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聖女からの大降格  作者: 美雪
第八章 

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122/243

122 参加募集



 総神殿長から緊急の全員通達放送が行われた。


 すでに地底湖及び魔物の話は結界部門から少しずつ口伝で知る者が増えていたが、地上に湖と魔物があらわれたことについては驚きをもって迎えられた。


 近くにクロスハートがあることからも、魔物の拡散を防がなければならない。


 魔法騎士団と魔法兵団による討伐話が出ており、神殿も協力する。


 多くの支援が必要なため、任意で参加するよう呼びかけられた。


 だが、放送を聞いた人々の表情は曇っていた。


 ようやく戦争が終わったというのに、今度は魔物討伐。


 任意であるなら、危険な場所へ行きたくないと思う者が圧倒的に多かった。


 ところが、


「こんにちは。スノウです」


 地方の修道院にいるはずの元聖女の声が放送機器から聞こえて来た。


「ラフター様の指揮による遺跡見学は王家の所領を勝手に活用した商業行為とみなされました。王家は激怒していて、処罰を検討するそうです。このことが国民に伝われば、神殿への抗議や糾弾が起きるかもしれません」


 総神殿長は神殿が王家の怒りを買ってしまったことを言わなかった。


 だが、スノウは神殿にいる全ての者に伝えるべきだと思い、正直に話した。


 その結果、神殿内は一気に騒然となった。


「ラフター様は全ての役職を解任され、謹慎を命じられました。降格になるか追放になるかは決まっていませんが、厳しい処分になることは間違いありません」


 当初は結界計画の担当責任者を変更するという内容だったが、それだけで王家の怒りを鎮めることができるわけもない。


 ラフターに責任があることを明示するためにも、まずは全ての役職を取り上げて謹慎。状況が落ち着いた後、正式な処罰をすべき。


 ゴードンが進言し、総神殿長もそれしかないだろうと判断した。


 これも内々に処理すればいいと総神殿長は思っていたが、もはや無理だった。


「このような状況にも対応できる後任として、私が選ばれました。魔物討伐への支援についても正式な指揮権をいただきました」


 スノウは元聖女。


 批判をかわすために抜擢したというのはわかるが、正式な指揮権を与えるというのは予想外。


 ラフターの失敗や神殿の責任をまたしてもスノウに押し付ける気ではないかと疑う者も多かった。


「神殿は人々のためにあります。私は戦場へ行きましたが、言葉で説明しきれないと思うほどの困難と苦しみ、そして悲しみを経験しました」


 戦場に安全な場所などない。


 後方なら安心。危険になったらすぐに帰れるという言葉は嘘だった。


 突然、攻撃魔法が飛んで来た。


 自分がいる場所の数十メートル先に多くの死傷者が倒れている惨状を目撃したこともある。


 何が起きるかわからない。


 それが戦場の恐ろしさなのだとスノウは語りかけた。


「魔物の討伐支援は戦場へ行くのと同じ。危険が伴います。後方であっても安全とは言い切れません。入念な準備と覚悟が必要ですので、私が知っている魔物の情報をこれから教えます」


 現在判明している魔物は三種類。


 一つは魚型。魔力に敏感で吸い取ろうとする。水の中に入ると危険かもしれないが、地上にいれば襲われることはない。


 もう一つはザリガニ型。サイズは大小様々だが、食用のものと同程度。魚と同じく魔力に敏感で吸い取ろうとする性質があり、雑食でもある。


 魔道具や魔法機器などの非生命体の方が狙われやすい傾向がある。


 陸上に上がるため、足元を囲まれると浮遊魔法や転移魔法を発動する際に阻害されることがある。


できるだけ距離を取り、範囲魔法で倒すと安全を確保しやすい。


 そして、雷電ウナギに類似している魔物。


 とにかく巨大。強力な雷魔法を範囲で使う。


 水中からいきなり飛び上がるような動作で相手に直接雷を当てるような行動も取る。


 間違いなく最も危険な部類の魔物だが、強力な防御魔法があれば攻撃を防げる。


 実際、ゴードンが防御膜を張ることで雷攻撃を防いだこともスノウは伝えた。


「今回の主要討伐対象はザリガニ型です。歩行移動によって生息圏が拡大する可能性があるので、それを阻止します」


 巨大な魔物や魚が生息する水中に落ちないよう警戒しつつ、陸に上がった大量のザリガニを駆除する作戦になる。


「討伐のために魔法騎士団と魔法兵団の精鋭が派遣されます。神殿は結界・防御・治癒・照明・監視・救護の支援活動をする予定です。地震が起きやすい状況だけに、浮遊魔法や転移魔法の使い手も必要です。私と一緒に魔法騎士団と魔法兵団の作戦に参加してくれる方は神々の間まで来てください。よろしくお願いします!」

「待て! 別の部屋にするのだ!」


 神々の間は神殿における特別な行事が行われる大広間。


 許可がない者は立ち入りできない神聖な場所だけに総神殿長は慌てて止めた。


「神々の間がいいです。危険を覚悟で参加するのですから、神々の守護を感じられる部屋に集まるべきです!」


 放送を聞く人々はスノウの意見が正しいと思った。


 本気で参加者のことを考え、その心と覚悟に寄り添っているとも。


「責任者は私です。この件については総神殿長様にも従っていただきます!」

「それは違う! いかなる時でも、神殿の最高責任者は総神殿長だ!」

「では、最高責任者の総神殿長様に言います。魔物はアヴァロスの危機。そして、人々の危機です。神殿や神職者だけが例外ということはありません。もっと危機感を持ってください!」


 常々多くの者が思っていることだった。


 良くも悪くも神職者ゆえに総神殿長は俗世に疎い部分があり、危機感が足りない。


「参加者が集まらなくて困るのは最高責任者の総神殿長様ですよ? 十分な支援ができないことと神殿の問題行為の責任を取って、総神殿長位を返上するつもりですか? 私にも聖女の称号を返上するよう言ったのです。総神殿長様もできますよね? 誰よりも偉くて高潔でなければならない最高位の神職者ですから!」


 スノウ様!


 変わった!


 強い!


 さすが聖女!


 もっと言ってやれ!


 スノウが総神殿長に対峙する姿を思い浮かべた人々はスノウを賞賛し、心からの声援と拍手を送った。


「前々から思っていたのですが、私は聖女派でも治癒の聖女派でもそれ以外の派閥でもありません。勝手に担ぎ上げるのはやめてください。私は私。スノウ派です! それも合わせて通達しておきます!」

「よくぞ言った!」


 治癒部の部室にいたユージンが叫んだ。


「スノウ自身の承認を受けずに勝手に自身や派閥の主張に利用するのはおかしい。未成年者や聖女の称号を悪用する行為だ。わしはスノウの意志を尊重するスノウ派であることを宣言する!」


 ユージンは椅子から立ち上がるとドアへと向かった。


「ユージン様、どこへ?」

「神々の間に決まっている! 実を言うと、スノウ達と共に事前調査で魚やザリガニの魔物を釣りに行ったことがある。釣りまくってでも倒してやるわい!」

「一緒に行く」


 カーターも椅子から立ち上がった。


「念のためにいっておくが、治癒士は釣りよりも治癒魔法を優先じゃぞ?」

「当たり前だ。スノウの力になりたいから行く。上層部が肥え太るための金持ちを優先して治療するのもうんざりだ。アヴァロスを守るために魔物と戦う者を癒したい」

「私も同じ気持ちです! 参加します!」

「俺も!」

「僕も!」


 次々と賛同の声が上がった。


 神殿という巨大な組織を維持するためとはいえ、寄付額の多さによって治療を受けられるかどうかが決まることに疑問を感じている者は多い。


 人々の救済を目的とした奉仕活動と言っているが、対価としての寄付金を求めている実情を考えれば、金を払って治療を受ける病院と同じだ。


 むしろ、寄付だけに上限金額がない。


 聖女の治療権はオークションのように希望者が高値を競い合うほどだった。


 そのくせ魔法治療行為は労働ではない。奉仕活動だと言っている。


 労働基準を定めた法律が当てはまらないため、残業は修練として無制限。連続二十四時間勤務もある。


 任意も建前。生活保護や待遇をぶら下げた強要だ。


 神を盾にした権力者は贅沢三昧。下位者は生活に困らないだけ。


 神や人々のために尽くしているはずだというのに、実際は上位者に尽くす下僕や奴隷のようだと感じる者もいた。


「治癒部全員で参加しよう!」

「スノウのために!」

「上層部への抗議のために!」

「そうしよう!」

「全員だ!」


 勢いづく者もいたが、困惑する者もいた。


「急患が来るかもしれない」

「全員で行ったら対応する者がいないわよね?」

「留守番役がいないと」


 しかし、不満と怒りと共に燃え上がった気持ちは削がれない。


「どうせ金払いがいい急患でなければ受け付けない」

「夜間だからな」

「深夜も早朝も同じだ」

「寄付が多くなっても俺達の待遇は変わらない。上層部が贅沢をするだけだ!」

「良案がある」


 ユージンが不適な笑みを浮かべた。


「急患は総神殿長が治せばいい。治癒士だ」


 驚くべき提案に治癒士達の目が見開いた。


「偉くなった途端、魔法治療をしなくなった。不調なのは年齢ではない。魔力を使わないせいだ」

「私の見立てもユージンと同じだ」


 カーターもユージンと同じ意見だった。


「もっと魔力を使わせた方がいい。循環が良くなるはずだ」


 治癒部の長老二人の言葉は若手を勇気づけた。


「名案です!」

「名診断だ!」

「お偉い治癒士の方々はどうせ神殿に待機だしな!」

「光栄過ぎて寄付も増えるってわけね!」

「丁度いいわ!」


 懸念は完全に吹き飛んだ。


「他の部署にも声をかけよう!」

「他の部門にもだ!」

「同志を集めろ!」

「スノウ派だ!」


 治癒部は魔法治療部門の部を回った。


 賛同者が次々と参加を表明。共に神々の間へ向かう。


 途中で結界部門と防御部門の集団と遭遇した。


「結界部門も多そうだな?」

「スノウ様が来て参加を呼びかけた」


 地底湖の件で結界部門はすでに参加しており、魔物の情報も知っている。


 現場に不慣れな騎士や兵士よりも情報を持っているため、安全を確保するために役立つことができる。


 また、地底湖周辺の調査ばかりでどんな結界にするかも決まっていない状況だった。


 ラフターのせいで商業行為をするための嘘や引き延ばしではないかという疑惑さえある。


 無実を証明するためにも、討伐の方へも協力して欲しいと説明された。


「俺達は純粋に適切な結界を作ろうとしていた!」

「それを証明するためにも、参加する!」

「防御部門も相当多いな?」

「スノウ様が来た」

「防御膜はかなり有効だ。大勢参加すれば、これまでの評価を覆せると言われた」


 防御部門は日陰部門とも言われている。


 なぜなら神殿にいるのは光使いばかり。自身で防御魔法を使える者も多く、防御専門の部署が活躍する機会が少ない。


 今回の魔物討伐は防御部門が活躍する絶好のチャンス。


 神殿が王家の怒りを買った状況でもある。


 自身の将来を守るためにも参加しようと立ち上がった。


「調査部門も多い」

「転移魔法での輸送と伝令業務を担うらしい」

「戦場外任務がメインだ」

「安全に貢献ポイントを稼げる。参加しないわけがない!」

「抜け目がない調査部らしいな」

「確かに!」


 笑いが起きた。


「学術研究部門は参加する者としない者に分かれそうだ」

「魔物を見たい者は来るだろう」

「来るな」


 そして、神々の間に来た人々は驚いた。


 そこには老若男女を問わす多くの人々で溢れていた。


「え? なんでこんなに?」

「学術研究部門が結構いるような?」

「なぜ、参加するんだ?」


 学術研究部門の人々は即座に答えた。


「ザリガニの魔物からは魔石が取れる!」

「体内で魔石を作り出すようだ!」

「なんだって?」

「大発見じゃないか!!!」


 魔石の情報は周辺にいた者達にも伝わっていく。


 それがいかに途方もない価値があるのかもまた。


「参加しておけば、研究用に分けて貰える!」

「生け捕りチャンス!」

「飼育の許可も欲しい!」

「大功績も夢じゃない!」

「何が何でも参加するぞ!」


 学術研究部門は討伐に参加することで研究サンプルや各種許可の融通、そして将来的な大功績を狙っていた。


「女性も多い」

「なぜだ?」

「危険なんだぞ?」

「魔法騎士がいれば大丈夫です!!!」


 近くにいた女性が反応して答えた。


「アヴァロス最強ですから!」

「実力者ばかりです!」


 アヴァロス最強の魔法騎士団。その信望者は非常に多い。


「グウィン様に会えるからよ!」

「トレフェ様にも!」


 有名かつ人気のある騎士の姿を見たいという理由もある。


「ぜひとも照明係に!」


 側に寄れるチャンスもあった。


「聖騎士団だっているわよ!」

「団長のご活躍が間近で見れます!」

「ゼノン様の華麗なる魔法剣も!」

「魔法だって素敵よ!」


 神職者においてはより身近な存在である聖騎士団の人気も高い。


 そして、


「魔法兵のイケメンに会えるのが楽しみ!」

「恋人をゲットするわよ!」

「結婚相手が欲しい」

「お友達になれば、より条件が良い人と出会えるかも!」


 若い女性の一部は個人的な期待もあって大興奮かつ大盛り上がりだった。


「なんて不純な動機なんだ!」

「ある意味純粋」

「人間らしくもある」

「アヴァロスを守る騎士や兵士を応援するのは悪いことじゃない」

「将来のことを見据えているだけだろう」


 若い女性達を擁護する声は多かった。


 なぜなら、


「俺だって恋人が欲しい」

「結婚できるなら神職者を辞めてもいい」

「より条件の良い相手を見つけたいと思うのは普通のことだ」


 同じような気持ちを持つ者もいれば、


「生活環境はともかく、劣悪な労働環境だからな」

「どんなに働いても奉仕だと言われて待遇が向上しない。そのくせ問題があるとすぐに待遇が悪くなる」

「結婚を理由に脱出できるなら嬉しい」

「確かに」

「納得だ」


 多数の頷きが返された。


 つまり、それが本音。


 若い年代の多くは正式な神職者の誓いをしていない。


このまま神殿で過ごすか出て行くかを迷っていた。


「参加の方は名前と部署と希望する係を聞くので並んでください!」


 人所属部門を越えた神職者同士の意見交換が行われる中、スノウが叫んだ。


「結界・防御・治癒の希望者はゴードン様が受付です! 照明・監視・救護活動の希望者は総神殿長様の方です!」


 え? 


 ゴードン様はともかく、総神殿長様も?!


「スノウ様は何の受付ですか?」

「私は案内と相談係です。参加にあたって質問がある方は何でも聞いてください!」

「なるほど」

「俺は防御だ!」

「結界支援だな」

「ゴードン様の所に行くぞ!」


 男性陣は続々とゴードンの方へ向かい、一列に並び始めた。


「照明係希望だけど」

「総神殿長様が受付とか」

「ゴードン様が受付なら良かったのに」


 若い女性達の会話をスノウは耳にした。


「強制参加ではありませんので、無理をされないでください。ただ、早く受付をした方が希望の係になりやすいです。各係には上限があるので」

「照明係は多く募集しますよね?」

「そうですね。でも、一晩中は辛いので交代制にします。希望時間も早く受付をした方が選べます」

「だったら急がなくちゃ!」

「スノウ様!」


 別の場所にいた女性達が駆け寄って来た。


「私達は救護希望です。それも交代制ですか?」

「そうです」

「魔法騎士団専属の救護班はありますか?」

「聖騎士団専属も!」

「それは考えていませんでしたが、検討します。他にも要望があるならどんどん出してください! 皆の声を取り入れたいので!」

「わかりました!」

「早く行きましょう!」


 女性陣も次々と総神殿長の方へと向かい出した。




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