134 討伐会議
王宮で開かれた討伐会議にはジークフリードとオルフェス、魔法騎士団・魔法兵団・王宮魔導士団・神殿支援団の各団長と補佐役が出席した。
スノウの補佐役は護衛を務めるゼノン。
会議が始まると、早速オルフェスの考えた作戦についての説明があった。
「不可能じゃ」
王宮魔導士団長は断固たる口調で作戦を否定した。
「その作戦は現実的ではない。巨大な魔物を魔法で拘束したいのであれば、自ら行使できるよう修練すればいい。さすれば、いかに高等魔法が難しく危険なのかを理解するじゃろう」
「難しいのも危険なのも知っている! 私がずっと修練できなかったことを知っているくせに!」
「気持ちの問題じゃ。気合が足りぬ」
「心身の問題だ! 気合だけでは解決できない!」
「理由は関係ない。修練不足なのは事実だ」
オルフェスの不機嫌さが全開。
こうなるであろうことを予見していたジークフリードはため息をついた。
「オルフェスなりに必死に考えてくれている。魔法騎士団と魔法兵団も討伐方法を検討しているが、前例のない魔物相手だ。しかも、水中という特殊な場所だけに、優秀な魔導士の支援が必要だ」
「王宮魔導士は文官じゃ!」
王宮魔導士団には多種多様な魔導士が在籍しているが、非戦闘組織だった。
「勅命がない限り動かぬ」
「参加したい者がいるかもしれないだろう?」
「暴風使いならいるかもしれぬが、欲しいのは土使いじゃろう? 真逆じゃ」
王宮魔導士団長が例に挙げたのはどう考えてもヴェラだった。
伝令と輸送は正規の仕事だが、釣りの支援については違う。
担当外の仕事をすべきではない。危険な仕事も担う可能性がある。正規の仕事ができなくなる。規律も乱れる。
ヴェラは魔導士としては優秀だが、王宮魔導士としては問題人物。
それが王宮魔導士団長の考えだった。
「誤魔化さずに正直に言ったらどうだ? 土石龍を使える者がいないとな!」
「いないわけではない。じゃが、危険な場所に赴きたいわけがない。巨大な魔物の足元で唱えるなど自殺行為じゃ」
「足元じゃない。土塁がある」
「土塁の上も危険じゃ」
土塁を大地の代わりに活用するのであれば、術者は土塁の上に乗って詠唱を行うことになる。
当然、魔物から丸見えだ。狙われないという保証はない。
「高等魔法は詠唱が長い。魔力が高まるのを魔物が察知しないわけがないじゃろう!」
「別の者が注意を惹きつける」
「惹きつけられなかったらどうなるのじゃ? 雷魔法は範囲じゃ! 防げるとは限らん!」
雷撃を食らうか。魔物に食べられるか。
無事でいられるかどうかはわからない。
安全ではないことは確実だけに、オルフェスもジークフリードも無言になった。
「手間も時間も労力もかかるかもしれぬが、少しずつ魔物を討伐すればよいのじゃ。水位を減らし、埋め立てて蓋をすれば良い。無理な討伐で犠牲を出す必要はない。これまで地下でひっそり生きていた魔物じゃ。地上に出てこないようにすれば関係ない。寿命で勝手に死ぬじゃろう」
そう言うと思った……。
ジークフリードとオルフェスだけではない。
魔法騎士団長も魔法兵団長も王宮魔導士団長がどのような主張をするのかがわかっていた。
魔導士は魔法が使えても非戦闘員。戦闘参加は断固反対。支援もしたくない。
魔物にも一切興味がない。
そして、
「スノウの体調はどうじゃ? 徐々に魔力が回復中だと聞いた。どの程度戻った? なぜ戻り出した? 理由はわかっているのか? そもそもなぜ魔力が枯渇寸前までいき、ずっとそのままだった? 当然、原因を究明中だろうな? 推測でもいいゆえ、話してくれぬか?」
研究分野は魔法人間学。ゆえに、スノウに興味深々。
これもジークフリード達の予想通りだった。
「ご心配いただきありがとうございます。多少はましになりましたが、今も療養中です。原因等もまったくわかっていません。今は討伐会議ですので、そちらの話をお願いします」
脱線しそうになった話題をスノウが戻した。
魔法騎士団長と魔法兵団長が各団で検討された作戦を提案する。
だが、王宮魔導士団長は「無理じゃ」「不可能じゃ」「やりたければ勝手にすればよい」「協力はしない」と言うだけだった。
「アヴァロスの危機だとわかっているのか?」
さすがにジークフリードも全く耳を貸そうとしない王宮魔導士団長に不満を隠しきれなくなった。
「危機ではない。勝手に見つけて騒いで危機だと思っているだけじゃ」
王宮魔導士団長は答えた。
「昨日今日生まれた魔物ではない。何十年も、もしかすると何百年、いや何千年も生き続けてきた魔物かもしれぬ。その間、魔物の被害はなかった。つまり、埋めてしまえば安全じゃ。討伐案よりも埋める作戦を考えるべきじゃろう」
王宮魔導士団長の意見は間違っているとは言えない。
同じように考える者はいる。魔法騎士団にも魔法兵団にも。
危ない存在には近寄らないようにすればいい。
何もなかったことにして埋めてしまえばいいという意見だ。
「だが、埋めるのは簡単ではない」
巨大な魔物が出入りできることを考えれば、地上湖の深さは増している。
一体どれだけ多くの土を注ぎ込めばいいのか、やってみなければわからないような状態だ。
「無事埋められたところで、それで終わりとは限らないだろう?」
地面がひび割れ、水が噴き出し、再度地上湖になってしまうかもしれない。
魔物が生きている限り、平穏であり続ける保証はないも同然だ。
「王太子殿下も本気でどうにかしたいのはザリガニ型の魔物が作り出す魔石じゃろう? そのために巨大な魔物が邪魔なだけじゃ」
ジークフリードは顔をしかめた。
だが、そのような見方をされても仕方がないと思う気持ちもあった。
「とにかく、全部埋めるのじゃ。遺跡も埋めたのじゃろう? 危機だと思うなら余計にそうするべきじゃ。生け捕りにしたザリガニ型魔物を飼育しながら、魔石の入手方法を研究すればよいではないか」
「飼育できるかわからない」
「環境の変化に対応できず死んでしまうかもしれない!」
「湖も水槽も大差ない。地下と地上という部分の方がはるかに違う。無理なら無理というだけじゃ」
「あまりにも無責任だ!」
「そうだ! それでも王宮魔導士団長なのか?」
魔法騎士団長も魔法兵団長もついに怒りをあらわにした。
「世界には魔法がある。人は魔法を操る。戦いの手段にもなる。それが現実だ!」
「そうだ! アヴァロスが平和を望んでも、他の国は違う。魔法の力を使い、攻めて来たではないか!」
「魔導士達は戦いたくない。戦争の時も任意で参加を申し出る者はほとんどいなかった。王宮魔導士団の派遣に反対する大規模な抗議があったのを忘れたわけではなかろう?」
魔法騎士団長と魔法兵団長は苦い表情になった。
忘れられるわけがない。
王宮魔導士団は非戦闘組織だと主張し、戦争支援のための現地入りを拒否した。
その影響で魔法兵団は補給物資の輸送に人員を割かねばならず、前線が拡大してもなかなか応援部隊を投入することができなかった。
王都を防備するよう命じられた魔法騎士団が非公式に水面下で様々な支援をしたおかげで、戦線がより後退するのをかろうじて防いだのだ。
「戦いたくなくても、戦わなければならない時もある。正当防衛だ」
「国を守るための支援するのは当然のことだろう。反対するのはおかしい!」
過去を変えることはできない。
それでも魔法騎士団長と魔法兵団長は言わずにはいられなかった。
「まるで他人事だ。なぜ、そこまで危機感がないのだ?」
「冷静だからだ」
「冷静と危機感の欠如は違う」
「全然わかっていない! 国境地帯がいかに悲惨だったのかを!」
「お前達のように血気盛んな者ばかりでは、かえって国が滅びる」
「暴言だ!」
「そうだ! 多くの犠牲を払ってアヴァロスを守ったのは我々だ!」
会議は荒れた。
討伐とは別の話題のせいで。
「《光源》」
スノウが魔法を発動した。
光る球体によって部屋が明るくなる。
魔法を使ったスノウの方へ注意が向けられた。
「討伐会議ですよね? 話を戻してください」
過去よりも現在。
他国ではなく魔物の脅威への対処を話し合うべきだとスノウは思った。
「私は王宮魔導士団長様の意見を理解できます。神殿も非戦闘員ばかり。魔法が使えるというだけで戦闘行為への支援を強制されたくはありません」
スノウの発言を聞いた王宮魔導士団長は喜んだ。
「さすがスノウじゃ!」
「ですが」
スノウの話には続きがあった。
「王宮魔導士団には多種多様な魔法を扱う優秀な者が大勢います。任意で支援に協力してくれる者の募集をしてもいいのでは?」
「無駄じゃ。戦争の時と同じくほとんどいない。必要な属性でもない。それでは仕方なかろう?」
「いいえ。たった一人でも、どんな属性持ちでも助かると思います」
スノウは即答した。
「神殿は光使いばかりです。攻撃魔法を全く使えない者もいます。そのせいで戦闘支援に向いてないと思う者もいるでしょう。ですが、任意で討伐支援に参加してくれる者を募集すると、約二千人が応募してくれました」
「二千人じゃと!」
王宮魔導士団長だけでなく、ジークフリード達も驚愕した。
「募集にあたってどのような支援になるのかを事前に説明しました」
神殿はアヴァロス屈指の魔法治療を提供している。つまり、医療支援ができる。
光属性の魔法には結界・防御・強化など様々な魔法がある。身を守るための補助支援ができる。
高い技能がなくても、夜間活動を行う際の照明、負傷して動けない者を運ぶようなこともできる。
「魔物の情報についても公開し、危険が伴うことも伝えました。それでも勇気を出して、自分にできることで役立ちたいと言ってくれたのです。アヴァロスの危機を感じ、魔物の脅威に立ち向かう者を支えようと思ったからです」
スノウもこれほど多くの人々が参加してくれるとは思わなかった。
とても嬉しかった。責任者として、より頑張らなくてはと思った。
過去の経験を活かし、参加者達ができるだけ安全に支援活動を行えるよう懸命に考えた。
「神殿は討伐支援団を編成して派遣しましたが、戦闘ができない者でも全然大丈夫でしたよ?」
魔法騎士や魔法兵は強い。死者も重傷者もいなかった。
軽症者はいたが、すぐに治療して完治した。
支援に余裕があり、回復魔法をかける支援を追加で行うこともできた。
魔法騎士団・魔法兵団・神殿支援団が力を合わせ、一回目の討伐を無事終えることができた。
参加者同士の信頼も経験も深まったと感じたことをスノウは伝えた。
「先ほど勅命が出ればと言いましたが、賢明ではないと思います。勅命が出る前に参加した方がはるかに賢明です」
勅命による支援は拒否できない。そして、支援内容が勝手に指定されてしまう可能性が高い。
危険なこと、やりたくないことが含まれるかもしれなかった。
早期の段階で参加を表明すれば、どのような支援をするかを自分達で決めることができる。
全体作戦の主導権は魔法騎士団や魔法兵団だが、支援活動の主導権は自分達で持つということだ。
任意だからこそ、そして個人ではなく団体で参加するからこその強みなのだとスノウは説明した。
「神殿支援団は危険度が低い支援だけをしていますし、それでいいという了承をいただいています。王宮魔導士団もそのようにしてはいかがでしょうか? 人々を守るために勇気を出し、戦ってくれる者を支えたいと思う魔導士がいるに違いありません。だって、アヴァロス最高峰の魔導士が集まる王宮魔導士団ですから!」
魔導士団長は黙り込んだ。
「ジークフリード様」
スノウはジークフリードの方を向いた。
「なんだ?」
「王宮魔導士団長様は全部埋めた方がいいとおっしゃいました。魔物も湖も。ですので、そのような作戦には協力してくれます。ジークフリード様が考えている全体計画と同じですよね?」
ジークフリードは気づいた。
王宮魔導士団長の発言は有用な支援につながるということに。
「そうだな! 頼んだぞ! 埋めるのをガンガン手伝ってくれ! 土使いでなくてもいい。土を運べる風使いでもなんでもいいからな! 属性は問わない!」
「いきなり何を……それは魔物と戦うこととは全く違うぞ!」
「支援内容はいくらでもある。物資や輸送の支援でもいい」
「有効な討伐方法が見つかっていないのは事実です。無駄な犠牲を出したくないという王宮魔導士団長様の意見にも共感できます。ですので、まずは任意で支援に参加してくれる魔導士を募集する協力をして貰えばいいと思います」
討伐支援のせいで通常業務がこなせなくなってしまうのは困る。
王宮魔導士団長が慎重なのは当然だ。
だが、任意参加者の募集をかけるだけなら協力しやすい。
とても簡単だとスノウは発言した。
「そうだな! そうしよう!」
ジークフリードはスノウの意見をそのまま採用することにした。
「今夜も討伐がある。会議はここまでだ。王宮魔導士団長は討伐支援に参加してくれる者を募集するのに協力して欲しい。討伐支援はあくまでも任意だ。強制ではない。だが、王宮魔導士団には優秀なだけでなく高潔な魔導士もいるはずだ。さすがに一人の応募もないという結果にはならないだろう。違うか?」
王宮魔導士団長は苦々しい表情になった。
違うと言えるわけがない。
王宮魔導士団と王宮魔導士を貶めるわけにはいかなかった。
むしろ、高潔な魔導士が多くいることを証明しなくてはならない。
「失礼する!」
速攻で王宮魔導士団長は退出した。
「スノウ、助かった!」
「会議の参加者として意見を述べたまでです。神殿の取り組みを参考にしていただければと思って。それよりも討伐の方ですが、今夜は監視のようですね?」
「少しずつ対応を変えながら、状況を打開したい」
戦闘を行わないのであれば、派遣者数を減らせる。
無駄な戦闘で心身を疲労させなくてもよくなる。
「現状は地上湖だけに抑え込めている。焦りは禁物だ。スノウも同じだ。自分自身を優先していい。療養中だろう? 無理をするな。ラフターのような者が神殿総監にならないようその座にいるだけでも大きな意味がある!」
スノウは思い出した。
かつてジークフリードに言われたことを。
――無理はしなくていい。治癒魔法を使えるだけで十分凄い。自分の体を大切にする方を優先しろ。
現在のジークフリードも同じ。その心は変わっていない。
自身を優先していいのだと言ってくれる。
優しくて温かい気持ちが感じられた。
「ありがとうございます。今夜の支援は三分の二の時間帯だけにします。交代は前半の一回のみ。早朝支援はありません」
「そうか。では、真夜中過ぎに撤収か?」
「いいえ。現地に宿泊します」
遺跡側の宿泊施設を活用する。
支援団自体は全員送るが、三分の一は戦闘支援ではなく支援団の支援に回す。
宿泊施設の状態を確認し、掃除して仮眠場所を確保する作業を行う。
「緊急事態の場合は宿泊施設の方に応援を要請してください。明日の午前中までは滞在しています」
「わかった。助かる」
「こちらこそ、三分の二だけになって助かります。大勢の支援要員を毎夜送らなくてはならないと、神殿は通常活動を行えなくなってしまいます。人員を抑えながら適材適所をして効率を高めないと」
「そうだな。魔法騎士団長と魔法兵団長も改善策をどんどん盛り込んで欲しい。頼んだぞ!」
「御意」
「勿論です」
力強い頷きが返された。
討伐参加者を率いる者達は、揺るぎない信頼と結束を確かめ合った。




