020 好きな色
ルフの考案した手動兼魔動ポンプはすぐに量産され、王都中の井戸に設置されることが決まった。
魔動ポンプは便利だが、魔力切れや術式損傷の際に困る。
その点、兼用ポンプなら手動で水が汲むことができる。魔力のあるなしは関係ない。
今後は兼用ポンプを魔法兵団で正式に活用していくことにもなった。
ジークフリードが魔法兵団長とその件で話し合った結果、ルフが欲しがっていた魔法の巾着と魔法剣用の武器を魔法兵団が提供することになった。
「良かったですね」
「スノウのおかげだ」
ルフは嬉しくて仕方がなかった。
魔法兵団から魔法の巾着を貰えた。
武器も軍用の頑丈なものになった。
しかも、両方共に壊れてしまった場合、王都の魔法兵団本部に持って来れば修理をするか別のものを交換して貰える特典付きだった。
「どの属性にするのですか?」
魔法兵団から貰ったのは無属性の剣だが、特別な術式を追加することによって二属性の上限を補強できる。
得意な属性を選択して強化すればいいと言われたが、ルフはどの属性にするか決めかねていた。
「悩む」
高度測定器の結果で、ルフはどの属性も強い反応があった。
強弱の差では選べない。
「速度であれば雷だが、硬化の氷や土も捨てがたい。武器だけに威力や範囲も要素も重要らしい」
魔力や属性の性質についても勉強した。それを考慮すると余計に悩む。
二種類とはいっても、反属性同士は選べないのもある。
「なんだかゼノン様がするような話になってきましたね」
「どれでも好きに選べと言われると逆に困る。スノウはどれがいいと思う?」
「わかりません」
予想通りの答えが返って来た。
「でも」
「でも?」
「好きな色で選ぶ人もいるらしいです」
複数種類の属性持ちは選択に迷う時がある。
強弱がはっきりしていればいいが、どれも大差ない。
そういう時は自分の好きな色を選ぶ。その方がなんとなくやる気が出るとスノウは聞いた。
「どこでそんな情報を?」
「兵士と話す時があったのでちょっとした世間話というか」
「スノウはどの色が好きなんだ?」
スノウは迷った。
「遠慮は無用だ。俺達は……家族だろう?」
スノウを見つめるルフの瞳は揺れていた。
まるで自身の言葉を確認しようとするように。
「そうですね。だから、怒らないでくださいね?」
「怒らない」
「ルフって赤を避けていますよね」
ルフの表情に動揺が浮かんだ。
「赤を薦められても選びません。服でも、小物でも、何でも」
その理由は言わずもがな。
ルフの瞳が赤くなるからだ。
ずっと忌避してきた瞳の色。
魔力や魔法を使えるようになったとしても、過去の記憶は消えない。
忌避感もまた。
「でも、私は好きです。赤が」
スノウは神殿にいた。聖女にもなった。そのせいで服は白ばかり。
だからこそ、今は他の色の服を着ることができて嬉しい。
茶色でも。灰色でも。黒でも。とにかく白以外なら嬉しい。新鮮だ。
でも、一番好きな色は着られない。
恥ずかしくて。派手な気がして。似合わない気がして。
怖くて。
「昔、好きな色はと聞かれたことがありました。その時、赤だと答えました。すると、後ろの方から血の色が好きなのねって声が聞こえて……」
誰かが嫌味や悪口などを言うのはいつものこと。
でだが、スノウはとてつもなく悲しくなった。
「その時の私はうつむいてしまって……すぐに違うって言えませんでした。でも、今なら顔を上げてちゃんと言えます。赤が好きなのは愛の色だからです」
スノウはルフの瞳を見つめて微笑んだ。
「ルフの瞳は愛の色です。私は好きですから」
違う。忌避の色だ。
恐怖。怒り。憎しみ。間違いなく血の色だ。
ルフの頭の中に次々と言葉が浮かんで来た。
だが、否定したくない。スノウの言葉を。その気持ちを。
だからこそ、ルフは何も言えなかった。
「今度洋服を見に行ったら、赤い服を試着してみようと思います。勇気を出して。赤は勇気の色でもあります。そうですよね?」
「……そうだな」
ルフは頷いた。
「赤は愛と勇気の色だ。俺もそう思う」
赤にしよう。愛と勇気の色だ。
ルフは火属性を強化することにした。
そして、
茶色がいい。土属性だ。
ルフが見つめるのはスノウ。
茶色い髪と茶色い瞳を持つ大切な存在だった。
「じゃあ、またね!」
ヴェラの転移魔法でスノウとルフはオクルスに戻って来た。
魔法による診察を受ける予定だったが、相手の都合が悪くなってしまった。
魔法兵団に依頼した剣の補強にも数日はかかるということで、二人は王都に滞在し続けることなく村へ戻ることにした。
毒事件へ協力したおかげで魔法具や武器を手に入れることができた。
冷蔵庫と冷凍庫に加え、魔動暖房機もある。日用品から食料品まで様々なものを寄付という形で貰うことができた。
全ての費用をジークフリードが負担するだけに悪いと感じたが、本人は気にするなと笑い飛ばした。
――私の予算は余裕がある。王太子妃がいないからな。
婚約者の王女が政略結婚を嫌がってアヴァロスに来ない。
両国としては婚約の誓約書さえ交わしていればいいということで、いつまで経っても結婚式が行えない状態だった。
普通なら跡継ぎをどうするのかという問題が発生するが、第二王子がいる。
王太子に子供がいなければ第二王子が後を継げばいい。何も問題がないということで落ち着いている。
王太子一人が我慢すれば丸く収まるというわけだ。
そんな事情があることを知ったルフは、王家や貴族達によるおかしな世界が存在することも知った。
神殿というおかしな世界についてもゼノンから教えられている。
スノウは聖女として崇められ、何の不自由もない生活をしてきたとルフは思っていた。
だが、聞けば聞くほど孤児という出自、育てて貰った恩義という理由で神殿や様々な思惑に振り回され、都合よく利用されていたのではないかと感じた。
「ルフ、これはどこに置きますか?」
「今は適当でいい」
魔法の巾着から箱を取り出し、更にその中に収められた数々の土産を取り出す。
おかげで談話室は荷物だらけになってしまった。
「ルフの巾着は凄いですね……」
「倉庫が必要そうだ。部屋を修繕しないとだな」
「私が使いそうなものは部屋に持っていきますね」
スノウは裁縫用品や布地、刺繍糸を箱に入れ直し、それを魔法の巾着に入れた。
「これとこれも……もう五つです。バラバラに入れるとすぐ上限になってしまいます」
スノウはルフの巾着をじっと見た。
「百も入るなんて羨ましいです」
箱などの容器を使えば、実際にはそれ以上のものを収納できることができる。
「取り出すのが面倒ではある」
一気に全てを取り出す呪文があるが、そうでなければ一つずつ触って取り出さなくてはならない。
「そうですね。千だともっと大変です」
以前、ゼノンは千個の武器を取り出した。
ルフに渡した武器は一つ。残りの九百九十九個は魔力でまとめてねじ込むという力業で片づけた。
そういった魔力の使い方ができなければ、一つずつ手で入れなくてはいけない。相当大変だ。
「使いこなせれば便利だが」
「やっぱり私は五個でいいです。百個も出し入れするのは大変ですし、小さい方がポケットに入れやすいです」
「そうだな。大きい巾着はポケットにしまいにくい」
たたんで入れてもポケットがパンパンに膨れてしまう。
「あ、これも……でも、もう五つだし」
「それは軽い。手で持っていけばいい」
「そうでした!」
手で運ぶのは当たり前のことだというのに、魔法の巾着に入れようとしてまったスノウは恥ずかしくなった。
すぐに魔法や巾着に頼るようじゃ駄目! 自分の力で運ばないと!
スノウは気合を入れると、次々と荷物を手に取った。
「少しずつでいいぞ?」
「大丈夫です! どんどん運びますから!」
スノウは沢山の荷物を抱えて二階へと向かった。
「勇ましい」
自分も頑張ろうと思ったルフだったが、視線を移した途端にため息が出た。
「これほどあるとはな……」
土産がどっさり。
ルフやスノウが知らないものまであった。
ヴェラとゼノンがあれもこれもと追加したに違いない。
一週間ほどしたらまた王都に行く。
それまでに持ち帰った荷物を片付け、部屋を掃除し、畑や森、村の様子も見ておきたい。
新しく教わった魔法も練習したい。
オクルスでやるべきことは沢山あるが、早く王都に行きたい気持ちもあった。
予定は診察と武器の受け取りだけではない。
観劇のチケットを手配してくれるため、スノウとおめかしをして外出する計画もあるのだ。
そのために赤いドレスと赤い上着・白いズボン・洒落た小物まで買い揃えた。
スノウは修道女。ルフは世話人の村人。
貴族や裕福な者のようにお洒落な服装をして出かけるのは最初で最後かもしれない。
それでもいい。二人で一緒に楽しみたい。一生の思い出になる。
ルフは気合を入れると、猛然と荷物を片付け始めた。
「取りあえず」
スノウは巾着から取り出した箱を部屋の隅に置いた。
王都には珍しい色や柄の布地や糸が沢山あった。
庶民が利用する店だけに値段も手ごろだと言われたのもあって、つい色々と買い込んでしまった。
「これだけあれば沢山作れそう」
刺繍したハンカチは売り物になるという判定を貰えたが、しばらくは技能向上を目指して修道院で使うものを作る。
だが、スノウには目標があった。
それは、洋服を作ること。
今の服は村や町で購入した既製品。
それでも十分だが、自分で作れるようになれば、今後は買いに行く必要がなくなる。
それに。
ルフに贈り物がしたい……。
日常生活のほとんどはルフに任せてしまっている。
報酬は払っているが、スノウの気持ちとして何かお礼をしたかった。
シャツなら毎日着る。役立つと思った。
クラバットの方が簡単だけど、オクルスでは使わないし。
王都の者はお洒落だった。
ルフも同じような服装をするとカッコいい。
ゼノンのように女性にモテそうだった。
「違う。絶対にあれは……」
モテていた。
買い物中、ルフを見て嬉しそうに話している女性達がいることにスノウは気づいていた。
もやもやとした気持ちをスノウは感じ、ため息をついた。




