135 第三次討伐
第三次討伐が始まった。
神殿支援団を率いるのはスノウだが、副団長のユージンは参加しなかった。
その理由はゼノンが側にいるから。
ゼノンと遊撃ペアを組んでいたルフは休養と修道院の管理のためにオクルスへ戻っている。
その間、ゼノンは別の者とペアを組まず、スノウの護衛につくことを選んだ。
激戦の状況であればともかく、監視を主目的としているだけに遊撃隊の出番はほぼない。
聖騎士団もこのような状況の内に疲労の濃い騎士達を休ませ、緊急事態が発生してから放置になっている遺跡側の施設をどうにかしたいと思っていた。
「神殿総監!」
本部にいるスノウの所へ聖騎士団長が来た。
「いつも通り名前で構いませんが?」
「そうか。非常に嬉しい。前の総監は何かと威張ってばかりで、聖騎士を軽んじていたからな。スノウであれば、守りがいもあるというものだ」
聖騎士団長はスノウが神殿総監に着任したことを心から喜んでいた。
「宿泊施設の件を相談しても?」
「お願いします」
何度も地震があったため、施設の一部が使えなくなっている。
最も深刻なのは水の供給設備が壊れていること。
以前は井戸を掘って水を汲み上げていたが、その場所が陥没してしまった。
パイプが途中で寸断されてしまい、どこかにいってしまった。
恐らくは陥没のせいで土の中。
但し、術式が刻まれているパイプではないため、勝手に魔法が発動するような懸念はない。
宿泊に備え、飲料水を運んでタンクに補充した。
以前のような大勢への供給は難しいが、節約すれば数日は賄える見込みだ。
いくつも重ねて置くようになっている宿泊施設の上部は地震で金具が緩み、下へ落ちてしまった。
軽量とはいっても重量はある。ぶつかった建物や地面は凹んでしまった。
このようなものは修繕費がかなりの割高になってしまうため、通常は廃棄処分になる。
本来なら民間業者に依頼して片付けさせるが、討伐作戦が展開されている地域だけに無理だ。
神殿が設置したものであるため、聖騎士団が片付けなければならない。
「正直に言うと、ゼノンに分解して欲しいのだが?」
運び出して片付ける手間を考えると、切り刻んで分解してくれた方が楽。
ゼノンの手間と魔力はかかるが、聖騎士団の方は大幅に節約できる。
「どの程度あるのかによります。空いている場所に集めておいていただけないでしょうか? 時間がある時に見て考えます」
「わかった」
拒否されなかったことに聖騎士団長は安堵した。
「確認しますが、分解してもいいということは、どのような処理をしてもいいということですね?」
「そうだ。全部いらない。ただの廃棄物だ」
「ルフに譲ってもいいでしょうか?」
聖騎士団長だけでなくスノウも驚いた。
「ルフに?」
「なぜですか?」
「修道院の修繕に使えるものがあるかもしれません」
オクルスはド田舎。
手に入る資材も限られており、王都で買うと驚くほど高い。
そこで活用できそうな廃材を持って行けるように配慮してはどうかとゼノンは提案した。
「義勇兵として協力してくれたので、この程度の配慮はしても問題ないのではないかと」
「全然問題ない! むしろ、持っていってくれたら大助かりだ!」
「では、ルフが戻ったら伝えます。それまでは放置になると思います」
「わかった!」
聖騎士団長はいくつかの報告を付け足した後、施設エリアの方へ戻っていった。
昨日と同じく魔物が土塁を越えて来る様子はないまま時間が過ぎ、照明器具の設置も着々と進んだ。
「全体通達。照明器具の設置が終了した」
何もかも順調。
それは非常に喜ばしいことではあるが、一方で警戒心が減ってしまうのはある。
絶対に魔物を防衛ラインから外へ出さないよう注意が呼びかけられた。
「順調なのは嬉しいですけれど、この先がどうなるか……」
監視が効率的になるほど配備される人数も支援も少なくていい。
負担が減るのは歓迎だが、スノウは不安だった。
巨大な魔物はどう考えても少数で対応できない。
突然現れたら、刺激しないよう後退して見守るだけ。
素早く退避できればいいが、攻撃を受けてしまった者が出た場合はすぐに救命処置をしなければならない。
「先が読みにくくはあるでしょう。ですが、神殿は任意の支援です。完全な監視体制に入るようであれば、魔法騎士団と魔法兵団に任せればいいでしょう」
今回設置した照明はザリガニ型魔物に破壊さないような工夫がされている。
稼働させれば、神殿が担っている照明係は必要ない。
戦闘がなければ他の支援もしなくていい。神殿は通常活動に戻れる。
「そうですけれど」
スノウは視線を遠くへ向けた。
神殿の簡易施設群。
遺跡調査も結界も必要なくなったため、片付けなければならない。
そして、寄付金を払ったにもかかわらず、遺跡見学ができなくなった者が大勢いる。
それについても対処しなければならない。
問題は山積みだった。
「色々と大変です」
「廃棄物の処理は任せてください。それ以外の施設についても聖騎士団で片づけます。神殿騎士団に協力を頼めばより素早く撤去できます」
「寄付金も悩ましいのです。寄付は一度してしまうと返却できないらしいので」
法律的に寄付は贈与として扱われる。
贈与の手続きが確定してしまうと、それを取り消すのは極めて難しい。
犯罪行為等に関係するような場合は特別な考慮の対象になるが、単純に寄付をした後に個人的な理由での返還を求めても対応するかどうかは当事者次第。
神殿側が拒否すれば終わりだ。
そして、神殿の規定において、寄付は返金しないことになっている。
「遺跡見学ができないなら寄付金を返して欲しいという問い合わせが来ているらしくて……」
一般人にしてみれば、発見された遺跡を見学できるからこそ寄付をした。
寄付は遺跡の見学料。観覧チケットのように考え、返金可能だと思う。
だが、神殿にとって寄付は寄付。規定により返金はしない。
遺跡への立ち入りは寄付への感謝。期間限定の取り組みで、いつ中止になるかわからない。それでも構わないという条件で寄付を募っていたことがわかった。
中止の場合はそれまで。相手もそれを了承の上で寄付をしたという認識。
遺跡の見学ができなくなったのは王家のせいだけに、文句を言うなら王家に言うべきだと思う神職者さえいる。
「神殿の対応に納得できず、怒りを感じるばかりか騙されたと感じてしまうかもしれません。人々の心に寄り添うはずの神殿なのに、違ってしまっている気がします」
「前任者の責任です。権力者が判断を間違えれば、人々を苦しませることになるという事例の一つでしょう」
「謝罪するしかありません。許してくれないかもしれませんが、誠意は尽くさないと……」
スノウはため息をついた。
「でも、かなりの人数です。一人一人謝罪するのも大変です。かといって大勢を集めて謝罪をすると、心がこもってないと思われそうです」
スノウは優しい。誠実だ。だからこそ、苦しむ。
相手の気持ちを想うがゆえに、割り切れない。
それは弱さであり、無意味であり、利口ではないと思う者もいる。
だが、ゼノンは違った。
それは強さであり、大きな意味があり、はかり知れない価値があると思う。
なぜなら、良心がある証拠だからだ。
「私も責任を感じています。聖騎士団は神殿を尊重するあまり、問題行為の抑止力になれませんでした。共に処罰を受けます」
「でも、ゼノン様は問題行為を指摘して改善するよう報告していましたよね?」
「スノウにも個人的な落ち度はありません。ですが、神殿に所属する者として責任を感じ、謝罪しようと考えています。同じです」
スノウは息を吐き出した。
今度はため息ではない。
覚悟だ。
「やっぱり……やるしかありません!」
「何をするつもりですか?」
スノウはゼノンをじっと見つめた。
「ゼノン様、お願いです。私に協力してください!」
「どのようなことでしょうか?」
「遺跡見学の代わりに別の場所を見学したらどうかと思って」
寄付金を返せと言われても返せない。遺跡見学もできない。
そこで遺跡見学の代わりに別の場所を見学できるようにする。
その方が謝罪するだけよりもずっと喜ばれ、納得して貰えるのではないかとスノウは考えた。
「どこを見学するのですか?」
「勿論、神殿です!」
その場にいる全員が驚いていた。




