129 二回目の討伐
「これより第二次討伐作戦を開始する!」
夜、ジークフリードが全体通達を行った。
魔法騎士団及び魔法兵団は昨夜に引き続き参加する者と新規に参加する者と半々の構成にした。
交代が多くなることで、全体の戦力が落ち過ぎないようにするための対策だった。
「早速ですが、神殿支援団長より全体通達です!」
神殿支援団も引き続き支援をするが、初日の状況を見て編成を変更した。
救護係は照明係に変更。夜間活動に従事しやすくするため、照明支援に重点を置くことにした。
各班に配置していた治癒係はなくし、回復係に変更。
負傷者には八つの方角に配置された救急隊が対応する。
各方面の状況に合わせた対応は本部付きの班から動かし、最初に配置された班が別の方角へ移動しなくてもいいようにした。
スノウは次々と昨夜との違いを拡声魔法で説明した。
「今夜は昨日と同じく待機時間が多いかもしれません。そこで、副団長に指揮を任せます」
スノウはなかなか魔法治療に来ない上位神職者の代理を務めたため、午前中だけでかなりの魔力を使ってしまった。
昼食と魔法薬で多少は持ち直したが、午後は部門長会議、支援団へ派遣する者の通達と準備と調整をこなしつつ、神殿総監の役目にも対応。
特別体制の指示書をなんとか書き終えたのは夕方。
休む間もなく軽食を取ってクロスハートへ出発する時間になってしまったため、最初の全体通達をした後で仮眠を取ることになった。
「副団長のユージンだ」
ユージンが拡声魔法で挨拶をした。
「神殿支援団の本部は北に設置した。前回よりも土塁を強化しておる。魔物はなかなか越えて来ないかもしれない。その間に各班の担当行動を確認。周辺で活動する者への挨拶をするように。より細かい支援の要望と現地の状態を確認するのだ」
土塁の強化は抜群の効果を生み出した。
魔物が越えて来る気配がないまま数時間が経過した。
前日の参加者はまたかと思ったが、初めて参加する者にとっては期待外れ。
そして、
「また待機かよーーー!」
義勇兵として参加しているリオは湖面に向かって叫んでいた。
「おはようございます」
真夜中になってスノウが起きた。
早寝早起きの生活が身に染みているからこそ、夜中に起きるのはかなり辛い。
疲労も溜まっていれば余計に。
「起きたか。おはよう。多少はましになったか?」
「そうですね。ユージン先生は大丈夫ですか?」
「スノウと違ってたっぷり寝た」
そのせいでスノウが休んでいないことを知らなかった。
「支援団長というだけで忙しいというのに、余計なことをしおって」
「すみません」
スノウはシュンと肩を落とした。
「なんとかしたいと思ったのはわかる。だが、わしやゴードンに相談をしないで神殿総監になるとは思わなかった」
「本当にすみません」
「ルフは何か言っていたか?」
「何も」
午前中はスノウの側にいた。
カルテの記入、書類作成、資料の取り寄せを手伝ってくれた。
昼食後は夜に備えて仮眠に入った。
「神殿総監になることに反対するようなことを言わなかったか?」
「言いません」
「そうか」
スノウは首をひねった。
「なぜですか? ルフには関係ないです。神殿のことですし」
「結婚したいのではなかったのか?」
「結婚したいと何かあるのでしょうか?」
まったくもってわかってないとユージンは思った。
「神殿総監は極めて重要な上位職だ。それはわかるか?」
「偉いのはわかっています。ラフター様が威張っていましたし」
「偉いだけではない。事務方を監督する役職だ。人事権もある」
神職位や自分よりも上位の役職に対する権限はないが、神殿の運営や管理については事務作業がかかせない以上強い権限と影響力を持つ。
神殿のトップは総神殿長だが、正式な神職者しか行えない重要な儀礼や祭事等を優先しなければならない。
そこで神殿の運営や管理に必須な事務方の仕事を監督し、各部門の調整もしながら様々な指示出しをするのが神殿総監だ。
「新しい神殿総監として今後どうしていくかを検討し、事務方に通達しなければならない。ラフターのやり方を踏襲するのは愚かだ。変更しなければならないことも多いだろう。神殿にいなければならない」
「当分はそうですね」
「当分ではない。ずっとだ。神殿総監が地方の修道院に住むわけにはいかない。ルフとは別居になるぞ?」
スノウは首を傾げた。
「……通勤は駄目ですか?」
「毎日ルフに送迎を頼むつもりだったのか?」
「修道院長も兼任中ですし、療養中でもあります。ゼノン様やヴェラも通勤していますし、できますよね?」
「二人は騎士と魔導士だ。神殿の者ではない」
そうだったとスノウは思った。
「えっとでも……出張とかありますよね? 派遣とか、視察とか」
「ルフに通勤のことを話したのか? 総神殿長にそれでいいという許可を貰ったのか?」
「いいえ」
「駄目だと言われたらどうする? 就任する前に条件を確認すべきだったのではないか?」
スノウはうつむいた。
「すみません。でも、討伐支援のために王都にいます。それと一緒に神殿内の体制も変えようと思って……」
「討伐支援がいつまで続くかわからないだろう? 一生かもしれないぞ?」
「私はいずれ神殿を去ります。それまでに神殿のことをなんとかしないといけないと思って……」
「神殿総監になればなんとかできると思ったのか?」
「やってみます!」
ユージンは深いため息をついた。
反対することも叱責することもできる。
だが、スノウは決めている。だからこそ、神殿総監になったのだ。
ゴードンも反対しない。好きなようにさせる。
スノウがまったく休養していないことや神殿総監になったことを知ったゴードンは驚いたものの、怒ることはなかった。
スノウを優しく抱きしめ、治癒魔法と回復魔法をかけ、無理はしないようにと言っただけだった。
甘さの極致というべき対応。あるいは放任。
思わずユージンは絶句したほどだ。
だが、その理由はゴードンから聞いた。
ゴードンはスノウが巣立ちする時だと感じた。
これまでは保護者として時に厳しいことも言って来た。
だが、成人したスノウには自分のことを自分で決める権利がある。
そして、ゴードンがどれほどスノウのことを家族のように想っても、法的には赤の他人。
スノウに口出す権利も止める権利もない。
だからこそ、見守る。
スノウが自分で決めた道を進んで行くのを。
――私も子離れしないとなので。年頃の娘を持つ父親の気持ちをようやく理解できそうです。あんなに小さかったスノウが結婚しようと考えています。光陰矢の如しですね。
ゴードンの面倒を見ていたユージンとしては、一気に自分の年齢を感じてしまった。
スノウから見れば祖父のような立ち位置であることにも。
「ルフと話をした方がいい。スノウはオクルスに戻らない。ずっと神殿に住む気だと思っているかもしれないぞ?」
「えっ!」
スノウは驚いた。
「そんな! 私は修道院を追い出されるのですか? 修道院長なのに?」
「そうではない。むしろ、出て行くのはルフの方ではないか?」
修道院はルフの所有物ではない。
ルフの家は森の中にある小屋だ。
スノウの世話が必要ないなら、オクルス村長の仕事に力を入れる。
無人の村長宅を公邸にして、修道院から去るかもしれない。
「そんな! 引き留めないと!」
「後だ。今は討伐中だ」
スノウはハッとした。
「激戦の場所はあるでしょうか?」
「ない」
戦闘はしているが、計画的なものだった。
土塁の改良はオルフェスが日中に指揮をして行った。
時間がないために四分の一ほどでしかないが、石版か木板を直角になるよう並べた壁を作った。
それ以外の土塁もできるだけ直角に修正して固め、ネズミ返しのような形になるようにした。
これでやすやすと魔物が越えて来ない。地震によって崩れた場所が発生しても、前回よりは対応しやすいと思われた。
だが、あまりにも効果があり過ぎて、まったく魔物が壁や土塁を越えなかった。
騎士も兵士も水辺に集まる魔物を見ているだけ。
さすがに時間の無駄だとなり、わざと一部の土塁を崩して魔物が外に出る通路を作り、出て来た魔物を倒していた。
「では、結界がなくても魔物を封じ込めることができているわけですね!」
スノウの表情が明るくなった。
「まあ、数時間程度は効果があるとわかった。ただ、絶対ではないだろう」
昨日に比べてザリガニ型魔物の数が少なくなっている。
体つきが小さい個体が多い。
地震もない。
巨大な魔物も現れていない。
「様々な条件が揃っているせいで、防げている可能性がある。地底湖の方に多くいるのかもしれない」
「なるほど」
「ザリガニ型をある程度減らしたら、巨大な魔物の討伐を考えなくてはならない」
「そうですね」
それはジークフリード達と合流した時に聞いた。
まだ正式ではないが、内々に巨大な魔物も討伐する方向で話が進んでいる。
巨大な魔物の存在は脅威だ。
このまま大人しくしている保証はなく、地震や地上湖の拡大を引き起こす要因になる。
地上湖の拡大は繁殖力のあるザリガニ型魔物と魔力を吸い取る魚型魔物の数を増やし、生息圏を拡大されてしまう危険が高まる。
アヴァロスは魔法文明。至る所に魔法機器や魔石がある。
魔力に敏感で吸い取ろうとする魔物は害だ。
人々が魔法とその恩恵を享受する生活を守るためには、魔物の侵入を阻み討伐しなければならない。
ただ、完全に討伐できるかどうかはわからない。
巨大な魔物を討伐する目途が立ってから、国王の正式な討伐命令が出る予定だった。
「神殿にとっては魔物よりも王家や国民からの糾弾の方も問題だ」
神殿は特別な存在だが、特権を悪用するような行為は許されない。
王家が許したのは神殿が地底湖に張る結界のために必要な調査だけ。
活動経費を賄うための寄付金集めや一般人の遺跡見学は許可していない。
魔法騎士団が再三注意をしたが、改善しなかった。
観光客が押し寄せていただけに、国民にも何をしていたかは知られている。
ラフターが勝手に大丈夫だと思い、違反行為をどんどん助長させてしまったのが間違いだ。厳罰処分は免れない。
そして、神殿も相応の処罰を覚悟しなければならない。
「だというのに神殿総監になるとは……」
神殿の上位役職者は連帯責任を取る羽目になる可能性が高い。
前は聖女の称号を返上することでなんとかなったが、今回はどうなるかわからないという懸念もあった。
「ユージン先生、本当にごめんなさい。でも、私にはやりたいことがあるのです」
スノウはまっすぐにユージンを見つめた。
「治癒部は苦しんでいます。ユージン先生はそのことをご存知のはずです」
当然だ。ユージンも治癒部の一人。治癒士であり、診察士でもある。
「私も治癒士です。多くの人々を治癒魔法で救いたいと思いますが、限界があります。苦しんでいるのは患者だけではありません。治癒士も同じです。このままでは魔力や命を失う危険があります。放っておけません!」
ユージンは嬉しかった。
そして、辛かった。
スノウと同じように声を上げ、状況を変えようとした者は多くいた。
だが、ことごとく上位の持つ巨大な力に阻まれ、厳しい処分を受けた。
戦場へ派遣された者のほとんどは神殿の体制に不満を持つ者ばかりだった。
ユージンもまた声を上げた一人だったが、老齢であることを理由に戦場派遣はされず、若き者が戦場に派遣されるのを見送ることしかできなかった。
これ以上、命を失わせてはいけない。耐えるのだ。今は。
そう思って感情を抑えた。治療を続けた。
だが、今という状況はずっと続いた。
いつまで耐えればいいというのか。
死ぬまで耐え続けなければならないということか。
違う。そうではない。
答えはすぐに出るというのに、明るい未来は見えないままだった。
「私ができることは小さなことかもしれません。少しだけかもしれません。それでもやります。中途半端でもいいんです。勇気を出すこと、頑張ることが大事なんです!」
スノウの胸に込み上げる強い感情が涙を溢れさせた。
決意の理由は過去にある。
後悔。苦しみ。失われてしまった多くのもの。
それらをあらわすかのように、涙はこぼれ落ちていった。
「……わかった。それがスノウの見つけた道なら、自らの信念に従って進めばいい。必ず神が見守ってくださる。だが、わしがいることを忘れてはならない。ゴードンも。ルフも。相談するのだ。ヴェラでもゼノンでもいい。知恵も力も貸す。わかったな?」
「わかりました」
ユージンは頷くスノウの頭を優しく撫でた。
「すみません。団長なのに泣いてしまって……」
「大丈夫だ。気にしなくていい」
「なぜ、泣いているんだ?」
ルフの声がした。
転移魔法で来たのだ。
「何があったのでしょうか? 死人が出たとは聞いていませんが?」
ゼノンの声は元々冷たいが、より冷たく感じられた。
二人の視線の鋭さにユージンは返す言葉を見つけられなかった。
「何でもありません。もっともっと頑張りたいと思っただけです」
スノウは涙を指で拭った。
「回復魔法ですか?」
「体調はどうだ?」
「大丈夫です。仮眠したので!」
スノウはユージンから離れると、ルフに駆け寄りそのまま抱きついた。
「《再生回復》!」
スノウの行動に驚いたルフだったが、魔法が終わるとスノウを優しく抱きしめ返した。
その表情は柔らかい。
戦場を飛び回る無双ペアが醸し出す圧も消えていた。
「ありがとう。体が楽になった。幸せな気分にもなれた」
「忙しくてちゃんと話をしていませんでした。落ち着いたら時間を取ってください」
「わかった」
「魔法には感謝します。ですが、誤魔化そうとしましたね? 力になれることがあるかもしれません。話し合いが必要です」
「ありがとうございます。ゼノン様は頼りがいがあります!」
「スノウとルフはくっつきすぎじゃない? 羨まし過ぎるんだけど?」
最後にツッコミを入れたのは、総合本部から伝令として来たヴェラだった。




