172 植え替え競争
「ここに植えられているのは葉物野菜だ。普段は菜っ葉と呼んでいることが多いが、正式にはコルプス菜という」
オクルス周辺では一般的に栽培されているごくごく普通の葉物野菜。
生でも食べられる、栄養価も高く使い勝手もいい。
できるだけ沢山作っておきたい野菜の一つだ。
「適当に種を撒いて水を撒くだけで芽が出る。だが、放置しているとあっという間に虫がついて病気になる。そうならないよう適切な管理が必要だ」
発芽率が高いため、最初は筋蒔きと呼ばれる方法で一列に種を撒く。
現在は次々と芽が出て成長中。
このままだと栄養素を奪い合ってしまうため、間引きと呼ばれる作業で元気なものだけを残し、それ以外は取り去る。
「今回は二回目の選別だ。最初よりもやりやすい」
最初の選別はとにかく小さな芽が多くあるため、どれを残すか選びにくい。
二回目は選別する対象数が少なくなっており、育った葉の色つや、虫や病気のありなしで残すものが見分けやすくなる。
「大体だが五から六センチ間隔で良さそうなものを残す」
ルフは早速手本を見せた。
加速魔法はなし。
迷う様子もなく、小さなコルプル菜を次々と抜いていく。
「抜いたものも食用にできるが、さすがにまだ小さい。別の場所に植えてより大きくする」
畑には足場及び目印としての板が置いてある。
その板の側、何も植えていない場所に元気そうなものを植えていく。
「初心者は選別に手間取る。そこで俺が選別して抜いたものを植えるのを手伝ってくれると助かる」
溝を一列に掘り、五、六センチの間隔ごとにコプルス菜の苗を置き、土を被せる。
あるいは一つずつ穴を掘って苗を置き、根元に土を被せるのでもいい。
単純作業だけに加速魔法を使うと早く作業を終えられる。
注意点は魔法効果や魔力が土壌に残らないようにすること。
魔法で直接穴を開けたり土を被せたりするようなことはしない。
魔法をかけるのはあくまでも自分自身だけ。主に身体強化系の魔法であることをルフは説明した。
「質問があります」
早速スカイが言った。
「浮遊魔法を使うのはいいのでしょうか?」
「自分にかけるのは構わない」
「道具にかけるのは?」
「道具?」
ルフはシャベルに視線を向けた。
「シャベルを操って穴を掘るということか?」
「そうです」
「シャベルの先に効果や魔力がかかるのはよくない。持ち手の方にかけて操作するなら問題ない」
「浮遊魔法は全体にかかるので難しいですね」
スカイは考え込んだ。
「普通に手に持って掘ればいいだけですけれど?」
スノウはなぜスカイが考え込むのかわからなかった。
「取りあえず、一列だけでも選別しないと植え替えるものがありません」
「手早く俺が済ませる」
「私は逆の方からしましょうか?」
「中央から始めよう。端についたら声をかけてくれ」
「勝負ですね!」
ルフとスノウはカゴを持つとコプルス菜が植えられている場所の中央まで移動した。
「始め! 《風速》!」
「《光動》!」
加速魔法が瞬時に発動。
二人の動きは驚くほどの早送り状態になった。
「加速魔法を使って農業をする者を初めてみました」
「僕も」
思わずつぶやくスカイとレオ。
加速魔法は誰でも習得できるような魔法ではない。
使えるほどの技能があるなら農業以外の仕事をする。それが常識だ。
「なかなかの速さです」
「スノウ、頑張れ!」
ルフの方が作業に慣れているため、時間が経つほどその差がつく。
先に端へ到達したのはルフだった。
すぐに籠の中身を取り出し、植え替えるものと破棄するものに選別し始める。
「終わりました!」
やがて、スノウは大きな声で知らせると、ふうっと大きく息をついた。
「この前よりも選びやすい気がしましたが、まだまだ数が多いです」
「スノウは丁寧に抜くからな」
「元気のない葉っぱが結構ありました」
「肥料が少ないのかもしれない」
スノウはルフの見様見真似で自分が取ってきたものを分け始めた。
「確かに葉色が悪い」
スノウが選別したものを見てルフが言った。
「病気でしょうか?」
「破棄したくないなら、魔法栽培用にすればいい」
「いいえ。自然界の掟ですから。ごめんね、コルプス菜ちゃん。土に還ってください」
「それは燃やす。病気かもしれないからな」
「診てみます」
スノウは破棄予定のコプルス菜を診察した。
「栄養不足です。肥料をあげたら大丈夫そうですけれど?」
「肥料にも限りがある。自然界の掟を優先する。その方が種も良くなっていく」
「わかりました」
ルフとスノウの作業を見学者達はまじまじと見つめていた。
世界には魔法文明が発達した国が多くある。
アヴァロスもその一つ。
だが、加速魔法以外についてはまさに原始的ともいえる農業。
魔法を使えない人々であっても様々な魔法機器を扱うのが当たり前だという感覚から見れば、全てを手作業でしていることも驚くべき点の一つだった。
「ルフ、廃棄するのを燃やそうか?」
ジークフリードが声をかけた。
「ここでは燃やさない。畑の周囲にも魔力が残存しないようできるだけ注意したい」
「そうか。気が付かなかった」
「修道院にある焼却場なら問題ない。だが、他の植物と一緒に普通に燃やす。灰も役立つ」
「肥料にするということか?」
「草木灰と言って土壌の成分を調整する役割がある。多すぎても駄目だが、適度に撒くのはいい」
選別が終わった。
「よし。これをまた植える」
「次こそは負けません!」
スノウはやる気満々だった。
「私も手伝います」
スカイが申し出た。
「魔力汚染を気にしているようなので、加速魔法だけ使います」
「わかった」
念のため、ルフがコプルス菜の苗を一つ植えてみせた。
「こんな感じだ」
「簡単ですね」
「俺は間引きをしてくる。後は頼んだ」
「えっ!」
スノウは驚いた。
「勝負しないのですか?」
「スノウとスカイですればいい。初心者同士で丁度いいだろう」
「初心者を侮り過ぎでは?」
スカイに競争心があるのは明らかだった。
「一回だけでも勝負してください」
「ただの農作業だ。勝負にこだわる必要はないが?」
「楽しく作業をするためです」
「僕も勝負する!」
レオもやりたいと言い出した。
「苗がすぐになくなりそうだ。やはり俺は間引く方をする」
「ルフと競争したいです」
スノウは諦めなかった。
「こっちの方が勝てると思って、さっきは下位にしたのに」
「仕方がない。間引く方を手伝ってやろう。ルフはスノウ達と作業をすればいい」
ジークフリードが申し出た。
「一定の間隔で引き抜けばいいんだろう?」
「生育状態が良いのを残して欲しい。大丈夫か?」
「人を見る目はある。コプルス菜も同じだ」
全然違う。
あえてそう指摘する者はいなかった。
「オルフェスもやるか?」
「一メートルだけなら」
兄の支えるのが自らの役目だと豪語するオルフェスだが、農作業には乗り気ではなかった。
「見る目を養う修練だぞ?」
「そう思っているのは兄上だけだ」
「では、私もお手伝いしますわ」
王妃であるにもかかわらず、アデルがニコニコしながら申し出た。
「私も見る目はある方ですのよ? おかげで素敵な夫と出会えました」
「土は苦手だ」
ドラッヘン国王は風使い。
土というだけで苦手意識があった。
「じゃあ、間引きと植え替えに分かれて作業しよう」
ルフは一度だけ植え替えの勝負に参加し、その後は間引き作業へ移ることにした。
第一回コプルス植え替え競争の参加者は四人。
ルフ、スノウ、スカイ、レオだ。
一人一列。小型のシャベルで穴を掘り、一つずつ植えていく方法に統一することになった。
「父上、開始の合図を出してくれませんか?」
スカイが頼んだ。
「わかった。では、配置につけ」
四人はコプルス菜を入れたカゴと小型シャベルを持ち、列の端に並んだ。
「加速魔法は発動言つきにしてくださいね。フライング禁止のためです」
スノウが注意した。
「えー!」
レオは不満そうな声を上げた。
「絶対フライングしないから、無詠唱じゃ駄目?」
「駄目です。開始してから発動言というのがいつものルールなので」
「兄上はそれでいいの?」
「私は構いません。隠しているわけではないので」
スカイは余裕とも言える笑みを浮かべていた。
「兄上がいいならいい」
「そろそろ行くぞ?」
四人が真剣な表情で構えた。
「始め!」
「《雷速》」
四人の中で最も速く魔法が発動したのはルフ。
雷属性の魔法は元々発動までが早いという特性がある。
微々たる差だが、レベルの高い勝負ほど重要性が増す。
一瞬の差が勝敗を決めることもあるからだ。
「《雷迅》!!!」
二番手はレオ。
雷属性における特級加速魔法。
魔法自体はルフよりも上位だが、熟練度の差で後れを取った。
「《音速》」
三番手のスカイは高等魔法。
余裕の笑みを浮かべていた理由は誰よりも上位の魔法を使用できる自信があるから。
発動後は高等魔法だからこその加速が得られる。
「《光速》!」
四番手はスノウ。
先ほどはルフに敵わないと思い下位魔法にしたが、今度こそはという思いを乗せて上級加速魔法にした。
最も速そうな印象を受けるが、光と同じ速さで移動できるわけではない。光属性の加速魔法という意味の名称だ。
ただ、魔法学においては光属性が最高に速いと言われているだけあり、熟練度がさほどない状態であってもかなりの速さを出せる強みがある。
「容赦ない」
たかが農作業。
だというのに、高等魔法と特級魔法を出し惜しみすることなく使う息子達の本気度にドラッヘン国王は嘆息した。
常識的に考えれば、慣れない作業であっても魔法の差を覆せない。
スカイが一位、二位がレオになるはずだった。
だが、父親の予想は覆された。
一位はルフ。スカイは二位だった。
「なぜ?」
スカイは自身が一位になると信じて疑わなかった。
それだけに、先にルフが作業を終えたことに違和感を覚えた。
集中していたせいでルフの作業が見えなかったからこそ、負けた理由もわからない。
「作業に慣れているからだ」
ルフは全力で作業をしただけ。それに尽きる。
「父上は見ていたはずです。理由をおわかりでは?」
「作業の位置取りだ」
ルフは常に中央。左右において作業していたため、一度の移動で植えるコルプス菜の数が多かった。
スカイは左寄り。自身から見て左に植えるのは一つのみ。右だけを多く植えるようにしていた。
「やや遠い場所に植える際、体勢が安定するよう魔力を使っていたようにも見えた」
スカイは無理な体勢をすることなく作業をしていたが、ルフは違う。
魔力で自身の体を支え、体勢が悪くても作業ができるようにしていた。
「一番の理由は両手で作業をしていたからだろう」
スカイは右手だけで全ての作業を行い、左手はカゴを持っているだけだった。
ルフはカゴを浮かせ、右手に持ったシャベルで穴を掘ると同時に左手で苗を取り、置いた後は左右から土を寄せて仕上げた。
左右の手による分業は驚くほどの効率の良さにつながった。
「細かい部分はよくわからないが、見た感じではそのような部分で差がついたようだ」
「両手でしたか」
スカイは大きく息を吐くと、ルフを見て微笑んだ。
「完敗です」
「重要なのは勝敗じゃない。手伝ってくれたことだ。とても嬉しい。ありがとう」
勝敗にこだわっていたスカイは、心においても負けたと感じた。
「ゴールです!」
スノウが終わった。
「ルフもスカイも信じられないほど早かったです!」
「スノウも早い。ゴーレムと比べればその差は歴然だ」
「ゴーレムと比べられても……」
「レオはまだですね」
特級魔法を行使できても、植えるスピードが遅ければ結果に響く。
「嘘だー! 僕が最後なんて!」
ようやくゴールしたレオは半泣き状態だった。
「修練と経験不足です」
「うう……」
レオは兄に抱きつくと泣き始めた。
「頑張りましたね」
スノウが優しく声をかけた。
「レオは偉いです。一人になっても最後までやり遂げました。それは勝つことよりも意味があると思います」
レオの涙が止まった。
「スノウは優しい。大好き」
「優しい人は沢山います。ルフだってとても優しいですよ?」
レオにじっと見つめられたルフは苦笑した。
「甘いものは好きか? 昼食時にデザートを出そう」
子供は甘いものが好きという単純な発想からの提案。
レオは子供扱いされたと感じた。
とはいえ、実際に子供。甘いものが好きなのも事実。
「黒鳥カップケーキが食べたい」
スノウに譲った菓子を買いに行けということではない。ルフを困らせたいという気持ちからのリクエストだった。
「カップケーキか。わかった」
あっさりとルフは了承した。
「ただ、俺が作ったやつになる」
「私も食べたいです。三番には出ないのですか?」
今度はスノウがルフをじっと見つめた。
「小さめにして数を増やすか」
ルフはジークフリードの方を見た。
「ジーク、騎士は何人いるんだ?」
「二十人だ!」
動かしやすく守秘義務についても信用できるジークフリードとオルフェスの護衛騎士を招集した。
「それならまあ……大丈夫か」
「昼食を用意してくれるのか?」
「冷凍ものになるがいいか?」
「構わない」
「だったら用意する」
ジークフリードが通信機で周辺にいる騎士達に通達すると、喜びの声が続々と返ってきた。




