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聖女からの大降格  作者: 美雪
第八章 

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133 神殿総監



 神殿に戻ったスノウはすぐに眠ることにした。


 このまま起きていると次々とやることが出て来て睡眠時間がなくなると思ったからこその判断だ。


 ゴードン、ユージン、カーターが重複覚悟で回復魔法をかけた後、スノウはベッドに入ってぐっすりと眠り込んだ。


 そして。


「……眠り過ぎたかも」


 パチッと目を開けたスノウは思った。


 回復魔法をかけて貰えたおかげか目覚めも良く、かなりスッキリとしていた。


 ただ、少しだけ体に違和感がある。


 ベッドの寝心地のせいだ。


 オクルス修道院のベッドが恋しくなった。


 取りあえずは着替えて食事を取ろうと思いながら時計を見たスノウは固まった。


「十時過ぎ!」


 九時には起きるつもりだっただけに寝坊だ。


 神職者は勤勉。奉仕活動の開始時間は厳守。


 急いで仕事に取り掛かろうと思ったスノウはドアを開けた瞬間、廊下にいた聖騎士見習い達と目があった。


「おはようございます!」

「おはようございます、スノウ様!」

「おはようございます! 今日は良い天気です!」

「おはようございます! お会いできて光栄です!」

「……おはようございます」


 スノウは挨拶を返しながらも、おかしいと感じた。


「なぜここに? 聖女ではないので護衛はつかないと思うのですが?」

「神殿総監には護衛がつきます」


 そうでした!


 スノウは思い出した。


「ただ、僕達は見習いです」


 それはわかっている。制服で。


「討伐支援の影響で神殿中が人手不足でして」

「廊下で待機しているだけなので、僕達が担当するよう命じられました」

「治癒部に行くのでしょうか?」

「そうです」

「同行します」


 聖騎士見習いの一人は部屋の前で待機。もう一人は団長への報告。


 二人はスノウに同行する役目になった。


 スノウは治癒部に行くと、そこには予想外に多くの人々がいた。


 治癒部以外の者もいる。かなり。


「おはようございます!」

「おはようございます」

「おはよう」

「よく寝たか?」

「話がある」

「同じく」

「確認して欲しいことがある」

「書類を持って来た」


 挨拶とそれ以外の言葉が一気に押し寄せた。


「……おはようございます。すみませんが順番にお願いします」


 順番はすでに待機者達で決めていた。


 偉い順。決めにくい場合は年齢順。


「承認が欲しい。サインだ」


 大きな金額が記された書類が差し出された。


「これは何の金額でしょうか? 予算ですか?」

「もうすぐ支払いが発生するものだ」

「そうですか。では、請求書と細かい内訳を記したものも一緒に提出してください。大雑把過ぎて全然わかりません」

「大丈夫だ。こちらで管理している。問題はない」

「神殿総監になったばかりですし、細かい部分まで知りたいのです。必要な資料をつけ、誰が見ても理解できるようにしてください。次の方」


 呆気にとられた神職者を押しのけ、次の者が書類を出す。


「これも承認だ。まったく問題がない。サインをすればいいだけだ」

「却下します。同じく詳細な内容を記した書類にしてください。次の方」


 三番目の者はひるんだが、一応持って来た書類を見せた。


「これはどうだろうか?」

「駄目です。神殿総監はサインをするだけの存在だと勘違いしていませんか? ちゃんと内容を確認できるような書類を持ってきてください。不要な予算は減額したいので。次の方」


 予算の減額という言葉を聞いた神職者達の表情はすぐに険しくなった。


「何もわからないくせに権力を振りかざすとは!」

「素人がいきなり総監になるからわからないだけだ!」

「ラフターと同じじゃないか!」

「怒鳴っても判断は変わりません。素人でもわかるよう丁寧に作成してくださいね」


 苛立つ表情で踵を返した三人を聖騎士見習いが睨んだ。


「スノウ様を悪く言ったな? 団長に報告するからな!」

「総監への無礼も悪意も処罰対象だ! 元聖女を軽んじるな!」


 若い見習い達は治癒の聖女として多くの人々を救ったスノウを心から慕っており、忠実に自らの責務を果たそうとした。


「子供のくせに!」

「見習いが生意気だ!」

「正式な聖騎士にはさせない」


 その意見に他の二人が頷き合う。


「神職者に逆らう者を採用できるわけがない」

「覚悟しておけ!」

「待ってください」


 スノウが発言した。


「サインをする気になったか?」

「さっさとすればいいんだ!」

「手間をかけさせるな!」


 スノウは収納棚の方へ行くと未使用の紙とペンを用意した。


「委任状か?」

「それはいい」

「話が早いな!」

「お待たせしました。聖騎士団からの抗議に備え、誰のことかを総神殿長様に報告できるように皆様の名前と役職を書きました。もう戻られても大丈夫です」


 三人の神職者の勢いは消え、さっと顔色を変えた。


「聖騎士団の者へ不当な圧力をかけるのは違反です。軽率な言動は控えてください。問題があると感じた者は、総神殿長様に報告するためにも名前を書くようにします」


 スノウは厳しく注意した。


「皆様には善意の助言もあります。王家から処分の話が来た際、上位の者ほど責任を問われるはずです。失職以上の処罰も覚悟しておくべきだとおわかりですよね?」


 三人の役職者達は無言のまま固まった。


「ちゃんと仕事ができることを示してくれないと、私もフォローのしようがありません。次の書類は完璧にして持って来てくださいね。以上です」

「用件が終わったのであれば退出してください!」

「狭くてギュウギュウなのはおわかりですよね?」

「治癒部の者じゃないだろう?」

「長居できる権利はない!」


 治癒部の者が口々に三人を追い立て、聖騎士見習達がドアを開けて廊下へ促した。


「ああいうやつは治癒部に入れたくないな!」

「その通りだ!」

「権力をさんざん振りかざしているのはどっちだ!」

「役職者だといって治癒部の椅子を奪った!」

「部外者のくせに!」

「横暴だろう!」


 治癒部の者が口々に不満を言葉にする中、


「次の方、どうぞ?」

「出直す」

「わしも」

「同じく」

「資料を忘れた」

「完璧な書類にしてくる」


 退出者が続出。


 一気に順番が巡って来た診療管理部長は引きつった表情で書類の束を差し出した。


「……予約者リストに抜けがあった。ダブルブッキングも見つかった」


 名前を書かれてしまうのではないかという不安から、診療管理部長の視線が紙の方と向けられた。


「もしかして、私が照会作業をしないとですか?」

「それは大丈夫だ! 診療予約課長が徹夜して問題個所を抜き出した。そのリストもある。前に渡したのと差し替えてくれればいいだけだ」

「受け取ります」


 良かった!!! 


 診療管理部長は助かったと思った。


「追加ということなので、余計に予約が先延ばしになる可能性があります。謝罪しなければならないことも増えるでしょう。その際、高圧的な態度は駄目です。神職者は慈愛と謙虚を尊ぶことを忘れないでください」

「診療予約課長は徹夜のせいで寝ている。今日は謝罪できないだろう」

「診療管理部長が謝罪すればいいですよね?」


 診療管理部長は無言。


「助け合いの精神を神殿が重視することを知っていますよね? 課長は部長のために徹夜しました。部長も頑張らないとですよね? 私も課長や部長のために頑張ります!」

「……善処する」

「次の方! 昼食時間には食堂に行くので、迅速にお願いします!」

 

 スノウは次々と面会者と仕事を捌いていった。





 昼食時間に合わせて仕事を切り上げたスノウは食堂へと向かった。


「朝食を食べていないのでペコペコなのです!」


 食堂に行って欲しくなくても、食事を抜けと言える者はいない。


 スノウは神殿総監だ。


 食事の時間に食事を取るのが普通。


 権力を振りかざし、時間に関係なく自分の部屋まで運べという方が良くない。


 食堂に行くと、マヌエラが笑顔で側に寄って来た。


「スノウ様! おはようございます!」

「おはようございます」

「ご一緒させていただきます!」

「普段の席でなくても大丈夫なのですか?」

「はい! 私はスノウ様のお世話役ですので!」

「ルフを見かけませんでしたか? どこに部屋を与えられているのか知らなくて……」


 ルフは割り当てられた部屋で休んでいるのだろうとスノウは思っていた。


「ルフ殿は部屋にいません」


 答えたのは聖騎士見習いだった。


「一度修道院へ戻り、防犯面で問題がないかを確認するそうです」

「そうでしたか」


 ルフが一人で修道院に帰ったと聞き、スノウは急激に寂しくなった。


「何時頃戻るか聞いていませんか?」

「わかりません」

「今夜の討伐に参加されるのであれば、夕方には戻られるのでは?」

「そうですよね」


 ルフはゼノンとペアを組んでいる。


 必ず戻るとスノウは信じて疑わなかった。


 ところが、夕方前になってゼノンが姿を現し、ルフはしばらく戻らないことを告げた。


「なぜですか?」

「休養のためです」


 討伐支援でルフは豊富な魔力を惜しげなく使った。


 回復魔法や薬を飲んでも疲労は溜まる。


 騎士でも神職者でもない。一般人で、任意の義勇兵なだけ。


 オクルス村長であり、スノウの世話役として修道院を管理する役目もある。


「クッキーが品切れになったので、焼いてくると言ってました。意見を聞いて改良してみるそうです」

「そうですか」


 それならクッキーを届けにいずれ戻って来る。


 スノウはホッとして息をついた。


「今夜は討伐ではなく完全な監視に切り替えて様子を窺うだけになるようです。照明機器を設置するので、支援団は半分程度の人数、未経験でも構わないとのことです」

「そうですか。でも、編成してしまいました。どうやって半分にするかが問題です」

「照明機器の設置はこれからですので、その間は照明支援が必要です」


 魔法騎士団や魔法兵団の者はいるが、状況変化に備えて戦闘するだけの余力は残さなくてはいけない。


 それだけに魔法機器を設置するまでは神殿支援団の照明支援が欲しい。


「最後に交代する者の派遣を中止にしては?」

「三分の二だけ派遣するわけですね?」

「そうです」


 真夜中過ぎまでは支援を行い、それ以降は魔法騎士団と魔法兵団に任せる。


 照明不足であれば、設置した機器を早速活用する。


「王宮で開かれる討伐会議にも出席して欲しいそうです。私が護衛として同行します」

「わかりました」


 スノウはゼノンと共に王宮へ向かった。



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