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聖女からの大降格  作者: 美雪
第八章 

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145 面会希望



「スノウが面会を?」


 執務室で書類処理をしていたジークフリードはオルフェスに顔を向けた。


「十七時一分以降に?」


 オルフェスも眉をひそめてジークフリードを見返した。


 官僚に合わせた建前上の時間ではあるが、執務の終了時間は十七時に設定されている。


 スノウがそれ以降に面会をしたいということは、仕事の要件ではないからだと思われた。


「……ゴードンのことかもしれないな?」


 ゴードンはアヴァロスにいない。


 戦後会議に出席する使節団の一員として派遣されていた。


 数日で戻ることになっていたが、午後になって滞在が伸びるという連絡があった。


「まあ、素直に賠償に応じるわけがない」


 アヴァロスは戦争に勝ったが、相手側は無条件で降伏をしたわけではない。


 あれこれ条件をつけていた。


 その一つが降伏ではなく、話し合いに移るために戦争終結するというもの。


 敗戦国としての負担を避けるための言い訳だ。


「面会はする。先に応接室に通してくれ。数分程度は遅れるかもしれない」

「わかりました」


 オリバーがドアを閉めた。


「数分? 転移で行けば待たせることはないが?」

「魔法に頼り過ぎるな。運動不足にならないよう歩いていく。それよりも十七時までに書類を処理するぞ。《光速範囲》!」


 テキパキと書類を処理するための加速魔法がかけられた。


 早速魔法に頼っているわけだが?


 そう思いつつ、オルフェスは補佐業務をテキパキと再開した。





「面会を許可していただきありがとうございます!」


 十七時数分過ぎに応接室へとやって来たジークフリードとオルフェスを見て、スノウは笑顔で挨拶をした。


 これまでに見たことがない白い服装で、薬師と魔法医のバッジをつけている。


 隣にいるのはゼノン。


 護衛として立っているはずが、直前までスノウの隣に座っていた。


「気にするな。友人だろう?」


 スノウは私的なことで相談に来たことに加え、ゼノンも護衛ではなく友人として同行しているのだろうとジークフリードは思った。


「固いことは抜きにしよう。座ってくれ。二人共、茶はいるか?」

「いりません」

「同じく」

「護衛を立ち会わせてもいいだろうか? 話の内容によってはその方が良いかもしれないと思うのだが?」

「問題ありません」


 部屋の中に護衛騎士が待機するのは問題ないとスノウは答えた。


 ジークフリードとオルフェスは着席すると、早速スノウの要件を尋ねた。


「ゴードン様のことです。いつ頃戻られるのでしょうか?」

「明日、連絡しようと思っていた。滞在が伸びるらしい」

「そうですか」


 スノウは残念そうな表情になった。


「それだけか?」

「他にもあります」

「討伐団のことか?」


 討伐会議の後、王宮魔導士団長は魔物討伐への参加者を募集した。


 あくまでも任意の申込になるため、参加日は欠勤扱い。但し、有休が残っている者は振り替えられることにした。


 年中忙しい魔導士は有給が溜まりに溜まっている。


 魔物討伐に参加する気も有給を使う気も満々な者の申し込みが殺到し、王宮魔導士団長の予想を完全に裏切る結果になった。


 神殿はすでに支援団を派遣した実績があるため、何かあれば王宮魔導士団からの参加者を優先することにもなったが、監視体制中だけに危険な状況ではない。


 時々地震が起きて崩れる土塁の補修を行い、その都度脱走した魔物を討伐するだけだった。


「討伐団のことではありません」

「ルフのことか?」


 ルフは休養としてオクルスに戻ったが、農作業の準備やローイによる魔法修練の忙しさから王都に戻って来ていないことをジークフリードとオルフェスは把握していた。


「魔法のことです」

「光魔法のことか?」

「そうなのです。上達しなくなってしまって」


 スノウは困り切った表情になった。


「少しは扱えるようになりました。でも、今は全然です」


 スノウは魔力調整ができるようになったため、知識だけだった光魔法を試してみようと思った。


 魔力が少ないせいで調整しやすく、始めの一歩どころか数歩以上を一気に進めることができた。


 周囲にいる者達に助言を受けたおかげでもある。


 だが、スノウとしてはもっとうまく扱えるようになりたい。


 そこでジークフリードにも助言を求めに来た。


「どの魔法だ?」

「取りあえず、加速魔法と浮遊魔法と身体強化です」


 いきなり三つか!


 取りあえずじゃないだろう!


 ジークフリードとオルフェスはそう思わずにはいられない。


「まずは庭まで加速魔法を使って移動してみよう。タイミングを見るため、発動言を有にして欲しい。現時点の実力を見る」

「わかりました」

「ゼノンとオルフェスもだぞ? スノウに負けたら笑うからな?」

「負けない」


 オルフェスは真剣な表情で答えた。


 ゼノンは無言だが、負けないことを確信している表情だった。


「ゴールは庭のどこでしょうか?」


 オリバーが尋ねた。


「ベンチの所にしよう」

「わかりました」

「じゃあ、いくぞ! 《光速》!」

「《光速》」

「《雷速》」

「《光動》」


 四人は自分に加速魔法をかけた。


 護衛達も当然同じ。置いていかれるわけにはいかない。


 加速魔法による徒競走が始まった。


 一着は護衛騎士のオリバー。


 最初だけにドアを開ける動作もしなければならないが、ダントツだった。


 二着はアルト。


 オルフェス付き筆頭は伊達ではない。


 加速魔法を得意にしており、オルフェスの世話を細々とするために加速魔法を使うことでより鍛えられていた。


 三着はゼノン。


 魔法学において最も速いのは光。次が雷。


 だが、現実的には個人の能力差により、雷属性の加速魔法の方が速くなることをまさに証明した。


 四着はノールド。少し後れてクラース。


 ジークフリードは六着。

 

 より多くの者を対象に継続してかけるという意味においては魔眼持ちのジークフリードに敵う者はいない。


 だが、今は魔眼なしかつ単体勝負。修練不足の差もはっきりと出た。


 騎士達が護衛対象に負けるわけにはいかないという意地を見せたのもある。


 問題は誰が最後かということ。


 普通に考えればスノウだが、オルフェスとほぼ同着だった。


「速いな……」

「下位だぞ? 驚いた!」


 オルフェスは上位の加速魔法を使用したが、差をつけられなかった。


 それだけスノウの能力が高い証拠だ。


「十分だと思うが?」


 もっと修練しようとオルフェスは決心しながらそう告げた。


「そうだな。十分速い気がする」


 加速魔法は使い手の能力次第で速度が増していくため、同じ魔法でも速度が変わる。


 全員が一定の速度しか出せないわけではない。


 だが、スノウは下位魔法で上位魔法に匹敵する速度を出していた。


 下位魔法の上限に近い可能性があるのではないかとジークフリードは感じた。


「今以上を目指す場合は上位の加速魔法を使わないとではないか?」

「そうしたいのですが、使えないのです」


 スノウとしては上位加速魔法を使用したいが、不発になってしまう。


 周囲にいる加速魔法の使い手達も、魔力不足のせいではないかと考えていた。


「魔力の回復は止まっている状態です。まだまだ少なく、昔には及びません。なので、魔力量がないということであればどうしようもありません。でも、別の理由だったらと思って」

「オリバー、他に理由があると思うか?」


 困った時のオリバー相談。


「いくつかあります」


 スノウは魔力が少ないため、節約して使おうとする。


 そのせいで魔法の発動率や効果を自然に抑制してしまっている。


 魔力の性質的な理由も考えられる。


 スノウは強い光属性の魔力だが、治癒特性を持っている。


 その特性があるからこそ、別の光魔法への相性が良くないのかもしれない。


 オリバーの説明を聞いた全員がなるほどと思った。


「初見としては、このような部分において注視して確認してみてはどうかと」

「初見とは思えない鋭さだ!」

「さすが、オリバー様です!」


 ジークフリードとアルトは今にも拍手しそうな勢いで褒めちぎった。


「でも、節約しないと効果時間が短いです。結果的に移動できる距離に影響しますよね?」


 速度を上げることによって短時間で移動距離を伸ばすことはできるが、負担が多く魔力切れも早い。


 節約すれば負担が少なく魔力切れもしにくいが、時間に対する移動距離が縮まる。


「まあ、どちらがいいのかは人それぞれだからな」


 無理して上位魔法を使うよりも、下位魔法の方が速い場合もある。


「今日は馬車で来たのか?」

「いいえ。ゼノン様と歩いて来ました。加速魔法を使って」

「なるほど。浮遊魔法も合わせるとより近道ができるな」

「そうなのです。浮遊魔法も悩んでいます。時間が短くて」


 いつ切れるかの予想がしにくいため、落下に備えて身体強化をしている。


 そうすれば突然浮力を失っても怪我をしない。


「安全を考えて修練しているのは素晴らしい。独学だと必ずといっていいほど見落としがちな部分が出て来るからな」

「周囲にいる方々にも教えていただいています。でも、本当はゴードン様に浮遊魔法を習えればと思っています」

「ゴードンなら何でもこなせるからなあ」


 スノウが教わりたいと思うのは当然だ。


 誰もがゴードンに習いたいと思う。


 ゴードンが教えてくれるかどうかは別だが、スノウであれば教えてくれるに決まっていた。


「浮遊魔法も見てみるか。浮いてみて欲しい」

「はい! 《光の翼》!」


 スノウの背中に輝く小さな翼があらわれた。


 パタパタと翼を動かして浮遊していく。


 だが、三階に到達しそうな地点まで上昇すると、突然翼が消えてしまった。


「危ない!」


 ジークフリードと護衛騎士達はすぐにスノウへ浮遊魔法をかけた。


 おかげでスノウは無事ゆっくりと着陸できた。


「ありがとうございます。でも、身体強化の魔法があるので、この程度の高さなら大丈夫です。体のバランスを戻して足から着地すればいいので」


 スノウは騎士のように体を鍛えて来たわけではないため、身体能力が低く、空中でバランスを取るのが難しい。


 防御魔法にすると頭から落下する可能性が高いため、そうならないようあえて身体強化魔法を活用することにした。


 ゼノンに教えて貰いながら練習を重ねた結果、三階から落ちた程度なら問題なく対処できるようになっている。


「質問です。加速魔法の際にも身体強化魔法をかけていたのですか?」


 オリバーが尋ねた。


「あっ! すみません。ついクセで……発動言つきで言わないとでしたよね」


 スノウは加速魔法や浮遊魔法の際には身体強化魔法もかけていた。


「身体強化もしていたのか」


他の者達はあくまでも加速魔法だけ。身体強化魔法はかけていなかった。


「もしかすると、そのせいかもしれません」


 加速魔法・浮遊魔法・身体強化魔法を重複してかけることは普通にある。


 だが、多くの魔法を自分にかけると各魔法を細かく調整しにくくなり、不具合が起きる確率も高くなる。


 多重結界が極めて高度な結界であるように、バランスを調整しながら魔法を多重がけするのは難しい。


「属性は光で同じですが、多重がけをしているせいで各魔法のバランスが崩れやすいのかもしれません」


 効果が消失する前に調整できればいいが、あっという間に消失してしまうと発動からやり直しだ。


 どの魔法が消えるのかはスノウの能力次第。


 苦手なものほど消えやすい傾向が強いことをオリバーは説明した。


「そうかもしれません。この三つの中では浮遊魔法が一番苦手なのです」


 使う機会が限られるため、修練回数が少ない。


 浮遊に対応した服装をしていないと困るのもある。


「浮遊魔法の修練をもっとしないとですね」

「単体で練習するのが基本です。安全面は指導員が見るものなので」

「浮遊魔法は有用度が高いのでもっと練習します。緊急時にも役立つと思い、魔法医の制服をドレープのあるワイドパンツと呼ばれるものにしたぐらいです」

「それは魔法医の制服だったのか」

「そうです」


 元々は男女兼用にできるようズボンにしようと思ったが、女性らしさを感じられる衣装でないと認められないと言われ、裾の部分を広げることにした。


 そのおかげで女性らしさが感じられる機能的なズボンになった。


「神殿総監の制服は着ないのか?」

「着ません」


 ラフターはいかにも立派に見えそうな豪華なローブを制服にしていたが、スノウは華美な衣装を普段着にする必要はないと判断した。


 魔法医として第二予診を行うため、機能的で医者らしい服装がいい。


「どうですか? 魔法医っぽく見えますか?」

「確かに魔法医の制服に似ているが、ズボンは女性的な感じがするな」

「エレガントだ。悪くない」


 衣装にうるさいオルフェスも肯定的な感想を述べた。


「だが、少しだけでも装飾があった方がいいだろう」


 オルフェスはあまりにもシンプル過ぎる衣装だと感じていた。


 医療関係者かつ神職者、バッジが目立つようにかもしれないが、もう少し工夫があっても良い。


「医務着は洗いやすい方がいいと思うのですが?」

「スノウは優しいが、高圧的な魔法医も多い。制服のイメージが柔かければ、患者にも安心して貰いやすいだろう」


 オルフェスの助言は豪華さやお洒落を意識したものではなく、医者として患者に安心感を与えるような装飾ということだった。


「わかりました。早速、皆にも意見を聞いてみます!」

「少しは役に立てたようで良かった」

「では、またいずれ」


 夕食時間が迫っているのもあり、スノウは神殿に戻ることにした。


 助言の内容を検討し、工夫してみるつもりだった。


「本当にありがとうございました! では、またです!」


 スノウとゼノンは加速魔法をかけた。


「……意外と元気そうで良かった」


 ポツリと呟いたジークフリードの言葉を耳にしたゼノンが止まった。


「そうでもありません。必死に修練しているのは目的があるからです」

「目的?」


 ジークフリードもオルフェスも答えを聞きたかったが、ゼノンの姿はすでにない。


 スノウに追いつきにくくなるために行ってしまったのだ。


「何かあるのか?」

「わからない」

「オリバー、わかるか?」

「わかります」


 オリバーは即答した。


「神殿内や王宮に来るための移動であれば、現在の能力で十分です。ですが、スノウはそれ以上を望んでいます。少ない魔力しかなくても、できるだけ遠くへ移動したいのです。最終目的地はオクルスでしょう」


 ジークフリードとオルフェスは驚きに目を見張った。



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― 新着の感想 ―
[一言] ダンシーズは乙女心がわかっちょらん、ということですね…!フフフ。
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