211 パン
「今朝は変わったパンですね!」
朝食に出たパンを見てスノウはびっくりした。
「とっても可愛いです!」
「クマとウサギだなんて……」
パンの形がクマとウサギの顔だった。
王都にある有名なぬいぐるみ店のクマとウサギの顔にしか見えない。
少なくともヴェラにとっては。
「素敵! 最高のパンがより最高になったわ!」
大絶賛。
「良かったな、ハル」
えっ?
ヴェラとスノウの視線がハルに向けられた。
「パンの成型を手伝ってくれた」
自分達で食べるだけに、好きな形に作って大丈夫だと伝えると、ハルはクマとウサギの顔にした。
それを見てルフもぬいぐるみのことを思い出した。
スノウやヴェラが喜ぶと思い、全員分をハルに任せたことを話した。
「もしかして、ドラッヘンのパンもこれですか?」
「違う。俺が別のを作った」
「まあ、そうよね」
さすがにドラッヘンにクマとウサギのパンはないだろうとヴェラは思った。
だがしかし。
「ドラックマのパンにした」
クマがドラゴンっぽい被り物をしている顔のパン。
「なんですってーーーー!!!」
ヴェラは勢いよく叫ぶと立ち上がった。
「狡いわーーー! 私だってドラックマが食べたいわーーー!」
「昼食に出すつもりだった」
「それなら昼食の時でいいわ。めちゃくちゃ楽しみ~!」
ヴェラは早速クマのパンにかぶりついた。
「美味しい! やっぱり大地の味!」
「ハルは人形作りが専門だけに、造形も得意らしい。パン作りを手伝ってくれるそうだ」
「ありがとうございます。農作業だけだと思っていたのに、パン作りまで手伝ってくださるなんて、とても嬉しいです」
スノウはハルが作ったパンと気遣いに感謝した。
「俺はただのパンが好きだ。そのせいで珍しい味のパンが減るかもしれない。だったら、形を変えるのはどうかと思った」
パン作りを手伝いながら滑り棒についても聞いたため、ハルはスッキリした気分だった。
「さすが研究者です! 頭が良いですね!」
「食事用は基本的に普通のパンよね。おやつやデザートは別だけど」
「色々な味のパンを作れないわけじゃないんだが、食材や費用面を考えると普通のパンがいい」
オクルスにない物はオースや王都で買って来る必要がある。
何かと寄付だ、土産だ、感謝の気持ちだといって食材を貰ってはいるが、ルフなりに節約を心掛けていた。
「全然オッケー! むしろ、クマパンとウサギパンが食べられてラッキー! 改めてよろしくね!」
ヴェラはあっさりハルへの認識をなかなか良い感じの者へと改めた。
それほどまでに、ハルの作ったクマパンとウサギパンの効果は強力だった。
「ここでは不便なことも多くあると思います。何かあれば私やルフに遠慮なくいってくださいね。ハルさんがくつげるようにしたいとは思っているので」
クマやウサギのパンはハルの優しさを表しているとスノウは思った。
「ハルでいい。俺はあまり愛想がよくない。人付き合いも騒がしいのも苦手だ。用がある時だけ声をかけてくれ。それ以外の時は無視でいい」
バートはため息をついた。
自分は王都へ行き、息子がオクルスに滞在することをジークフリードに伝えようと思っていた。
だが、息子は内向的で頑固。人見知りも激しい。
スノウやルフの負担になるのではないかと不安だった。
「わかった。ハルの要望を尊重する」
「大丈夫です。ここでは皆、自分のしたいように過ごしています。迷惑はかけないというのがルールですから、嫌なことは嫌だと言ってくださいね」
「私は仕事でほとんどいないしね」
まったく問題なし。
三人の様子を見て、バートはなんとかなりそうだと感じた。
「むしろ、誰も雲龍の魔法を習得できてないって報告するのが辛いわ……」
ヴェラはバートを連れて王都へ行く。
そして、ドラッヘンの人員において囮魔法の使い手を増やすのは難しいかもしれないと報告しなければならない。
「なぜ、あの魔法が必要なんだ?」
ハルは不思議だった。
雲龍の魔法は牽制や威嚇用。無害。特別な効果はないとルフから聞いた。
世界に名だたるドラッヘンのワイバーン騎士が、風魔法だからといって懸命に修練するような魔法ではないと思った。
「魔物討伐に使うのよ」
魔物討伐をするためにドラッヘンの者達がいるのは教えた。
すでに地上湖の存在についても公式発表され、ドラッヘンが協力することも新聞等で報道されている。
オクルスが一時的な滞在地になっているということは秘密だが、それ以外のことは特に隠すようなことではなかった。
「威嚇に使うのか?」
「囮よ。エサかもしれないわね」
魔物は魔力があるものを感知する。
雲龍の魔法で出現した龍をエサだと思うかもしれない。
視覚認識力があれば、見た目で敵だと判断して攻撃する可能性もある。
「たぶんだけど、魔物の視覚はよくないと思っているの。魔力で対象を感知して、とにかく攻撃して倒す。エサになりそうなら食べるって感じだと思うのよね」
「魔物ならそうだろう」
バートも同意した。
「雲龍は見た目が大きい割に魔力消費が少ないのよね。何の効果もないから」
魔法はサイズによって魔力消費が変わるが、効果によっても変わる。
雲龍の魔法は龍を出すだけの効果しかない魔法だけに、見た目のサイズを大きくしても、魔力消費が少ないという利点があった。
「魔物は龍を形成している魔力を感知して大きなものだと認識するわ。魔力が弱いなら攻撃して倒しやすいと思うでしょうし、エサに丁度良いと勘違いするはず」
魔物は実際に触って判断する前に、魔力感知だけで判断してしまう。
人間のように細かい精査はしない。
だからこそ、大きくて魔力があって弱そうなものだと思い、攻撃して来る。
囮や疑似エサに持って来いというわけだ。
「ずっと維持するのは大変じゃないか?」
「それはそうだけど、何度も出せるし、術者だって交代しながらでいいし」
廃案の中にはワイバーンが湖の上を飛んでおびき寄せる案もあった。
ドラッヘンが激怒するのは決まっているため、ジークフリードが即却下した。
小型の魔物を大量に捕まえて吊り下げる案もあったが、吊り下げるものを作る作業をする者が危ない。
一度かかると引っ張られて壊されてしまう。食い逃げされるだけといってこれも却下になったことをヴェラが教えた。
「結局、魔法が一番安全で無難なのよね」
「そうか。習得できないとだが」
ヴェラはどよーんとした空気を醸し出した。
「重圧をかけないでよ。土使いのくせに」
「事実を指摘したまでだ」
「バート様、ボンジュウの魔法で何かそういったものはないでしょうか?」
スノウはバートの知る魔法で役立ちそうなものがあればと思った。
「魔物をおびき寄せて攻撃するわけだな?」
「退路も塞ぐらしい」
湖から水路におびき寄せ、湖の奥深くに逃げ込まれないよう水路を閉じる案であることをルフが説明した。
「なるほど。誘導できれば、後はなんとかなるか」
「そうなのです。なので、囮魔法が重要だと思います」
「誘導もです。すぐにまた湖の下に潜ってしまうようでは攻撃できません」
バートは考え込んだ。
「サイズは?」
「数十メートル級です。雷電ウナギではないかと思われています」
バートは目を見張った。
「数十メートルだと? 本当か?」
「ありえませんよねえ」
ヴェラはため息をついた。
「クロスハートの近くにそんな魔物がいるなんて、びっくりとしか言いようがありません」
「……厳しいな。湖というだけあって広そうでもある」
「土石龍の魔法を使えばいい」
ハルが言った。
「対象を串刺しにすることも捕縛することもできる」
「使える者がいないのよ」
ヴェラが暴露した。
「若い頃は使えたけれど、歳取って魔力が減退したから無理ですって」
高等魔法だけに、誰でも扱えるような魔法ではない。
必ず発動できるかどうかわからないという者もいる。
「どうせ魔物の大きさから考えて、胴を一周するぐらいしかできないし、串刺しにしたくても固いと弾かれるか壊れちゃうでしょう?」
「試せばいい」
「全然あらわれないのよ」
「だったら放置すればいい」
「まあ、そうなのよねえ」
それは誰もがわかっている。
魔物が出現しなかったら、小型の魔物の監視体制をより充実させる。
ワイバーンのエサとして捕獲しながら絶滅させる方向で話が進んでいた。
「個人的にはその魔物を見てみたい」
バートが言った。
「数十メートル級の魔物は見たことがない」
「ワイバーンも大きいが?」
「ウナギのような魔物なのだろう?」
「そうらしい。蛇のように見えたが」
「見聞を広めることは人生を豊かにする。建築にも取り入れることができる。さすがに魔境に行って魔物を見る気はないが、クロスハートなら行ける」
「危ないですよ?」
「覚悟の上だ」
バートは建築家だが、軍務についていた経験もある。
「自分の身は自分で守る。スノウのおかげで魔力が溢れているからな!」
「バート様って、土石龍を使えないんですか?」
「専門は防御魔法だ」
バートは視線をハルに向けた。
「ハル、一緒に行くか? アヴァロスの王太子に聞いてみるが?」
「ボンジュウの者が行けるわけがない」
そうかもしれないとバートも思った。
だが、
「確か、国も所属組織も関係なく能力で部隊を編成すると言ってました。ただの見学はさすがに無理だと思いますが、作戦に協力するということであれば許可が出るかもしれません」
「なるほど」
それならいけそうだとバートは感じた。
「土の壁を作れる。退路を断つのに役立てるだろう。湖の一部を埋め立てたり、水路の壁を高くするような協力でもいい」
「喜ばれそうですね」
戦争中、バートは土魔法で壁を作って味方を逃がした。
その後は自身を強固な壁で守り、魔力切れまで耐え続けたという実績がある。
敵であれば手強いが、味方であれば非常に心強い。
「今まさに水路を作ってます。それについて意見を出すと、より喜ばれるかもしれません」
「建築も専門だ!」
バートは乗り気になった。
「よし、王都へ行こう! 王太子に面会する!」
「ご飯を食べてからにしてください。まだ食べていません」
ヴェラはまだまだ食事中。
他の者も同じく。
「つい話に夢中になってしまった」
バートは大きな口を開けると、息子が手掛けたウサギパンにかぶりついた。




