110 遺跡の側
移動はあっという間。
だが、以前とは全く違う光景を目にしたスノウとルフは驚いていた。
「座標は合っていますよね?」
「あっているはずだが」
二人の知っている光景は大きな穴と工事関係者のための簡易小屋、警備関係者用のテントがあるだけの場所だった。
現在は工事現場というよりは街の中。
複数の大きな建物があり、一般市民と思われる服装をした人々が行き交っている。
「あれってカフェですよね?」
店らしき建物の前でコーヒーやお茶を飲みながら談笑している人々もいた。
「カフェはなかったな。だが、穴はある」
街中に大きな穴があるのはおかしい。
土を掘っていた現場だからこその穴だ。
「短期間で観光地化したようですね?」
ローイは初めて来るだけに、周囲の様子を観察していた。
「ゴードン様を探しにくそうです」
「警備がいる。聞いてみよう」
三人は警備の者の所へ向かい、まずはクロスハートで発見された遺跡の側で間違いないかを確認した。
「そうです」
警備の者は間違いなく地下遺跡の側だと答えた。
「良かった。以前とは全然違う様子で驚いた」
「なんだか町みたいですよね」
「神殿のせいです」
以前は山を造るための土を掘る工事現場というだけで何もなかった。
神殿は調査等をするにあたって多くの人員を派遣し、その者達が滞在する仮設住宅を組み立てた。
寄付や物資を運ぶ者がクロスハートから出入りするようになり、その者達の休憩所としてのカフェが作られた。
今では神殿への寄付を払えば遺跡を短時間だけ見学できる。
つまり、神殿への寄付は遺跡見学の入場料同然。
多くの転移門が集まるクロスハートの近くという立地もあり、大量の観光客が来るようになってしまった。
「神殿は大儲けですよ。王家の所有地だというのに」
「王家の所有地なのか?」
「ゲートマウンテン計画は王家の所有地や国有地から土を掘り起こすことになっていました。この辺りは王家の所有地だそうです。そのせいで遺跡警備が魔法兵団ではなく魔法騎士団の方になったとか」
スノウとルフは困惑した。
この地下遺跡の奥には湖があり魔物が生息している。
人々の不安を煽らないよう公表することなく極秘で結界に封じる作戦を計画しているはずだというのに、何も知らない一般市民は観光地として見学していた。
「……大勢の人々が出入りしています。何かあったら危険では?」
それとなくクロスハートの住民を安全な場所に移住させたいというジークフリードの考えとは真逆。
むしろ、遺跡へ人を呼び込んでいるような状態だ。
「俺もそう思う」
「取りあえず、ゴードンを探しましょう」
三人は聖騎士の転移役としているはずのゴードンと合流しに来たことを伝え、聖騎士団の拠点を教えて貰った。
「本部はどこだ?」
複数の建物があった。
「あれでは?」
「魔法騎士がいるが?」
「聖騎士団の本部だからこそ、別組織の魔法騎士が出入りしているのでは?」
ローイの着眼点の鋭さにルフは驚いた。
「さすがローイ先生だ」
「この程度は当然の範囲です。より経験を積みながら観察眼を養うように」
「わかった」
三人が近寄ると、魔法騎士の方から声をかけてきた。
「ルフじゃないか!」
魔法騎士団で修練を受けた際に知り合った騎士だった。
「ジークがいるのか?」
建物の中にジークフリードの護衛騎士達がいるのが見えた。
「神殿が遺跡を使って金儲けをしている状況を視察しに来たらしい」
神殿は安全を確保するための結界計画を申し出た。
王家も宰相もそれを了承したが、結界計画は一向に進んでいない。
そればかりか遺跡調査という名目で多くの神殿関係者を派遣されたために警備の負担が増大した。
しかも、神殿は一定額以上の寄付をした者を調査及び情報収集名目で出入りできる対象にした。
一定以上の寄付をすれば遺跡を見学できるということになる。
学術関係者はそれに飛びついて神殿に寄付を納め、次々と遺跡調査に来た。
今では専門家ではなく一般人でも一定の寄付をすれば見学できる。
これでは神殿が勝手に入場料を設定して観光客を入れているのと同じだ。
遺跡の警備を担っている魔法騎士団は聖騎士団に関係者の出入りをもっと厳しくするよう注意して来た。
一旦はそれで人が少なくなったが、すぐにまた元通り。
聖騎士団からも関係者の数を減らすために条件を厳しくして欲しいと神殿に伝えたが、神殿は寄付額を高くしただけだった。
それでは入場者が減るのを見込んで入場料を値上げしたのと同じだ。
結局、見学希望者の減ることはなかったため、より神殿への寄付金が増えただけだった。
魔法騎士団から一連の報告を受けた国王は激怒し、王太子を現地へ派遣した。
「王太子殿下もここまで一般人が多いとは思っていなかったようで、かなり機嫌が悪い」
転移魔法をした瞬間、一般市民が多くいる状況にジークフリードはしばし言葉を失った。
同行したオルフェスは瞬時に沸点。
調査の指揮権は自分にあるというのに、神殿が自らの立場を逸脱し、金儲けに走っていると怒鳴り散らした。
そのせいで注目を集めてしまったため、取りあえずは本部に移動したところだという。
「ルフ!」
「スノウ!」
建物の中にいた護衛騎士達もルフとスノウに気が付いた。
「丁度良い所に来た!」
「こっちだ! 冷静に話し合えるよう誘導してくれ!」
すぐにルフとスノウだけでなくローイも一緒に、ジークフリート達がいる部屋に案内された。
ドアは閉まっているが、怒鳴り声が廊下まで聞こえていた。
「失礼します!」
許可を待つことなく護衛騎士はドアを開けた。
「スノウ様とルフが来ています」
部屋の中にはジークフリードとオルフェスに糾弾され、片膝をついて頭を垂れる聖騎士達の姿があった。
ゼノンもその中の一人。
「お前達も来たのか」
ジークフリードの表情は厳しかった。
「丁度良い。率直な意見を聞きたい。以前と比べ、随分と賑やかになったとは思わなかったか?」
求められている答えは肯定だ。
そして、それを理由にしてより聖騎士団を責めようとしていることもわかる。
「答える前に質問させていただきたいのですが?」
「何だ?」
「なぜ、聖騎士団を責めているのですか?」
「不甲斐ないからだ」
ジークフリードは即答した。
「神殿関係者を守るのは聖騎士団の役目だ。一般人と思える者であっても、神殿の許可で来ているからには聖騎士団が守る対象になる」
神殿は続々と人員を派遣した。
現地調査をするためにも極秘の計画を進めるためにも必須だった。
ところが、神殿は専門家ではない一般人の立ち入りを許可するようになった。
明らかに観光客のような者であっても神殿関係者だと主張され、それを聖騎士団が止めなければ神殿関係者として出入りできてしまう。
魔法騎士団ができるのは注意と指摘のみ。
神殿の発行した入場証の判断については神殿や聖騎士団で対応すべきことだからだ。
「聖騎士団も神殿関係者と名乗る者が多すぎて対応できないと報告したようだが、より人員が派遣され、そのための施設が続々とできた。遺跡周辺が町のようになっているではないか!」
聖騎士団の報告は神殿に都合よく活用され、なし崩し的に一般的な観光地化してしまっている。
「しかも、神殿関係者のふりをする一般市民を危険な場所に出入りするのを許している。ここがただの遺跡ではないことをわかっているはずだ!」
聖騎士団は警備関係を担うことから、魔物の存在については知らされている。
壁を隔てた先に魔物がいるような場所に一般市民を入れているのだ。
「派遣されている聖騎士の数も足りていない。遺跡の警備を担っている魔法騎士団をあてにしている証拠だ。これが責めている理由だ。わかったか?」
「わかりました」
スノウは頷いた。
「客観的に考えて、ジークフリード様は怒るのは当然だと思います。神殿に所属する者として心から謝罪申し上げます」
スノウは自分も神殿に所属する神職者として深々と頭を下げた。
「私の方からも神殿に伝えます。ですので、今は現地にいる人々の安全を最優先していただけませんか? この部屋にいるだけでは聖騎士としての任務ができません」
叱責するのはここまでにして欲しいということ。
スノウが聖騎士団を救おうとしているのは明白だった。
「スノウが謝る必要はない。担当者ではないからな」
「でも、私は情報を知る者の一人です。困難な問題や状況に対応している方々の力になりたいと思っています」
スノウは先ほどつけたバッジを指差した。
「これを見て下さい。手続きをしたので、今日からは魔法医兼薬師です。治癒士としては力になれないかもしれませんが、魔法医兼薬師として力になれます」
スノウは新しい力を手に入れた。
治癒士としては役立てなくても、魔法医兼薬師としてなら役立てる。
その自信もまた同じく手に入れたものの一つだ。
「以前ここに来た際、急に土砂崩れが起きました。再発防止の対策はしていると思いますが、これほど多くの人々がいると、想定外の事態が起きた際に対応しにくいと思われます」
避難させるだけなら騎士団を中心に警備関係者が誘導できるかもしれない。
だが、多くの怪我人が出れば、治療者が必要になる。
神殿から派遣されているのは遺跡調査や結界に詳しい者ばかり。
治療魔法が専門でもなければ使えない者も多いはずだとスノウは予想した。
「ここへ来るまでに建物がいくつもありましたが、大勢の人々が避難するための経路が不明瞭です。治療場所や医薬品が十分にあるのかもわかりません。魔法医兼薬師として、安全も医療も確保されていない場所だと判断します」
スノウの言う通りだと全員が思った。
「聖騎士団長様、神殿は人々を守るべき存在です。安全と人命を優先に考え、これからは関係者の出入りを極力制限して下さい」
「私もそうしたいのですが、ラフター様が了承してくれません」
「私がラフター様を説得します」
スノウは力強く答えた。
「戦争中は魔法医療の現場責任者を務めていました。命を守るための判断は素早く適切でなければなりません。失ってしまってからでは取り返しがつきませんから!」
スノウは多くの人々を救ってきた。
多くの命が守られた。だが、守られたのは命だけではない。
アヴァロスという国。人々の心。希望。あまりにも多くのものだ。
聖騎士団はそれを知っている。
神殿が与えた聖女の称号を失っても、スノウは人々の心に希望と癒しをもたらし続ける存在だということも。
「聖騎士団はスノウ様のお言葉に従います」
それが聖騎士達の本音であり聖騎士団の総意だ。
「私からも神殿に伝える」
ジークフリードもまたこの状況を早急に変更しなければならないと感じた。
「危機管理が不足している。警備関係者全員が協力し合い、人々を危険な場所から遠ざけるよう対応せよ」
「御意」
聖騎士達は力強く答えた。




