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聖女からの大降格  作者: 美雪
第三章 王都事件編
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014 休みたい人達



「オルフェスめ!」


 ジークフリードは苛立っていた。


 スノウに責任を押し付けた弟への処罰は一切なし。この件は仕方がないということで終わりそうだった。


 スノウとオルフェスの婚姻は本人の意志によるものではなく、神殿と王家で決めたもの。


 オルフェスが政略結婚を押し付けられたのは事実で、愛する女性との婚姻を望むことへ理解を示す者が多かった。


 オルフェスの相手が貴族で宰相の姪であるカーラミアだったことも大きい。


 伯爵令嬢。大学で神学と古代史、神殿で光属性の魔法を勉強している才女。


 面食いオルフェスに寵愛されるだけあってかなりの美人。


 慈善活動にも熱心で、孤児院を慰問している。


 どう考えても王子妃狙いの点数稼ぎと思う者もいるが、頑張っていること自体は悪くない。


 そもそも派手な立ち回りを演じたオルフェスが悪いわけであって、カーラミアに非はなかった。


 オルフェスの話によると、カーラミアは神殿と王家のために身を引こうと考えた。


 オルフェスがスノウとの縁談をすぐに断らなかったのもそのせい。


 しかし、オルフェスは納得できず、心が追い詰められて暴挙に出た。


 説明としてはそうなっている。


「嘘臭い! うまく話を作っただけのくせに!」


 ジークフリードは責任逃れの言い訳だと思っている。


 だが、国王も神殿も丸く収めるために信じたい。そういうことにしたいのだ。


 ジークフリードは大きな声でふざけるなと叫びたいが、馬鹿ではないからこそそれができない。


 王太子は所詮王太子。国王との差は絶大だ。


 遊んでばかりだとしても、見方を変えれば御しやすく扱いやすい第二王子もいる。


 王太子が国王や神殿に反抗的な態度を取るのであれば、第二王子を次の国王にすべきだという声が強まる。


 そうなるのを願っているしたたかで野心的な者達の餌食になる必要はなかった。


「スノウを犠牲にしておいて……」


 スノウが守られるよう聖女に推挙したことを、ジークフリードはずっと後悔していた。


 だが、今更でもあった。


 王太子も聖女も最上の者ではない。


 王太子や聖女が進む道を決めるのは、国王と神殿なのだ。


――カーラミアを聖女にしたい。王家にも神殿にもメリットがある。兄上にも推挙して欲しい。以前も聖女に推挙しただろう? カーラミアよりもはるかに低い出自の者を。


 オルフェスが放った嫌味たっぷりの言葉を思い出し、ジークフリードの体は怒りに震えた。


「勝手な奴だ! 自分のことしか考えていない!」


 ジークフリードが拳を握り締めた時、ドアがノックされた。


「ゼノンです」

「通せ」


 いつも通り冷静な表情のゼノンが部屋に入って来た。


「出直した方が?」


 ジークフリードの瞳が輝き、炎のようなものが揺らめいている。


 感情の高ぶり。強い怒りのせいだった。


「大丈夫だ」


 ジークフリードは目を閉じた。


 強過ぎる魔力との付き合いは長い。


 輝いても、揺らいでも、抑えられる。


 その自信こそが、最も強い抑制力になることをジークフリードはわかっていた。


「何だ?」

「聖女の件で」


 ジークフリードの表情が耐え忍ぶように歪んだ。


 いつもであれば隠せるが、タイミングが悪かった。


「神殿に動きがあります。時期を見て次の聖女を選んではどうかと考えているようです」


 聖女は神殿の権威を高める存在。


 だが、治癒の聖女がいなくなった神殿の権威は相当落ちた。


 盛り返したい。そこで、新しい聖女を任命したいという思惑が見え見えだった。


「絶対に推挙しない。賛同もしない」


 聖女は神殿に属する者だが、その存在は国内中に影響を与える。


 神殿が自らの権勢を誇るためだけに聖女の存在を利用しないよう王家には特別な権限がある。


 聖女の推挙権と承認権だ。


 神殿だけで聖女を選び、称号を与えることはできない。


 必ず王家の推挙と承認が必要だった。


「相応しい能力者がいないだろう。それとも、秘匿しているのか?」


 聖女は特別な存在だが、何人もいると逆に価値が落ちてしまう。


 スノウはダントツで一番。二番以下はいないのと同じ。


 神殿がそう判断していたせいで、情報が出なかった可能性がある。


「あくまでも話が出ただけのようです。選定もしていません。だた、水面下ではわかりません」

「オルフェスが来た。カーラミアを聖女にしたいらしい」

「第二王子が来たのは護衛騎士に聞きました」

「疲れた。休みたい」

「私に言われても困ります」

「そんなことはない。お前にしかできない」


 ゼノンは嫌な予感がした。


「スノウの様子を見に行く」


 いつかそう言われる気はしていた。


「修道院の状態も確認したい。匿名で寄付することも考えている」

「匿名?」


 すぐにわかってしまうに決まっていた。


 スノウの居場所を知る者自体が極めて少ない


 神殿はどこの修道院かを公表していない。


 修道院に行ったのは心身共に疲労しているからであり、静養するためだという噂も流してある。


 これ以上の負担をかけないよう面会謝絶だとも。


「金貨数枚程度なら大丈夫だろう?」

「金貨一枚でも話題になり、強盗団が押し寄せるほどの田舎です。王都の高名な者が何も考えずに寄付したとわかります」

「秘密の資金はどうした?」

「私の方で銀貨へ両替してから渡しました。勿論、新品ではありません」

「やはりゼノンに任せよう。日程を調整する。都合を確認しろ」

「ヴェラにさせます」

「それでいい」





 クシュン!


 王宮にいたヴェラはくしゃみをした。


「風邪かしら?」


 寒い地域と暖かい地域への送迎を連続でする仕事があった。


 寒暖の差は体に負担がかかる。風邪をひいてもおかしくない。


 高熱を出しベッドの住人と化す自分をヴェラは想像した。


「やだわ……最悪じゃない!」


 病気の時は誰かに看病して欲しい。


 食事や着替えを含め、甲斐甲斐しく世話して貰いたい。


 何よりも優しい言葉をかけられたい。


 自分のことを心配して欲しいのだ。


――具合はどうですか?


 ヴェラは神殿で風邪をひいた時のことを思い出した。


 スノウだけが様子を見に来てくれた。


 他は来ない。


 親しくないからだが、酷い風邪をうつされたくないという理由が一番。


 風邪は治癒魔法で治せるが、治してはくれない。


 重篤症状でも緊急でもないため、投薬治療で十分。


 何でも治療魔法で治してしまうと体が弱くなり、すぐにまた風邪や別の病気にかかりやすくなる。


 病人の辛さを体験するのも勉強の一つ。


 仕方がない。


 でも、辛い。


――欲しいものはありますか?

――うつるのを心配しなくても大丈夫です。自分のことは治癒魔法で治すことになっているので。


 スノウは自分自身の病気や怪我はすぐに治すよう神殿から厳命されていた。


 でないと困るのだ。スノウにしか癒せない重篤者を治療できなくなってしまう。


 優秀な治癒士は風邪で、重篤な病気も怪我も治せません。治癒士の風邪が治ってから来てください。その時に高額な寄付もお願いしますなどと神殿が言うわけにはいかない。


 高額な寄付金が欲しいからこそ、稼ぎ頭のスノウをこき使うための特例や特別扱いがある。


 だというのに、自分を治し放題のスノウは狡いと思う者が多くいた。


 ヴェラから見れば、頭が悪い連中にしか見えない。


――後でまた来ますね。ゆっくり休んでください。


 ヴェラは知った。


 心配して貰えるのは嬉しいこと。


 うざいばかりではない。


 平気や大丈夫という言葉はただの強がりで、本当は寂しい時や辛い時もある。


「風邪だろうが何だろうか、休むならあそこで過ごしたいわ」


 スノウがいるオクルス修道院。


 ヴェラは体調不良による休みに加え、秋休みも申請することにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] これは大恩を貰ったなぁ…ちょっとやそっとでは返せない大きな恩を。 王太子の立場で出来るだけのことはしてることはわかりましたが、これは心を揺さぶられる事件だ…。忘れられないですね。少しでも誠実…
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