229 青い炎
「ゴードン先生!」
ルフとヴェラは移動中の空中ポートに近寄った。
「ヴェラとルフも手伝ってください」
「ルフ、魔法薬飲んでおいて」
「わかった」
ルフは魔法の巾着から最高レベルの魔法薬を一つ出すと一気に飲み干した。
「う……」
味の凄まじさにルフは必死に耐えた。
そこにゼノンとスカイも合流した。
「これは?」
「火炎地獄は不発ですか?」
ゼノンの表情は疲れたそれだった。
「ゼノンも魔法薬を飲め」
「もう飲みました」
だからその表情なのねとヴェラは思った。
「火炎地獄は不発だった。奥の手を使っても、地形効果のせいで不発になるか威力が落ちそうな気がした」
「ルフがそう言うならそうでしょう」
魔法は使い手の感覚が極めて重要だ。
ルフが駄目だと感じたのであれば、駄目だろうとゼノンは感じた。
「魔法薬を飲むようなことをしていたのですか?」
「実は」
雷王ウナギを焼くか、水で溢れてしまった大地を乾せないかと感じ、ルフが火炎地獄の魔法を試しに行った。
しかし、雷王ウナギが動いていると範囲を指定しにくい。
そこで、雷王ウナギの動きを止めるためにゼノンとスカイで組み、雷の龍を囮に出して注意を引いたことが説明された。
「なるほど」
ゴードンは頷いた。
「魔力はほとんど使ってしまいましたか?」
「かなり」
答えたのはゼノン。
「ですが、魔法薬を飲みました。スノウの魔法も先にかけて貰ったので、少しずつ回復していくと思います」
「ルフは?」
「草原を焼くために広範囲で火矢と火球を振らせた。それで魔法薬を飲んだが、まだ大丈夫だ」
「大地が乾けば、もう一度火炎地獄を試せますか?」
「遠距離は厳しい。発現できないと思う」
「炎の柱であればどうですか?」
ルフは考え込んだ。
「やってみないことにはわからない」
「聞きなさい」
ゴードンが言った。
「この空中ポートを落とします」
基本的には魔法金属の板と上に乗った土しかないが、雷王ウナギに直撃すれば相応の物理ダメージになる。
但し、魔物だけにその生命力は強靭だ。
とどめを刺せるほどではない。
そこで、ゴードンが天落圧の魔法を使って空中ポートを押しつけ、雷王ウナギを抑えつける。
その間に、ルフが地上の方から雷王ウナギを焼く。
火炎地獄の魔法が望ましいが、無理なら炎の柱の魔法でもいい。
とにかく、強力な火か炎の魔法を奥の手を使ってでも発動させる。
「ジークもするのか?」
「無理でしょう」
ここまで空中ポートを運ぶには推進力が必要だった。
それをジークフリードが担当している。
すでに魔眼を発動させており、追加で炎の魔法を使うことはできない。
全てをゴードンとルフに託していた。
「王都から援軍が来ます。到着するまでに可能な限り弱らせます」
粘液は一度はがしても、体内から追加分が分泌されてしまう。
だからこそ、焼く必要がある。
皮膚組織にダメージを与え、粘液を分泌できなくするということだ。
様々な魔法攻撃や物理攻撃が効くようにしておけば、援軍による遠隔攻撃で追い詰めることができるだろうとゴードンは話した。
「わかった」
やるしかないとルフは思った。
「行くぞ!!!」
魔眼状態のジークフリードが叫んだ。
「待ちなさい!!!」
ゴードンが叫んだ。
「もう少し右です!」
「微調整は苦手だというのに!」
ジークフリードは叫びながら空中ポートを動かした。
「これでいいか?」
「いいでしょう。ヴェラ!」
ヴェラ、ゼノン、スカイは空中ポートの下に回り込んでいた。
ルフも雷王ウナギの全体が見やすい位置に移動して魔法に備えている。
「ゼノン、浮遊装置を切り離して!」
「外します!」
ゼノンが土台の底につけられた浮遊装置を切り離すための操作をした。
「終わったら転移しちゃって!」
「《転移陣》!」
「《転移陣》!!!」
スカイはゼノンと、ヴェラは浮遊装置と共に転移した。
「行け!!!!!」
浮力を失った空中ポートをジークフリードが魔力で押し、勢いをつけた。
「王太子殿下!」
力を使い果たしたジークフリードも浮力を失い、オリバーに抱えられる。
空中ポートは重力の法則に従って下に落ちていった。
このままであれば雷王ウナギの頭部に当たる。
「《大気陣》!!!」
ゴードンが魔力を放出した。
その時、
「曲がった!!!」
ルフが叫んだ。
雷王ウナギが突然体をくねらせてしまった。
「《天落圧》!!!」
発動した魔法に押された空中ポートは加速して一気に落ちた。
空中ポートは大きい。
すぐに落とせば間に合うとゴードンは思った。
だが、遅かった。
あるいは、雷王ウナギの本能が頭上から訪れる危機を察した。
放電。
それによって落下する空中ポートは感電するかのように揺らいだ。
しかし、物質自体を無くすことはできない。
雷撃で焼き尽くされた空中ポートの塊が雷王ウナギの上に落ちた。
「頭じゃない! 体の上だ!」
ルフが叫んだ。
放電したせいで、位置がよりずれてしまった。
「焼きなさい!」
瞳を輝かせたゴードンが鬼気迫る表情で叫んだ。
「頭部を狙うのです!」
ルフは目を閉じた。
今こそ、スノウがくれた力を使う時だ!!!
ルフが瞳を開けた。
魔眼。
赤い双眸が地上を見下ろした。
「《火炎地獄》!!!」
ルフはありったけの魔力を放出するように叫んだ。
だが、遠い。
届かない。伝わらない。
魔法は不発だった。
「別の魔法で構いません!」
「《炎の柱》!!!」
ルフは叫んだ。
だが、巨大な炎が吹き上がることはない。
遠かった。つながらない。魔力が。魔法が。雷王ウナギが。
「陣を張ることができれば……」
そうすればルフの魔力が陣を通して魔力もまた張り巡らされる。
だが、ゴードンが大気陣を発動していた。
天落圧の魔法で雷王ウナギを必死に抑えつけている状態だけに、消し去ることはできない。
大気陣と炎の陣を合わせることができるかどうかもわからない。
ゴードンの魔力がある間に、なんとかしなければならないのもある。
長くはもたない。
どうすればいい?
次の瞬間、ルフは思いついた。
「《火球》」
初級魔法。
魔眼状態だけに、必ず発動する。
そして、魔眼状態だからこそ、巨大な火の玉にすることが可能だった。
より強く、より大きく。自身の魔力を込めていく。
ルフは火球をぶつけることによって自分の魔力と雷王ウナギをつなげばいいと考えた。
「行け!!!」
ルフは巨大な火の玉を雷王ウナギの頭部に向けて投げつけた。
空中ポートとゴードンの魔法に抑えつけられている雷王ウナギは、はみ出た上部としっぽをじたばたさせながら放電していたが、巨大な魔力の気配を察して動きを止めた。
雷撃がルフの作り出した火の玉を直撃した。
火の玉は消えなかった。
魔眼による高魔力が雷王ウナギの雷撃効果を圧倒した。
勢いを削がれることもなく、火の玉は雷王ウナギの頭部に衝突した。
ルフの魔力が雷王ウナギに届いた瞬間でもあった。
「燃えろ!!!!!」
ルフは叫んだ。
全力で。
圧倒的な魔力がルフから溢れ出す。
同じ魔力を宿した巨大な火の玉はそれに呼応するように燃え盛り、その色変えた。
白。
温度が上昇した証拠だ。
それに対抗するかのように、雷王ウナギの全身を包むような魔力が発せられ、雷がまとわりついた。
攻撃、あるいは防御。
どちらにせよ、雷王ウナギが全力で生き残るための何かをしようとしていた。
もっとだ!!!!!
ルフは思った。
雷王ウナギを燃やせばいい。
とにかく燃やす。燃やし尽くす。
クロスハートに落ちかけた空中ポートのように。
そして、平和を手に入れる。
人々は巨大な魔物におびえることなく、安心して生活できる。
俺も、スノウも。
ルフは唐突にスノウの笑顔を思い出した。
自然豊かなオクルスで一緒に暮らす。平和に。穏やかに。
手に入れたかった。
二人だけの世界を。
「燃やし尽くせーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
ルフと魔力と炎の全てが共鳴した。
願う力は絶対的な命令に変わり、白い炎は更にその色を変えた。
青い炎が雷王ウナギの全身を包んでいく。
断末魔の絶叫であるかのような激しい放電現象が起きた。
だが、青い炎は消えない。
激しい雷さえも燃やし尽くすように膨れ上がった。
「凄い……」
オルフェスは呟いた。
「あれは……火炎地獄どころではない」
雷王ウナギは地獄の業火に焼かれていた。




