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聖女からの大降格  作者: 美雪
第三章 王都事件編

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019 嬉しさは笑顔に



 昼になるとワイアットが来た。


「お待たせして申し訳ありません。試作品をお持ちしました」

「全然待っていない。大丈夫だ」


 スノウとルフの二人は王宮図書館に案内され、本を読んでいた。


 ジークフリードに協力していることから貸し切り状態。貴重な本も魔法書も読み放題。


 王都観光よりも嬉しいのが本音で、もっと時間が欲しいと思っていたほどだ。


「現地へ行く前に確認をお願い致します。問題があれば直させます」


 ルフはワイアットが持ってきた試作品をじっくりと見た。


「術式は?」

「こちらの金属板の裏側です」


 ハンドルを自動で動かす術式は魔法金属板に描かれている。


 別の金属板は魔石を内包しており、動力源。魔力保持者が金属板に触れると魔力を補充できるようになっていた。


「二つの金属板をスライドして重ねると自動装置が動きます。それで動かなければ魔力切れです」

「なるほど」

「手動についてはハンドルを上下に動かします」


 ルフは試作品を細かく確認した。


「……なんとなくだが、大丈夫そうだ。あの絵だけでよくここまで作れたな」


 ルフなりに丁寧に書いたつもりだが、王都の生活や常識は想定外。


 手動ポンプが一つもないどころか、そのようなものがあることを知らない場所とは思わなかった。


「実を言いますと、ヴェラ様に頼んで手動ポンプの実物を見せていただきました」


 スノウの手伝いをしているヴェラは修道院にある手動ポンプを知っている。


 場所は伏せたまま転移魔法で移動し、ルフの作った手動ポンプをワイアットに見せた。


 ワイアットは分析魔法でそれを解析し、データを技術部に提出した。


「あのような素晴らしいものをご自身で制作されるとは。感服致しました」

「元のパーツを作ったのは鍛冶屋で、俺は真似をして作っただけだ」

「鍛冶屋の英知を元にした工夫ですね」

「王都にはないのかもしれないが、地方に行けば普通にある」


 たぶん。ルフの感覚では。


「私は戦争に行きましたが、途中で見た井戸は手桶式や滑車式でした」

「旧式か」

「古代式です」


 確認後、早速設置するために現地へ移動することになった。


「よし、行くか」


 ジークフリードも一緒に行く気満々だった。


「一緒なのか?」

「自身の目で確認したい。問題ないなら全ての場所を同じようなものにしようと思っている」


 反対や苦情が出ているのは一部だけだが、ジークフリードは全ての魔動ポンプをルフのアイディアで制作された手動と魔動の兼用ポンプにしようと考えていた。


「転移魔法のこともあるしな。定員オーバーだ」


 ヴェラの転移魔法で移動できるのは四人。


 スノウが行くと空きがない。


 ワイアットはジークフリードの護衛の転移魔法で移動だ。


「四人までなのか」

「四人も、だ」


 転移魔法を使えること自体が難しい。


 ほとんどの者は自分だけかつ近距離のみ。


 定員四名かつ遠距離も可能なヴェラはアヴァロスの若手では極めて有望な転移魔法のエキスパートだった。


「知らなかった」

「出発だ。座標を確認しろ」


 座標を確認した後、三つの転移魔法が発動した。





 ルフとワイアットで井戸の状態を確認し、魔動ポンプから試作品へ交換した。


 その様子を見て、付近の住民が集まって来た。


「できた」

「試しましょう」


 ワイアットがハンドルを上下させる。手動で問題ないかどうかの確認だ。


「……出ません」

「最初は出にくい。呼び水を入れる。魔法の水でもいいか?」

「大丈夫だろう」


 ジークフリードが答えると、ルフの側に水球が出現した。


「どっちが作った?」


 ルフか、ワイアットか。


「俺だ」


 ルフが答えた。


「容器も手も必要なしか。上達したな」

「簡単だ」


 ルフは設置したポンプの上部から魔法で作り出した水球を入れた。


 水球を見ただけで、指さえ動かしていない。魔力だけで誘導している証拠だ。


 魔力の扱いについてはすでに上級者レベル。


 成長速度は規格外だった。


「試そう」


 ルフがハンドルを上下に操作する。


 しばらくすると、ポンプから水が出て来た。


「大丈夫だな」

「では、魔動の方も確認を」

「俺がする。操作してみたい」


 ルフはワイアットの説明を受けて魔力を補充し、金属板をスライドさせて起動した。


 勢いよく水が出て来る。


「勢いが強いな。水が勿体ない」

「調整します」

「あの……それって新しいポンプですか?」


 住民の一人がおずおずと質問した。


「そうです。手動でも魔動でも動くポンプです」


 ワイアットが答える。


「こちらの方が考案してくれました」

「おお! 凄い!」

「ありがとうございます!」


 次々と感謝の声が上がった。


「いや、俺は普通のポンプを」

「いいえ。手動と魔動を組み合わせたポンプはありません。大発明です」

「元々あるのを工夫しただけだ。術式を考えたのも俺じゃない」

「わかっています。ですので、こちらのポンプは魔法兵団の方で管理させていただきます」


 ルフはアイディアを出しただけで、実用化は魔法兵団が行った。


 アイディアだけでも特許申請はできるが、すでに魔法兵団の方で申請している。


「大変申し訳ないのですが、公益性が高いものは国の方で特許を含めて権利を管理させていただくことになります」


 魔動ポンプも国が管理しているもので、公益・災害・緊急用だ。


 自力で似たようなものを制作しても特許が取れず、商業化するのは難しい。


「俺は別の対価を貰える。気にするな」


 魔法剣用の武器と魔法の巾着ということで話はついていた。


「ありがとうございます。優秀なだけでなく高潔な方で良かったです。これも治癒の聖女様のお導きでしょう」

「神の導きだ」


 スノウを意識した発言だと感じたジークフリードが圧を込めて言い直した。


「申し訳ありません。私は戦場で治癒の聖女様に救われたので、女神同然なのです」


 ワイアットがスノウのことを知っていた理由が判明した。


「瀕死だったので、治癒の聖女様でなければ助からなかったでしょう。まさに命の恩人です。必ずや治癒の聖女様にご恩を返したいと思っております」

「だったら口をつぐめ」

「はい」


 住民達は新しいポンプに夢中だった。


 手動でも魔動でも動くことに喜び、絶賛した。


「凄いな!」

「手桶よりも楽だ!」

「毒の心配もしなくていい!」

「いたずらもされにくい」

「安心だ!」


 人々は大いに喜び、いかにも偉そうな服装のジークフリード、魔法兵団の者で説明をしたワイアット、考案者と紹介されたルフに感謝の言葉を次々と贈った。


「良かったですね」


 その光景を見ていたスノウは嬉しくてたまらなかった。


 スノウはずっと魔力や魔法が不可欠という常識や価値観の中で生きて来た。


 だが、ルフのおかげで新しいことを知った。


 魔力も魔法もなくても、人は生きる力を持っている。


 大変なこともある。だとしても、魔法が万能ではないことをスノウは元々知っていた。


 魔法が使えなくても人々の役に立ち、喜ばせることはできる。


 ルフが考えたポンプのように、ワイアットや魔法兵団がすぐに兼用ポンプを実用化したように、様々な力を合わせればいい。


 人々は英知と力を集め、助け合い、幸せになれる。


 それが証明されたとスノウは思った。


「お姉ちゃん」


 突然、子供がスノウに話しかけて来た。


「何でしょうか?」


 スノウは優しく尋ねた。


「お姉ちゃんは何をしに来たの? 何もしていないけれど」


 スノウはただ見に来ただけだった。


 転移魔法には定員があるのに……留守番をしていた方が良かったのかも。


 スノウがしょんぼりと肩を落とした時だった。


「そうじゃない」


 ルフがスノウの側に駆け寄って来た。


「俺がここに来たのはスノウのおかげなんだ。スノウがいなければ俺は王都に来なかったし、新しいポンプを考えることもなかった」

「そっか。お姉ちゃんはお兄ちゃんを連れてきてくれたんだね。ありがとう!」


 子供は納得して笑顔になった。


「そんな……私は何もしてなくて」

「ありがとう、スノウ」


 ルフは優しく微笑みながらスノウの肩に手を置いた。


「こんな俺でも役立てた。これほど多くの人に感謝される日が来るなんて思ってもみなかった。王都へ行こうと言ってくれたおかげだ。良い思い出にもなる」

「ルフ……」


 スノウは泣きたくなった。


 ルフの優しさが嬉しくて。


「私こそ色々とお世話になってて感謝してます。それに、ただ見ていただけだし……」

「十分だ。スノウがいると頑張ろうと思える。うまくいくよう祈っていると言ってくれただろう? スノウの祈りが神に届いた」


 スノウの瞳が限界まで潤んだ。


「はい、そこまで! ここで泣いたら湿っぽくなるでしょう? 水が出るのはポンプだけで十分よ!」

「そうだな。ヴェラの言う通りだ」

「そうですね。涙よりも笑顔がいいですよね!」


 スノウは嬉しい気持ちを込めて笑顔を浮かべた。


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