体験してみたいです」
神殿にいた頃のスノウは滅多に神殿と王宮以外に外出することはなかった。
勉強と修練が最優先、聖女になってからは治癒活動が最優先だった。
しかし、神殿がどのような活動をしているのかを知る一環で、一度だけ寄付金集めのパーティーに参加したことがあった。
神殿や慈善活動関連のイベントには特別ゲストとして神職者が招待され、ちょっとした挨拶とスピーチをする。
それによって参加者は集まった寄付金の使い道が適切かつ善行に使われると感じ、自分は良いことをしたのだと安心できる。
修道院や病院等への寄付金だとしても、特別ゲストとして招待された神職者への礼を通じて神殿にも寄付金が入る仕組みだった。
「私にとってエイル様は特別な神です。行かないと」
治癒士は自分達に治癒という特別な能力を与えてくれた治癒の女神エイルを崇め、守護神だと信じている。
治癒の聖女だったスノウにとっても同じで、数多くいる神々の中で最も特別な女神だった。
「じゃあ、決まりね。普通の恰好でいいから」
パーティーの中にはドレスアップしていくものもあるが、明日はごく普通のものということだ。
「わかりました」
「念のために言っておくけれど、王都の普通よ?」
「この間買った服でいいですよね?」
スノウとルフの服装はどう見ても田舎から仕事を求めて来た切実な者にしか見えないということで、ヴェラとゼノンの方でごくごく普通の観光客が着用しているような服を選んで着替えた。
「出発前にチェックするわ。参加費の方も心配なし。用意しておくから」
「わかりました。沢山お世話になってしまって申し訳ないです」
「いいのよ。診察の都合がつかなくてまた来たわけだし」
王太子の財布だしね!
ヴェラは心の中で付け足した。
「でも」
「スノウ」
ヴェラはじっとスノウを見つめた。
「前に言った借りを返してくれる?」
「え? 借りですか?」
「じっとしてなさい」
ヴェラはそう言うとスノウをギュッと抱きしめた。
「……このことでしたか」
「黙って」
ヴェラはずっと耐えて来た。
スノウが悪く言われても激情を抑え、言い返さないようにしてきた。
王宮魔導士になったからというのもあるが、それ以上の理由があった。
ヴェラが激情のままにメッタメタに言い返すほど相手は傷つき攻撃されたと感じて怒る。
そして、その怒りはヴェラではなくスノウへと向かってしまうのがわかっていた。
ゼノンも同じだ。
公爵家の跡継ぎで雷氷の聖騎士と呼ばれるゼノンを悪くは言えない。
だからこそ、ゼノンではなくスノウへ悪意が向けられてしまう。
王宮魔導士であっても聖騎士であっても最上ではない。
王太子でさえ最上ではなかった。
だからこそ、止めることができないことが多くある。
そして、スノウに好意を持ち、支え、守りたいと思う人々も同じだった。
スノウのために。
そう思って我慢してきた。
スノウの魔力が一になり、婚約拒否の醜聞が起きた。
最悪な状況だが、チャンスだ。
これでスノウは解放される。神殿と王家から。
地方にある修道院への左遷は神殿と王家の関心を極限まで低下させる機会になる。
強盗団の件は不運としか言いようがないが、余計にスノウは厄介者、邪魔者だと思われたはずだ。
本来なら残り九年の恩義を返す必要がある。しかし、このままだと神殿や王家の足を引っ張る存在になりかねない。
スノウとはさっさと縁を切った方がいい。恩義を返す期間は短縮あるいは免除。一般人として勝手に生きればいいと、神殿や王家が判断するかもしれない。
ぜひともそうなって欲しい。その方がスノウのためになる。
スノウは若い。この後の人生はまだ長く多くある。
九年も無駄にすることはない。
本当の人生、スノウ自身のためのスノウらしい人生を歩いていくべきだと考えた。
だが、人生はままならない。
突如として予測不可能なことが起きてしまう。
解毒士サーザが引き起こしたことのように。
「ずっと言ってなかったことがあるのよ。昔のことだけど、私はスノウが嫌いだった。でも、それ以上に好きだった。今はもう好きで好きでたまらないの! だから、友達じゃなくて大親友なのよ!」
ヴェラ……。
驚いたスノウはすぐに優しい表情に変わり、ヴェラを強く抱きしめた。
「私もヴェラが好きです。好きで好きでたまらないです。友達だと思っていましたが、大親友だったのですね。気が付かなくてごめんなさい。とても嬉しいです」
「なんで気づかないのよ!」
ヴェラは叫びながら泣いていた。
嬉しくて、もどかしくて。悲しくて、苦しくて、辛くもある。
様々な感情が混じり合った。
つられるようにスノウの胸にも感情が込み上げ、それは涙になった。
「ごめんなさい。勉強不足で」
「本当ね。でも、これでわかったでしょう? 絶対に忘れないで!」
「忘れるわけがありません。一生覚えています」
「じゃ、いいわ。これでおしまい。目が腫れちゃうから」
ヴェラは治癒魔法を使った。スノウに。
「これで腫れないわ。得意なのよ。これだけはね」
ヴェラが治癒魔法を使えるようになったのは、赤く腫れた目を隠したいと思ったことがきっかけだった。
「でも、ずっと笑っている必要はないわ。泣いてもいいのよ。人前でワンワン泣いてみなさいよ。私は恥ずかしくてできないけれど、スノウなら助けてくれる人がびっくりするほど集まるはずよ」
「私も恥ずかしいです。子供でもないですし、遠慮しておきます」
「残念ね」
「私達、恥ずかしがり屋ですね。それってヴェラがよく言う同類ってことですよね?」
ヴェラは微笑んだ。
「まだまだね。だけど、そういうことにしておいてあげるわ」
「難しいですね。言葉って」
「そうね。自分の気持ちを正確に伝えるのはとても難しいわ。転移陣を描く方が断然簡単よ!」
「比較対象がヴェラらしいです」
「私もそう思うわ」
二人は笑い合った。心から。
涙はもうない。
友情こそが一番の特効薬だった。




