012 二人きり
「一緒に出かけよう」
ルフの誘いにスノウは満面の笑みを浮かべた。
「とても嬉しいです!」
スノウと話したことで、ルフは寂しい思いをさせていたことに気づいた。
何でも一人でやってきたからこそ、それが当たり前。
スノウに辛い思いをさせたくない。全部自分だけでしてしまおうと思っていたのが、かえってよくない結果になっていた。
何か気分を変える方法はないかと考えたルフは、二人で一緒に外出することを提案してみた。
「どこに行くのですか?」
「村長の家だ」
現在、オクルス村の村民はルフ一人。
自動的にルフが村長になったため、色々と知っておかなければならない。
元々ルフは他の場所で生まれ、幼い頃に母親の故郷であるオクルスに戻って来た。
自身が来てからのことはともかく、それよりも昔のことはほとんど知らない。
石造りのせいか村長の家は荒らされただけで、村の資料や管理に必要な帳簿は残っていた。
そういったものを修道院の保管室へ移動するための外出だった。
「……びっくりです。これほどとは思いませんでした」
久しぶりに村の様子を見たスノウは驚かずにはいられなかった。
雑草が生え放題。
廃村にしか見えなかった。
「誰もいないから仕方がない。住みたい者もいないだろうしな」
二人はテキパキと荷物を木箱に詰め込んだ。
ルフは木箱ごと運ぶが、スノウは箱を一旦魔法の袋に入れてから荷馬車の上で取り出した。
そうすることによってスノウは重い箱を運ばなくていい。ちょっとした工夫だ。
それを何度か繰り返せば詰め込み作業は終了になった。
「修道院へ戻ろう」
「はい!」
「御者をしてみるか?」
「ぜひ!」
スノウは目を輝かせた。
「意外と簡単ですね」
御者台に座り、馬につながっている手綱を持っているだけ。
ルフがすぐ隣にいるため、何かあれば補助してくれる。安心だ。
「まっすぐ進めばいいだけだからな」
急ぐ必要もない。
のんびりと馬に引かせるだけだ。
「馬に直接乗れるようになれば、あちこち馬に乗って散歩できる」
雑草が生え放題の場所も自分で歩くよりましになる。
「便利で素敵ですね! でも、習得するのが難しそうです」
「まずは一人で馬の背に上がれるようにならないとだな」
「訓練します」
スノウは真面目な性格で勤勉、努力家だ。
馬にも乗れるように頑張ろうと思った。
「運んできたものは虫干ししよう。その後で本棚に入れる」
「虫干し?」
「本には虫がつきやすい。天気のいい日に干して虫を退治する」
「本の虫ってそう言う意味だったのですね」
「恐らく違う方の意味だ」
何気ない会話も二人にとっては楽しく幸せなもの。
午前中はあっという間に過ぎ去り、昼食を食べた後は森で栗拾いをすることにした。
ロングトングで落ちているイガ栗を拾い、バケツに入れる。
棘が危ないため、スノウは念のために手袋もつけさせられた。
イガ栗は大量に落ちており、すぐにバケツがいっぱいになってしまった。
「入れ替えるか」
森の中は馬車で入りにくいため、今回は二人で一頭の馬に乗ってきた。
栗拾いだけでなく乗馬も楽しめるが、大量の栗を持ち帰るのには向いていない。
そこで魔法の巾着をまたしても使う。
巾着から木箱を五つ取り出し、そこにバケツの中身を入れ替える。
「まだまだ沢山入りますね!」
「拾えるだけ拾う。何度も取りに来るのは面倒だからな」
「こんなに栗の木があるなんて凄いです。拾い放題ですね」
「この辺りは村で管理しているものだ」
栗は一本だと実がつかない。別の木が近くに必要だ。
そこで森の中に栗の木を栽培する場所を設け、秋になると村人達で栗を拾いに行くのが恒例行事だった。
「勝手にとってはいけないことになっている。村長が決める」
今の村長はルフであるため、自由に決めることができる。
「大量に取れるとは思ったが、多すぎるな……」
話しながらも栗拾いは続いている。
バケツはすぐに埋まってしまい、それをまた木箱に入れ直してもまだまだある。
「町で売るのもありだな」
村で管理しているものは村で分け合うルールだ。
全員で分けると各家庭で消費してしまい、売るほどには残らない。
しかし、今は独占状態だけに食べきれないほどある。
栗を売った金を村へかかる税金の支払いに充てればいいとルフは思った。
「お金になりそうですか?」
「どの程度になるのかはわからないが、先々のことを考えれば栗よりも金を貯めておいた方がいいだろう」
修道院はできるだけ自給自足と寄付金で賄うのが原則だ。
神殿の管理下であっても財務的な支援は期待できない。
スノウの場合は王都の神殿からの派遣ということで生活費が支給されるが、何もかも購入して賄うようではすぐに尽きてしまう。工夫が必要だ。
「オースとの関係も改善していきたい」
歓迎されないのはわかっているが、それでも生活するためには何らかの物を売り、必要品を買って交流した方がいい。
町長も言っていたが、見知らぬ者だからこそ不安が高まり警戒される。
オクルス村の者として出入りするようになれば、徐々に不安や懸念をやわらげることができるかもしれなかった。
「馬があれば一日で行ける距離だ。野菜や果物も売りに行こう」
秋の味覚がたわわになっている。
魔力を扱う練習も兼ね、村にある畑であれこれ試したのもあって、大量の農作物がある。
冬支度をするためにも、あるものを活用したいとルフは思った。
「明日も栗拾いをするか?」
「ぜひ!」
スノウは笑顔で答えた。
「全部なくなるまで取りましょう! まだ沢山木になっています!」
「栗は落ちたものだけを拾う。木についているのはまだ食べられない。熟してない証拠だ」
「そうでしたか」
「魔力で寄せ集めて拾えば効率的にできる気がする。明日は手抜き収穫にして、午後は果物狩りに行こう」
ルフは外出する前から魔力を使う方法を考えついていたが、スノウのためにあえて魔力を使う方法にはしなかった。
魔力や魔法がなくてもいい。
できることも、その方法も数多くある。
普通を知らないスノウに普通のことを教えたくもあった。
「どんな果物ですか?」
「ブドウだ。リンゴ、洋ナシ、イチジク……クルミも取っていない」
やっていないことがまだまだあることに気付き、ルフはため息をついた。
「さすがに二人では手が回らないな」
「できる分だけでいいのでは?」
無理をして取らなくてもいいのではないかとスノウは思った。
「私もそうしてきました。治癒魔法で治して欲しい人は沢山います。でも、全員は無理です」
魔力には限界がある。治癒魔法の効果にも。
スノウは幼い頃から治癒魔法に特化した教育を受けてきたが、治せないものが多くあった。
「無理はしなくていい。治癒魔法を使えるだけで十分凄い。自分の体を大切にする方が優先と言われたことがあって……そうだなと思いました。私が倒れてしまったら治癒をする人が減ってしまいます。自分の体のことも大事にしないといけないと思いました」
その通りだとルフは思った。
だからこそ、言わずにはいられなかった。
「二度と無理も無茶もするな。命に関わる」
ルフは絶対にスノウを失いたくない。
だからこその言葉だった。
「そうですね。魔力はほとんどなくなってしまいましたけれど、命が助かったことに感謝しないとですね」
スノウは負傷兵達と一緒に王都へ帰還していた時のことを思い出した。
「でも、魔力がなくなるなんて思わなくて」
「普通はそうだ。自分の限界なんて明確にわかることじゃない。大丈夫だと思っても大丈夫じゃない時は多くある」
ルフはスノウをじっくりと調べるような視線を向けた。
「今は大丈夫か? 辛くないか? かがむ作業は腰を痛めやすい」
「大丈夫です」
「修道女達はよく腰が痛いと言っていた」
「若いので大丈夫だと思いませんか?」
「ここは王都とは違う」
田舎では子供の頃から家の手伝いをしている。
厳しい環境に負けないよう自然と体も鍛えられているのだ。
成人していなくても一人前になれるようにする。
本当に最後の最後まで頼れるのは自分だけ。
「生きていくために必要なのは実力だ。年齢は関係ない」
「それでルフは何でもできるし強いわけですね」
「まだまだだ。もっと上を目指さないといけない」
「だったら私は……」
スノウは落ち込まずにはいられない。
自身の無力さを日々感じて来た。
「寒くなれば俺もあまり外には出なくなる。編み物に挑戦してみるか? 刺繍でもいい。ハンカチに刺繍をすれば売れる」
スノウは目を輝かせた。
「刺繍をしたいです! ハンカチを売ります!」
「まずは練習だ。針仕事をしたことはないだろう?」
「ないです。普通の奉仕活動は免除でした」
「初心者は指を刺しやすい。不味いな。やっぱり編み物にして欲しい」
「ルフは過保護です」
前々からスノウはそう感じていた。
「魔法で治せなくても大丈夫です。擦り傷だってそうです。ある程度の怪我や病気なら自然に回復する力があります。お願いですから私のできそうなことを取り上げないでください。これまではできなかったことをやってみたいのです」
「……わかった。まあ、それ位は大丈夫か」
「そうです。大丈夫です」
「スノウは真面目だからな。いつの間にか俺以上の腕前になるかもしれない」
ルフの刺繍歴は長いが、だからこそ手を抜くようになった。
綺麗に刺繍するのは大事だが、丁寧に細かくこだわるほど手間も時間も費用もかかる。
この程度で十分だと見切りをつけ、いかに多くの売り物を効率よく作るかを優先していた。
「使う場所も飾る場所も沢山ある。大いに励んでいい」
「でも、ルフが作ったものもあります」
「俺が作ったものは売ればいい」
「私のも売りたいです」
「売れるレベルになってから考えよう」
「そうですね。絶対に上達します!」
二人きり。
寂しくはない。楽しい。
嬉しくもある。笑顔が溢れている。
それは幸せだということだった。