182 整備計画
「……おはようございます」
スノウはいつもよりも早起きした。
ゼノンは出勤。
ルフも早くから出かけるつもりであることをスノウに伝えていた。
「おはよう。体調はどうだ? 悪いなら出かけないが」
「大丈夫です。眠いだけです」
スノウはあくびをした。
「悪いな」
「気にしなくていいです」
「これを時間になったら届けてくれ」
ルフが渡したのは食料専用の魔法の巾着だった。
ドラッヘン側からパン用として渡されていた。
「わかりました。六時以降ですよね?」
「七時までに届けて欲しい」
騎士の警備負担を軽減するため、日付が変わってから朝の六時までは来ないで欲しいと言われていた。
「了解です」
「じゃあ、行ってくる。朝食と昼食は用意しておいた」
「ありがとうございます」
スノウはルフの手を取ると両手で包んだ。
「ルフに神の御加護がありますように」
温かい言葉と共に魔法がかかった。
「大丈夫だ。全然疲れていない」
「気持ちですから」
「ありがとう」
「いってらっしゃい」
名残惜しくはあるが、ルフは転移した。
すでに空は明るい。涼しい空気が漂っていた。
次の転移をしようとすると、ビュンッと風が吹いた。
「おはよう、ヴァイス」
スカイのワイバーンだった。
「朝の散歩か?」
ヴァイスはルフの周囲を旋回すると頭の上に止まろうとした。
慌ててルフは防御魔法を張る。
ワイバーンに触れる時は強力な防御魔法が必須だとスカイに聞いていた。
「転移魔法を使う。離れてくれ」
だが、ヴァイスはルフの頭の上に止まったまま。
ルフは頭を横に振ってみたが、ヴァイスは離れなかった。
地味に重くもある。
「重い。どいてくれ」
通じない。そのままだ。
むしろ、しっかり頭に掴まるための圧力が増えた。
「困ったな……ドラッヘン語でなんて言うか聞いておけば良かった」
このままでは一緒に転移してしまう。
仕方なくルフは浮遊魔法と加速魔法を自身にかけた。
「ヴァイス、移動するからな?」
そう言って空中を走り出す。
ヴァイスは甲高い声を上げると、嬉々としてルフと並走するように飛び始めた。
飛行競争だと思っていそうだった。
村の方に移動し、道沿いに進んでいく。
途中まではナーススへ向かうのと同じ。
スカイとドラッヘン国王のおかげですっきりしていた。
道幅自体は変わっていないが、切り株を引き抜けば大きな道にもできる。
分かれ道まで来ると、ルフは止まった。
東に行けばナースス。南に行けばオース。
「どうするか」
オクルスからオースへ向かって直線で結ぶと、途中に丘がある。
丘を登るのは大変だけに、道は丘を迂回するようになっていた。
そのせいでオースへ行くのが遠い。
オクルス改造計画の話が出た際、丘にトンネルを作るか削ってなくせばオースへ近くなるという意見が出た。
だが、トンネルは落盤事故が起きる可能性がある。
丘を削って出る土の移動場所も考えなくてはならない。
転移魔法や浮遊魔法があれば丘をなくす必要はない。
むしろ、オクルスを隠するのに丁度良いと言っていた。
その考えはルフにもわかる。
そして、魔法という大きな力を安易に使用して、自然を破壊したくはない。
人間にとって便利になることは優先になりやすいが、最善とは限らない。
一度失われた自然の恵みを取り戻すのは容易なことではなく、不可能かもしれないのだ。
ルフは長年オクルスに住んでいるからこそわかっている。
重視すべきは水。
丘があることによって雨水が付近の低い方である森へ流れ、地下水になり、井戸水になる。
丘や森をなくしたことでオクルスやナーススの水量が減ったら死活問題だ。
「……悩むな」
考えていると、魔力の気配がした。
転移魔法の陣が浮かび上がっていた。
「おはよう」
スカイだった。
「早いな?」
「ヴァイスが鳴いていたので気になりました」
ルフはハッとした。
すでに白いワイバーンの姿はない。
「ヴァイスに離れて欲しい時にはどうすればいいんだ? 頭の上に乗られて困った」
スカイは顔をしかめた。
「すぐに防御魔法をかけましたか?」
「乗られる前にかけた」
「良かったです。次は必ず逃げるか叱ってください。できるだけ厳しい口調で罰と言います」
ワイバーンには頭に乗らないよう調教している。
だが、止まるのに丁度良いと思ってしまうらしく、試そうとすることがある。
ワイバーンは小型化していても見た目以上に重量があり、力も強い。
人間の頭を握りつぶすこともできるため、非常に危険な行為だとスカイは説明した。
「後で処罰しておきます」
「調教も大変そうだ」
原則的には主人の命令しか聞かないが、ワイバーンには知能がある。
他者であっても自分のわかる言葉を言えば、状況次第で察する時もあるとスカイは説明した。
「わかった。覚えておく」
「ところで、何をしていたのですか?」
森。道。他には何もない場所だ。
「近道を作りたい」
オクルスとオースの往復にかかる時間を短縮したい。
但し、丘は削りたくはない。
現在は一度ナーススがある東方面に向かい、途中で南に向かうようになっている。
獣道のような近道はあるが、しっかりとした道を作るか考えているところだと話した。
「浮遊魔法や転移魔法が使えるというのに、わざわざ近道を作るのですか?」
「オースの者がオクルスに来る時に便利だろう?」
自分ではなく他人のため。
ルフらしいとスカイは思った。
「私からも提案をしたいのですが」
ドラッヘンの者達がオクルスに来た際、ワイバーンの離着陸ができる場所が予想以上に限られていることに驚いた。
平地はほぼ人家や畑用。
着陸した牧草地はいずれ薬草園になることも聞いた。
そうなると、オクルスの近くに離着陸に適した場所がなくなってしまう。
「ナーススへ向かう道を滑走路として使うため、切り株をこちらで撤去してもいいでしょうか?」
「問題ない。むしろ、切り株を撤去してくれるのはありがたい」
「良かったです」
スカイはすぐに了承を得られてホッとした。
恐らく、ゼノンがここにいれば反対した。
ワイバーンの離着陸場を作るわけにはいかないと。
好機だった。
「牧草地に代わる空き地も欲しいところです。南へ向かう道を作るのであれば、そこを同じように広く開けるか、広場のようにして貰えませんか?」
東と南に二カ所あれば、それぞれを離陸と着陸用にできる。
ワイバーンの接触事故も起きにくく、ドラッヘンにとって都合が良かった。
スカイは魔法の地図を出現させた。
「この辺りはどうですか? ついでに一帯を広場にしてしまえばいいでしょう。明るくなり、風通しもよくなると思います。伐採した木の置き場所にもなります」
ルフは考え込んだ。
「広すぎる。できるだけ自然環境を変えたくない。もっと小さくてもいいか?」
「構いません。あくまでも一案です」
ドラッヘン側としては小さくてもあればいい。
ない場合との差は歴然だ。
「休憩所も作ろうと思っている。その付近を広場にしよう」
「手伝います。伐採作業は得意なので」
「朝食は?」
「必要ありません」
「じゃあ」
ルフは昼食用に持って来た箱を魔法の巾着から取り出した。
「これを朝食にすればいい」
「ルフの昼食では?」
「一度戻ればいいだけだ。気にするな」
スカイは嬉しかった。ルフの心遣いが。
自分のための食事であっても、迷うことなく他人に差し出せる。
優しさと善良さがにじみ出ていた。
「大丈夫です。私が朝食に戻ります。広場の範囲を決めてください。先に伐採してしまいます」
「ありがとう」
「遠慮は無用です。互いに益があることですから」
二人は協力して木々を伐採した。
おかげで作業は短時間で済んだ。
「一旦、戻ります。朝食後に又来ますので」
「わかった。ありがとう」
「次はレオも来るかもしれません。邪魔かもしれませんが、見学したがると思います」
「大丈夫だ。逆に丁度いい気がする」
スカイは首を傾げた。
「丁度いい?」
「来ればわかる」
「楽しみです。では」
スカイは転移した。
「次の作業をするか」
すでに乾燥させてある木材を運び、休憩所を作る。
ルフも転移した。
「ルフー!」
スカイと一緒に来たレオはルフに手を振った。
「木の上で何をしているの?」
「ツリーハウスを作る」
ルフは休憩所を地上ではなく木の上に作ることにした。
「森は獣が出る。木の上の方が安全だ」
「なるほど」
スカイは納得したが、
「魔法で倒せばいいよね?」
レオはそう思った。
「魔法を使えない者もいる」
そうかとレオが思ったのもつかの間。
「浮遊魔法がないと上まで行けないよ? 階段をつけるの?」
「はしごをつける」
「はしごって何?」
王族ゆえに知らなかった。
「修理や掃除の時に使うものだ。高い場所だと手が届かないだろう?」
「浮遊魔法があれば大丈夫だよ?」
ルフは苦笑いをした。
「スカイに聞いてくれ。俺は作業で忙しい」
「兄上」
「見ていればわかるでしょう。楽しみにしていなさい」
「そうだね」
実を言えば、スカイもはしごを知らなかった。
昼近くになると、アデルがやって来た。
「あらあらあら! 素敵だわ!」
アデルはツリーハウスに目が釘付けだった。
「ここでお昼を食べたいわ!」
「まだ完成していない」
「そうなの?」
アデルの目にはすでに完成しているように見えた。
「屋根もあるし、手すりもあるし」
当然床もある。はしごも。
レオが上り下りを繰り返して遊んでいた。
「どこが完成していないの? 色を塗るということ?」
「滑り棒をつける。階段棒も。スカイがそのための棒を制作中だ」
スカイは魔力を使って細い木の皮を削り、長い棒を制作していた。
「滑り棒って? 階段棒も知らないわ」
ルフはしゃがみ込むと、木の枝を使って地面に絵を描いた。
「滑り棒は両手で掴まってぶら下がり、下に滑りながら降りていく。階段棒は足をかける場所がついていて、それを使って上に登れる」
どちらも階段代わりになるものだった。
「はしごがあるのにつけるの?」
「はしご以外の方法も常備しておく」
夜間は視界が悪く、はしごを使いにくい。
緊急の際には複数人が同時に昇ったり下りたりできるようにしたい。
滑り棒や階段棒がツリーハウスを補助的に支える柱にもなる。
「滑り台もつけるつもりだ。子供でも安全に下に降りられる。遊具として使いながら、避難訓練の練習もできる」
「とても素敵だわ!」
なんて素晴らしいアイディアだろうとアデルは思った。
「ルフは凄いわ! もしかして、あれが滑り台なの?」
アデルは作りかけの木造物を指差した。
「そうだが、そろそろ昼食だ。午後に仕上げる」
「もっと幅広にして頂戴。大人でも使えるようにして欲しいの。スノウさんだって使ってみたいのではなくて?」
「そうだな」
「母上、お昼にするの?」
「そうよ。皆、こっちに来るから」
ドラッヘン国王と騎士達はナーススへ向かう道の脇に並んだ切り株を撤去する作業をしていた。
天気がいいため、昼食は野外で取ろうと話していた。
「ルフも一緒に食べましょう!」
「わかった。ただ、俺は昼食を持って来た」
「見せて?」
ルフは魔法の巾着から箱を取り出した。
「ただのサンドイッチだ」
タマゴや野菜を挟んだものだった。
「ヘルシーそうね。これは私が貰うわ。ルフはドラッヘンの野営料理を楽しみなさい」
「……魔物の肉が出るのだろうか?」
今度こそ本格的な肉を食べるよう勧められるのではないかとルフは感じて身構えた。
「嫌なら食べなければいいわ。いくらでも他のものがあるわよ」
「良かった。俺にはスノウの世話がある。体調不良になりたくない」
「本当に素敵な婚約者ね! 愛だわ!」
やがて、作業にキリをつけたドラッヘン国王達がやって来た。
「ルフ! 離発着場の件だが、感謝する」
「俺は広くて明るい道を作りたかっただけだ。ワイバーン専用の場所とは思っていない」
「わかっている。我々が時々勝手に使うかもしれないというだけの話だからな」
騎士達がテキパキと昼食の準備を始めた。
「手伝おう」
ルフが申し出たが、
「いえいえ」
「大丈夫です」
「ゆっくりご歓談ください」
「時間稼ぎを頼みたいとも言います」
「ルフ!」
「ルフ~」
「騎士に任せておけばいいのよ?」
「こっちに来い」
ルフはドラッヘン王家に捕まった。




