118 応援
魔法省の前には多くの魔法兵が集まっていた。
先頭にいるのは大きな花束を持ったワイアット。
スノウが国家試験に合格して手続きに来る情報を得たため、祝いの言葉を伝えるために休みを取った。
周囲にいるのは技術部に所属する同僚達。
ワイアットが休みを取る理由を知り、同じく休みを取って同行していた。
「来ないな?」
「ワイアット、本当に今日なのか?」
「情報が間違っているとか」
「魔法省内で転移したんじゃないか?」
「建物内での転移魔法は禁止だ」
「要人は問題ないんじゃ?」
同僚達が騒ぐが、ワイアットは魔法省の正面出入口をずっと見つめたままだ。
「だが、後ろもいるからな」
「情報が正しい証拠じゃないか?」
「突然予定が変わったのかもしれない」
魔法兵達の視線の先にいるのはグウィン率いる魔法騎士達。
目的は同じ。スノウが魔法医と薬師になったことを祝うために来た。
神殿を離れた後に開業するのであれば、ぜひ魔法騎士団付きの魔法医あるいは提携魔法医になって欲しいと頼むつもりでもいた。
「遅いですね?」
「もしかして、他の日?」
「それはない」
トレフェとイエルの疑問をグウィンは確信に満ちた声で否定した。
「別の日になるようであれば、必ず知らせてくれるようゴードン様に頼んだ」
「忙しい方ですからね」
「ルフに頼んだ方が良かった気がする」
「ルフにも頼んだ。予定時間も聞いた。間違いない!」
「間違っていたら、ルフに責任を取って貰わないとですね」
「最近、訓練に来ないしね。皆、待っているのに!」
トレフェとイエルは納得したが、他の騎士達は不安だった。
「一応確認した方がいいんじゃないか?」
「もしかすると、予定より早く来たのかもしれない」
「あいつらもいるからな」
魔法騎士達も魔法兵の一団を気にしていた。
「情報の精査をしておくか」
グウィンは魔法兵団に近づくと、責任者は誰なのかを尋ねた。
「私です。他の者はただの同僚兼野次馬です」
「ワイアット、酷い!」
「俺達だってお祝いしたい!」
「スノウ様に会いたい!」
次々とブーイングが飛んだ。
「花束を用意していません」
「本当に祝う気があるのか疑わしいな」
特大の花束を用意したグウィンはワイアットの肩を持った。
「花束ならある!」
「ミニブーケにした」
「祝い酒にした」
「ケーキにした」
「菓子の詰め合わせ」
反論しながら魔法兵達は魔法の巾着から贈り物を取り出した。
「姿が見えたら用意するつもりだっただけだ!」
「その通りだ!」
「訂正します。同じ志を持つ仲間だったようです」
「そうか。取りあえず、スノウが来ることを知っているようだな? 互いの情報が同じ内容かどうかを確認したい」
ワイアットはジークフリード経由で情報を入手、グウィンはゴードン経由で情報を入手したことを教え合い、内容に違いがないことを確認した。
「情報が正しいとなると、予定が変更になったのかもしれない」
「大体の時間ということでした。もしかすると手続きが早く終わってしまったのかもしれません」
「そうだな。さっきから誰も魔法省に出入りしていないのも変だ」
魔法省には多くの人々が出入りするはずだというのに、グウィンやワイアット達が来てから一人も出入りをしていなかった。
「私も気になっていました。ですが、本日は休みを取りプライベートとして来ています。不審に思われたくもないのでどうすべきかと考えていました」
「なるほど」
「別のルートで情報確認ができるでしょうか?」
ワイアットはそう言いながら、グウィンが胸元につけている通信機に視線を向けた。
「休みを取っているからな」
私的な用件では使いたくない。
「イエル、魔法省に行って来い」
「えーーー!!!」
「そのために連れて来たようなものですから」
トレフェが平然と言い切った。
「まあ、このままずっと待っているのもなんだし聞いてくるかあ」
イエルは転移魔法で出入口まで移動し、魔法省内にいる警備から情報を仕入れて戻って来た。
「もう帰ったって」
かなり上の方から魔法省に通達があり、要人が訪問する可能性があるため、警備を厳重にするよう通達されていた。
その影響で職員は裏口を使用。他の省庁の者や来客は警備の負担を軽減するため、魔法省に行く日を変更したこともわかった。
「要人って言うのはスノウのことだよね」
「それで人の出入りがなかったのか」
「ここで待っていても意味がないのは確実です」
「修道院の方に行くか」
オクルスに行くならルフの手料理も味わいたい。
帰りが遅くなることを考え、グウィンは通信機のスイッチを入れた。
「団長直通。父上、お忙しいところ」
「グウィン!!!」
通信機から父親の怒鳴り声が聞こえて来た。
「休みでも電源を切るなと言っただろう! トレフェもイエルも一緒か?」
せっかくの休みに呼び出されたくないと思っていたグウィン達は通信機の電源を切っていた。
「すみません。取り込み中でした」
明らかな嘘だ。
バレバレだろう。
ツッコミの視線がグウィンに集中した。
「魔法省にいるようだな?」
通信機の電源を入れればどこにいるのかがわかってしまう。
これも電源を切っていた理由の一つだった。
「緊急事態だ。地下遺跡の近くで地震が発生した。一般市民を避難させるための応援要請が来ている。現地へ向かえ!」
早速、緊急の任務が発生した。
「わかりました。トレフェ達と向かいます」
「現地には王太子殿下と第二王子殿下だけでなくスノウもいるらしい。必ず守れ!」
魔法騎士団長の言葉は魔法兵士達にも聞こえた。
「同行します」
「俺も行く!」
「転移できるぞ!」
すぐに魔法兵達も緊急事態への協力を申し出た。
「転移できない者は手を上げろ。定員を考えて連れていく」
「大丈夫だ!」
「逆転移ならできる」
「同じく」
ワイアットの同僚は技師だが極めて優秀な者ばかり。
全員が転移魔法を扱えるが、距離や定員については個人差がある。
「近距離転移を繰り返すのは魔力の無駄だ。技術部の馬車を出すか?」
「近距離転移しかできない者は本部に要支援の連絡が届いているか確認を。技術部の馬車も用意して欲しい 避難に役立ちそうなものを積んで運ぶためだ」
ワイアットが指示を出した。
「わかった。役立ちそうなものをかき集めて持って行く」
「手伝う」
「俺は本部に行って確認する」
「兵団の馬車も出せるか聞いてみる」
それぞれが手分けして確認と支援に必要なものを準備して現地へ向かうことになった。
「《転移陣》!」
「《逆転移》!」
次々と転移魔法が発動し、魔法騎士達の姿が消えた。
「ワイアット、無理をするな。お前は戦闘兵じゃない。技師だからな!」
「わかった」
ワイアットは頷くと転移魔法を発動させた。
「スノウ様!」
聖騎士団本部にあらわれたワイアット達を見てスノウは驚いた。
「えっと……応援ですか?」
「はい。スノウ様の安全確保と支援をするために参りました」
「ありがとうございます!」
スノウはワイアット達が来てくれたことに喜んだ。
「ローイ先生、魔法兵団のワイアットです。一緒にいるのはご友人の方ではないかと」
「ただの同僚です」
「友人だ!」
「技師です!」
「ワイアットの名前は知っています」
オクルス修道院に来そうな者の名前をローイはゴードンから聞いていた。
「そうでしたか!」
「お会いできて光栄です」
ワイアットは高名な魔法医であり土属性魔法の研究者でもあるローイのことを知っていた。
「スノウ様はこちらで医療に従事されているのでしょうか?」
「そうです。魔法医としての初仕事です!」
スノウが魔法医と薬師の証であるバッジをつけているのを見たワイアットは途端に嬉しくなった。
「おめでとうございます。実は」
ワイアットは巾着から素早く花束を取り出した。
「こちらをスノウ様に。国家試験に合格されましたこと、心からお祝い申し上げます。なかなか休みが取れずにお伝えできなかったので、本日お会いできればと思っておりました」
「ありがとうございます! でも、緊急事態なのですぐ巾着にしまってもいいですか?」
「勿論です」
「俺も花束があります!」
「ケーキを持ってきました!」
「ぜひ、受け取ってください!」
同行者達がそう言いながら巾着から贈り物を取り出した。
「ご丁寧にありがとうございます! でも、五個までしか入らなくて」
「私が預かりましょう」
ローイが申し出た。
「ありがとうございます!」
スノウは受け取った贈り物をローイの巾着にしまって貰った。
その後すぐに、
「あ」
二度目の地震が起きた。
「王都へ転移しますか?」
「いいえ」
大きな揺れの中でもスノウは落ち着いていた。
「まだ一般の方々の避難が終わっていません。怪我人が出るかもしれないのに、魔法医である私が退避するわけにはいきません!」
さすがスノウ様だ!
魔法兵達は感動した。
「わかりました。必ず私がスノウ様をお守りいたします。ところで、ルフ殿は?」
「遺跡の方へ様子を見に行きました」
「スノウ!」
ヴェラが転移魔法であらわれた。
「避難するわよ!」
「大丈夫です。ローイ先生がいますから」
「止まった!」
地震がおさまった。
「またどこかが陥没したのかもしれませんね」
「気になるけれど、先にスノウを避難させないと。オルフェス王子から王都に連れていけって言われているのよ」
「それはできません。怪我人が出るかもしれないのに魔法医が避難しては治療ができませんから」
「ローイ先生がいるでしょう?」
「様々な魔法が使えるローイ先生の魔力は貴重です。私が治癒魔法を担当することで負担を軽減できます」
スノウらしい。
正しい判断に思える。
しかし、スノウが危険な場所にいると気になってしまう者がいる。
何かあればそれこそ大変な騒ぎになってしまい、悪影響を及ぼす可能性があることをヴェラは知っていた。
「守秘義務が発生する話をするわ。地震のせいで地下水脈に異常が発生したみたい。下手をすると地上に水が溢れるかもって」
地下水が地上に溢れそうな状況になった場合、魔法で遺跡上部の開口部分を広げるか、何もかも埋めてしまうことになった。
最終判断はジークフリードがするが、それまでにできるだけ多くの者を避難させたがっていることをヴェラは説明した。
「スノウも避難すべきだわ。ルフだってスノウがいると」
「スノウ!」
ルフが転移をしてきた。
「空中避難だ! 魔法攻撃で穴を塞ぐ」
「魔法攻撃? でも、一般の方々が」
「ゴードンが防壁を張る。攻撃のせいでまた地震が起きるかもしれない。浮遊できる者は空中避難しておくよう指示が出た」
「さっきの地震は攻撃ですか?」
「いや、あれは地震だ。水位の上昇が早まるかもしれないということでジークが決断した」
ルフは拡声魔法を使った。
「何度も地震が発生するかもしれない。南と西は危険だ! 北か東、クロスハート方面へ向かって避難しろ! 浮遊できる者は浮遊魔法を使え! 可能な者は上空避難だ! 結界を張れる者はそれでもいい。可能な限り防御行動を取って備えろ!」
神職者達は次々と防御魔法と浮遊魔法をかけた。
「休憩室にいる人も避難させないと!」
「お任せください!」
「私達で担当します!」
神職者達が空中を浮かびながら休憩室へと向かった。
「ルフ、浮遊サポートは何人分いける? 三人?」
ヴェラは素早く周囲にいる人数を確認した。
「自分を入れて三人だ」
「魔法兵のことはお構いなく。スノウ様とローイ様に浮遊魔法を」
「私も必要ありません。スノウは念のため、ルフと上空へ避難しなさい」
「でも」
「ルフ、連れて行きなさい」
「大丈夫! ローイ先生達は私の方でサポートするわ!」
「行くぞ!」
ルフはスノウの手を掴むと転移魔法を発動させた。




