016 魔剣と魔眼
夕食の準備が始まった。
ルフとヴェラはキッチンへ行き、スノウはテーブルの上のセッティングを始めた。
ジークフリードはゼノンと共に庭を見ながら食前酒を楽しむ。
「こっちは何を植えているんだ?」
「色々ですね。ハーブもありますし、食べられるお花や野菜もあります」
答えたのはスノウだった。
「花も食べるのか」
「美味しいですよ」
スノウはにっこりと微笑んだ。
「ここだけでは足りないだろう。他にも農作物を作っているところがあるのか?」
「裏にも畑がありますし、今は村中の畑を管理しています。農作物が食べきれないほどあるので、オースの町へ売りに行きました」
オースの町は近隣にある村から農作物を購入している。
強盗団が出た影響で輸送時の不安が広がり、その結果農産物の値段が急騰した。
だが、ルフとスノウで大量の農作物を売りに行ったため、農産物を扱う業者が全て買い取ってくれた。
強盗団に放火されたオクルスからの輸送もあるということが広まれば、元通りになりつつあるということで不安が解消され、農産物の値段も落ち着くだろうと感謝された。
「果物は特に人気でした。野菜よりも供給量が少ないので」
野菜の中には一年間に複数回収穫できるものもある。
だが、果物の収穫は一回だけ。
村で消費されてしまう分を差し引かれると、町へ出回る分は少なく値段も高くなる。
ところが、今のオクルス村にいるのは二人。収穫しても消費しきれない。
大量に売ったことを喜ばれただけでなく、取り扱い業者が収穫を手伝いに来てくれた。
「荷馬車で来てくれたので運ぶ手間も省けました。その分を考えて割り引きにしたらとても喜んでくれました。ぜひ、来年も取引したいと言ってくれました」
「良かったな」
そこへヴェラがビンとつまみを持ってきた。
「チーズとハムです」
「これも作っているのか?」
「それは町で買ったものです」
農産物を売ったお金で、村では手に入らないものを買って来た。
「夕食は肉なしか?」
「大丈夫です。ルフは狩りができるので」
「なるほど」
「卵はオースの町でヴェラが買って来てくれます」
「王都じゃないのか?」
「価格差が半端なくて。王都は倍以上します」
ジークフリードはヴェラの持ってきた水のボトルに気づいた。
「水も買っているのか?」
「ジーク様用です。ここは自然が豊かで水も綺麗です。でも、合わなくてお腹を壊す可能性もあるので、ヴェラに買って来て貰いました」
「気を遣わせてしまったな」
「おもてなしの一つですから」
ジークフリードは少し考え込む。そして、
「次回は普通の水でいい。私の能力は身分の関係で秘匿されているが、光属性であることは知られているだろう? 治癒魔法も使える」
スノウはポカンとした。完全に初耳だ。
「そうだったのですね」
かつて、診察ができると聞いたことをスノウは思い出した。
よくよく考えれば、治療行為ができないのに診察だけ学ぶのもおかしい。
何かしらの治療行為ができると考えるのが自然だった。
「重篤は無理だが、軽度であれば治せる」
「それなら大丈夫そうですね」
スノウは頷いた。
「でも、体調が悪かったら言ってください。自分で治したとしても、何もなかった時と同じではありませんから」
「そうだな」
ジークフリードは嬉しかった。
スノウの優しさと気遣い。何よりも理解が。
自分で診察も治癒もできれば便利だ。王太子が不調ということで騒がれることもない。
だが、ジークフリードも人間だ。体調が悪い時もあれば、病気にかかることもある。怪我をすることもある。
診察も治癒魔法も魔力を使うため、かなり疲れてしまう。
魔法薬で体力や魔力を回復することができても、精神的な疲労感はなくならない。痛みを感じた記憶も。
魔法で治っても、健康で何もなかったのとは違うのだ。
そのことを理解してくれる者は極めて少ない。
治癒魔法を使える者が少ないゆえに、自分で自分を治すとどうなるのかが本当の意味でわからないのだ。
「手伝ってくれ」
ルフがワゴンを押して来た。
次々と鍋や容器をチェストの上に置く。
「いい匂い!」
ヴェラのテンションが上がった。
ルフがスープをよそうとヴェラが運ぶ。
スノウはプレートに料理を盛りつけていた。
「ゼノン、サボる気?」
「わかっています」
ゼノンはグラスを置くと、各自の席にあるプレートにパンを置いた。
「同じ皿に全部盛り付けをするのか」
「ここではそうです。洗い物が増えないようにしています」
「洗い物はスノウの担当だから」
「スノウの負担を減らすためだと思ってください」
配膳が終わると、いよいよ乾杯だ。
用意されたのは町で購入した地元のワインとブドウジュース。
「スノウとオクルス修道院に乾杯!」
ジークフリードは長々と前振りをする気はなかった。
短くまとめて乾杯すると、食事が始まった。
「美味いな。薄めの味付けだが、悪くない」
「塩もあります。お好みでどうぞ」
「スパイスが効いています。健康のためにはこのままがいいのではないかと」
「優しい味で私は好きだわ。これに慣れると王都の味は濃すぎて」
「口に合わなければ残してくれて構わない。おかわりは自分で自由に取れる」
「グラタンが絶品だわ!」
しばらくすると、ゼノンが席を立った。
普段から無口かつ忙しい職種だけに食べるのが早い。
「グラタンを残しておいてね!」
ゼノンは真っ先にグラタンを盛りつけた。
一番人気はグラタンに決定だった。
食事が終わると、スノウとヴェラは二人で後片付けを始めた。
「キッチンで洗いものをしてきます」
「お手伝いと女子会です」
「こっちは男子会と魔剣鑑賞会だ」
ジークフリードは魔法の巾着袋から黒い剣を取り出した。
「触ってもいいぞ? 特殊な魔法で封印してある」
ルフは触らない。机の上に置かれた黒い剣をじっくりと見つめた。
「何か感じるか?」
「他の属性と違うのはわかる。もしかして……闇なのか?」
「そうだ」
ジークフリードが持ってきたのは闇属性だと言われている魔剣だった。
測定器では闇属性があるかどうかを調べることはできない。
ルフは光属性の反応がなく、それ以外の属性は全て反応がある。
しかも、簡易測定器では強と出るほど強い。
もしかすると闇属性の反応もあるかもしれないと考え、魔剣を持ってきた。
「他には?」
「別に」
ルフはそう答えたが、その視線は剣に注がれ続けていた。
「本当に黒いな。珍しい」
「そうだな」
「だが、本当の色じゃないかもしれない」
ジークフリードとゼノンは驚いた。
「何かわかるのか?」
「些細なことでも構いません」
「そうじゃない。ただ、昔これと同じような黒い剣を旅人が見せてくれた」
「ほう」
「オクルスに来た旅人ですか?」
「子供の時、森で会った」
森で迷った、ここはどの辺りかと尋ねられた。
ルフはオクルスの村だと答えた。
その時に旅人の持つ黒い剣が気になっていると、礼だといって見せてくれた。
「刃まで全て黒いのは珍しいと思った。なぜ黒いのか聞いたら、本当の色ではないかもしれないと言って笑った。それが印象的で覚えていただけだ」
「確かに珍しいな」
「似ているというのは色だけですか? 形や大きさは?」
「もっと小さな剣だった」
「ショートソードですか?」
「詳しくは覚えていない。ただ、黒い剣だった」
「これに魔力を込めて見てもいいぞ」
ジークフリードはごく普通にそう言ったが、ゼノンは眉間にしわを寄せた。
「さすがにそれは」
「部屋にも結界を張った。大丈夫だ」
いつの間にと思いつつ、ルフは首を横に振った。
「やめておく。部屋に結界を張ったということは何かあるかもしれないということだろう? スノウがいるのに危険なことはしたくない」
ルフにとっては当然の選択だった。
だが、ゼノンもジークフリードも驚いた。
ルフは魔法剣に興味がある。ならば、魔剣にも興味を示すに決まっている。
触れていい、魔力を流してもいいと言われれば、普通は飛びつく。
だが、ルフは違った。
触らない。見るだけ。魔力も込めない。
それは魔剣に対して警戒し、常にスノウの安全を考えているから。
それがよくわかる言葉だった。
「そうか。まあ、欲しいと言われても困るからな」
ジークフリードは苦笑しながら魔剣を巾着にしまった。
その後は魔眼の話になった。
「ルフは感情が高ぶると瞳が光り、色が変わるそうだな? それは魔力を宿す瞳、魔眼と呼ばれている」
魔力を持つ者はそれなりにいるが、基本的には体全体に宿している。
魔力が放出されるのも一カ所ではなく、体全体だ。
だが、強い魔力があると、体のどこかに魔力が集まりやすくなる。
「子供の頃は体が小さく頭が大きい。そのせいで頭に魔力が集まりやすい。魔力が高い子供の感情が揺れると瞳が光るのは珍しいことではない」
王族や貴族には強い魔力持ちが多いため、瞳が光るような状態になってしまう者がいる。
それは普通ということで、魔眼とは言わない。
魔眼というのは、元々の目の色が完全に別の色に変わることだけを指す。
「人間にとって視覚は重要だ。自然によく見ようとする意識が働く。そのせいで魔力が集まりやすく、負担も大きい」
そのままにしておくと集まった魔力に目が耐えきれなくなる。
視力が落ち、最悪の場合は失明する可能性がある。
そのまま魔力が暴発してしまう恐れもある。
そこで、短時間だけに留めるようにする。
精神を落ち着け、魔力を分散させ、光らないように抑え込むようジークフリードは説明した。
「それからもう一つ。私も瞳の色が変わる」
ルフは驚いた。
「赤くなるのか?」
「オレンジだ」
ジークフリードは金髪碧眼。
青からオレンジに変わるため、魔眼持ちということだ。
「私の両親は青い瞳をしている。それだけに、生まれたばかりの私の目の色がオレンジだったので驚いたそうだ」
親の遺伝による瞳の色と魔力を宿した瞳の色は違う。
すぐに魔力のせいだとわかればいいが、瞳の色が違うせいで自分の子供ではないと思ってしまう者もいないわけではない。
「瞳の色まで変わる者は極めて稀だ。任意ではあるが、一度王都で調べないか?」
「目を?」
「いや。王宮にある高度測定器の属性検査と魔法医による健康診断だ」
ルフの目を調べたところで、魔力が強く目に集まりやすいことと魔眼だということしかわからない。
そこで高度測定器で属性検査を行い、自分の魔力がどの程度なのか、どの属性が強いのかを知っておく。
自制心をうながし、魔力をうまくコントロールするための基礎知識にするためだ。
加えて魔法医の診察を受ける。
これは通常の健康診断とほぼ同じ。魔力保有者に多い病気がないかどうかも調べることができる。
「魔力保有者はそうでない者よりもかかりやすい病気がある」
有名なのは悪癌種。
異常細胞ができてしまう病気だ。
魔力が関係するのか、魔力保有者の方がなりやすい。
初期なら外科手術か治癒魔法で治る。
だが、異常細胞の塊が血管まで到達すると、体全体に悪癌種が広がってしまう。
そうなってしまうと治療の難易度が一気に上がる。
なんとか治療できたと思っても、一定期間が経つと再発してしまうこともある。
「悪癌種を治せる治癒士は極めて少ない。どれほどの状態でも完治させることができ、二度と再発させないと言われるほどの凄腕がいたが、魔力が一になってしまった」
スノウのことだった。
「脅すわけではないが、強い魔力持ちでこれまで何もして来なかった。一度、魔法医の診察を受けた方がいい。もし何かあればすぐに治療させる」
「さすが王太子だな。凄い特権だ」
「違う。王太子に魔法治療の優先を命じる特権はない」
特権があるのは国王。王太子ではない。
「だが、持つべきものは友と言うだろう? 個人的にこっそり頼む」
「なるほど」
「強制はしない。任意だ。対価はスノウの面倒を見ることでいい。私は立場上、表立って動けない。王位継承権を失うと、スノウとの婚約を拒否した弟が国王になる。アヴァロスは終わりだ」
「それほど酷い者なのか? 王族だろう?」
「所詮は人間だ。自分さえ良ければいいと思う者はゴロゴロいる。王宮にも」
ジークフリードは深いため息をついた。
「やはり泊まりたい。ここに泊まると体の調子が良くなると聞いた」
ヴェラいわく、癒しの場所。
元聖女がいるだけに、聖地とも。
「無理です。時間になれば迎えが来ます」
ゼノンが却下した。
「男性用の客間があった」
「私が使います。泊まるつもりで来ました」
やはりそうかとジークフリードは思った。
ベッドがあるだけの部屋だが、枕カバーが紫色だった。
ゼノンが好きな色ということを考えれば、それとなく察する。
客間といいつつ、ゼノンの部屋なのだと。
「今夜だけ代わってくれ」
「できません。ルフに王都の一般常識を教えないといけません」
「私が教える」
「王太子殿下が? それこそ無理です」
「お前こそ無理だ。常識人のふりをしているが、普通じゃないのは知っている」
「私の方がましです」
「私の方がよっぽど常識人だ」
「俺のベッドでよければ貸すが?」
雲行きが怪しいと感じたルフが提案した。
「ルフはどうする?」
「談話室のソファで寝る」
「だったら私がソファを使おう。毛布もいらない。結界で温度調整ができる」
「結界……そうか!」
ルフは気づいた。
魔力で室温を調整するのは難しいと思っていたが、それは空間を仕切っていないから。
結界なら空間を仕切ることができる。
結界の中だけ温度を調整すればいい。結界のおかげで長く温度を保てる。
「どうした?」
「結界を覚えたい。スノウが風邪をひかないよう部屋の温度調整がしたい」
ジークフリードは笑みを浮かべた。
「すぐに教えてやろう。簡単だ」
ジークフリードは初歩だという簡単な結界術と温度調整のコツを教えてくれた。
ずいぶんイメージが違う……。
想像とはまったく違う王太子であることにルフは驚いていた。
気さくで話しやすい。ゼノンよりも温かい感じだ。
「これで宿泊料は払った」
「無駄です。オリバーとノールドが許しません。連行されます」
そして、ゼノンの予想通りになった。
オリバーとノールドは魔法で王太子を捕縛し、転移魔法で連れ帰った。
「……魔法騎士は凄いな」
王太子を捕縛した。何のためらいもなく。
相変わらず不敬だなとつぶやく王太子に、国王の許可があると返して黙らせた。
「二人は王太子付きに選ばれるほどの実力者です。どのような事態や状況にも対応できます」
王太子が帰りたがらなくても平気。対応できるというわけか。
ルフは納得した。




