201 増援到着
ドラッヘンからの増援が到着した。
オクルスに。
農作業をしていたルフとスノウは、空を飛ぶ巨大なワイバーンの影に気づき、空を見上げた。
「あれは……」
ルフの言葉が途切れたのは多数の巨大な飛行生物がいたからだ。
スノウは声が出ない。
空を見上げたまま、立ちすくんでいた。
「ワイバーンです!」
「来たみたいだね!」
何も知らなければ、魔物が大移動して来たのではないかと感じる光景。
喜びの声を発するスカイとレオがいかに違う感覚と常識の持ち主であるかを、スノウとルフは改めて実感した。
「驚かせた」
増援はスカイの案内によって広くした道路に誘導され、順番に着陸した。
「私はマインハルト。ドラッヘンワイバーン騎士団の第一部隊長だ。突然来たことを詫びたい」
いかにも屈強そうなワイバーン騎士に挨拶されたルフは圧倒され、言葉が出なかった。
マインハルトのアヴァロス語は古めかしさや重々しさがあり、見た目と合わさって威圧感をより増幅させていた。
「治癒の聖女殿に会えて光栄だ。レオンハルト王子殿下のこと、心より御礼申し上げる」
「はるばるオクルスへようこそ。ですが、私は魔法医のスノウです。聖女ではありません」
スノウはきっぱりと否定した。
「聖女ではない?」
「聖女の称号は返上したそうです。今は魔法医兼オクルス修道院長兼神殿総監です」
スカイが説明した。
「失礼した。魔法医のスノウ殿でよろしいだろうか?」
「そうですね。役職を兼任しているので、名前で呼ぶ者が多いと思います」
「あいわかった」
マインハルトはスカイに顔を向けた。
「陛下にお会いしたい。ご不在だろうか?」
スカイはマインハルトをすぐにドラッヘン国王の所へ連れていかず、真っ先にルフとスノウの二人に挨拶するよう指示した。
「母上と外出しています。買い物ですので、夕方には戻るでしょう」
「今後どのようにするのかの指示をいただきたい。我らの宿営地はどうなっているのかご存知だろうか?」
スカイはマインハルトの後ろに整列した騎士達を見た。
全部で二十五人いる。
「人数次第と言ってましたが、判断しにくい数です」
基本的には確保しているリゾートホテルのコテージだが、人数が多いとワイバーンも多くなる。
プライベートガーデンに張った結界が込み合い、ワイバーンの機嫌が悪くなるのは目に見えていた。
「コテージの方だと、ワイバーン用の結界が小さい気がします」
マインハルトはルフの方を見た。
「ここに宿営することはできないだろうか?」
上空から見ると、周囲は森林に囲まれている。
ワイバーンが飛んでいても、街中のような大騒ぎになることはない。
修道院の建物は大きい。
広い幅の道路が二本。離陸と着陸用の滑走路に使え、広場もある。
王家一家が、ドラッヘンにとって快適な宿営地を確保しているとしか思えなかった。
「父上達が帰ってくるまでは待機して貰うしかありません。スノウ、ルフ、一時的にこの者達を修道院やオクルスに滞在させてもいいでしょうか?」
「構いませんが、宿泊できる部屋がありません。また中庭にテントを張るのですか?」
ドラッヘン王家は本館を修繕して作った宿泊室に寝泊まりしている。
「窮屈かもしれませんが、我慢して貰うしかありません。ワイバーンも多いので、広場の方に結界を張るしかないでしょう」
「結界を?」
スノウは野放しだと思っていた。
「さすがに多いので、中庭には入りきりません」
スカイ達のワイバーンは本館内の中庭をねぐらにしている。
テントを張ると狭くなり、増援分のワイバーンが入りきらない。
「結界を張ると魔力が大変では?」
「仕方がありません。ワイバーンにどこにいるべきなのかを教えるためには、目安となる建物や結界があった方がいいのです」
スノウは思いついた。
「礼拝堂を使いますか?」
スカイとマインハルトの表情が変わった。
「いいのですか?」
礼拝堂は広いが、神聖な場所だけに使用目的を選ぶ。
騎士の宿泊所として使わせて欲しいとは言いにくいとスカイは思っていた。
「古くて何もありませんが、天井が空いています。ワイバーンの出入口にできるので丁度良くないですか?」
スカイは驚愕した。
マインハルトも同じく。
騎士の宿泊所として使用する案ではなく、ワイバーンのねぐらとしての使用許可に聞こえた。
「確認したい。礼拝堂をワイバーンのねぐらにしてもいいのだろうか?」
「そうです。穴が空いているので、騎士達が寝泊まりするには不向きですよね?」
雨が降ってしまうと困るだろうとスノウは思った。
「礼拝堂って大事な場所だよね? ワイバーンのねぐらにしたら神様に怒られない?」
レオは疑問に思った。
「大丈夫ですよ」
スノウはにっこりと微笑んだ。
「神様は寛大で慈悲深いので。ドラッヘンの方々がワイバーンを大切にしていることもご存知です。人間を助けてくれる存在でもありますよね」
寛大で慈悲深いのはスノウも同じです。
なんと懐が深く情に厚い女性だ!
まさに聖女!
彼女こそ女神!
スカイもマインハルトもワイバーン騎士達も心底感動していた。
「待ってくれ」
ルフが口を挟んだ。
「礼拝堂は広さがあるが、ワイバーンの数が多い。しかも、活発だ」
ねぐらにすることを反対されそうな気配が漂った。
「秋までに礼拝堂を修復して、結婚式ができるようにしないといけない。大事に使って欲しい。それとも、補強工事をした方がいいだろうか?」
ドラッヘン側の予想は大外れ。
大事に使って欲しいだけ。補強工事がいるかどうかの確認だった。
ドラッヘン側におけるルフへの好感度は一気に急上昇した。
「マインハルト、掃除と補強工事をしなさい。綺麗に補修もするのです」
スカイは命令した。
「あいわかった」
「補修までしてくれるのか?」
今度はルフが驚く番だった。
「その程度の礼は当然でしょう。ただ、一日ではさすがに無理です。父上次第ですが、数日間、滞在させることになってしまうかもしれません。その場合はできるだけ内側を補修するということで、許していただけませんか?」
さすがヒンメル王子殿下。抜け目ない交渉だ。
礼拝堂の補修を条件に期日を引き延ばしている!
結婚式があるなら、ぜひにと言いそうだ!
マインハルトとワイバーン騎士達は心の中で感心した。
「嬉しい申し出だが、スノウ次第だ」
「ルフが助かるならそれでいいと思います。でも、ご飯の方はどうしましょうか?」
「自炊させます」
「自炊するので問題ない」
「パンはいりますよね?」
ルフは屈強なワイバーン騎士達を見回した。
「……かなりの量が必要そうだな」
「大丈夫だ。イモとソーセージを大量に持って来た」
マインハルトが答えたものの、
「そんなことを言えるのは、ルフのパンを食べていないからです」
スカイが自慢げに言った。
「最高?」
マインハルトは眉をひそめた。
「ドラッヘンのゼンメルに勝るものはない」
ドラッヘンでは小さな丸いパンが好まれており、ゼンメルと呼ばれていた。
「私もそう思っていました。ですが、上には上がいるのです」
「普通のパンだが?」
一応、どんなパンがいいのかをルフは確認し、ドラッヘンでよく食べられているゼンメルと呼ばれるパンを教えられた。
それを参考にしてハードパンタイプの丸パンを作ると、最高に美味だと喜ばれた。
「ルフの負担が増えるのは困るので、イモとソーセージでいいでしょう」
「食べてみたい」
マインハルトだけの意見ではない。
屈強なワイバーン騎士達も興味津々だった。
「一回だけでいい。作っては貰えないだろうか? 礼はする」
金。補修。様々な選択から選べる提示付き。
「明日の朝でいいか? 仕込むのに時間がかかる」
「頼む」
「では、今夜は顔合わせということで、全員でバーベキューをしましょう。夕方になったら本館に来てください」
「中庭でするのか?」
「そのつもりです」
「ワイバーンは?」
「適当にその辺を飛んでいるでしょう」
やっぱり、野放し。
「広場にしてキャンプファイヤーをしようよ!」
レオが提案した。
「ぜひ、やりたい!」
学校でキャンプに行き損ねたルフが喜んだ。
「では、キャンプファイヤーをしましょう」
「楽しみですね!」
スノウも大喜び。
楽しい予定が決まった。




